HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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三種の神器
2008/07/05

50年代、日本の経済成長は著しく、電化製品がどんどん各家庭に入り込んでいった。
私の田舎でもやや遅ればせながら、電化の並がひたひたと押し寄せた。

まず炊飯器。
一軒が買うと自慢話で近所に言いふらして歩くので、負けじと近所でも買う。次は洗濯機。掃除機と続き、いよいよ冷蔵庫。
洗濯機と言ってもハンドルがついていて、二つのローラーで洗濯物を絞るのである。冷蔵庫は現代のものとほぼ同等で、夏になると持っているウチが羨ましかった。
思えば、みな主婦の仕事を軽減するための道具ばかり。
日本は女性が虐げられていたと、言われるが、けっこうそんな事はなくて男はひたすら奥さんの機嫌取りに勤しんでいたのである。
紅白歌合戦がある度に、年末はテレビが一台また一台と売れ、電気屋は大晦日もないという有様だった。

ある日近所のおばあさんが、我が家の事を「池田の家は、お父さんがPTAの会長だの、俳句だの、と洒落た事言ってあちこち飛び回っているらしいが、家の中に新しい洒落たモノが一つも無い」と。
それを聞いた母親が怒り、おばあさんの家に「つまらない噂をするな」と怒鳴り込んだ。
するとおばあさんは「本当の事を言ってしまって、ごめんなさい」と謝ったとか。それでウチの母親は力が抜けてしまったとか。
あまりに本当だったから。
それ以来3日ほど、母親は父親に電気製品の無い不満をぶちまけていた。
近所のおばさんたちが集まれば、電気製品の自慢ばかりだった時代がなつかいしい。

アメリカ映画に出てくる、トースターの事を書こうと思ったら、なぜかこうなった。


Pat Metheny
2008/07/04

夏になると聴きたくなるレコード。
PAT METHENY "TRAVELS" ECM 1252
街から街へと車を飛ばす、哀愁に満ちたトラベラーの心境のような音楽。
今日も暑いなと思ったとたん聴きたくなった。

昔、夏の暑い日曜日の午後、ビールを飲みながら聴いた。
アメリカの西部をバスで走った事を思い出しながら、夏はいつも聴いた。
外は暑いが、中は涼しいぞ。
ビール美味いぞ。
そして、そのままソファで居眠りしてしまい、気付けばレコード廻りっぱなし。

昔は一日中だらだらしていたんだな、オレの日曜日。




カードの請求
2008/07/02

クレジット・カードの請求書が届いた。
ほとんどETCの請求ばかり。
現金で支払っている時には気にならなかったが、こうしてまとめて来ると金額の多さに、うんざりする。

ゲートでお金を取られるのは海外でも経験はある。
しかしマフィアの国イタリアでも料金はこんなに高くなかった。コイン投げ入れるだけだった気がするが。

日本のこういうシステムのお金の取り方は異常だと思う。
「お前、国が作った道を通っただろう。せっかく鉄道あるのにな。なら金払え!」みたいな。
そういえば車の税金も、「贅沢な車買いやがって。なに2リッター以上?じゃ解りやすく3の番号付けとけ。金持ちに見えるだろ。その代わりタ・カ・イ・ゾ」。「オマケにガソリンも買うの?じゃそっちも払えよ」みたいな。

そこに来て、車検。
国のきびしい基準作って、気に食わない車は車検上げないよ。
「良い子なら車検上げるけど、その代わりに2年ごとに金払えよ。」

まるで罰金のようだ。
車検?通行料?自動車税?ガソリン税?

鉄道が無くて車通勤している人にも罰金?そりゃないよ。

運転
2008/07/01

私は運転が上手くないと思う。思い当たる理由は幾つかある。

久しぶりに乗ると、ギアチェンジでシフトノブを動かすとハンドルも一緒に動く。車がそのたびに左右に振れるのである。
数え切れない程、入れている車庫も、バックで入れるのだが一度で決まった事はなく、必ず一度は切り替えをする。
そして、ハンクラ。ハンクラをやっていると、時々エンストをする。
更に坂道発進。なぜか調子が悪い日があって、そんな時には坂があると憂鬱になる。したがって、青信号の内になるべく坂の頂上まで進むように、努力することになる。

免許取立ての頃、こういうことは、いづれ直ると思っていたが、多分一生直ることはないだろう。

J−WAVEラジオで土屋圭一さんが、やっぱり車庫入れは上手くないと申しておりました。本当かどうか知らないが、私にとっては、とても有難い話であった。
気を強くした。

コーヒー
2008/06/30

従業員が、給料が安くて外でコーヒーも飲めないと言いながら、自分で淹れて飲んでいる。
時々、彼がいない隙を狙って、私もコーヒーを淹れて飲んでいる。

最近、いつもの豆と違っているので、つい「豆変えたでしょう、今度のヤツは美味しくないね」と言ったら。
「前より高くてちょっと良い豆だけど?」と怪訝な顔をされた。

あ、いけね!
自分でバラシてしまった。
ブラインド・テストされてたみたい。

しかし、いつも偉そうに、アノ店が美味い、コッチが不味いと、言っていたが、本当は味音痴なんだね、私は。
ちょっとショック。

タクシー
2008/06/28

何年も前から私は、個人タクシーには乗らないようにしている。
「感じが悪い」のが理由だが。

個人の方が車も良く座り心地が良い、運転手の信用が出来る等と言う事になっているはずだが....。

乗って、近場の行き先を告げると、返事もしないで走り始めてから、いきなり「1万円札はお断りしますが、小銭の用意は良いですか?」
乗った後に言うなよ!

また、いかにも近場の客なんか、乗るなよ、と言わんばかりの運ちゃんが多い。
深夜に行き先が気に食わないと、一切返事をしない運ちゃんもいる。
話しかけても返事もろくにしない。

降りたくなっちゃうよ!

それで、個人を避けて、会社タクシーに乗って見ると意外、競争激化で各社良い車が増えた、何よりマナー教育が充実したせいか、言葉使いなどがグンと良くなった。
会話も親切だし、深夜の近場も嫌がらない。

すると旧態依然の個人タクシーの運転手の方が明らかに落ちる。
それでも個人があれほど威張っているのは、よっぽど上客を持っているに違いないとは思っていた。

が、最近のニュースで納得。ビールや商品券で官庁の職員を接待したんだな。
官庁街の上客がいたんだな。

新宿の近場の客など、客じゃなかった訳だね。
なるほど、これからも遠慮させてもらいますよ、私は。

学生服
2008/06/26

ついでに思い出した。
高校生の時、ジーンズをミシンで直そうとすると、針が折れたりするので、ゆっくりミシンを踏んだりして苦労した。母親に「ジーパンも縫えるミシン買ってくれ」と言ったら、馬鹿言うなと怒られた。
学生服のズボンも自分で直した。
ほどいて細くするのは自分で出来るが、短くして裾上げまでは出来ない。
母親に頼んで裾上げだけはやってもらった。
バスケット・シューズのくるぶし辺りの線に合わせた長さにするのだ。
母親が「変なズボンで恥ずかしい」と悲しがっていた。
でも、学生服の上着の上の方のボタンを外して着ていた記憶が無い。
一応自分ではちゃんとしている、つもりだった。

私は高校時代に学生服を着ていたからこそ、ファッションに対する憧れがあったし、学生服を脱いだその後におしゃれが楽しかったのだ。
確かに学生服を嫌がっていたが、その反面、夏が終わると、早く学生服を着たいと思う自分がいた事も事実である。
子供が中学生になって学生服を着ると、初々しさがあって、大人にとって妙な眩しさを感じる。
10代だからこそ似合うファションもある。

しかし、今の高校生の制服姿のだらしなさは一体なんだろう。
本人達はカッコ良いと思っているらしいが、私には疲れた駄目サラリーマンにしか見えない。
シャツははだけてネクタイはユルユル。靴は汚れて潰れて本当に情けない。
それなのに髪の毛だけはしっかり手入れ。
綺麗にするのは靴だろ!

嫌なお説教オヤジになってしまった。

ファッション
2008/06/25

会社に入って、出張でアメリカに行くようになった。
25−30年ほども前の事だろうか。
そこで驚いた事。

会社にスーツで来ない。
Tシャツ。ノーネクタイ。ジーパン姿。

私の中のアメリカのカッコ良さが一遍に崩れた瞬間だった。
それ以来、アメリカのトラッドの服は買わなくなった。
期待が大きすぎると失望も大きい。

ファッション
2008/06/24

ファッションと言えば、私にとって、最も影響を受けたのは、大学に入った頃、新宿の街で見かけた、黒人のファッションだった。
ちょっとヘンだが。

かれの服装は、モスグリーンのスーツ、全体に細身で、ズボンは細く、短く、サイドゴア・ブーツ.....。
地面に置いた、アメリカっぽい硬いスーツケースの上に片足を乗せ、ズボンの裾に泥でも付いたのか、もったいぶった仕草で払っていた。

ちょっと立ち止まって、瞬間に観察して、そのまま通り過ぎたのだが、そのカッコ良かったこと。

VANの商品が、町に氾濫する時期だが、アイロンも掛けないよれっとしたアイービーと呼ばれるのとは、一味違うファションに痺れてしまったのである。
ちょうど、ジャズ・メッセンジャーズのメンバーが着ていたスーツみたいな感じ。

しかし、自分がそういうズボンを穿いている姿を鏡で見ると、全く違う雰囲気になるのは悲しかった。
足の長さのせいとは言わないけど。

なんたって、ちょっと前にコペンハーゲンの空港のショップで、ジーンズを見ていたら、店員が寄って来て、「貴方のジーンズはこちらの方です」と連れて行かれた所は、足の短いジーンズの棚。
納得してるけどね。

アメリカかぶれ
2008/06/23

昨日の日記に「アメリカ狂い」と書いた。
そういう人の事を当時は「アメリカかぶれ」と言った。

アメリカに占領されていたので、オカミとなったアメリカが、豊かでカッコよく見えるのは当然。
テレビでも毎日のようにアメリカのドラマがあった。
ホームドラマは「うちのパパは世界一」「奥様は魔女」...
「サンセット77」「ルート66」は胸がワクワク。
医師モノのハシリの「ベンケーシー」、刑事モノの「アンタッチャブル」「タイトロープ」、何といっても「逃亡者」は学校でドラマの始まりの台詞を皆に言って聞かせるヤツも出る始末。
西部劇はほぼ毎日のようにあった。そこに「Stardust」の作曲者のホーギー・カーマイケルも出演していた等という話もあった。
生活様式、スタイル、顔、どれを取ってもあこがれた。

ジェームス・ディーンの映画を見て、主人公が何が不満なのか、私には全く理解できなかった。なぜならば、カッコ良いジーンズ穿いて、学校に車で通い、朝食はミルク、ジュース、卵焼き、トースト。オレと代わってくれよと、いう思いだけが残った。
まだウチにはトースターも無かったんだから。

当時、街で見かけるアメリカ人のファッションのカッコ良かった事ったら。
われわれが貧しくて汚かっただけのことなんだけど。

しかし最近の、汚い格好した不良外人など、信・じ・ら・れ・な〜い。

当時、街で見かける外人は、イコール、全員アメリカ人だと思っていた。

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