HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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愛子様天皇待望論
2025/09/14

愛子様を天皇にしたい意見が国民の間で、どんどん膨らみ、今や9割に達するようだ。

そもそも皇室典範なるものがあって、男系天皇と決められているようだが、社会が思っていることは、男だけが後継者とする考えは、憲法違反ではないかと。

確かに、男女平等を謳っているなら女子でも良いではないか。
天皇家を頑なに男で守ろうとするのは、国民は決して好ましいと考えていない。
天皇の子供が女の子ならそれでも良いではないか?

今回の、愛子様天皇待望論が敗れた時、天皇不要論が育って来るのではないかと、私は心配する。

昨日の事
2025/09/13

新宿の店の近く、路地裏で、今だに早稲田の学生と言われるグループが酒を買い込んで、街飲み大会。
ゴミは散らかすし、なにより不気味。

以前よりビルの管理者より注意を受けているのに、平気らしい。
こんな学生を就職で取るのかね?

世も末だ。

ガソリン代
2025/09/13

今年の夏の暑さは尋常ではなかった。
車の運転をすると、その間中、エアコンもずっと最大で運転している。
隣の話声が聞こえないほど。

心配していた通り、あっと言う間に、ガソリンが減る。
しょっちゅうスタンドに行かなくてはならない。
これほどの事は今まで、無かった。
エアコンが壊れそう。

オマケに、エアコンの風で目が乾く。
良い事はひとつもない

けなす事
2025/09/12

私はジャズの作品をケナす事はしない。
折角 作品として作り上げたレコードなりCDなり、音楽家が一生懸命にやった結果である。
それを他人が、自分の好みに合わないからとケチを付ける必要があろうか。
ジャズマニアの多くは、いや音楽ファンの多くも、そうは思っていない。
それは、日本のジャズ評論家或いは音楽評論家と言われた人達の文章に影響された物である。
そうしなければならないと言う信者の思い込みである。

私は上品ぶらず、思い上がらず、作品を楽しみ、作品から良い点を聞き出す。
そうすると聴いていて楽しい。
音楽家の心が伝わる。
大切な事だと思うのである

中国の軍事パレード
2025/09/11

悲しい事に、鳩山元首相が出席。
なんという愚かさ。
どこまで日本を中韓の下に起きたいのだろうか。
こんな人を首相に選ぶのだから、立憲民主党など政権の座についてはいけない。
今や、自民党も危ないのだが.....

韓国も議員団が参加していていたようで、国家としてあちら寄りという事がはっきりしている。

日本はどうしようとしているのだ。

ツェッペリン
2025/09/10

レッド.ツェッペリンのレコードを聴いて思い出した。

今は昔、昭和4年に獨逸からツェッペリンという飛行船が日本に来た。
場所は霞ケ浦航空隊。
見たい一心の人が押し寄せ30万人以上の集客力だったそうだ。
しかし、それに一人だけ日本人が乗っていた事を知っているであろうか。

円地文子と言う作家がいた。
その旦那さんは与四松と人だった
この人は東京日日新聞の記者で、ベルリン特派員であったのだが、その人が乗船して来たのだった。
その後、文子と結婚したのだ。

ところで、この人は世界の情勢に明るい人で、ポツダム宣言受諾をすぐに情報を知っていて、友人に語っていたという。
それを聞いた人は「負け戦」だと悟った。
皆、己の不甲斐なさを呪ったと言う。

ドラマ「ハケンの品格」
2025/09/09

15年以上前のテレビドラマ「ハケンの品格」をNetflixで見た。
ヒットしたドラマだったので10話。その後10年以上経ってもう一度作られたのが8話。
長くて見るのも非常に疲れた。シリーズの半分くらいまではしっかり見ていたのだが、それ以下は大泉洋のセリフがウザったくて大泉洋の所は飛ばしてしまった。当時は大泉洋が人気だったから良かったのだろうが、今みるとセリフも演技も雑。

「篠原涼子」と「加藤あい」の演技は、天才社員と素人派遣社員と、上手く演じて、取り合わせも絶妙だった。篠原涼子は気合があっていいねえ。
加藤あいの疲れた時のセリフの、息が抜けるような発声がすごく良かった。
加藤あいといえば、豊川悦治との「同窓会へようこそ」の時の、死んだガールフレンドの幽霊の声の感じを思い出してしまった。
彼女の特徴が生かせる良い役が付けば、素晴しい演技ができて大した女優になったのになあ。と、今になっては遅いか? いやいや、女優人生はこれから!

面白いのは派遣が一生懸命に働き、社員は働かない、という設定であるが、私の会社員の経験から言っても、社員は本当に働かないものだ。
以前は、サラリーマンは遅れず休まず働かずと言っていたが、まさにその通りである。

あのドラマのセリフ、仕事は人生!
その通りで、人生とは働く事、働くことは生きる事なり。
どれだけ、この簡単な事が解っているだろうか?

銀杏
2025/09/08

散歩の途中、足元に銀杏が落ちている。
まだ暑い盛りなのに、と思いながら銀杏の木の上の方を見上げると。
そこにはたわわに実る銀杏の実。

もう、秋はすぐそこに。

日本の歌謡曲で.、60年代は
2025/09/07

60年代。
1960年代はアメリカのティーンエージャーと呼ばれたあの青春の絶頂期は絶対的に豊かな経済とクルマとポップス音楽である。
一方の日本はと言うと、アメリカ同様にポップスと青春と言いたいのだが、ちょっと違っていて、クルマは無いし、みんながステレオやレコードが買えるほどの豊かさは無く、せいぜいラジオに夢中になっているくらいである。
しかし、ポップス好きには、とてつもない喜びがあった。
私もその一人に入るのだが、残念ながら、高校の同学年にアメリカン・ポップスを聴いている人は私一人であった、と思う。
都会はどうであったか知らないが、東京に来て見ても、どうもそれほど変わった様子はなかった。
その内に、ビートルズが人気になるが、大騒ぎをするのは、東京の10代の女子高生たちに決まっていて、日本社会の音楽は、やっぱり舟木一夫や橋幸夫、そこに加山雄三がいて、演歌と御大の石原裕次郎というところが象徴であった。

何を言いたいかと言うと、アメリカのティーンエージャーと言う言葉で楽しんでいた時代に、日本はやっぱり舟木一夫それに御三家が牽引していたのだった。
ちょっと残念な気もするが、何しろアメリカは高校にクルマ通学もある訳で、どうしようもない経済格差と日本の法律と社会の規制で、その差がとんでもなく大きかったのだ。

その内にフォークブームがやって来るのだが、日本のは所詮フォーク歌謡だったのだもの。
だが、それも今となったら、意外にも良かったと思える。
歌は世につれ、世は唄につれ。

橋幸夫死去82歳
2025/09/06

60年代、日本の歌謡界の一人の重要人物である。橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦と「御三家」と呼ばれたが、西郷輝彦と橋幸夫の二人が亡くなった。
残った舟木は、自殺未遂やらで短命かと思いきや健在で、人生は分からないものであるが、いずれにせよ一時代は終わっている。

1960年17歳、ビクターからデビュー作「潮来笠」が大ヒットでいきなり演歌歌手として大人気。だがすぐに62年吉永小百合と「いつでも夢を」が、演歌から青春歌謡で空前の大ヒット、変幻自在な歌手になった。
だが、紅白ではデュエットしなかったというのだが、私は当時テレビでが、紅白を観たのだが、一緒に歌っていたような記憶がある。勘違いであったのか......
噂によると、二人は付き合っていたが紅白の頃には既に終わっていて、共演を嫌がったという噂もあった。
70年代から人気も低迷の感があったが、世の中に運の良い人はいるもので、漫才のボンチのおさむちゃんが、「あれー」で物真似をし、それが逆に復活となった。

私が新宿で遊んでいたころ、ちょっと怖いお兄さんから「橋幸夫の付き人のような事をしていたが、乱暴で何かあるとすぐに殴る、それも思いっきり腰を入れて来るから、参ったよ」という状況だったらしい。
当時の演歌歌手など、みな反社の下にあったのだから、そんなものであろう。

しかし、それからが彼の遊泳術か才能か、介護やら出版やらで、立派な文化人になっていた。
ヤクザな時代にはヤクザで、文化の時代には温和に。
中々できない事である。

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