HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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予備校
2009/01/15

ここの近くに予備校がある。
新宿駅から予備校への道路、予備校が通学というかどうか知らないが、とにかく行き帰りの道路にはいつも数人の警備員が立っている。

歩いている生徒に向かって「車が来ましたよ。右に寄って下さ〜い!」等と叫んでいる。が、主に車の運転手に注意をする事が多い。
今の子供達って、道路すらまともに歩くことが出来ないのだろうか?

子供って10代も後半、18歳くらいだけど。
正直、不思議。
自分の命は自分で守ろうね、僕達!。

そういえば先日タクシーに乗っていたら、脇道から自転車で携帯電話いじりながらフラフラと出てきた青年。
轢かれそうになり、運ちゃんが「馬鹿野郎、死にてーのか?」と怒鳴ると、不思議そうな顔して、「ハーッ?」。
自分の命も、他人が守るのが当然、のような顔してた。過保護の行き過ぎだ。

過保護もいい加減にしないとね。

お笑い
2009/01/14

用があって新宿・末広亭の前を歩いていると、ちょうど入場の待ち時間だったようで、スゴイ人数の人々。相変わらずの落語人気で結構な事だ。
落語の笑いは人情や馬鹿さ具合がいい按配になっていておちつく。

テレビを見ていて、最近の笑いというのは、昔と変わったなと思う。
一つの特徴は、観客の対象が小学生から高校生の子供であること。
もう一つは「いじめ」が笑いの対象であること。
更に、お笑い芸人があっと言う間に、司会者などにのし上がっていくという事。

こういうスタイルは、タモリとビートたけしの二人によって完成されたのではないかと、私は思っている。
弟子や、後輩の若手をいじめて笑いにする、観客をいびって笑いにする、など度が過ぎて、時々見ていて不愉快になる事があるが、若い人には、きっとちょうど良いのだろう。
またいじめられた方も、それを受け流していないと、観客に受けない事がある。そういう風潮は、学校のいじめに繋がらないかと、ハラハラして見ていた。心配性だから。

庶民の味方のような振りをしているが、本当は、庶民など眼中にない事が笑いの本質かもしれない。

新人の時、彼らを見て笑っているうちはいいが、あっと言う間に、偉くなり、彼らがお説教をたれるようになる。
そういう状況になると、置いてきぼりを食わされた庶民はいったい、どこに拠り所をもとめたら良いのか。

そうか、お笑いに拠り所など無い。

マクドナルド
2009/01/13

マックの話。
マックが三越に出店したのは、私が会社に入って2〜3年目の頃だった。
日本についにハンバーガー屋が出来たというので、必至に並んで買って食った記憶がある。
その当時は、美味しかった?のだと思う。
いかんせん、今の不味いハンバーガーの味が記憶に染み付いてしまったので、美味しかったかどうかの記憶も無い。
でも、それが当時の最先端だったので、流行に遅れまいと必至だった。
それが全てだった。
要するに、日本マクドナルドの戦略に引っ掛かったわけ。

その後、あっと言う間に日本中に浸透し、ジャンク・フードとしての地位を確立した。化学の味が、日本で長い間掛けて培ってきた味に勝利したわけだ。
何年か後に、ハワイに仕事に行った時、向こうの人から「マックのハンバーガーなんて、いつも食べていては、いけないよ」と言われ、アメリカの人がそんな事を言うのか驚いた記憶がある。
「じゃどこが良いの」と聞くと、
「バーガー・キングの方が良いよ」と。
そんなもんか?
なんでも、ハワイのバーガー・キングのフィシュ・バーガーはマヒマヒを使っていると、その当時は言っていた。
そんなもんか?

今でも、新宿南口のドーナツ屋に30分も並んでいる人達の姿を見ると、世の中、全く変わっていないのだと、つくづく思う。
日本人は変わっていない。

読み方・書き方
2009/01/12

車関係で、私の好きな作家さんが、さかんに、ルーベンス・バリチェロ(Rubens Barrichero)ではなく、バリケロだと何度も力説している。
あまり何度も力説しているので、ヨーロッパに行った時に、F1のテレビ中継を注意して見ていると、確かにバリケロが正しいみたい。でも、ルーベンで止めているみたいだけど。
ミハエル・シューマッハ(Michael Schumacher)は、シューマッケと呼ばれているみたい。
それが放送している国によっては、シューマッハとなっている時もある。
あちらも、国が違えば発音も違うのが当然のようだ。

そういえばジャズのパット・メセニー(Pat Metheny)は、メセニーとは発音しないようだ。ドン・チェリー(Don Cherry)はシェリーと聞こえる。

編集やライターさん作家さん達は気になるらしい。
本当はこうだと力説される繊細な方が、日本には沢山いるようだ。

じゃ、「Audrey Hepburn」って、ちゃんと発音に沿って書ける?
「オードリー・ヘップバーン」じゃないらしい。

「毛沢東」になると、もう、「モウ・タクトウ」でいいじゃん。
そういえば金日成は昔は「キンニチセイ」だったが、いつの間にか「キムイルソン」になった。

でもな、いくら頑張っても限界があるんだな。オイラ「th」の発音出来ないし、「R」と「L」も出来ないし、アクセントも解らん。だから、あまり違いを力説されても困る。
オイラ、違いの解らない男だから。
仕事で行った米国やヨーロッパで、ジャッキー・マクリーン(Jackie McLean)と普通に言っても全く解ってもらえず、「J」の音を強く発音するとやっと先方は理解してくれる。人名は大概そんなもの。

マクドナルドって、東京でマック、大阪でマクドと呼ばれる店。
アメリカではもっと短く言わないと、解ってもらえない。ドナルドが全く違う発音みたい。
終戦後、米国人の家庭にメイドに入った人の話では「ミルク」が通じないので、「メオク」と言っていたと。

この表記問題って、戦前からあったようで、「ギョエテとは俺の事かとゲーテ言い」というのが残っている。
外国語は所詮外国語。カタカナで書いたモノは便宜上、日本で分かり合える手段として、理解できれば良いのである。
ヨーロッパでは本当の発音を大事にしている等と、もっともらしい事を書いている文に出会う事もあるが、それはあちらが共通のアルファベットを利用していて、更に複数の言語で会話出来る人が多いという理由に立っているからで、日本もそれに追随しなければならないと言う訳でもあるまい。
その代わり、直接本人に話しかける場合は、ちゃんとした発音を調べて行かないとまずいよ。

要は解ればいいのだ、その国の中で。
だって、あまり厳密だと、「明治メオク」じゃ不味いだろ?

田村虎蔵
2009/01/11

大久保通りを車で走ると、神楽坂のちょっと先に、大きな田村虎蔵記念碑が立っている。
この間、ちょうどそこの前の信号と停車したら、同乗の人から、あの人だれ?って聞かれた。
知ったかぶりの私は「ああ、浪曲じゃないの。ほら。たび行けばー。駿河の国にー、茶の香おーり。とか。食いね食いねぇ、寿司食いねぇー。とか」。
「ふーん」
で終った。皆、昔のことなど知らないし。

先ほど、全く違う事をネットで調べようとしたら、偶然「広沢虎造」という名前が出てきた。
あれっ、浪曲は広沢虎造だ。
じゃ、田村ってだれだ?一応調べてみたら、作曲家だった。
知らないという事より、勝手に、知ったかぶりはいかんな。
反省。

「馬鹿は死ななきゃー、治らないー」
か?

ベーコン
2009/01/10

ヨーロッパに行くようになって感じた事。
朝食に出てくるベーコンがいい。
カリッとして指でつまんで食べるのがまたいい。
少し柔らかめだとしても味がいい。
たとえ安いホテルであってもベーコンは、ちゃんとしたベーコンである。

それと比較すると、日本のベーコンで美味しいと思う事はほとんどない。
ホテルの朝食も、売っている物も。
大体、豚肉を手間を掛けて加工しているのにも関わらず、生肉より安い。
これってヘンじゃない? やっぱりヘンだ。

ちょうど知り合いが、自宅でベーコンを作るという話になって、スモークに使うチップの材質や方法で味が変わるのが面白いという。
ところが工業製品で作ると、日本ではスモークせずに、液に浸ける事が許されている事が話題に上った。

そんな事、初めて知ったが、それってもう「ベーコンじゃ無い」じゃん。
それで、日本のベーコンが美味しくない事が分かった。

おまけに、どうも見ても肉らしくないベーコンも存在するような気がする。
もう、買って食わない!
と決めた。

決めたけど、これからどうやって食うんだ?
作っている暇などないし。

2009/01/09

知人が「お前の日記は、田舎、猫、車だけじゃねーか」と。
間違いない。

でも、また車の話。
久しぶりに東名を走ると、右側の追越車線だけ延々と混んでる。
一番左側だけ空いている。
みんな、オカシクないか?

三車線ある内の右側は、追越車線といって、追越すための車線で、延々とあるいは、ずーっと走って良い車線ではない。
追越したら戻るのが正しい。

スピード制限を超えているので、このまま走っていても良いとは、思ってはいけない車線。スピード制限を超えたから、その瞬間追越も何もないと思ってはいけない車線。
いつも空けておくべき車線なんだ。
税金払ったから何処走っても良いだろうと言うのは我がまま過ぎる。

特に目に付くのがハイエース・ボンゴのようなワンボックス、それと営業車にミニバン。もちろん乗用車だって多いが。
そういう車であっても、煽ってはいけない事になっているので、後続として従うのだが、通行区分違反であることに代わりは無い。

考えて見ると、80−100キロという速度制限が悪いのではないか?
80−100キロで走っているから、限界なのだから、で、もうどこを走ったって勝手、という概念かな?

過激ながら良い方法を考えた。
上限を140キロ位にあげると、当然そんなに早く走れない車が出てくるので、走行車線に戻ってくるはず、だと私は思う。

高速で80キロ制限は止めてくれ。
80キロ制限だったら金を取るな!

昼食
2009/01/08

前の会社の、先代社長の話。

当時、(当時って何時の事か忘れた)社長は電鉄の役員も兼ねていた。
昼食の時間になると、出遅れないように昼食に出ると言っていた。
理由は、「昇さん」に見つかると「お、まだか?昼食に行こうよ」と誘われてしまうから。

昇さんと食事に行くのが嫌なんじゃない、昇さんの食べるスピードが速いから。
こっちが半分も進んでいないのに、もう終っている。
昇さんを相手にゆっくり食べているのも気が引けるから、遠慮せざるを得ないという訳。
なんたって、茶碗に入ったご飯など三口くらいで食べてしまう。
そうなるとこっちは味も何も分からなくなってしまうだろ。

規模の大小に関わらず、どこの社長でも皆せっかちだ。
こうして、社長は孤独になって行く。

都内
2009/01/07

例によって、31日の閉店時間が元旦の朝6時半だった。
2時間ほど寝てから、元旦の朝を走ろうと、借りた車をオープンにして街に出る。案の定、走っている車はほとんどいない。
「こりゃ気持ち良いぞ」と独り言を言いながら都心に向かう。

元旦だけが都内で唯一の車の少ない日だから。
時々、私と同じ考えの人が運転しているらしい車に出会う。

でもしばらくして、もう帰ろうという気になってしまった。
だって、信号だらけで、前に進めないから。
だめだ都内は。

正月
2009/01/06

東京では松の内は7日まで。
もう、明日には松飾を取らないといけない。

コーヒー屋のママさんと、いつ松飾を取るのかという話になって、「あたしは15日だと思っていました」
「いや、東京は7日の七草粥でお終いですよ」
「あら、田舎出身って分かってしまいますね」
「あはは」

うちの田舎も15日だった。
松飾と神棚飾り、しめ縄もどんど焼きの田んぼに持って行った。
どんど焼きは朝から行われる。
竹の棒の先に付けたもちを、燃えカスのオキにかざして焼き、食べると健康になるとかで、一生懸命にかざすのだが、ススで真っ黒になるのがオチ。
それより、天まで燃え上がる大きな炎と煙を見るのが、頼もしくて好きだった。
きっと日本の宗教の原点が、拝火教ではあるまいかと思われる瞬間だ。

東京の住宅街では正月の松飾が減った。
カボチャの飾りやら、クリスマスのイルミネーションやらは毎年増え続けているのにもかかわらず。
その一つの理由に、飾りが今年一回しか使用出来ないことと、外した松飾を捨てる場所が無いからに違いない。
ごみに捨てられないし、焼く場所もないので、どうして良いか分からない。
私は割り切ってごみに捨てているが、本当はすごく嫌な気持ちで、捨てる度に来年から止めようと、いつも思っている。

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