HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| ヨーロッパの夜行電車で | - 2005/10
- しばらく前の話。
友人と二人、夜行列車の中で熟睡していたら、どこかの駅で止まったらしく、税関の係官が入って来た。 パスポートを見せろというから、寝ぼけ眼でカバンの中を引っ掻き回して渡した。 この国に来るのは何回目かと聞く、友人も朦朧とした様子で、面倒くさそうに「2,3回目」と答える。何しに来たか?職業は?などとお決まりの質問のあと、急に犯人扱いになって、外に出ろといわれ、個室の外に出された。すると今度は若い女性の係官が中年の係官二人と犬が一匹は入ってきた。 犬に私たちの荷物の臭いをしつこく何度も嗅がせた。もちろん何も出るはずは無い。 上司であろう女性係官は「何度もヨーロッパに来ているようだが」友人は「すみません、さっきは眠っている最中だったので、あまり考えられなくて2、3回と言いましたが、10回以上は来ています」と謝った。結局は麻薬も出なかったので、女性係官は不機嫌な表情を浮かべ、ツンとした顔をして帰っていった。 残った中年の2人は、「ゴメンな、彼女の機嫌が悪かったんだよ、悪く思わないでよ」といいながらゆっくりと帰っていった。 電車は30分も遅れた。
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| 成田空港で | - 2005/10
- 成田空港で時間が余ったので、ラウンジに行った。
飲み物カウンターに、美味しそうなドーナツがあったので、しめしめ、これでも食べてコーヒーでも飲んで新聞でも読もうと、筋書きを作ってカウンターに近づいていったその時、若いお兄さんにさっと先に割り込まれてしまった。動作がのろいからだ。 見るとトレーにはドーナツはたった4つしかない。順番を並んでいるのは私を含めて3人。 彼は後ろを気にすることも無く、3つのドーナツを自分の皿にいれて得意そうな顔で私を一瞥して帰っていった。後に残った私は、残った一つも取る気もなくなって、後ろの中年の女性に順番を譲った。 仕方なく、コーヒーだけ取ってテーブルに座り、新聞を取るのを止めて、お気に入りのANAの機内誌を読んだ。
でも、彼が3つも取ったことを許せないと思ったり、後ろの人に順番を譲ったことを悔やんだりして、ラウンジの時間は過ぎた。
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| 中庭 | - 2005/08
- テレビを見ていたら、新築マンション計画に対し、日陰になるマンションの住民が反対していると報道だった。私がよく知っている場所だったので興味をそそられた。
なるほどと見ているうちに、ちょっと待てよ。ここって昔、住民の猛反対を押し切って建てたマンションじゃないか? 自分達が住民の反対を押し切って建てたマンションに入っているうちは、旧住民の日照権には無頓着だが、今度自分に日が当たらないと分かったら猛反対。 何かヘンじゃない?
私は、道路ぎりぎりに石の建築物が立ち並んだヨーロッパの街の風景を思い浮かべた。 外から見ると、どこから日が入るのかと思うような風景はちょっとメゲる。しかし、中に入るとそこには中庭があることが多かった。 ワンブロック毎に中庭があったり、一軒のアパートの中に中庭があったりで、その中庭では犬が走り回り、子供達が遊んでいた。見ていると心が和む。地域としても空間を共有している様子が伝わってくる。 例え小さくても絶対に侵されない光を、自分で確保しているのだろう。
これから日本も、他人を押しのけて自分の日照権を守るのではなく、自らも光を確保する工夫が必要ではないか。法律の許す範囲内目いっぱい自分の土地に家を建て、他人に日照権をゆだねる方法もいいが、中庭を造ることを考えたらどうだろう。ブロック毎に少しずつ土地を提供して中庭を共有するのも良いと思う。
私は旅行会社に勤務していたにも関わらず、京都には2回しか行ったことがないが、京都の街中では家々に小さな中庭があったような気がする。 小さいが、参考になると思うが。
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| 見る | - 2005/07
- アムステルダムの空港の男子トイレに蝿の絵が描いてあるのはすでに有名である。
以前、この事を書こうとしていたらちょうどその時、帰りの飛行機の週刊誌に同じ事が書いてあった。内容は「見るとハエを落とそうとオシッコを一生懸命に掛ける」と書いていった。 私はちょっと違う解釈で、「見ると、そっちの方向に行く」のである。
どうでもいい事かもしれないが、ある人達には重要かもしれないので、ちょっと書きたい。
昔自転車に凝っていた時期があって、町の中をロードレーサーで走っていた。 すると意外に交通事故が多い。車が左に寄ってきて逃げ場がなくなる、車が左折の際走ってきた自転車を巻き込む、自転車を追い越して車を路肩に駐車しドアを開けるとドアに自転車が激突する事故など。 ロードレーサーは意外にスピードが速いので、車の運転手が普通の自転車と同じようなツモリで対応している事などに起因する。
では、自転車に乗っている人はどうすれば、もちろん予測して注意するのが一番だが、もし最悪の場合は。 止まれないときには、抜けられる空間を見ることに尽きると思う。
ぶつかる箇所を見るとそこに行くのである。私の経験でもそうだった。見るとそこに向って突き進むのである、だから、その瞬間視線を切り替えて、自分が通れる幅の隙間を見つけてそこに進むしかない。ちょっと乱暴な意見ではあるが。
本筋はその前に引くって事だけどね。二輪も同じだと思うが意見を聞きたい。
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| ロンドン | - 2005/07
- 7月にロンドンでテロ事件が起きた。
ちょっどその時ヨーロッパにいた。本当はその日はロンドンに行く予定だったが、なぜか先方と連絡が取れず、予定を変更してアムステルダムに向かったのだった。 アムステルダムの知り合いに「貴方はラッキーだった」と言われ素直に肯いた。 あっちこっち歩いているとそのうちきっと、事故に出会うんだろうなあ、としみじみ思った。
そのアムステルダムではレア盤には全く出会わなかった。 お金ばかり使って、「アムステル、ダメ」などとつまらない駄洒落を一人で言った。
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| 綺麗なお姉さん | - 2005/05
- 田園都市線の郊外のある駅から渋谷行きの電車に乗った。私は立って新聞を読んでいた。所々に空席がある程度だった。
次の駅でドアが開くと、前方のドアから20歳くらいの綺麗なお姉さんが、後方のドアからは男の人が乗り込んできた。二人は同時に一つの空席を見つけたらしく、互いに競うように席に近づいて行った。 どっちが勝つかなと思ってみていると、間一髪で綺麗なお姉さんが男の人を押しのけて座った。
綺麗なお姉さんは好きだから、いつもは応援してるけど、今回はいくぶん応援に力がはいらなかったな。 だって、男の人と言うのは「足が悪くて、杖を突いている、老人だったんだもの」
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| 空港にて・・・その弐 | - 2005/04
- ヨーロッパへの出張で、成田空港で飛行機に乗るためにゲートを出た。
飛行機に乗ろうとしたところで、旅行中に読むために買った数冊の本を待合室に忘れたことに気づいた。航空会社の職員に本を忘れたので探したいと申し出た。
係員の話によると、一度ゲートを出てしまうと、簡単には戻る事が出来ないのだそうだ。 で、どうするかというと、係員付き添いの上で戻ることを許可してもらうのである。
幸い、ゲートから近くのベンチに置き忘れていたので、それほど手間もかけずに本を取り戻せたが、またも人様に迷惑をかけたのだった。
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| 空港にて・・・その壱 | - 2005/03
- 成田空港でSASにチェックインをした。
手続きも終わりホッとして柵の外に出たとき、機内預けのカバンに鍵を掛けていないことに気が付いた。慌ててカウンターに戻りチェックイン手続きをしてくれた職員に、事情を話し鍵を掛けたい旨申し出ると「バゲッジはすでに飛行機の方に移動しているので、搭乗ゲートで申し出て下さい」と言われた。 ゲートにて搭乗前にSAS職員に申し出ると、連絡が入っていたらしく、私の鍵を受け取って飛行機の方に走って行き、数分で戻ってきた。にっこり笑って「大丈夫ですよ」と言ってくれた。
その時ゲート付近では乗客に対応する為、皆大変忙しく、てんてこ舞だったのだ。私の不注意で係員にも迷惑を掛けてしまって恥じ入った次第であった。
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| タクシー | - 2005/もうすぐ春
- ヨーロッパのタクシーは実に油断ならない。初めての海外旅行客などごまかすのは朝飯前とばかりにメーターはどんどんあがる。私の経験では、タクシーの料金のごまかしは、ヨーロッパ各地で恒常的に行なわれているといっていい。
イタリアを出国するとき、観光局のアンケート調査があった。 一通りの質疑応答が終わって、「他に何か言うことは無いか」と聞かれたので、私は、「イタリアの食事は美味しい、人は親切、ファッションは世界一でショッピングは楽しい」と言った。係りの人は「フンフン」と満足げに笑顔を浮かべてうなずいていた。「しかし、タクシーは何だ、世界で最低のドライバーだ、料金をごまかす。安心して乗れた事がない。イタリアは世界有数の観光国でもあるのだから、政府や警察が調査して、ドライバーを教育しなおし旅行者ガ安心できるタクシーにしてくれ」と言った。係官の返事は「政府に伝えます」と大きく出た。
スエーデンのイエテボリで、駅からディーラーの家まで、時間がなかったので、「急いでくれ」と言ったら、「私はスピード違反で捕まりたくない、だから規則の中で許された範囲で走ると」いいながら、最短距離を走った。時間は今までの半分だった。料金も今までのうちで最も安かった。 ドライバーは身体の大きな、いかつい顔をした黒人で、乗った瞬間、「今回は失敗、ヤラレタ」と感じるほど、怖そうなドライバーだったのに。人間は外観で判断できないものである。
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| ヘルシンキ | - 2004/11
- 11月だというのにヘルシンキは大雪だった。今年初めてのヘルシンキ。
空港から市内のホテルへ向かうタクシーから町の冬景色を見ながら、ジーンと来るものがあった。それは、人脈も仕入れルートもなく開店してしまった当時、仕入計画を持っていない私を見かねた近所のロックのレコード屋が、連れて来てくれたが北欧だったのだ。 幾度かフィンランド、スエーデン、ノルウエー、デンマークと順番を変えながらも一緒に付いて廻った経験で、その後も独りで何度も北欧を廻った。 特にヘルシンキやオスロは日本から特に遠くに感じられる町で、寂しいながらも、必至に町を歩いていた。当時はコレクターやディーラーと呼べる知り合いもいなく現地の店を廻っているだけだったが、それでも、一つの町で一日歩けば良いレコードが箱一杯になるのだった。そして夕方には郵便局を探し、局の中で荷造りをして日本に向けて発送するのだ。 それが終わると、ようやく昼食だか夕食だか分からないような食事をしながら、夜行に乗ろうか、ホテルに泊まろうかと思案するのが日課だった。オスロで真冬の寒い日に泊まるホテルが取れなくなり夜中に空港に向かった事もあった。暖かな場所は空港しかなかったためだ。 最近は北欧の町のレコード屋には良い商品になるレコードが無くなった。一日歩いても1,2枚しか入手出来ない日もあるようになり、私の足もだんだん遠のいてしまった。 でも年に一度は来るようにしている、ヘルシンキやオスロは私の仕入れの原点だから。 それに北の町は重厚感と清潔感があって、何とも言えない奥行きを感じさせてくれるから。
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