HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

早朝、エスプレッソ
2009/06/10

ここまで、読み返すとポップス・ネタばかり。まるでジャズの店を止めてしまったかのようで、これではまずいので、ちょっと休憩する。

本当はまだ、書きたい曲がいっぱいある。
 Brenda Leeの「Who's Sorry Now 」この人は他にも「I'm Sorry」という曲があり、I’m sorry, so sorryと謝ってばかりいるようだが、流石に謝るときはしっとり感があっていいね。
 The Mamas & The Papasの「California Dreamin'」。父ちゃん母ちゃんのお説教はもう沢山と言いいたいほど、ラジオから毎日のように流れて来た。
 その他、「悲しき片思い」「恋の片道切符」「ネイビー・ブルー」等、懐かしい曲は目白押し。
ただし、音楽は懐かしさだけではいかんよ、今聴いても新鮮さがないと!
ただのナツメロはテレビの世界。

ちょっと休憩、本当に休憩で、早朝セガ・フレードに行き、エスプレッソを注文。
袋の砂糖を入れながら、店長の美しい女性に、「一袋でスプーン何杯分?」と聞くと、「6gです」と科学的なお返事が。科学で迫られると情緒は負ける。だからどうだって訳でもないが。
で相談して、小さじ2杯くらいですかね。という結論に達したので、安心して2袋を入れて混ぜる。ん?小さじ4杯という事か。ちょっと多いかも。
でも甘くて美味しい。

朝早くからやっているので、何時に起きて出勤しているのだろうと聞くと、なんと毎日4時起きで頑張っているそうだ。
早起きの人は出世すると言っておいた。
冗談抜きにこれホント。社長は皆早起き。
因みに、私はサラリーマン時代遅刻が多かったので、出世しなかったから、多分間違っていないと思う。別に力説する必要もないが。

The Shirelles(シレルズ)
2009/06/09

それから、次はThe shirelles。

このグループはあまり日本では知られていなかった。だが、ビートルズが流行ってきた時に、実は「Baby It's You」「Please Mr Postman」のオリジナルはシレルスだと知ったので、自分の中で再認識した。
アメリカ本国では結構ヒット曲がある大人気アイドルだったらしい。
60年代らしい甘酸っぱさと、黒人らしいソウルな雰囲気を持っていた。

私が当時、知っている曲はただ一つ、だってこれしかラジオに掛からないから、それもたまに。「Will you love me tomorrow」。
邦題ははっきり覚えていないが、ラブミー・トモロー?のようだったような、違うような。
この曲、黒人独特のルージーな唄い方なので、当時はぱっと聴きは良くなくて、というより付いて行けなかったが、何度か聴いているうちにだんだん良くなる法華の太鼓じゃないが、好きな曲。

この曲の作者がCarole Kingって凄くない?彼女自身もLP「Tapestry」で演奏している。
私は、後年こちらを聴いてあれっと思い、もう一度、シレルズに戻って聴き直したわけ。という事でこちらも再認識物であるが、どちらの歌も、それぞれ味わいがある。

またまた最近得意なyoutubeでチェックして見ると、その後、まあ多くのミュージシャンがカバーしている事。名曲だったんだわ、ウン。そりゃCarole Kingの作曲だから。

後年の演奏で感心したのは、年代は不明だが10年以上後の演奏であろう、やっぱり本人達のちょっとスローにした歌が雰囲気が出ていて、歌の年輪は伊達じゃないぞと思わせる。おじさん思わず立ち上がって踊ってしまったよ。昔のステップ思い出してさ。そしたらヘッドフォンが短か過ぎてジャックの根元で切れちゃったじゃん。ガクッ。
冷静にモトい。それに作者本人であるCaroleKingがやっぱり10年以上も後に唄ったライブ映像が。歌に対する思いが滲み出てというより、音楽の才能がビンビンに伝わってきて、涙・涙の感動だった。彼女の才能ってすごいね。
こちらも年輪というか、今や大物の貫禄ってやつか。
好きで良かった。
とっても、とっても、とっても素敵な曲であることがよく分かった。表現が悪いから、どう良いのか具体的に述べよ、と言われても、今回は適当な言葉が出て来ない。音楽だから語るより、自分で聴いてくれい!
良いのは「当たり前田のクラッカー」じゃい。
古い駄洒落も三度までか?

またポップスの続き(ルル) 
2009/06/08

どうも、ここの所ポップス・ネタにハマッてしまったらしいぞ。
興奮シマクラチヨコかな。
頭の中が60年代POPSから離れないので、朝の内に今日の日記、ってちょっとヘンだけど。
ま、ここまできたら「ルル」を出さない訳にはいかない。

Lulu(ルル)
彼女は48年生まれのグラスゴー出身なんだって。大体私と同じような年齢だから、気持ちは通じ合うね、って誰がだ。
ま、10代の頃から芸能界で活躍していたらしい。顔はあんまりだけど、その分歌唱力があるって、日本でも演歌歌手にありがちなやつ。失礼。「Shout」が最初のヒットでホントにシャウトしている。それから「To Sir With Love」と続くのかな?
そう、いつも心に太陽を!という、青春そのものの題名だけど、「先生に愛と感謝をこめて」って歌だよね。日本でいえば「仰げば尊し」だね。

日本では68-70年の映画、邦題「いつも心に太陽を」の主題化で大ヒットしたが、映画を見たのは私が既に大人になっていたのに、すでに歌を知っていたのは、高校生の頃にラジオで聴いていたからに他ならない。
十代の愛と苦悩の青春と、希望に満ちた良い歌。
昔の若人の歌は良いね。なんだね、年取ってから聴いてもいいやね。

映画は良く見たが、映画館では一度だけで、レーザー・ディスクが発売になった頃、この映画のLDを買い、自宅で何度も繰り返し見た。
映画はシドニー・ポアチェ扮する先生が荒れた中学に配属になり苦労の末、素晴らしいクラスに変えてゆくという、お決まりの話だが...。
荒れてはいるが、暴力シーンや決闘シーンに先生が乗り込むという、ヤクザまがいの、テレビの仲間由紀恵先生とは異なり、もっと上品。
話は飛ぶけど、テレビの学園物に出てくる若手だかアイドルって、演技が下手な割には不良役だけは上手い。オマエら演技無しの元ヤンそのものじゃん。
全く関係ない話に行ってしまったわい。

この曲聴くと、なぜか自分の10代の頃の情けない想いと、映画の3つが混同してしまい、よけいに切なくなる。
 私が死んだとき、葬式に流して欲しいなと思ったりするが、この歌は女子高生の気持ちを歌っているのだった。
残念!

2007年の彼女のパフォーマンスをYOUTUBEで見たが、全く衰えていなくて感動した。
良い歌手だったんだね。
ポップス界でイギリス出身の歌手って結構いい味だしているのが興味深い。マーケットが小さいのに、よく頑張っているよね。

この歌を聴くとPetula Clark(ペトラ・クラーク)の「Downtown」を連想してしまうのはなんでだろう?
曲もあんまり共通点もなさそうなのに。
きっと両方ともイギリス人って事だけか?

Connie Francis
2009/06/07

昨日からポップな話しでノッて来てしまったようだ。
続けてConnie Francis−コニー・フランシス。
思えば彼女ほど60年代の、日本のテレビに彼女の歌が流れない日がなかった歌手は、いなかったような気がする。
イメージはポニ−テールの歌手だけど、実際はポニーテールはしていなかったみたい。
年齢は私より10歳以上も上だから相当な歳でも60年代を頑張っていたんだね。
苦労が分かる。どう分かるんじゃい!

当時子供でも知っていた「ブイエーシーエーティアオエン」の「VACATION」だけど、なぜか本人ではなく中尾ミエとか伊東ゆかりなんかを思い出してしまう。邦題かわいいベイビーの「Pretty Little Baby」や原題も忘れてしまった「大人になりたい」なども、九重ユミコ?なども加えた60年代日本のポップ歌手に相応しい。
これらは日本だけのヒットだったようで、当時も日本はアメリカ音楽産業に貢献していたんだな。いや印税を払っていただけか?。

私は自分の心の中では、ちょっとアメリカ通を気取っていたので、こんな日本語翻訳ポップスには冷たい態度で、私が好きな歌はしっとりした「Who's Sorry Now」や、ひたすらに可愛い女の子を演じた「Lipstick On Your Collar」。
でも、一番は「Where The Boys Are」。なんといっても、私にはこれが一番印象に残っている、やっぱりちょっと大人になっていく自分とダブってしまっていたんだ。
邦題ボーイハント、でもボーイハントだと、ちょっと駅裏にタムロする不良女子高生を思い浮かべてしまうのは私だけ?

彼女の事をすっかり忘れた何十年後、ホテルでレイプされた後、そのホテルを訴えて何百万ドルかの大金すなわち億単位の金を手にしたとニュースで見た記憶があって、それが何といっても彼女の生き方の強烈さに感嘆した、というか本当の意味でシタタカな女性だった事を知った。
アメリカの芸能人は凄い。

買い付けで海外に行くようになってから、あちこちの国で彼女のレコードを目にした。イタリアにも沢山あって、ヒットした国それぞれで歌を歌ってレコードを作っていて、音楽産業の凄まじさというか商魂が伝わってくる。
ブレンダ・リーと並んであんまり沢山あるので、もう人気など無いのかと、いつも買わずにいたら、最近はそんなのも全部なくなってしまった。残念だった。

Lesley Gore
2009/06/06

昨日のJoanie Sommersでノリノリなので、そのままポップスで突っ走ることにして、今日はLesley Gore(レスリー・ゴ-ア)。
データはネットを見なくても、ちょっとは知っている。だって年齢が私より一つ年上だけど、学年は同じだから、ってアメリカと日本とが同学年とは知らないけど。それと家がお金持ちだったって事。という程度まで知っているデータって、寂しいけど、まいいか。
彼女の顔はアメリカ白人らしく、プライドの高そうだが、なぜかどこか淋しそうで、それがまた素敵。

いきなりトランペットの「パ、パパーパッ」と甲高いイントロで始まる「It's My Party」には、ラジオのスピーカと睨めっこ状態。
もう、純情な高校生の私はもうドキドキ。
夜はラジオの電波が安定して入るので、音質も向上する。自分の部屋で一応机に向かっているけれど、耳をはじめ脳も心も、回線は全部ラジオに向いていて、とても勉強が手に付かない時代だった。
60年代はアメリカン・ポップスの良い時代だった。
いつの世もその時流行った音楽は良いよね。
でも、当時はヒットさせるために、テレビで宣伝しまくって、観客の目を無理にこっちに向けてヒットさせる事をしなかったから、本当の意味のヒットだからね。今とはエライ違い。何を言いたいというと、今はヒットしているから流行に遅れちゃいけないとばかりに観客がCD等を買うわけ。昔は、皆が買うからヒットするわけ。
うん、やっぱりエライ違いだな。
昔は良かった話が、なんでここで飛び出したか分からなくなってしまった。

おどろおどろしいイントロが不安な気持ちにさせる「You don’t own me」はヒット曲にしては暗い感じがして、これまた、侘び寂びの分かる自分(?)にはたまらない名曲。
それと「Judy's Turn To Cry」の3曲しか覚えていないが、インパクトは十分の大スターだった。

Lesley Goreと来れば、当時の大スターといえば.....。
そうだ、子供は早く寝なくちゃ。

Joanie Sommersジョニー・ソマーズ
2009/06/05

店の在庫の箱を漁っていて、中から出てきたレコード。
米国の60年代ポップス・アイドル、Joanie SommersのJohhny get Angry(Warner Bros)。
あまり顔も彼女の事も知らないので、って知らなくて当たり前だが、データもないとまずいから、ちょっとネットで検索すると、41年生まれだから、私より全然年上。60年後半に結婚して引退していたんだ。才能が有るのに引退は勿体無かったな。データはこの辺にして。

60年のヒット曲ワンボーイ(One Boy)。
もう一つの62年の大ヒット内気なジョニー(Jonney get angry)は、イントロでベースのボンボンという音が、低音の出ないラジオのスピーカーから出ると、もう受験勉強も手に付かないのだった。
結局、ひたすらラジオの、今は無き電話リクエストに聞き入った。

とにかく彼女の声は可愛くてハスキーで、もうたまりません。自分にも、こんな彼女がいたらどんなにいいだろうと、高校生の私は思っていた。アホやね。ま、お姉さんに憧れていたんだな。

私も大人になりジャズを聴くようになって初めて、彼女がジャズ・ボーカルを歌っていたことを知って驚いた。歌の上手さはジャズ・ボーカル・ファンにも定評があるが、今改めてジャズナンバー"When sunny gets blue"など聴こうと思ったが手元にレコードが無いので、代わりにYoutubeで聴いてみると、男のあそこ、いや心だよ、を揺さぶられる可愛さ、本当に上手くて魅力的。
彼女のアルメイダと演ったボサノバだって素敵だから。
ジャズもポップスも、ボサノバもイケちゃう歌手だったんだ。ふー。

2,3年前、アメリカのレコードフェアに買付で行った時、会場のテーブルに60年代ポップスのレコードを沢山持っていたおじいさんに、「ジョニーソマーズのレコードを探しているので、持っていませんか?」と尋ねると、「アンタも好きか?私も今でも彼女が大好きだから、アレだけは売れない」と。
私も負けずに「私もレコードは買いたいが、やっぱり売れない」と、互いに大笑いになった事が印象に残っている。

今、レコードのライナーを読んでいたら、PEPSI・COLAのコマーシャルソングも唄ったと書いてあるので、探してみたらなんと映像もしっかり出てきた。
しかし、今はパソコンですぐ映像が見られるから良いね。
もう仕事が手につかない、困ったもんだ。困った、困った、こまどり姉妹。

パン
2009/06/04

パンで思い出した。
喫茶店のモーニング・サービスでトーストなどが出されるのは、名古屋が有名だ。
元々、パン食は関東より西日本の方が好まれている。
神戸などに有名なパン屋さんが多いのもそのせいか?

昔はパンといえば四角い食パンか、中にアンコやジャム等が入ったパンしかなかった。

それが昭和40年頃、青山に出来たドンクのフランス・パンなるものが人気になった。「フランス」という洒落たイメージと、パリジャンだかパリジェンヌだかの朝食という事で人気になり、女子大生がドンクのパンの長い包みを教科書と一緒に持って歩いている姿が眩しくて、憧れたものだ。

初めて食べた時は、確かに美味しかった。
後年、そんなものが当たり前になってからドンクのパンを食べたら、大変不味いただのフランスパンだったので、世の中の移り変わりの寂しさを思った記憶がある。

ブームは広がり、いやフランスでは朝食はクロワッサンを食べるのが普通だという事になり、パリの有名店が全部というほど、東京のデパート食料品売り場に入り込み、その味を競ってきた。
パンのねたが尽きると、紅茶、コーヒー、ワイン、チーズと幾らでも出てくる。
しかし、追いかけるのも疲れるね。

ヨーロッパの人々が毎日、そんな美味しい物を食べているはずもないが、当時の私達日本人にはそう見えてしまっていたんだな。
ま、それも日本の経済発展を遂げた、働く意欲の原動力の一つにもなったに違いない。

パン
2009/06/03

昼用に買った、トロワグロのパン。
買って帰って、食べようと思い取り出したら、何と尻尾が付いていて「おたま」というか「おたまじゃくし」のよう。
おまけに小さな突起の口も。

面白かった。

味?イチジクとクルミが入ってそうで、美味しかった。
マイウ。

マイウといえば、芸能界の言葉がジャズの世界に入り込んでいて、ウチも10年前の開店当時は、ズージャ、ツェーセン、などと隠語で普通に話す人たちがいた。
なぜか最近はいなくなった。
時代が変わって行くのは、ちょっと淋しいな。
解っているんだ、自分がオールド・スクールの人間だって。


ラジオ
2009/06/02

昨日、ついつい読んでしまった本「そして、みんなクレイジーになっていく」

その中の、ラジオについて書かれている箇所
「ラジオほどすぐれた放送媒体はない。何百人という人々に電波を届ける力を持ち、それでいてそのひとりひとりに、自分こそ最も重要な聴き手だと感じさせるほどの親しみやすさを持っている。
外部世界の映像を押し付けるテレビと違い、ラジオは自然にその場になじみ、底から聞こえる声や音楽は強い共同体意識を引き出す....。」
当たっている。

この本、DJについて書かれているのだが、ダンス音楽、レコード、ラジオDJ、DJ、と結構冷静に深く調べてある。
興味深い箇所が満載で、とても面白い。

私もラジオは好きだ。昔は、朝の番組、十朱幸代から沢口靖子に代わった「いってらしゃ〜い」をよく聴いた。

しかし最近、車に乗った時など、ラジオを聴くとメロディー入りで連呼される宗教のCMが入ると、そこまでしなくてもと、ちょっと引く。

ジュークボックス
2009/06/01

米国盤の7インチすなわちEPで時々、ジュークボックス用と呼ばれるEPが入ってくる。ジャケットの裏にタグが数枚付いているEP等だ。
どうもレコード屋で販売された物ではないようだ。
だが、50年代から60年代にそれほど沢山ジュークボックス用のEPが作られたものであろうか?
私は不思議でならなかった。

今日、店においてあった、従業員の読みかけの本をパラパラと読み飛ばしていて、ハッとする記事に目が止まった。
内容をかいつまんで書くと。
「1889年に登場し、それがアンプの発明とレコーディングの技術の開発で、爆発的にアメリカ社会に浸透し、1927年には約12,000台が、1936年にはDECCA社だけで15万台を管理しており、第2次大戦の頃は50万台に昇ったらしい。
アメリカ大恐慌の時にはジュークボックスのお陰で音楽産業は壊滅を免れ、レコード販売の60%がジュークボックスによる売上が占めていた。
アメリカではダンス音楽としてバンドの代わりにジュークボックスが大きな役割を果たした。」
なるほど、ダンスバンドやDJの代わりに、大活躍していた様子がわかる。

私の青春時代の日本ではどうだったかというと、機械は戦後進駐軍が持ち込んだとされているが、80年代カラオケの発達で急激に姿を消した。要するに日本はダンスではなく、歌の観賞用としての機能の方が使用目的の大きな要素だったのだ。

なるほど、日本とはわけが違う。
アメリカで、ジュークボックス用のEPが大量に作られた事を納得した。
今なお、出回る事も理解できた。

そういえば、私は学生時代、新宿の丸井の階段の踊り場に設置されているジュークボックスが好きで、友達を誘って行き、階段に腰掛けて10円で聴いていた。やがて20円になったので足が遠のいた記憶がある。
曲はポップスとかタイガースなど当時のグループサウンズが多かった。

本「そして、みんな クレイジーになっていく」プロデュースセンター発行
3,500円出して買っても、ジャズの事は書いてない。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

 Copyright 2025 HAL'S All right reserved. Initial up at 2001