HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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ミラノで
2007/02/04

 ミラノは凄い霧で、「1時間遅れます」、「更に1時間遅れます」と引っ張っていたが、ついに空港係員は「当マルペンサ空港からは飛びません」と宣言した。リナーテ空港に飛行機はいて、それがあと3時間後に引き返すという。
 要するにそれに乗れということだ。近くと行ってもバスで1時間以上離れたリナーテ空港から出るというので、思い荷物を引きずって必死にバス乗り場に急いだ。リナーテ空港でも、霧で使用不可能なマルペンサ空港からの代替の乗客でごった返していて、人が溢れかえっていた。
空港のテレビ画面に乗るべき便名記載がないまま、搭乗口の変更が伝えられていて、不安を感じる。

 やっと乗った飛行機の隣の席に黒人の女性がいた。
彼女は乗ってからも携帯で、何語か分からないが大声でしゃべり続け、離陸寸前に私に向かって、「飛行機の中では携帯はいけないね」と首をすくめて見せた。
それから化粧道具を出して、顔の手入れを始め、産毛を抜いては私との間の床に捨てる。しばらくそれをやってから、次は髪の手入れ、抜けた毛も私との間に捨てる。日本で電車の中で化粧している女性をマナー違反などと言う人があるがそんなの可愛いものである。
一通りやってから、本を読んでいる私に向かって、「文字は横に読んでいるのか、縦に読んでいるのか」と質問をする。
「文学的な文章は縦に書いてあって、科学的な事は横に書くんだ」と教えてあげた。
ちょっと揺れながら着陸すると「オー・マイ・ゴット」と言いながら一人で拍手をしていた。二言三言会話を交わしたが明るい人だった。
行儀は悪いが、屈託が無くて明るくて、いい子だった。
他人の目を気にする事が彼女の意識には無いのだろう。幸せそうだった。


CNN
2007/02/03

 海外でよくCNNのニュースを見ている。
ある時、ふと気がついた。
CNNのニュースキャスター達は、なぜ皆、自信に満ちた表情をしているのだろうか。
一様に顔から自信が溢れていて、時々薄ら笑いを浮かべながらトウトウと話しているのを見ていると、うんざりする時が無いわけではないほど、流石である。私には傲慢と映るときもある。
あの表情がアメリカなんだろうな。

蹴っ飛ばされた
2007/02/01

 イタリアのある駅の人ごみで引っ張っていた、カートに積んでいたダンボールの箱を蹴っ飛ばされた。黒人の若者だった。
 以前にも同じ経験があった。3年以上も前になるが、ストックホルムの駅のホームに上がる時、エスカレーターを降りたところで後ろから来た黒人の若者に同じように箱を蹴っ飛ばされたのである。
周囲の人々も驚いて一斉にこちらを見ていた。

 私の歩き方がのろいので、きっと邪魔だったに違い無い。
私は何も言わなかったが、心の中で、彼に言った。
「この箱の中には、あなた方の祖先が作り上げてきた、あなた方の魂と言う所のジャズのレコードが入っているんだよ。それを蹴っ飛ばして嬉しいだろ。」


テレビに出た
2007/01/21

 日曜日にフジテレビの特別番組「2007年問題」に出演した。
60歳くらいで、サラリーマンから独立している人という設定である。
最初は、番組中1分以内で私の人物紹介に留める、という話だったが、プロデューサーの方と話をしている内に、彼が面白がって、とうとう俳優さんを使って回想シーンまで制作するという念の入れようになってしまった。

 なぜ、面白がったと言うと、私がダメ社員だった事が一つ。
恥をさらすような話になってしまうが、遅刻常習、勤務中に喫茶店通い、等々。さらに恥を重ねるようだが、映像の中で、漫画週刊誌を重ねて居眠りをしている私が写っていた。
まさに、そんなサラリーマンだったのである。
もう一つは、50歳で仕事もなく退職をした私が、退職金でスポーツカーを買ったからである。その話になった時彼は、「今後のことを、どうしようと思わなかったですか?」
「いや欲しかったから」
「すべて退職の定石から外れてますね、やりましょう」
という事になったのである。
車の話はその内にしようと思う。

それでもプロデューサーの話によると、世間体もあるので、少し抑えた表現に変えたと申していた。
しかし私には十分すぎるほどのダメさ加減だったので、改めて赤面する人生であることを納得させていただいた。

いずれにせよ、音声さん、カメラさんの大集団を目の前にして、カメラを向けられると、人間緊張するもので、その瞬間に言いたいことも全て忘れ去るのである。
口の周囲の筋肉は硬くなって言葉が言えなくなるのである。
小心者だから仕方がない。

赤信号(続)
2007/01/11

昨日タクシーに乗った。
新宿の大きな交差点で信号が赤になり、青信号に変わってもちっとも車が進めない。その時にタクシーの運転手が言った。
「ほらあそこ、信号が変わって慌てて走って行く歩行者がいるでしょ。」
「うん」
「ああいう人に限って、信号渡った後、ゆっくり歩くんだよね」
指差す若者を見ていたら、本当にその若者は、渡り終えた途端のろのろと歩いていた。
アクセルを踏みながら、運転手が「ね、急がなくてもいいのにね」
後ろに去ってゆく景色を見ながら「そういうモノですか。なるほど」と妙に納得した。

以前の会社の同僚だった女性と歩いていた時のこと、信号が変わりそうだったので、私が走り出す準備をして彼女に「渡る?」と聞くと、「ううん、ここで走っても人生変わらないから渡らない。」と答えたので、それも妙に納得した。
それ以来私は、変わりそうな信号で焦って渡るのをやめた。
だって、人生変わらないから。



田園都市線
2007/01/09

 ニュースで東急、田園都市線があまりに混むので、朝は二子玉川から渋谷までの区間を各駅停車にすると発表した。
サラリーマン時代、30年近くをこの田園都市線の青葉台から渋谷、のちに池尻大橋まで電車通勤してた私としては大変興味深くこの記事を読んだ。

 田園都市線は昭和40年頃に出来た。最初は渋谷ではなく大井町に行っていたが、乗客の悲願である渋谷直通を実現し、メジャーな私鉄路線になった。したがって二子玉川までは田園都市線、その先は新玉川線、渋谷からは地下鉄半蔵門線という、出世魚のように名前が変わる珍しい線になった。
 最初はガラガラで、朝は座れた。それでも毎年4月になると新入生や新入社員で乗客は増えた。やがて座ることは不可能になったが、新聞を広げて読めるほどの混み具合であった。3レターのTKKは「大変、混んで、腰掛られない」等と冗談が言える時代だった。
 その頃、隣の小田急線は混みすぎて、乗客を人間扱いしていないなどと、馬鹿にしていたが、やがて小田急線など問題にならない事態がやってきた。
まず二子玉川から渋谷直通線になった事から始まって、土地の開発が進み住宅建設ラッシュがあったこと。ドラマの金妻などのブームで土地柄の人気が急上昇し人口流入に拍車がかかったのである。

 45年頃は渋谷の直通がなく、自由が丘で乗り換えていた。もちろん急行や快速なんてない。それでも8時13分の電車に乗れば、9時1分前に渋谷の会社に着いた。
渋谷直通が出来た頃にはもう混むようになった。直通だから朝は、もっとゆっくりしていても大丈夫だと思って出かけたら10分も遅刻してしまった。
直通でさらに急行(快速)も出来たのに、なぜか、青葉台を8時7分に乗らないと遅刻する事態になって、私は不満であった。
どう考えても不思議で納得が行かない。今でも。
だって、直通で急行の方が、各駅停車で大回りしたより早く着くなどという馬鹿げた交通機関があっていいのか。
TKKだから仕方がないって?

文字
2007/01/05

 最近、携帯のメールが来れば、絵文字なる物が必ず付いてくる。
パソコンのメールにも絵文字は多い。

絵文字って、実は原始時代の、文字がない時代の伝達方法じゃないか?
考えてみると、我々の祖先の最初の文字は絵だったに違いない。
それが象形文字になり、長い年数を経て、漢字になり、日本に伝わって仮名が出来、現在に至っているわけである。
それが、ここ10年の間に、原始時代の文字が生まれた頃の、絵文字に戻ってしまった。
謝罪する時も、延々と説明しないで謝っている絵文字一つ m(_ _)m で用が足りてしまう。これなど文字で書けば、「先日は誠に....云々、今般の出来事につきましては一同伏してお詫びを申し上げます」となるところである。
これは言葉で意味を伝える努力が要らなくなって便利かも。

その内に携帯のメールはすべて絵文字だけになって、文字が消える日が、近いうちに来るに違いない。
人類が何万年もかかってようやく作り上げた文化の源である文字が、10年もたたない内に日本から消えてしまうのか...

言葉も種類が著しく減少して、家に帰っても、「おい、めし!」「いるの?」「お茶!」「いるの?」「ふろ」「いるの?」としか言わなくなるんだ。
いや、それはすでに、現在まさに今がそうなっている。
絵文字のメールの方がましかも。

門松
2007/01/04

正月で街はひっそりしている。
しかしそれにしても、最近は街角になぜか正月らしさがないと思ったら、門松がない。門松といっても本式の立派なものではなく松1本だけのモノで十分なのだが、なぜかそれすら飾っていない。
飾るのが面倒なのであろうか。
もちろん日の丸を掲げた家ははるかに少ない。
法律で日本の国旗が日の丸に決まってからの方が、揚げる家の数が減ったのは皮肉である。
そんなことを考えていて、ふと気が付いた、都会では「どんど焼き」という門松など正月飾りを焼く行事がない、そうなると門松をゴミとして捨てるしかない。ゴミとして捨てるのは、私のような小心者にはちょっと心が痛む。ならば最初から飾らない方が気持ちがいいに違いない。
という訳で、いつもの悪い癖で勝手に結論付けた。

それにしても、ハローウインだのクリスマスだの、日本の習慣にない他国の祭りでも熱心に飾りつけるのに、日本の最も重要なイベントである正月になるとテンションが下がるのは、正直いって忍びない。

正月
2007/01/03

明けましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になりました。
本年も相変わらずよろしくお願い申し上げます。

12月31日の大晦日の営業は終わったのは、元旦の朝6時だった。
白々と明けてゆく、元旦の新宿の空を見上げながら、「今年も一年、無事に終わりました。有難うございました。」と信心もないのに神様に御礼を言った。
最近大晦日は大抵、オールナイトになって来た。
HAL'Sで年越しをしたいと思ってくれるお客様がいてくれる事が、私としては大変嬉しい。
最後は酒でも飲みながらジャズの話やら、買ってきたCDを皆で聴いたりしているのが何とも楽しい。

それにしても一昨年はオールナイトをしなかったのは何故だろうと考えていたら、思い出した。一昨年はインフルエンザにかかって、私は自宅に隔離されていたのだった。

因みに今回最後に来店されたお客様は2時に入店されました。
楽しかった!

食べ方
2006/12/24

今月はじめ、旅行中にパリのホテルに泊まった時の事。
朝食を取っていて不思議な食べ方をする若い女性に出合った。
20歳くらいの美しい女性の皿に、載っているのは食パン2枚と、水だけ。他に美味しいものが沢山あるのにも関わらず。
どうするのかと思って見ていると、ナイフとフォークを使って、バターをまんべんなく時間をかけて丹念に厚めに塗った。
食べるのかと思いきや、今度はテーブルにあった、コショウを取ると、丹念にかけ始めた。左側から右側に向かって、何度も往復しながら。
やがて、パンの表面はコショウ色に変わった。

彼女はナイフとフォークで、上品に小さく切り分け、ゆっくりと食べ、そして終わった。途中で時々水を飲んだ。

やがて、近くにいた私の胃のあたりが、むづ痒くなってきた。


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