HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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郵便局で
2008/06/06

近くの郵便局に荷物を出しによく行く。
今週、いつも荷物を受け取ってくれるお兄さんがいない。
今日、女性局員に尋ねたら、転勤したらしい。ちょっと淋しい。

こんな事を書いては、いけないかも知れないが、彼が最初に郵便局にやって来た時は、オロオロしていて、ちっとも仕事が進まない。
中にはイライラして、舌打ちをする人もいた。

しかし、半年もすると落ち着いて立派に仕事をこなす様になったし、余裕が出来たのか親切に、こっちの方法で送った方が安いとか、アドバイスもしてくれるようになった。おまけにニコニコしていて可愛い所もある。

会社の中でも新人の中には最初から、物覚えが悪いというか、上手く出来ない人がいる。じゃ、それがずーっと駄目かと言うと、そうでもなくて育って行く奴がいる。やっぱり駄目な奴は確かにいるが。

駄目だと思う奴に言いたい。
まず、仕事のノートを附けること。これに尽きる。
自分を駄目だと思わずに努力する事。

最初からテキパキしている社員より、育った感じがする社員は可愛いもの。

他社の、人の心配している場合じゃないわな、ウチは。

会社
2008/06/05

 私がいた会社は、日本各地で活躍していた企業を買収して大きくなったので、支社にはそのまま前社の社長が残っていて、営業成績を上げていた。
彼等がいなければとても予算達成など見込めない。
当然、彼等は地方を豪族のように牛耳っている。

しかし、十何年も経つと、本社で出世してきた取締役達は面白くない。大体彼等は管理部門出身である。
バブルが近づき経済も安定していると、もう大物だけの出番ではなくなってくる。すると自分達が地方豪族を追い出して権力を握りたいと思うのは、日本の過去の歴史が示している通りで、やがて地方の大物は年齢・不祥事等という理由を付けられては、追い出されて行った。
営業オヤジ達は単純だし、悪そうな顔をしている割に、人情もろいので、人事関係で人の裏側ばかり見てきた頭でっかちの管理出身者には、ころりとだまされる。他社は知らないが、ここでは権力争いに弱かった。

その後、目出たし目出たしで、経営状態が好調のままかと思うと、全くそんな事はなくて、残念ながら落ちていくのである。バブルが終わると、業界の大手の内で最初に業績が落ちた。
当時はだれも駄目な理由が理解出来ない。もちろん景気のせいになる。
地方豪族の商売は大体カンと人間関係だけが取り得のような人ばかり。
それを理論で経営を推進して負けるわけがないのでが、なぜか業績は落ちる。

良く考えなくても、人事、総務だけで会社が儲かるなら、誰でもそうする。
商品と営業は両輪で、企業はコレに尽きるはずが、軽視した。
いや軽視などしていない、戦略も戦術も立てられなかったと言っていい。
あったのは権力闘争だけだった気がする。

やがて力を失い、リストラが始まり支店網の縮小、人員整理、賃金カットが始まり、他社への買収と進むのである。


では地方の豪族は、本当にカンと人間関係だけで商売をしていたのか?
もちろん大切な人間関係が優先する事は多々あるが、実は綿密に計画的に営業を行っていたらしい。
日経はじめ新聞を詳細に読んで営業に役立てたり、地方自治体や企業の噂に敏感に反応したり、それは、今言う情報戦略そのものだった。そして動く。
マーケットの小さな地方でやっていくにはそれなりの戦術を持っていたのである。そして何より仕事好き。

豪族達が追い出された時、すでに引退していた前の社長は、こう言った。
「あの連中を追い出したら、会社は持たんぞ!」
前の社長は、彼等の実力を認めたからこそ企業買収をし、本人を豪族として迎え、やりたいようにやらせた。時として、そのアクの強さや我がままぶりにうんざりした事もあったと言っていたが。仕事と人間は別。

私が会社を辞めてからすぐ、ばったり豪族の一人に会った。前の社長の一言を伝えると「そうか、俺の事をそう言ってくれてたか」得意満面のにこにこ顔で喜んでいた。「歳だし、もう仕事は止める」といっていたが、噂によると、田舎に帰ってまた、同業をやっているらしい。

仕事好きは、一生仕事を止められない。





課長達
2008/06/04

ちょっとしつこいが、課長達の思い出は沢山ある。

大体、部長達より課長達の方が圧倒的に面白い。
部長は出世も、もうここまでという安心感と言うか、実力も見えてしまうのかもしれないし年齢も上だ。
一方課長はまだ若いし、出世の途中でもあり脂ぎっているので、悪あがきをしてしまうのだろう。それが係長だとまだ組合員でもあり、管理職として見習い程度なので、やっぱり面白味に欠ける。猿山を観察しているようで悪いと思うのだが、見ものとしては課長が一番。

部下に文句を言えないので業者に怒鳴りまくっている課長。
部長のゴルフや出張の成田空港まで、車で送迎をしていた課長。
販売数が、飛行機の仕入席数を超えると、勝手な事をしたと怒りまくる課長。
いつもビビッていて保身ばかり考えている課長。
部長の怒られ役の課長。
部下の意見にいつも同調している自信のない課長。
課長になったとたん、部下見殺しの課長。

それでも上を目指して、日夜頑張っている姿は微笑ましく健気でもある。
また、その悪あがきが、客観的には面白いのである。傍目には。


早く諦めたほうが人生楽しいよ。

課長
2008/06/03

ちょっとしつこい課長シリーズ。

若いとき、ちょっとエリートコースではないが、近くにいるやつがいた。
地方に転勤したとたん、地方支店の味方になった。その辺りはなかなかどうして世の中を分かっていたに違いない。
私がいた海外の飛行機やホテルの予約をするセクションにかなり辛辣な意見を述べて、支店の営業マンなどから支持を得ていたらしい。
しかし、あまり批判が強すぎたせいか、彼もまた、批判先に転勤になってしまった。

攻守が逆転してしまった。
自社が席を持っているわけではないので、予約を取れと言われても、簡単には行かないのは当たり前。だいたい旅行は皆一斉に行くか、または誰も行かないかとはっきり分かれるものだから。
支店からは早く席を取れと矢の催促。自分は受ける立場。
イライラが溜まっていたのだろう。ある日、日本航空の予約担当者と、何か言葉の行き違いがあったらしく切れた。先方様に向かって「俺たちはお客様だぞ」と怒鳴ってしまった。

旅行会社は運送会社にとってお客か?
実に簡単で、客でもなんでもなく、お客様を紹介して手数料収入とする商売なのである。少なくともお客様ではない。
ただあちらは、対会社としてお客様とは口では言う。
何も知らない新入社員でさえ航空会社に対して、自分で「お客様」と言う社員など聞いた事がなかったので、まず社内が驚いた。
先方さんからの印象が悪くなるので会社の利益に反すると数日間、社内はその話題で盛り上がった。

その言葉を発して以来、何よりも社内の皆が彼に対する味方が変わってしまった。その場限りの、小さい奴だったんだと。
ところが面白い事に、そんな課長にも「よく言ってくれました」と一生懸命に擦り寄っていく社員もいた。
世の中捨てたもんじゃない。

店内の絵
2008/06/01

店に飾ってある絵が変わった。

今度は、チャーリー・パーカーのジャケットの原画。
もちろんデビット・ストーン・マーティン作。
まだ黄色に塗られていないもので、味わいがあって、額に入れて飾ると実に素晴らしい。

こんな絵が手に入ると思わなかった。
色々、DSMの絵は見たことがあるが、今回のは相当に良い。
当分、私のお気に入り。

ジャズのツアー
2008/05/30

 ジャズのツアーを請け負った支店があった。
モントルー・ジャズ・デスティバル鑑賞ツアーだったと思う。

ある日、支社長に呼ばれた。
「君はジャズに詳しいそうじゃないか。ジャズってのはどういう音楽だ?」
きょとんとしている私に、ジャズを聴くツアーを請け負ったが、ジャズは不良の聴く音楽だ。
そんな不良の音楽を聴くツアーになど参加する人間はロクなもんじゃない。社内の重役会議で、そんなツアーは受けるなと反対意見が続出したと言う。

確か、1974,5年の事だったと思う。
当時の支社長はバカ真面目の人だった。私も一生懸命に説明したが馬耳東風。
しかし結果的にはツアーは受注した。理由は知らない。
収入が優先した事は想像に難くない。

その時、ジャズを聴く奴は不良だと思っている人間が沢山いることを知って本当に驚いた。

今になって、ちょい悪おやじが聞く音楽がジャズ、ってのがその名残か?

課長
2008/05/29

違う階のある課長。
なかなか如才のない出世頭の人で、人望も厚い、上司の受けも良い。
なぜ、そんなに受けるかわからない。

そのセクションの2年目の若い女性社員が退社することになって、彼女の最後の出社の日。
もう誰も口などきいてくれないし、一人で会社を辞めることはこういうことかと、淋しい昼になりそうだと思っていたところ。
その課長がやってきて、最後だから食事でも行くかい?
と言われ、食事に着いて行ったら「ちょっといい食事をおごってくれ、これから、進む道に向かって頑張るように」と励ましてくれたそうだ。

後日その女性と話ていたら、人望のある人とは、出世には無駄な事かもしれないけれど、誰にでも優しさや思いやりの心を持っていて、人ときちんと対することが出来る人なのだと、いう事を学んだと言っていた。



課長
2008/05/28

私がハワイ旅行の担当だった時、隣のセクションでは課長も部下もウチのセクションを目の敵にしていた。
ついにある日、朝礼で、「この部には仕事中にしゃべっている奴、コーヒー飲みに出て行ってしまう奴がいる、いったいどういうつもりなんだ。」とぶち上げた。
該当するので私は黙って聞いているしかない。

やがて批判は人事まで及んだか、すぐに人事異動があって、その課長がウチの課長になった。当然私などは他の部署に移った。
皆、批判先に転勤したからには、見ものだと言っていた。

半年もしたある日の日曜日、仲が良かったハワイの現地スタッフから珍しく電話。
ツアーのお客様が何かのミスで、クレームになって困っているらしく。「空港に迎えに行って何とか抑えてくれないか。」との依頼だったが、会社のお客様でもあり、すでに部外者の私が出て行くのもどうかと思い「それは出来ないから、担当の課長にやらせるから」。
それが企業の倫理というものだから。
先方はそれを曲げて、と渋っていたがそれで話はきまった。

早速、新課長にハワイから電話があった内容と現地の電話番号など伝えた。するといきなり新課長はビビリだし、今日は日曜日だの、私が何でそんな事をしなくてならないんだ、とかハワイ支店の問題だの、今更なのにハワイはあんたが担当じゃないのか?等と必至に逃げる。
「担当はお宅のセクションですよ。そのハワイ支店が困っているんだから、助けて上げたらいいじゃないですか」
しぶしぶ、決心した様子だった。

後日、ハワイ支店の知り合いから会社に電話があった。
「なんだいあの課長、結局空港にも出向かず、何も処置してくれなかったよ。空港にいる契約先の係員に対応させたらしい、ひどい会社だ」と怒っていた。
なんでも、名古屋のお客様4人だったが、お客様のやりたいようにと言うことにして成田から名古屋までタクシー、一人一台で送り届けたらしい。

最高のクレーム処理係だった。
以後、おとなしくなった。表向きは。

だいたい、出来の良い課長は他のセクションの事など眼中にないものだ。
忙しいからね。

課長
2008/05/27

先輩を差し置いて、二段跳びで課長になった人がいた。
裏では、上司にゴマスリがうまいし、部下に接し方は柔らかくて、なかなか如才がなくてサラリーマンにぴったりだった。
おまけにスポーツマンであった。

朝礼では、相当ひねって、しゃべりを考えているらしい事は伝わってきた。

「皆さん、真剣に仕事に取り組んで下さい。野球でも、アウトコースにスライダー、スライダーで逃げて、フォアボールを出すよりも、直球で勝負するようなピッチャーになって欲しい....」

朝礼の後、一人がつぶやいた「オレ、ピッチャーじゃないのに...」

正しい課長
2008/05/26

もう一人の課長。
理屈っぽい課長がいた。いつも自分が正しい。
自分では「考えが正しくて、はっきりしたものを言うだけである」と思っているらしかった。だから何も他人に合わせた話をしなくても良いと思っている。同じ仕事に10年以上も就いているので、もうセクションの主で、転勤してきた直属の上司も、文句は言わない。

会議にでもなれば、彼はもう有頂天。自分が仕切っているので、なんでもかんでも相手を追い詰める。
いつも彼が勝利者。

周囲は皆、彼を嫌っているが、顔には出さない。
周囲の情けで、彼は体面を保っていることを知らないらしい。

ある時、彼の子供が学校でいじめにあって大変らしいという話になった。
その時、皆は、「可哀想だけど、なんだかザマ−見ろって感じで、すっきりしたのも事実」だと笑った。

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