HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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兄弟
2007/03/03

 イタリアに住むDJ兼プロデューサーはよくイタリアのジャズのレコードを探してくれる。彼が当店の従業員を自分の弟だと言った。
なぜなら、「彼は私のカバンの中を見たから」。物騒な事を言い出したので聞きなおすと「DJがあった時に手伝ってもらって、カバンの中からレコードを取り出したりしてもらったから」。「イタリアではカバンの中を見るのは兄弟」なのだそうだ。
なんでもあちらでは、他人のカバンなぞ、無断で開けるものではないのだ。
カバンの中を開ける事に関して、実はレコードフェアで日本人の評判が芳しくない。平気でカバンを開けられたとか、無断でテーブルを飛び越えて中に入ってきて、カバンの中の大切なレコードを漁ったなどという話は多い。
日本人のマナーの悪さは現地では有名になった。

 レコードを見るときのマナーの悪さも定評があって、横から手を出すとか、横から目の前に拳を突き上げられて見るのを断念させられたとか、きりが無い。日本のバーゲンセールで鍛えているせいかもしれない。
そう言えば、私も以前見ようと思って次の列に手を出したら、例のAさんが「ここは私だけが許可されているから、見ないでくれ」と強く言われた。
怪訝に思いオーナーに確認したら「全然、どうぞ見てください」と言われ驚いた事も多々ある。まず、Aさんに初めてスエーデンであった時、「日本から来た池田です。よろしく」と挨拶した時、いきなり「あんたワシにレコード売って貰いたいんやろ、あかんで、あんたに売るレコードないから!」。これが彼の挨拶かと呆れたが、この道で生きて行く厳しさも教わって気が楽になった。それ以来挨拶はしてもらえないので、必然的にしなくても良くなった。
以来。「池田というヤツに碌なヤツがいない」等と悪口は言われ放題だが、別に付き合いもないので、気にしていないし、付き合いが無い分、楽だ。
実は彼の言いたい事も分かる。今はもう存在しないが、有名ジャズショップの池田と言う名前はこの世界では、特に外国では有名で、私も同じ名前だったので、あやかっているのだ。

 ヨーロッパのディーラー数人の話で、彼の噂になった時「彼はわが国のどんな小さな街のレコードフェアにも必ず来ている」というと「わが国にも」と広がり、皆で「いったい彼は年間どのくらい買うのだろうか?」と感心していた。
私の何倍も仕入しているのであろうか、よっぽど凄いビジネスに違いない。
羨ましい限りである。負けないように頑張らないと。

知り合いの死
2007/03/02

 しばらく前の話になるが、あるレコードフェアに行った時、知り合いのイギリス人達から、お前の友人が死んだと盛んに言われた。
みんなが友人というところの彼は、一人暮らしだったので、アパートで亡くなってから2週間後に発見されたのだそうだ。
一様に「お前がたった一人の友人なのだから、行かなくちゃ」といわれ続けた。
 彼(J)はロンドンに住む黒人の老人で、コレクターやディーラーから悪評の人物だった。かなり薄汚れた格好であったし、他人に攻撃的で、盗品を売っているのではないかなどと囁かれていた。ある日本人はフェアでジャズのレコードを買おうとしたら横から体当たりされて横取りされたとか怒っていた。
そのJが、ある日、あるレコードフェアの会場で私に言った。
「お前は全然良いレコードをゲットしていない。」
「ドキッ!」確かにそうだ。続けて彼は、「おれの嫌いなあの、有名な日本人のAさんに全部取られている。もしお前が良ければ、お前のためにレコードを毎回持ってきてやる。とありあえず今回はこれだけあるから買え。」
風体からしてあまり積極的にもなれないが、一応見せてもらった。
ところがこれがまた目を見張る、イギリスを代表する激レア盤ばかり。
文句いう間も無く数千ユーロ分、全部買ったのであった。

以来、すっかりJのペースで事が運び、大きなフェアが近づくと彼は自宅の電話ではなく、ロンドンの友人宅の電話を使ってわざわざ持参するレコードの確認をして来た。なぜ確認するかと言えば、私が確認した品物は、全部買わさせるためである。そして、大変面倒な事にフェアの前の日の夕方に、近くの駅で待ち合わせし、カフェに行きコーヒーを飲みながら商談をする。一枚づつ安いモノから1ポンド単位で交渉が始まり、私が粘ると必ず「これは友人のレコードだから、安くはならない」。結局いつも最後はヘトヘトになるのだった。
時々、「お前のホテルの部屋は広いか?もし広ければ、おれも泊まりたい」などと言われるので、必死に断り続けながらの値段交渉だった。

彼と何度か取引するうちに、何故かJにも定宿も出来、靴も、ジャケットも、コートも徐々に新しくなり、身なりもこざっぱりしてきた。ストライプのマフラーもしてたりして。すると結構ハンサムでイカシた、いい男だったので、落差が可笑しかった。
そんな彼と駅を歩いている時、かれは言った。
「ずうっと前の朝、ここを通りかかったら、例の日本人のAが、このベンチで寝ていたんだよ。オレも貧しかったが、駅のベンチでは寝ない。そこまでしたら人生終わりだ。お金のためにそこまでするもんじゃない。わかったな。」
「はい」
「これからもお前の面倒は見る。お前は友達だから。」これが最後になった。

Jが死んだ後、知り合いがイギリスで弟と名乗る人に合ったらしい。
案の定、ものすごいコレクションだったらしい。彼の弟が「日本人の池田とかいうやつに売っていたので、彼に連絡を取りたい」と言っている話は聞いたが、連絡の取りようもなかったし、宝物の売買の間に立つ人などいないのは当然である。
最近ドイツ人が買うらしいとの噂を聞いた。
惜しい事をした。

 Jが嫌いな、日本人のAさんの評判も相当で、ケチでは最高の部類である。泊まったホテルの朝食のクロワッサンを全部持って帰ったとか、武勇伝には事欠かない。
現地で「日本人は皆、あういう風か?」と聞かれる度に、私は「彼は日本人ではない」と答えているが、実は多額の貯蓄を持つすごい金持ちらしい。

 Jは、プライドがすごく高かった。
彼を馬鹿にしていた現地でレコードを売買している日本人の連中より、ずーっとお洒落で、汚い時も、英国トラッドのセンスを時折見せている人だった。
「ベンチに寝るのは浮浪者のする事だ、我々はそういうことはしないんだよ。」彼のセリフが今でも思い浮かべる。

ユーロが高い
2007/02/25

最近ユーロが異常に高い。
1ユーロがついに160円を超えてしまった。わがショップとしては、もう限界である。
開店当初は欧州でもまだユーロもスタートしていなくて、イタリアに行った時などは両替に何軒も銀行を廻ってすこしづつリラを作ってレコードを買いに走ったものだった。
しかしユーロになると国を跨いでも両替の面倒もなく、本当に楽な時代になったものだと歓迎していた。
またユーロが安くドルに毛が生えた程度のレートで安心していた。

ここ1,2年前から日本の景気低迷を比例して急に円が弱くなってきた。
先日もヨーロッパの現地の人から、「以前はニュースでジャパンエコノミー、ジャパンエンのニュースが聞かれない日はなかった、しかし、今はチャイナのニュースばかりだ、これからはアジアはチャイナの時代だ。」なるほどヨーロッパでは日本の時代は去ったと認識されているんだ。
寂しいものだ。

政府、財務省は頑張ってくれないと。


映画
2007/02/22

 仕事をサボって、映画「バブルへGO」を見に行った。
映画館で映画を見たのは8年ぶりだった。
元来私はジャズと映画は大好き、高校生の頃から学校をサボって見に行っていたから、かなり映画は見た。だが、独立してからは仕事中心になり、映画を見なくなった。それに輪をかけて、ハリウッド映画にも飽きていた。

 出張の行き帰りの飛行機の中でも映画は時間つぶしにちょうどいいので2,3本は見ていたが、日本語吹き替えのハリウッド映画にももうお腹いっぱいになって、最近は見なくなった。

 しかし、今日は思わず「バブル」という所に引っ掛ってしまい、矢も盾もたまらず見に行ってしまった。バブルの頃の、私の中の甘く切ない思い出を刺激されたのだった。
そういえばバブルの頃は良かった。お金や食べ物に関しては少なくとも私にとって、パラダイスのような甘い記憶である。

 日本語の映画なのに、画面の下の方に字幕があって、多分、耳の不自由な方々に配慮してあるのだろうが、とにかく驚いた。おまけに、シーンで携帯が鳴ると、(携帯が鳴っている)などと表示される。字幕が気になって画面も上の空だった。
映画?バブルの描き方が少ししかないし、極端に下らない所ばかり強調してあって、興味をそそられるものが無かった。
映画としては、可も無し不可も無し。

ああ、昔の映画は良かったなー。



バレンタインデー
2007/02/19

ちょっと遅ればせだが。
先日のバレンタインデーの続きであるが、結局はチョコは一つも来なかった。
一応記録に留める。


ハーレム
2007/02/18

ニューヨークにハーレムという場所がある。
ジャズでは有名な場所であるが、ダーティーな場所としても有名な場所でもある。

 前回、オランダで車に乗せてもらって高速を走っている時に、道路標識に「HAARLEM」という地名があったので、思わず私が声を出して「ハーレム」と読んだ。それを聞いていた彼が、ニューヨークのハーレムはここに因むと言ったのだ。
ちょっと意表を突かれたが、なんでもオランダの所有地だったので「新しいHAARLEM」として名づけたものだそうだ。そういえば、ニューオリンズが昔、フランス領だった頃のニュー・オルレアンと同様である。
その後HARLEMとなったのだそうである。
昔はいい場所であったらしいいが、繁華街になり、黒人が入って来て、プエルトリコ人が来て、イタリア人も来たり何やらで、人種もゴッタになり、徐々にダーティーな場所として定着したらしい。
今はクリーンになる運動もあって徐々に品も向上させているようで心強い。

ジャズ評論家
2007/02/17

 最近、ジャズ評論家の書いたものを読んだり、言動を見ていて、気がついたが、お金に関する記述がけっこう多い。
アメリカで買ったレコードの価格が自慢げだったり、オーディオの値段が書いてあったり、テレビに出て幾らと査定したり。

鑑定団で幾らと言うほど、相場に詳しいとは思えないし、オリジナルと言えるほど、原盤の見方に詳しいとも思えない。
正直言って畑違い。

 テレビの鑑定団でも、すでにお亡くなりになった日本画の先生がいたが、その先生は番組の中で、「真贋の事について述べる、しかし金額については私たちが言うことではないし、興味もない」。
感心した。しかし、言うなればそれが評論家の美学というものである。

いつからジャズ評論家が「ジャズ買い物評論家」になったのだろう。
そもそも、ジャズの芸術性や音楽性について論じているものではないのか。

 時々、「テレビで何万円もすると言っていたレコードと同じものがウチにある。是非見てくれ」という人が多い。
大概は日本盤の安いものであるが、それでもテレビの評論家がそういった言ってと、私が買い叩いていると思い、信用しないので困ってしまう。
どうせお引取り願うだけなので良いけど....、でも寂しい。

 そういえば、身内がジャズ評論家だと言うので、その人の記事をせっせと読んで見たら、ジャズメンの誰それと知り合いだとか、話をしたとか、自慢話ばっかりでうんざりした事もある。そういうのは「有名人知り合い評論家」と言うんだ。
ジャズ評論家にはフリージャズがダメだとか、非常に音楽の幅の狭い人もいる。ある評論家の文章を難解だといってケチをつけていた評論家も何人かいる。唖然とする。
もしグルメ評論家で好き嫌いがあるなんて言ったら、お笑いもいい所で、世間から総スカンに違いない。毒を食らわば皿をも...というのがグルメの真髄。ジャズの世界だって同様だと思うが。

ジャズ評論家の皆様、頑張って残して下さい。
いえ、お金ではなく、立派な書物ですよ。

日にち
2007/02/16

 日にちは深夜0時をもって、翌日になる。
当たり前のことであるが、わが国が、明治になって近代国家になるために西洋の暦を取り入れ、一日が24時間であるという事が当たり前になったのであった。
なので、それは私もよく理解している。
しかし、私の個人的な時間と日にちの概念は、朝起きてから寝るまでが今日。
深夜0時を過ぎていても寝るまでは今日。

時々、規則に忠実な人がいて、夜遊びに行っていて、日にちの話が合わないことがあって、イライラしたことがあった。
まとめようがない話になった。

バレンタインデー
2007/02/13

 以前ヨーロッパで仕入れの交渉中、突然彼が言った「今日はバレンタインデーだから、もう止めよう」。2月14日だった。
彼に「日本では女が男にチョコレートを贈る日だ」と言うと、「知ってるよ、お菓子屋さんのビジネス戦略だろ。」なんでも知っている。
「こちらでは愛する人に花やカードを贈るんだよ」一緒に来いと言われ、花屋で700円程の花束を買った。
「なんだったら食事に一緒に来る?」と言われ、さすがに図々しいと思ったが、「男女の恋愛」だけではなく、セント・バレンタインは愛の人だから「愛」全般なのだという説明を聞いた事と、興味津々なので、彼女と3人でレストランに行った。
だが、やっぱりカップルだから、私も気を使ったし、先方にも気を使わせてしまった。

 新聞か雑誌か忘れたが、実際には女性の7割の人が、女性がチョコを上げることに反対しているらしいが、表立って反対できないという日本人の性格をたくみに突いている所が憎いというか、嫌らしい。
 ホワイトデーは80年代に、そのお返しをさせれば儲かると考えた業界が戦略的に考えてこじつけて作った「日」である。

女性がチョコレートを必死に買い、配りまくる日。
そして「お返し」という習慣を利用して、作ったホワイトデー。
私は違和感を感じてしまう。

 バレンタインデー反対なんて言っていても、いざとなると、義理チョコでも、「いや、悪いねぇー」なんて嬉しそうな顔して言ったりして。

2007/02/10

 近くのコンビニで1本100円の水を売っているので、最近はいつもそれを買っている。しかし、こうして飲料水を買うようになってから、どのくらい経つのだろうか。

 昔、ウィスキーと一緒に持ってきたミネラルウォーターを見て、クラブのお姉さんに「水でお金を取るのかよ」とか、「その内、日本中の人が水を買うようになったりして」などと冗談を言っていたが、今や冗談ではなくなった。

 思えば日本という国は世界有数の水が豊かな国で、自慢のおいしい水が、各地にあった。水の文化は日本にこそあったと思う。
フランスなどでコップに水を汲んで半日も置いておくと、下の方にカルシュウムが沈殿するなどと言われていた。また水の方がワインより高いなどとも言われた。そういう状況下のヨーロッパなどで水を買う事は理解できる。
しかし、水が豊かな日本でいつから水道水を飲まなくなったのであろう。
地方ではまだ水道水でも自然のままで十分美味しいと思っている。
だからと言って東京だから不味くても当然とは考えたくないものだ。
さみしい問題である。

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