HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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新宿
2009/01/05

靖国通りで、白いクラウンが止まった。
降りてきたお兄さん、足で蹴ったり押したりしながら、パイロンを3メートルほども移動させてから駐車させた。
手を使わない所が素敵。
続いて来た、やっぱり白いクラウン。助手席のいかついオジさん、靴下を脱いで素足でダッシュボードに乗せた。

さすがに新宿のコワイお兄さん方は、マナーが良い。
今年も新宿は安泰だぜ。

夕食
2009/01/03

正月で、夕方からはお客様が誰も来ないので、早めに切り上げて、さて夕食はどこで食べようかなと店を探すも、どこも閉店。

すると赤々と明かりが付いているうどん屋発見。
店に入り、きつねを注文。
待つ間、何とはなしに周囲の会話を聞いて居ると、言葉が違う。
周囲は中国からの観光客ばかり。

はてさて、中国人ばかりのうどん屋とは、正月から不思議な事もあるもんだ。きつねに化かされたのかしらん。
それとも、あちらの人は、うどんが好きなのかな?

謹賀新年
2009/01/01

明けまして、おめでとうございます。
昨年はお世話になりました。
本年もよろしくお願い申し上げます。

本年は
2008/12/31

本年もお世話になりました。
来店してくれたお客様、また、遠いところからお買い上げになって下さったお客様、皆様のお陰で今年もご飯が食べられました。
深く感謝しております。

また、日記を読んでくれている方にも御礼を申し上げます。
最近、世相を反映してか日記も一層過激になっております。
更にご期待を!

本日は、お客様が店にいる限り、何時までも営業しております。
毎年恒例のオールナイトです。
初詣の帰りの立ち寄りに、紅白を見たくない方、家に居られない方、いや居たくない方、どうぞ、お出で下さいませ。
その代わり、2時過ぎは、お客様が切れた時点で閉店とします。
それ以降ご来店の方は電話で確認して下さるとありがたいです。

一年間、ありがとうございました。
良いお年を!

新年は3日より営業いたします。(早仕舞あり)

ニュース
2008/12/31

テレ朝がニュースでヘリコプターを飛ばしているので、なんのニュースかと思ったら。「日比谷公園の炊き出しに、沢山の人々が集まっています。」
ここは、ヘリじゃなくて徒歩で取材して欲しかったな、アフリカの動物の群れを追っている訳じゃないから。いつも言ってるじゃん「目線で取材してます」って。おまけに、移動していかないし。

ヘリを飛ばすと多額の費用が掛かるらしい。だったら、ヘリ飛ばすお金で、炊き出ししたらどう?
止めてくんない?距離取りながら庶民の味方のフリするの。


しかし、テレビが毎日連呼するほど、今までの政治って悪かったのだろうか?最近考えてしまう。
なぜなら、ヨーロッパに行くと、向こうの物価の高さに驚く、ガソリン、電車など交通機関、水、パン等、日本の倍以上はする。
消費税も高い、税金も相当高いらしい。優秀な人はアメリカ等に逃げ出す。企業も税金の安い国に移転しているらしい。

敗戦から立ち上がり、自信喪失の中、様々な問題を抱えながら、真面目と熱意と努力で復興しここまで成長した。ここまでと言うレベルは、いったいどれほどのレベルか、世界の国と比較して考えてみた。
収入面でも労働者は世界有数の高級取りになり、新しくて清潔な家に住み、世界有数の自動車生産国かつ保有国になった。
学力は低下してても誰でも大学に行く高学歴な教育。
新聞雑誌発行部数は多く、情報通信も交通も世界をリードする国になった。
食べ物は溢れ一億総グルメになり、長寿になり、一人当たりの医療ベット数は世界でもトップクラス。
日本人が乗らないと航空会社が倒産する程世界で最も多く海外旅行に行き、世界中のブランドを買い漁り、世界中でヒットした映画等のエンターテイメントが集まり、日本原産のカラオケは世界に広がった。
そして外人が驚くほど物価の安い国。

法人税、相続税、自動車税などは高いが、所得税は普通で、消費税は5%と、まだそれほど高くは無い。
アメリカの正義とは疑わしい物だが、今の所、アメリカという滅法強い奴が後ろ盾になっているので、周辺国からは攻撃される心配もない、それどころか、親分から沖縄は返還された。
北朝鮮からは人が、ロシアからは島が返って来る気配はないが。

豊かな経済は、労働組合、宗教、革新政党にも潤沢の資金を与える事になり、憲法によって守られているので、どれも自由に活動が出来た。

これって、政治も経済も大成功の国だったのではなかろうか。
みんな自民党政権に便乗して生きてきた。

考えると、今まで幸せ過ぎた。

スパゲティー
2008/12/30

十八で東京に出て来て、まず好きになった食べ物はスパゲティーのナポリタン。
今では信じ難いが、ケチャップで和えたスパゲティー。
多分イタリア人が見たら、怒り出すに違いない。

まずパスタを茹でたら、それを水で冷やす。
ソースはソーセージ、ピーマン、玉ねぎを細切し、ケチャップとトマトピューレで混ぜる。
冷えたパスタをフライパンで炒め、ソースと混ぜ合わせれば出来上がり。

それでも、当時の私達にとって、十分美味しい食べ物だった。
何より、真新しさがウケた。
学校の行き帰りに、新宿の駅ビルの地下の食堂で、ナポリタンは常食だった。

ちなみにイタリアに行っても、このナポリタンというスパゲティーは見たことがない。
当時でも、金持ちの子供達は、六本木のキャンティー等に行き、トマトソースのパスタをちゃんと食べていたらしい。
でもオイラはナポリタン。

マクドナルドが三越に出展するまでに、まだ4年ほど間がある時だった。

住居
2008/12/29

昔の食べ物の事を書いていて思い出したのだが、住居に関しても、物凄く変わった。
ガラスが入っているのは風呂場くらいで、それまでは、家にはガラスが無かった。当時の壁の構造を外側から順次見ていくと、まず雨戸があり、半間の縁側があり、障子戸がある。
それが、小学生の高学年頃からどの家にも、雨戸の内側にガラス戸が入った。それが数年後にはサッシに取って代わる。
囲炉裏とコタツで暖を取っていたのが、あっと言う間に石油ストーブが普及した。
コタツは炭から電気に代わった。
台所はかまどからガスに代わった。井戸から上水道の普及。
それら、すべてが家庭に電気製品が入ってくるスピードと同じ勢いで、生活様式も変わった。
私が小学生高学年から中学生の間に、あっと言う間に生活様式が変わり、早く変わった家こそが、豊かさの象徴だった。
分かり易い世の中だった。
あの時代、みんなテレビを筆頭に、次々と電化製品を買い、家を直した。
そんなにお金があったとも思えないが、月賦などという言葉が流行っていたので、きっと沢山の借金を抱えていたのだと思う。
それでも未来は明るかった。

食べ物の事
2008/12/28

子供の頃から食いしんぼだったのか、食べ物の思い出は尽きる事が無い。

小学生の高学年の頃から、どこの家庭にも化学調味料が大量に入り込んで来た。あの味の素である。そして、「3分間、待つのだぞ」のCMと共に出現したインスタント・ラーメン。この2大勢力が全ての始まりだった。

煮干を水に浸けて出汁を取って味噌汁を作っていたのが、味の素を一振りするようになってからは、近所のおばさん達も、便利だといって喜んでいた。
漬物にも味の素を振り掛けて食べるようになった。
どんな煮物も味の素だった。

ごはんにも振り掛けると美味しいなどと言う、馬鹿な同級生も出た。
味の素が身体に悪いといったら、その社長の奥さんが出てきて「ウチの子は味の素を食べて、東大に行きました」と行った等と噂されるようになり、味の素も市民権を得た。
学校から帰った子供達のお八つは、カリントウからインスタント・ラーメンにとって代わった。その後はスナック菓子に変わる。

更に化学の味は進化し、料理に使う化学調味料は五万とある。
もう、化学の味なくして日本の料理なし。
やっぱり日本は化学の国なのである。

動物
2008/12/27

私は猫のことばかり書いているが、猫だけが好きな訳ではない。
私の行動がここ新宿という事もあり、動物好きとして、周囲に野良猫に接する機会が多い事による。
なんたって、新宿で眼にする動物といえば、犬、猫、カラス、鳩くらいで、それが野生動物(?)となると、カラスと野良猫に限る。
野生なのかどうかの論争はさておき、環境の中で上手く生きている事では野生と違いは無い。

基本的に動物は全て好きだ。
私の母親は動物が好きで近所の犬でも猫でも可愛がっていた。母親の姉がまた動物好きで、巣から落ちた鳥などを近所の子供達が、あのオバチャンちならと、持ち込んで来るほどだった。
私は近所で猫や犬の子が産まれる度に飼いたいとせがんだが、父親と祖母が動物が大嫌いで、いつも猛烈な大反対にあった。嫁である母親も、それ以上は言えず、、「父ちゃんが飼ってはいけないって!」と、私の事を憐れそうに見るのだった。
それで、近所の犬などを可愛がっていたのだが、昔はどこの犬も気性が荒くしょっちゅう手や足を噛まれていた。大きい犬だと噛まれた時の痛さは尋常ではないが、そういうものとしていた所が、我ながら偉かった(?)と思う。
それで、小動物なら飼っても父親に怒られないだろうと、巣から落ちていた雀の雛を飼ったりしていた。
そのせいか、動物の飼い方は上手い方だと思う。

高校を卒業する時に急に思い立って獣医大学を受験したのも、そのせいだ。
もちろん、獣医になる夢ははかなく崩れたが。
フランスに住んでいる、姪が獣医になったのも、ウチの動物好きの血筋かと思う。

猫のニュース
2008/12/26

ちょっと前のニュースで、アルゼンチンだったと思うが、行方が分からなくなった赤ちゃんを、野良猫8匹だかが暖めたりして寄り添って守っていたと報道していた。
それで、ウチの店が開店した頃の事を思い出した。

ある夜遅く仕事が終り、寒いのでちょっと飲んでラーメンでも食べようかと、ゴールデン街のほうに行った。
ぶらぶら歩いて中学校のある辺りまで行った時、神社の奥のテニスコートの真ん中に、うず高く積まれてような物がある。
「新宿でもドンド焼きでもするのかなあ?」とぼんやり思って見ていると、なんだか暗闇で積み重なったものが微妙に動く。
今度は目を凝らしてよく見ると、何と猫が一杯。
あまりに寒かったらしく、猫が集まって寒さをしのいでいるのであろう。
猫の「押しくら饅頭」のようでもある。
その数、20匹だったのであろうか、今となってははっきり言えないが50匹にも見えた感じがした。もぐって行く猫、上から絞り出されるように上がってくる猫。
猫はあまり集団では行動しないが、野良は結構集団になって協力する事もあるもんだ。

寒さを凌ぐために彼が取った行動に、私は感動してしばらく見とれてしまった。
その後、毎年寒くなると深夜、あの辺りを歩く事にしているが、あの光景は見たことがない。
野良猫も減った。

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