HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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水羊羹
2018/04/17

ビルの一階にあるセブンイレブンに売っている水羊羹を時々買いに行く。
凄く美味しいわけではないが、ただ量が多いのとさっぱりした寒天部分が多いのがお気に入り。

それがここ数日、品切れ。
恥ずかしながら思い切って店員さんに訊いた。
 「最近品切れなんだけど、人気なんですか?」
そうしたら、
 「いえ、不人気と言った方が合っているかも知れません、じゃあ、また入れておきますね」だと。

なんか訊いて、盛り下がってしまったがね。
でも、また入るからいいか。

通販リスト更新
2018/04/16

通販リスト更新しました。

戦車
2018/04/15

2・3日前の夜、東名高速の料金所付近で戦車を見た。
勿論、大型の積載である。

シートを掛けてカモフラージュしてあったが、それはそれ、見ればすぐに分かる。
運ぶ車が大型の運搬車といえど、戦車が意外に小型で驚いた。
そうだなあ、あまり大型だと標的にされやすいものな。

いや、乗って見たいなあ。

JOHN COLTRANE “LIVE AT BIRDLAND”
2018/04/14

JOHN COLTRANE “LIVE AT BIRDLAND” IMPULSE A-50 (USA)

コルトレーンのレコードについて、私はあまり書かない事にしている、それはちょっと恐れ多いというか、書く程に、己の浅はかさ、美意識の無さがが露呈して来てしまう事が明確になってしまうからである。
だが時としてその考えを押し切ってまで、書きたい気持ちになることもある。
まあ、興奮シマクラチヨコ状態であるから。

このアルバムのモノラルのオリジナル盤は意外にレアである。
といってもコルトレーンのインパルスのアルバムともなればかなり売れたわけで、商売をしていればそれなりに扱いはある。
だが綺麗なモノとなると、やはり希少であり、それは時代の流れを感じさせる。
発売されてからすでに50年以上経過したわけでもある。

さて、この作品はコルトレーンのライブ作品のなかにあって相当な出来のアルバムである。
1曲目のアフロ・ブルーから例のメンバー全員の熟練された腕前、完成度の高い音楽は聴く程に圧倒される。
この時、1963年のコルトレーン・カルテットの演奏は凄い。
そう思うと、このカルテットはインパルスに移って後62年くらいから、大体においてずっと同じメンバーで演奏している。
話は変わるが、一度店で有名なベーシストと話をした事があって、その時に。メンバーは継続して演奏を続けることが一番大切な事だという事を聞いた。継続するからこそメンバーに指摘もし、ついでにいじめもあっても、とにかく修正も出来る、「継続できる仕事」の環境がなければ良い演奏は出来上がる事はないと。
という事から考えると、彼のカルテットは仕事量も十分であり、しかもかつ緊張度も十分で、故に選ばれし者たちによる世界トップクラスの音楽の構築は十分な条件下にあった事は言うまでもない。

感心している内にアッと言う間に演奏は終わる、せっかくだからB面も聴こうと、ラベルを見ると2曲目の「Alabama」の所に2:23となっている、エライ短そうだが溝の幅はもっと長そう。ではジャケットのライナーをと見れば、そこには5:05。ストップウオッチで演奏時間を計ったら本当に5分5秒くらいだった。
変だなと思うとジャケにちゃんと記載があって、A面とB−1はバードランドの63年10月8日で、B−2,3は11月18日だという、
昔に購入してあったディスコグラフィーを眺めていると、10月8日の演奏のMr.PCとRockinは紛失したとなっている。また、このテープにコルトレーンによって63−1008と書かれていたが、勘違いの事が考えられるという書き込みもあった。そういえばライブ演奏だとしたら、もっと長い時間演奏があるはずで、他にテープが出てきても不思議はない。
しかも、AlabamaとYourLadyの11月の個所には1008ではないかという指摘もある。
不思議な事もあるものだ。

だが、そういう話はマニアだけの興味であって、音楽からすれば、その音楽にいささかの落ち度もない。
ただ、ちょっとだけ楽しめる何かを、見つけただけの事である。
趣味とはいえ、継続の秘訣
である。


(写真は後ほど)

RED GARLAND-JOHN COLTRANE “SOUL JUNCTION”
2018/04/13

RED GARLAND-JOHN COLTRANE “SOUL JUNCTION” PRESTIGE 7181 (USA)

ガーランドがハットを被って横を向いている、オレンジ色のなんとも格好良いモノクロ写真である。
メンバーの所にはTHE RED GARLAND QUINTETとされ、Featuring JOHN COLTRANE and
DONALD BYRD.となっている。
1957年に録音されたが、発売は遅くなりPRESTGE自慢のメンツによる新録であると謳った商品で1960年に発売された。
さて、その大きくフィーチャーされたコルトレーンは、すでにアトランティックに去り、何と60年同年にあの名盤GIANT STEPSをリリースされる事になっている。
いやはや当時のファンの方々は、ショップにおいて両方とも新譜として並んでいるレコードのどちらを手に取ったのであろうか?考えると面白い。
しかし、マニアなら当然両方とも購入するので、どうという事はない。
もし私も当時そこにいたならば、両方の音楽とも好きなので、両方買ったはずである。
という話は置いといて。

このレコードは実にPRESTIGEらしいハードバップ名盤で、それもそのはずこの片割れが、あのALL MORNING LONGなのである。いや違うな、ALL MORNIN’ LONG(7130)。である。
1957年11月15日
ガーランド、コルトレーン、ドナルドバード、ジョージ・ジョイナー、アート・テイラーの5人はハッケンサックのヴァンゲルダー・スタジオで一日中きっと深夜または朝方まで長い録音の仕事をした事になる。
2枚分と半、High Pressure ( 7209)の半分まで作っていたのだから。

今までの評論家の方々はじめ、ネットのブログにも、異口同音にリラックスした気軽な演奏と書かれている。
中にはやっつけ仕事と書いている方々も多い。
しかし、良く聴けば、そんないい加減な演奏かつ録音か?と思えば全くそんな事は無くて、みんな良い仕事である。
聴いている客側がリラックスしているだけの事である。
ガーランドのピアノも自分の仕事をこなした見事な演奏であるし、コルトレーンのソロもまた50年代同社における正にピッタリの良い仕事である。ドナルドバードもハードバップの真っただ中にあるプライドを掛けた良い仕事である。
別に劣る演奏ではない。
いやいや、逆にビシッとした非常に出来の良い演奏で、この辺りがハードバップとして最も脂が乗り切った最高の演奏でもある。是非ALL MORNIN’ LONGも一緒に聴かれたい。

マイルスもコルトレーンも契約が切れる頃の仕事は実に面白い。
より当時の個性が出るんだな。
私など、両者とも死ぬまでPRESTIGEと契約が切れずにあって、ずっとハードバップを作り続けていたらどんなに面白かったかと思うのである、是非そうして欲しかった!
まあ、実際PRESTIGEのやっていた事はそんな感じではあったのだが......

女人禁制だと
2018/04/06

ニュースで相撲の巡業中、土俵であいさつをしていたどこかの市長が倒れた。
そこで近くにいた看護婦さんが心臓マッサージをしたところ、なんと場内放送で「女は土俵から降りろ」と連呼したという事件。

面白いなあ。
実に面白い。

土俵に女は上がるなと思うのは勝手である。
しかし、土俵で倒れた人がいて、しかも急を要する事態に、お前の命はどうでも良いから、女は降りろという哲学は面白い。

もし、本人が倒れた人だとして、そこの看護婦さんが来て手当をしてくれようとしたところで、「私は死んでも本望です、女は降りてください」と言うなら、それこそ認めよう。

しかし、それを自分は元気なのに、他人の生命の危うい時に、相撲の世界のメンツだけが優先したの理不尽さが象徴された、面白い事件だった。

実に今の大相撲のやりそうなことである。

この手の話でよく出されるのが神事という言い逃れ。
通常、ということは宗教だという事になるのだが、言ってみれば原始宗教ともいえる宗教は二つおきてがあって、それは女と外人(異宗・外国語)には厳しいものだが、なぜかあっさり外人には門戸を開き、女には厳しいのが面白い。
私がかつて明治初めの生まれの祖母に聞いた話によると、かつて、プロの女相撲が流行っていて、地方を巡業し、色々な楽しみも含めて相当な人気だったというから、いつから頑なになったのだろう?

本来、格下げは今の理事長じゃない?
もう一層の事モンゴルに国技館も移して、名称もSUMOにして、インターナショナルでいいじゃないか?
張手ばかりの横綱の相撲はもう沢山で、保身の相撲界はうんざり。
最近もそこに出てきた、池坊のオバサンにもうんざりだったなあ。


コーヒー屋さん INCUS
2018/04/05

ところは上野 御徒町。
とくれば、昔のテレビのコマーシャル「安くてどうもすいません」と、三平師匠の二木の菓子だが、そうではない。

最近、その御徒町でコーヒー専門店を開いた方がいらっしゃる。
長年、丸の内や新橋などビジネスマン相手に、コーヒーの修行を積んで来て、ついに念願が叶い店を開いたという訳。

場所は御徒町だが、秋葉原との中間といっても良い。まあ、どうせあの辺りは駅と駅の距離が近いので どちらでもおんなじである。
道で言うと「昭和通り」と「蔵前通り」の交差点「台東1丁目」の信号近く。秋葉原からなら、昭和通りを歩き信号を渡って、一つ目を左に入るという事になる
御徒町なら昭和通りの右側の歩道を歩き、交差点を1つ手前を右に入る。
路の入り口辺りに看板が目印になる。
入ってすぐに、洒落た造りのコーヒー屋さんがある。
それほど大きな店ではないが、コーヒー屋として立派な証としてコーヒーを自家焙煎されているのも素晴らしい。

また自慢のオーディオ装置、レコードでジャズを流しているのも嬉しい。
コーヒー好きには是非お勧めする。



https://audiodripper.jp/cafe-incus-jazz-cafe

通販リスト更新
2018/04/05

通販リスト、更新しています。

BARRE PHILLIPS “UNACCOMPANIED BARRE” MUSIC MAN SMLS601 (ENGLAND)
2018/04/04

一度、書いたかもしれないが、忘れたので書く。
この世に、ジャズの良いレコードは数あれど、その中でも自信を持ってこれは名盤だと他人に薦める作品はそうそうある物ではない。
勿論、人には好みがあるわけだが、それでも、これだけはと食い下がりたい気持ちになるのは、こういう作品である。
勿論、フリージャズの作品である。
しかも、あえてフリージャズを聴かない人、近寄れない人にも、どうしても薦める作品なのである。

ある時、某ジャズ喫茶の人に、池田さんはこのレコードがよっぽど好きなんだねえ、と言われたから、個人的な思い入れなのかもしれない。
それには理由もある。
私が最初購入したのは、なんとフランスFUTURA盤のBASSE BARREというリンゴの皮をむいたようなものが並んでいるジャケットのものであったが、そのジャケットが気に入って喜んでいた。
それがオリジナルは英国の当アルバムだという事になり、また購入したのだ。
勿論音質の良さで大いに満足した。
その後、米国盤のJOURNAL VIOLONEというのが発売され、それが、凄い演奏だという事でマニアの間で評判になり、それなら買わねばと購入してみたら、なんと同じアルバムだった。
しかし、米国盤もオリジナルに勝るとも劣らぬサウンドで満足度は高かった。

という事を述べたのは、なにより、演奏は非の打ちどころ無く、何よりも音質が良かった。
演奏はベースのソロながら、ゴリっとしたすさまじい音が入っている。
この作品を聴いていると、私は誰かがドアを開けているような感じになる。扉それも開かずの扉がたくさんあって、それを彼がいちいち開けて行くかのような。それはあたかも私の閉鎖的な心かもしれない。

そんなサウンドをゴリっと表現させるように、オーディオの設定に努めるのも楽しい仕事である。
このレコーディングに当たっては音をいじらず、ストレートにそのままアルバムにしたそうで、彼の音に対する美意識の高さが出ている。

さて、本人バール・フィリップスは元々クラシック畑の出身だが、即興音楽に惹かれたか、65年にAttila Zollerの The Horizon Beyondで共演し、一挙に評価が高まり日本でも雑誌などに紹介された。
その次作が68年、本人名義のソロ・アルバムであった。
しかし、バールと個人的に親しい某ジャズ喫茶のママが訪ねた所、オ−パスワンと契約したので、英国盤の事は知らなかったと答えたそうだが、米国盤ジャケットの裏にちゃんと書かれていて、68年パリのセント・ジェームス教会で録音され、英国でレコードになったと書かれているので、彼が忘れてしまった物であろう。
作品には英米仏おのおのの国が関係しているそうで、どうりで3か国で発売されたはずである。

まあ、個人的にはこういう作品は、3種類全部コレクションして頂きたい。
それは、それぞれジャケットが異なり、かつ見応えのあるジャケット・デザインであるから。
私は3枚とも持っていたけれど、どれかを手放そうと思った事は一度も無かった。
こんな作品は何度も出来るものではない。

その後、彼がECMに録音した際にもジャーナル・ヴィオローネというタイトルを踏襲しているので、この作品が余程、心に来るものがあったに違いない。
ベースと言わずにヴィオローネと言った所にこそ、かれの低音弦楽器への思いがあるのだろう。


                      (売れてしました!)

2018/04/03

手術の後、意外に回復が遅れていてなかなか元の元気にはならなかったが、暖かくなったせいか、最近はちょっと調子も上向いて来た。

ちょっと無理をすれば微熱が出たり、頭が痛くなったり、はたまた睡眠中に寝汗をかきパジャマを一晩に3度も取り替えることもあったのだ。
特に夢をよく見た。
それも楽しい夢などなく怖い夢が多い。
私は、元々夢を見る事が多く、風邪でも引こうものなら蛇に追っかけられる夢を見るのが常で、恐怖でハッと目が覚めると寝汗をビッショリというのがふつうであったから余計であろうか。
例えば、パーティーの会場で妻に会って、彼女が「後で一緒に帰ろうね」と声を掛けてくれ、ではそうしようかと思い後を追うのだが追いつかず、そのうちに自分の道の前がザーッと崩れ崖になっているとか、街を歩いていると目の前の道が急に細くなるとか......
それも、夢の後、またそれを何度も繰り返しては押し寄せる。
気分が悪くて目が覚めて、2時間おきにパジャマを取り替えるという夜だった。
そんな時に松尾芭蕉の俳句、「旅に病んで 夢は荒野を かけめぐる」というのを思い出す。
芭蕉もきっと 寝汗をかき いやな同じ夢が何度もめぐって来たのではなかろうか?と思ったりした。

それが昨日 はじめて明るい夢を見た。
色々な人とジャズの話をしていた夢だった。
パジャマの取り換えも朝方一度だけだった。
なんだか、急に明るい気持ちになった。


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