HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

通販リスト更新
2026/10/14

お世話になっております。
明日ではありますが 十月十五日(木)に通販リストを更新致します。
何卒よろしくお願い致します。

ケニー・ボールの上を向いて歩こう
2026/10/13

Kenny Ball “Holiday in Japan” PYE PS-1092 1964年 UK

このアルバム、64年に英国のジャズ・プレイヤーのケニー・ボールが演奏したものであり、それを日本コロムビアが再発したものである。
当時、アメリカでも英国でも、トラッド・ジャズがリバイバル・ヒットし、かなりの人気であって、トラッド・ジャズ・プレイヤーが急激に増えたり、往年のプレイヤーを引っ張り出したりしたのであったが、英国のデキシーのプレイヤーのクリス・バーバーやアッカー・ビルクは特に人気が高く、アッカー・ビルクは「夕日に赤い帆」をヒットさせている。
さて、このアルバムの中に日本人にとって、非常に重要なものがあって、それはラストに収録された「上を向いて歩こう」のジャズ・バージョンが聴けることである。
坂本九の「上を向いて歩こう」は、1961年に発表され、いきなり売れ出したのであるが、世界に出る事になったのは、1962年のケニー・ボールがジャズとして演奏して小ヒットしたからである。
そもそも、61年に英国PYEの社長がセールスで来日した時、土産にシングル盤を渡した所、ジャズとして気に入ってしまい、本国に帰ってからジャズのレコードとしてケニーに演奏させたものである。
タイトルが長いし気に入らなかったのだが、歌手のペトラ・クラークがSUKIYAKIが良い、と言ったのでそれになった。
作品はアメリカに渡り、sukiyakaというタイトルで坂本九の日本語の歌でキャピトルから発売、大ヒットしたのであった。ビルボード3週連続1位、またキャシュボックスで4週連続1位、100万枚の売り上げとなった。アルバムは坂木九となっていて、私も輸入盤のLPを見て驚いたものである。
タイトルも本来のSUKIYAKIに戻した。本来でもないけど。
そもそもアメリカで英語以外の歌、しかも、アルファベット以外の言語がヒットした事は奇跡でもある。

日本においては、これがどれほどの成果かあまり分かっていなかったし、騒いでもいなかったのだが、テレビ番組で黒柳徹子が大騒ぎをして、国民もそのすごさを知ったのだが、永六輔の日本語の詩が良かったからヒットしたのだと黒柳徹子が、永六輔、永六輔と、事あるごとに煽っていた記憶があるが、中村八大の作曲が良かったなどと一度も聞いた事がない。
そもそも曲がジャズで、アメリカ人の心に染みる曲だったから、アメリカで受けたのに!
以来、黒柳徹子が嫌いになった。

まあ、好みは置いといて。
「上を向いて歩こう」がアメリカでヒットした、1963迄の、いきさつであった。

ところで、ジャケット写真が、どう見ても山本富士子だと思うのだが?

今日は出勤
2026/10/12

今日はジャズ・ジジイの出勤日、頑張ろう。

しばらく前に観た映画の事。
ベティ・デイビスのセリフで「老いは弱虫には向かない」
というのがあった。

ベティ・デイビスは戦前からのハリウッドの大スター。出演した映画の数が多いのだが、さすがの私でも、ほとんど記憶がない。
全盛時の作品について何もいえないのだが、たった一つ好きな映画がある。

「八月の鯨」

80年の終わり頃だと思うのだが、老女の役で、本当に素敵だった。
女優は若さを保つために死に物狂いで老いと戦い、最後には力尽き入る。
だが彼女は、老いることに向き合っていった人だから、あんな作品が出来たのだろう、と思う事にしている。

道案内
2026/10/11

今日は面白い事、いや楽しい事があった。
10時過ぎに散歩に行ったら、途中で女性に道を訊かれた。
目的地はルーシーという洋菓子とコーヒーの店、それが20分も離れている場所に来てしまった。
それで説明したのだけれど、住宅街でスマホの地図も見にくい場所であった。
それで、私は散歩中なので時間はあるし、道案内したわけ、ちょうど私の家の前を通ったので、ここが私の家です、なんて話ながら案内したわけ。
やがてルーシーに着いて、バイバイして帰ってきた。

午後、昼食も終わって、テレビを見ていたら、ピンポンが鳴るから出てみたら、先ほどの女性が立っていて、お礼だとお菓子を下さった。
よく道を覚えていたと感心してしまった。

ありがとうございました。感謝、感謝。

今日は出勤
2026/10/10

新宿で、大型トレーラーの運転手の顔を見れば、女性であった。
私は昔から大型乗っている女性を見ると、胸がキュンとなる。
いい歳して情けない!

そういえば、今日は10月10日、昔の東京オリンピックの日ではありませんか。
あの時のオリンピックは良かったね。
ウチでもオリンピックの為に買ったカラーテレビで、天皇陛下の開会宣言、小野喬の上ずってしまった声の宣誓と、今も尚、記憶にある。
アナウンサーが入場国を、ギリシャ、アルジェリア、アルゼンチン、、、、と叫んでいたのも記憶に新しい。ABC順なのに先頭はギリシャなんだね。
あの頃、
オリンピックに見たさに、多くの家がカラーテレビにしたんだ。思うと感動で涙が出て来る、あの頃の家はどこも希望に満ち溢れていたんだ。
貧乏なのは政府のせいだ、と思っていなかった、努力すれば報われると思っていたんだ。今のように政府のせいにしてイジケテなんかいなかった。
それを今は否定して、働くのは悪にして、考えたら貧乏なはずだ。
モトエ、

それが、この前のオリンピックの事は何一つ思い出せない。
もう日本での、オリンピック開催はしなくていいね。


昨日のお客様
2026/10/09

昨日、ふらっと来店されたお客様。
2・3枚購入されて帰りがけに、ふとオーディオも凝っているんですか?
と声を掛けたのが、きっかけで、オーディオ談義に花が咲き、どんどん周囲の方々の話も出てきたら、なんと私のかつてのオーディオ仲間のほとんどが知り合いで、御本人のお名前も友人から伺っていた方であった。

昔のオーディオ名機の事でも、詳しくて、久しぶりに盛り上がった。
別れがたい状況であった。

今となっては、1950年代のオーディオ機器に詳しい人など、いなくなったしね。
嬉しいひと時であった。
また、来てください。

スマホのSNSで
2026/10/08

Threads、instagramなど、見ていると、どういう訳か、不倫、浮気、離婚などの話が次々出てくる。
見ていると、私が興味あるとチェックされ、スマホから、次々と同様な話を出してくるのだろうか。
グラマーなお姉さんを見ていると、ドンドン出てくるから。
でも、不倫とか浮気とか見ていると、真剣に読んだらいけない、と思いながら、こちらも心が折れてきそうになる。と同時に、日本人の夫婦のあり方に、本当に不安になる。
アメリカでは、奥さんを大切にするし、話し合いもきちんとする、旦那は威張る人もいるが、家族に尽くす。
例えば、休日に家族で遊びに行く、一日運転して、遊ばせて、そして家に帰ると旦那が食事を作り、奥さんを労わる。日本人でこんな男が何人いるだろうか? きっと奥さんが子供を遊ばせて、疲れて夕食を作るんでしょうね。
夫婦喧嘩も奥さんに言われると黙り込む。アメリカ人と結婚した私の友人は、何かいうとすぐに黙ってしまうと奥さんが私にこぼしていたから、よくわかる。しっかり己の意見を言わないと問題は解決しないと。
日本人の夫婦の問題はすべてここに行きつく、と言っても不思議はない。
そもそも、女はナヨナヨしていて、男は弱い。互いに理想を押し付け不満に思っているだけ。
以前のラジオの人生相談で、「相手に不満があったら変える努力をしましょう、もし、それが出来なかったら、自分が変わりましょう」と、これ以上の説得はない。
意見を戦わせよう!
しかし、他人の夫婦に首を突っ込む方が間違っているな。うん。

映画、マグノリアの花たち
2026/10/07

マグノリアの花たち(Amazon-prim) 映画 1989年アメリカ
植物のマグノリアの名前は近年日本でも定着したので花については書くこともないが、ここでのマグノリアは、アメリカ南部を象徴する花として,原題はSteel Magnoliasといい、鉄のマグノリアという感じであろうか。
南部の女は美しい花だが、鉄のように強いぞ,というのだろうか。

作品は南部ルイジアナのチンカピンという架空の町、実際は、ナキトッシュ(Natchitoches)である。
今でも、映画は根強い人気があり、ロケ地巡りが行われているようであり、使われた邸宅は、現在B&Bとして実際に宿泊することが可能である。
いかにも南部らしい緑が多い美しい町の美容院、そこに集まる友人たちの友情と挫けない強さの話。映画は非常に評判が良く大ヒットした。美容室の主人公はなんとドリー・パートンで、ファンとしては賞をもらっても良いと思うくらい。その他の、往年の女優がちょっと意地悪な良い味を出していて、シャーリー・マクレーンなど本当に可笑しい。
誰がグラミー賞をとってもおかしくないが、なぜか若いジュリア・ロバーツがゴールデングローブ助演女優賞になった。
映画は南部のおばさんたちのドタバタ劇だが、おかしくも感動させられる物語。

ドリー・パートンが先日、亡くなったので、余計に感動した。

通販リストのアップ
2026/10/03

お世話になっております。
次回の新入荷リストですが一日ずれまして
十月六日(火)を予定しています。
何卒よろしくお願い致します。

戦後のヒット曲、「星の流れに」
2026/10/03

妻と夕食していて、何かのはずみで「こーんな 女に だーれ がした♪」と歌ったので、その歌知っているんだね!という話になった。
子供の頃、といっても低学年の頃だが、何かにつけてサビのところを歌っていた。
昭和22年。菊池章子の「星の流れに」という歌で、従軍看護婦で満州に行っていたのが、引き上げてきたら家族も死に絶え、たった一人、やむなく娼婦になった人の実話が、歌になったものらしい。
ゆえにレコード会社は宣伝もしなかったのが、娼婦の間で歌われるようになり、それが徐々に国民に浸透し、ついに大ヒットとなった。
この娼婦の間の流行が、一般市民に移っていったのが、当時、いかに娼婦が多かったか、また社会への影響も大きかったかという証拠である。
荒んだ歌詞が社会に受けたのだが、子供たちにもそんな寂しさがウケたのであろうか。
その後の懐メロ番組でも、何度も映像が流された。しかし、最初は78回転のSP盤なんだよね、昭和22年だというから。

ところで、この歌、非常に多くの歌手がカバーしていて、美空ひばり、藤圭子、青江三奈、八代亜紀、等々、羅列したらキリがないが、私は、藤圭子版が一番好きだ。
荒んだ歌は、切実感と巻き舌の、腰の据わった迫力ある彼女が良い。

ところで、この菊池章子という人は、二葉百合子より前1957年に「岸壁の母」を歌って大ヒットさせた人でもある。
なかなかの人物であった

藤圭子の歌で
https://www.nicovideo.jp/watch/sm21156226

前ページTOPページ次ページHOMEページ

 Copyright 2025 HAL'S All right reserved. Initial up at 2001