HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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おい、こら
2025/09/18

今は昔、昭和40年、私が東京に出て来た頃。
テレビで盛んに東北弁と鹿児島弁がからかいの対象であったが、東北弁は面白可笑しくされていて、吉永小百合が映画で東北出身の役をやったりして、意外に悪くは思われていなかったのだが、鹿児島弁は嫌われていた。
お婆さんたちに訊いた話である。
上野の西郷さんの銅像を有難がるのは、田舎の人か鹿児島から来た人だけだと怒っていた。とにかく鹿児島嫌いは徹底していたと思う。
なぜなら、戦前は、明治維新からだが、警察官は鹿児島出身、要は鹿児島の百姓出身の乱暴な兵隊であって、人を見ると「おい、こら」と威張っていた。
それが暴力的で市民から嫌われていたという。
明治維新から戦前は、それは、それは、都民のみならず国民が苦労したのだ。
それが、名残はあって、ヤンキーが警察の事を「マッポ」というが、それは「薩摩ッポ」からきたのだとか。
古い話だなあ。

しかしだ、薩摩兵は乱暴で、会津に責め入った時は、武士同士の戦ではなく、農民・町民にもあらん限りの狼藉を働き、土地は耕せなくなり、女は犯し殺され、子供も殺されたというから、日本人としての扱いは無かったらしい。
長州兵も更に酷かったと。
私は福島の人から、薩長土肥の悪行と恨みをさんざん聞かされた。
長州の知事(?)がもう100年経ったのだからと言ったら、会津の知事はたった120年、と跳ね返した、とかいう話もある。
そんな流れを組む旧日本軍もまともでは無かった事は間違いない。

たしかに、私が若い頃はまだ「おいこら」は生きていた。
だが、もう忘れたいね

職業の貴賤
2025/09/17

職業に貴賤は無い、と言うけれど。
他人に迷惑メールを送ったり、電話掛けたりしている人の職業は「賤」に入る。
恥ずかしくないのかね?

セブンイレブン
2025/09/16

最近、セブンで「栗まんじゅう」売ってない。
どうしたんだろう。

通販リスト更新
2025/09/15

通販リスト更新いたしました。
よろしくお願いいたします。

愛子様天皇待望論
2025/09/14

愛子様を天皇にしたい意見が国民の間で、どんどん膨らみ、今や9割に達するようだ。

そもそも皇室典範なるものがあって、男系天皇と決められているようだが、社会が思っていることは、男だけが後継者とする考えは、憲法違反ではないかと。

確かに、男女平等を謳っているなら女子でも良いではないか。
天皇家を頑なに男で守ろうとするのは、国民は決して好ましいと考えていない。
天皇の子供が女の子ならそれでも良いではないか?

今回の、愛子様天皇待望論が敗れた時、天皇不要論が育って来るのではないかと、私は心配する。

昨日の事
2025/09/13

新宿の店の近く、路地裏で、今だに早稲田の学生と言われるグループが酒を買い込んで、街飲み大会。
ゴミは散らかすし、なにより不気味。

以前よりビルの管理者より注意を受けているのに、平気らしい。
こんな学生を就職で取るのかね?

世も末だ。

ガソリン代
2025/09/13

今年の夏の暑さは尋常ではなかった。
車の運転をすると、その間中、エアコンもずっと最大で運転している。
隣の話声が聞こえないほど。

心配していた通り、あっと言う間に、ガソリンが減る。
しょっちゅうスタンドに行かなくてはならない。
これほどの事は今まで、無かった。
エアコンが壊れそう。

オマケに、エアコンの風で目が乾く。
良い事はひとつもない

けなす事
2025/09/12

私はジャズの作品をケナす事はしない。
折角 作品として作り上げたレコードなりCDなり、音楽家が一生懸命にやった結果である。
それを他人が、自分の好みに合わないからとケチを付ける必要があろうか。
ジャズマニアの多くは、いや音楽ファンの多くも、そうは思っていない。
それは、日本のジャズ評論家或いは音楽評論家と言われた人達の文章に影響された物である。
そうしなければならないと言う信者の思い込みである。

私は上品ぶらず、思い上がらず、作品を楽しみ、作品から良い点を聞き出す。
そうすると聴いていて楽しい。
音楽家の心が伝わる。
大切な事だと思うのである

中国の軍事パレード
2025/09/11

悲しい事に、鳩山元首相が出席。
なんという愚かさ。
どこまで日本を中韓の下に起きたいのだろうか。
こんな人を首相に選ぶのだから、立憲民主党など政権の座についてはいけない。
今や、自民党も危ないのだが.....

韓国も議員団が参加していていたようで、国家としてあちら寄りという事がはっきりしている。

日本はどうしようとしているのだ。

ツェッペリン
2025/09/10

レッド.ツェッペリンのレコードを聴いて思い出した。

今は昔、昭和4年に獨逸からツェッペリンという飛行船が日本に来た。
場所は霞ケ浦航空隊。
見たい一心の人が押し寄せ30万人以上の集客力だったそうだ。
しかし、それに一人だけ日本人が乗っていた事を知っているであろうか。

円地文子と言う作家がいた。
その旦那さんは与四松と人だった
この人は東京日日新聞の記者で、ベルリン特派員であったのだが、その人が乗船して来たのだった。
その後、文子と結婚したのだ。

ところで、この人は世界の情勢に明るい人で、ポツダム宣言受諾をすぐに情報を知っていて、友人に語っていたという。
それを聞いた人は「負け戦」だと悟った。
皆、己の不甲斐なさを呪ったと言う。

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