HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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免許
2008/01/21

車の普通免許を取ったのは、40歳過ぎてからだった。

私の若い頃は車を持っているやつはモテた。
私だって、可愛い女の子と仲良くなりそうになった事が何度かあった。
会話が弾んできて、なんかいい感じ、って思ったとき「車持ってる?」って聞かれて「持ってない」と言うと、女の子が引いていくのが分かる。
それで終わり。
そんな時代だった。
学生時代から貧乏だったので、ずっーと免許も車もない人生だった。

免許がなくては車でラブホテルにも行くことが出来ない!。と発奮して免許を取る決心をした。ちょうど電車の広告で、日曜、祝日、夜間も講習あり、という便利な教習所をみつけ、会社仕事の合間に免許を取った。
上手く出来なくて、半クラは2時間オーバーだった。
正直今でも半クラは苦手だし、ちょっと坂道は緊張する。

忘れないのは女性教官で、免許のないおじさんを哀れんだのか、何回か、終業ベルが鳴ってもまだ教えてくれていた。彼女は上官に後で叱られていたが、あの時の教官には今でも感謝している。

免許取ったから、ラブホテル行きたかったけど...。冗談。

写真
2008/01/20

私は多趣味だったが、写真が最も自分に合っていたような気がする。
被写体は競馬の馬。

ニコンのカメラはFからF2、F3と移る頃だった。レンズも20ミリから1000ミリまで全部揃えた。現像機器も揃え、自分で引き伸ばしもやった。私が暗室と呼ぶ風呂場は現像の薬がいっぱい。薬の混合、温度管理、感度と時間から自分なりにノートにデータを取り、そのグラフを元にフィルム現像をした。
何年か続いたが、現像で出る亜硫酸ガスで喘息が出て止めた。

今も現像会社に勤務している友人が、先日来られ、「昔池田さんにもらったハイセイコウの写真を、今でも会社の新入社員の研修で使っている」と言われ嬉しかった。

そのハイセイコウの写真は当時、中山競馬場に撮影に行ったものの、熱に浮かされた競馬人気で、スゴイ人波。
ファイダーなど覗けず、写真撮影などできそうもない状況。
距離と馬の足の運びのリズムを読み、頭上に差し上げた500ミリ付きのニコンで、一度のシャッターに賭けた。4コーナーを先頭で抜けて来た時、ここと思った瞬間、一発だけ撮った。
一日中競馬場にいて撮った、たった一枚だけの写真。

自宅に帰り現像してみると、右足先がほんのわずかに切れているだけで、蹴り上げた足を抱え込み、空中に浮かんだハイセイコウがくっきりと写っていたのだった。
その写真をパネルに張り、その友人がいたショップにもって行くと店内に飾ってくれ、それが時々売れたのだ。
お金ばかり使ってしまう私の趣味の中で、それが私のたった一つの趣味の自慢であった。
しかし、土日は競馬場、平日の夜は現像と、今思えばご苦労な事だ。

いつ仕事するんだと聞かれると、答えられない自分が面目ない。
そういえば、その写真は手元にない。フィルムもない。

今も現像会社に勤めている友人は時々、撮った写真を見せに来てくれる。
彼は長年やっているだけでなく、好きでやっているから、やっぱり上手い。
趣味とはそういうもので、長くやっているとトンでもない高い所に到達するものだと思う。
飽きてはいけない、何事も。

レコードコレクション
2008/01/19

私がレコードを集めるようになったきっかけは、学生の頃、通っていたジャズ喫茶による。
学生の頃、レコードは2,500円で、15,000円の生活費からはとても出せない。その頃電車の初乗り10円、ラーメン40円、学食のエビフライが乗ったAランチが70円。いかにレコードが高価であったかわかる。
ウールのズボンが3,000円だったから、これとレコードが同等の価値だったわけ。

そんな状況ではレコードなど買えるはずもなくジャズ喫茶に通っていたのだった。
しかし、ジャズ喫茶はリクエストすると2時間待ちなど当たり前。人気盤はさっきかかったばかりだから今日はもう掛けない等と言われる。
また、レコードによっては学生がそんな軟弱なのを聴くなと怒られる。
おまけに話でもしようものなら、店員にウルサイと怒られる。
おしゃべりの私はそれが我慢出来ない。
世の中そういう人がいっぱいいたのか、ジャズ喫茶全盛の最後の方は、お客はみな、少年漫画を読みながら椅子に座っていた。
難しい顔して、じっと我慢してスピーカを見つめている事など出来ない。

だから私は、社会人になったらジャズ喫茶に行かなくても、自宅で好きな時間に好きなレコードを聴くことができるように、レコードを買い始めた。
しかし、急に思い立って聴きたいレコードが出てくるには最低2,000枚は必要であるから、せっせと買った。毎日会社帰りに渋谷のJAROに行った。
廃盤はアメリカの雑誌を見て、セールの欄を見てせっせと手紙を書いた。
毎週アメリカ、ヨーロッパから荷物が届いた。
あまり沢山届くので郵便屋さんから音楽家ですか?と聞かれたこともある。

最初日本盤だったが、音が気に入らなくて、一度全部手離してから、オリジナル盤に買い直した。最終的には4,000枚ほどにはなっていた。
気になるミュージシャンのは取り合えず全部買って聴く、ロックでも同じ、クラシックなどは取り合えず全部買うのだが演奏家が沢山いるとその数たるや大変なものだった。
カビ・湿気などを防ぐ為にエアコンは24時間入れていた。

しかし家にいて、好きな時に好きなレコードがかかるのは、本当に良いものだ。
私は事情があって、すべて手離してしまったが、店を辞める時には、また少しづつ集めようと思っている。
って、死ぬまで働くつもりだから、まだ引退するつもりもないけど。

ごま菓子
2008/01/17

スーパーで買ったお菓子。
胡麻のお菓子。
袋を開けて取り出すと、さらに小さな袋に入れてあり、その名前が「ごまかし」。
オレのためのお菓子かと、親近感を抱いた。

酒と女
2008/01/15

先ほど、知り合いから忙しい時に電話が掛かってきて、報告があった。
新宿駅の付近の出来事らしい。

報告によると。
おじさんが二人、駅で別れ際に片方が、「酒と女は2本までだぞ!」
と言ったそうだ。
名文句で感動したそうだ。





頑張る
2008/01/14

知人の息子が来て、お茶を飲みながら人生の話になった。
結局、年寄りの私から若者に対する説教じみた話になってしまうのだが、若者の彼は黙って聞き役。

頑張りなさい、等という分かりきった話をしている最中に、ふと、そういう自分は一体、人に説教できるような立派な人生だったのかと思い返してしまった。

私の人生は常に説教を受ける側の人生だった。
子供の頃は、多くの学校の先生達や友達の母親達から「やれば出来るんだから」とか「頭が良いんだから、頑張りなさい」等といわれ続けたが、何もしないで、地元の高校、ろくに試験勉強もしないで東京の大した所も無い大学に入った。
就職も探す努力もしないで、3月ぎりぎりになって旅行会社に決まった。

会社に入っても、アルバイトしていた頃に比べ、あまりに会社の仕事が楽ですっかりなめ切ってしまい、早く仕事を終わらせて暇を作っては近くの喫茶店で良くサボっていた。
最初の2・3年位まではお説教してくれる人もいるが、その後は、もうだれも何にも言わない。
思えば努力という言葉が一番似合わず、ゴマは擦らず、上司を尊敬せず、上の人達からは、いつも嫌われる社員だった。
だからこそ仕事では人に負けられないという自覚だけはあった。
当然出世などなく、50歳過ぎで会社から飛び出た。

しかし、自分でもそういう人生で良いとは思っていないわけで、どこかで変わりたいと思っていた。40過ぎてから、斜に構えていた人生を、徐々に積極的にして行ったと思う。
会社を飛び出してから、本当に頑張った。
今更当たり前。

分かりやすい人生だなと思うが....。
今でも、もっと変わりたいと思っては、いる。






運転
2008/01/13

「JAFMATE」、私の愛読雑誌の一つ。
特に読者のおたよりが気に入っている。
掃除してたら半年前のが出てきて思わず、手を止めて読んでいたら、中年男性から高速道路の速度遵守の投書があった。
「私は法定速度遵守している。片側一車線の道路の時は後ろに大行列ができる。煽られたりパッシングや追いかけてきて叱られることもある。自分は悪くない。云々」という内容だった。

言いたくは無いけど、わたしから一言。本当に言いたくないけど。
悪くは無いけど迷惑な車はあなたの方かも。法定速度の2割アップで走れないのでしょうか。
まさかだけど、2車線道路で右側を走ってないよね。
文句を言ってはいけない場面なのは分かっているが、どうしても言いたい。

それよか、そのスピードなら下道を走っても大して時間が変わらないような気がしてきた。
なにも高速走らなくても.....。

私も遵法運転ですけどね。


IDカード
2008/01/11

国民年金の不明者の特定が出来ないので、うやむやになりそうらしい。

もし私が年金のお金を管理する会社をやっていたとしたら、どうやって個人を固定できるのであろうか。
むかし会社で一時コンピュータ業務をしていた私はすぐに考えた。

会社を変わった人、結婚で名前が変わった人、住所を変わった人、海外に行ったり戻ったりして途中が抜けた人。
それらを何度も繰り返したりするとしたら、正直に言って認識する事は不可能である。
同姓同名が沢山いる中で、名前の読み方だけを主な情報として名寄せをしていくのは、所詮無理があるわけだ。
って言っていると、社会保険庁の肩を持つのかと言われそうだが、へそ曲がりの私は、本当にそう思っている。

以前、その解決方法が一つあった。
いつごろか忘れたが、国民総背番号と言われ、マスコミがプライバシーの侵害として大反対で消えた、あれである。
ほとんどの外人が持っているIDカードと言われるあれである。

もっと面白い事に、わが国ではIDカードがないため、日本人であることや本人であることを証明するものがない。
それで運転免許で代理をしている。
あれはあくまでドライバーライセンスであって、国家が本人を保証するIDカードではないのだが。
IDカードがあれば、年金の問い合わせも簡単なんだけどな。
あんなモノでプライバシーは侵害されません。

海外旅行も国交のある近隣諸国だったらパスポートも不要になる可能性もある。日本と韓国と中国とでは無理そうだが、欧州ではEUの国民はIDカードで旅行している。

IDカードの導入を再度考えた方が良いと思う。
マジで。

ペットショップ
2008/01/09

新宿にはペットショップの数が多い。理由は分からない。
そして遅い時間まで営業している店が多い。

動物好きな私は、その前を通るたびに、ウインドウ越に犬の子や猫の子を見る。値札には以前に聞いたこともないような犬の種類が書いてあって、その値段は結構高い。
まっしかし、命の売買だから高くても当たり前だなー。

可愛い子犬や子猫を見ながら、胸がすっきりしないのである。
犬や猫の子供を扱ってくれているのだけれど、優しさが伝わらない。
餌を上げて糞を始末してくれているのだけれども、愛が伝わらない。
伝わろうとする気持ちが、ないだろうと店の人に言われそうだが、きっと私に気持ちが無いに違いない。




公園の片付け
2008/01/07

いつも歩いている、新宿の遊歩道に、朝から職人さんや区の職員さんが沢山いて、あたりのダンボールなどを綺麗に片付け、新しく低い木が沢山植えられている。
初めてここを通る人はきっと「新宿区はここを綺麗にして偉い」と思うに違いない。しかし実は、やっている事は浮浪者の締め出し。
木を沢山植えると、芝生に寝られないようになるから。

この寒空に彼らをいったいどこに行かせるのだろう。
最近新宿周辺から浮浪者の姿がスゴイ勢いで減っている。減っていると言えば野良猫の姿も減っているが。

私は都会という場所は、表面的な綺麗さと裏腹に、汚らしさを常に持っている場所だと思っている。ようするに大きな建物が密集していて、人・物・食・金が集まり夜になると居住者が居ない都会こそが、汚い浮浪者がいる場所なのではないか。
人の中には、清潔にして、家に家族で住んで、という普通の生活が出来ない人もいる。そういう人を受け入れられない社会とは、清潔という名の恐怖社会だと思う。
確かに、私も浮浪者がそばに来たら愉快ではないが、いつもウチのビルの下にいる浮浪者を見ていると、仕方ないと思えてくる。
この間、ビルの一階にいた浮浪者に「その辺りにオシッコすんなよ」と言ったら、「俺じゃねーよ」って怒られた。

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