HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

内袋
2009/08/25

ついでに、内袋。
これも千差万別、人生色々という通り、内袋も色々ある。

私も色々調べたが、一番は「紙の内袋」が一番ではなかろうか。
当店などの店では、盤を出し入れする回数が増えるので、スレが心配で薄い半透明のビニールに入れている。
が、個人宅の使用においては、丁寧に扱うことにより、紙袋で十分かと思う。

ま、これも好みであろうか。
ただ、透明のビニールに直接入れて置かない方が良い事だけは、間違いない。

ビニール袋
2009/08/24

白ジャケついでに、ビニール袋。
昔のレコード屋の袋は青い透明な袋で、入れっぱなしにして置くと、ビニ焼けの原因となった。
盤が白く変色してしまう、あれである。進行するとサーというサーフェス・ノイズが入るようになる。
私の経験では、一階の部屋だったが、湿気と熱で一夏の間、棚に入れっ放しにしておいたら、ビニ焼けになった記憶もある程、あっという間にできる。
だから、ビニール袋のせいだけではないようだ。

大事にして、ビニールでジャケットを包むのだが、内側に織り込んだ部分と盤が接近するため、余計にビニ焼けを起こす原因になった。
それにセロテープを使うので、更に悪化する。

最近の袋は業者に聞く所によると、焼けるようなことは無いのだそうだ。
また、ジャケットにピッタリサイズの袋も出来た。

ただ袋の上が空いているので、ホコリが入り易く、カビの原因にもなるが、日本の気候からしたら、もうしようがない。
心配の人は、糊付きの袋、口の長い袋、など今は各種入手可能なので、自分で使い易いのを入手すれば良いと思う。

もっと心配な方は、エアコンの除湿でも入れておけば問題なさそう。

白ジャケ
2009/08/23

レコードのオリジナル盤は、出来てから50年も経っている。
大切なレコードだからジャケットも大切にしたい。それで、最近はジャケットとレコード盤を別々に保管するようになり、白ジャケを使うようになった。
当店でも、その仕入れ価格は馬鹿にならないが、必要なので白ジャケは大量に使用する。

開店して2年ほど経った時。ウチでも白ジャケが必要だという事になったが、業者に知合いがいない。
そうしている内に、お客の一人が、ユニオンの出入りの業者を教えてもらって来るという事になり、なんとか連絡も着いて、見積もりをもらう事になった。
ほどなくして見積書が届いたが、封筒を開けてびっくり。
ユニオンさんの販売価格より、ウチの仕入れ価格が高いのである。
わざわざお宅に注文するより、ユニオンの店頭で買った方がはるかに安い価格であるが、一体どういう事なのかと質問すると、見た通りですと。
要は貴方のような小さな店は相手にしたくないと。
小さな店という事はそういうことだな、と納得。

結局、知合いに紹介された業者の世話になって現在に至るが、今は当店の販売価格はユニオンの価格よりはるかに安い。
一体あの時の価格は何だったのだろう?と時々思い出す。

ま、高額盤の保管には白ジャケに入れて保管する事を薦める。但し。ジャケットの厚みは薄い物で十分である。
小さいサイズの白ジャケはキチキチで、空気が逃げないなので、ビニールの内袋が波を打ったようにシワシワになる。
それで一度クレームを受けた事がある。
気分は良くないので、これも要注意。

母親
2009/08/22

女性が外で働く時代らしい。
男が家庭に縛り付けていた時代からの脱却?

昔の日本は、どの家の母親たちも働いていた。働かないと食えない時代だったから。働き口がない家では、畑仕事など男の代わりになってこなしていた。
東京でも庶民は結構そんなもんだったらしい。
それが経済活動により、富裕層が生まれると、その家の奥様が家の中に居る事が自慢になった。
すると世の中の女性がみな、そういう生活に憧れるようになった。

私が子供の頃、東京に団地が出来た。ニュースは瞬く間に日本中に広がって団地は日本中の若い女性の憧れになった。当時の若い女性の憧れは、結婚して団地の主婦になることだったような気がする。私は小学の頃から一人前に毎日欠かさず新聞を読んでいたから、記事などを総合してそう覚えている。
結婚したら家に居るのが女のステイタスだったような気がする。だから円満退職という単語が生まれた。

それが、なぜか女性は男によって、家庭に縛られる悲惨な人生とされてしまって来た。女性解放運動家とかいう人達がいて、今はテレビのコメンテーターという人がおっしゃって、そういう理論になったと思う。

でも、少なくとも私の目には、女性が望んだ結果が楽しくなかっただけにしか、映らなかったけど。
いえ、世の女性にケチを付ける気は毛頭ない。
ただ、女性には幸せになって欲しいだけ。
でも誰かを加害者にしないで、幸せになって欲しいな。

農薬
2009/08/21

知り合いが疲れている時の料理方法で、野菜など電子レンジでチンすれば、簡単に茹で物が出来ると言っていた。

今の世の中、中国野菜でなくても、農薬を使ってない野菜はない。
農薬を取り除く方法はただ一つ、ちょっと大目の「お湯で茹でる事」と教えてあげた。

テレビでよくやっている簡単クッキングの「電子レンジ」と「うまみ調味料」だけは信用してはいけない気がする。

味噌汁など昔は、前日から煮干と昆布を水に浸して出汁を取った。
しかし世の中の奥様方が忙しくなった今、そこまでしろとは言うつもりは無い。
でも、鰹節を一煮立てするとか、野菜を茹でる等、出来るだけ手抜きをし無い方が良い気がする。
正直言うとそういう気がするだけ。

奥様方が忙しいなら、旦那さんが料理するしかない?
私は子供の頃から料理していた。

Giuseppi Logan
2009/08/20

大ニュース。
ジェゼッピ・ローガンが復帰するらしい。

彼は60年代のフリージャズにあって、ジャズ10月革命の中心的人物として多くのファンから高い支持を得た。彼こそが反抗する者達の代弁者として、新しく現れた強いリーダーであった。
それが、ぷっつり消息を絶って、あっという間に雲隠れ。ジャズの世界は雲隠れが多いので別に驚かないが、惜しむ声は多かった。
既に死んでいるなどという噂もあった。

話によると、精神疾患による療養生活もあり24年間楽器に触れることも無かった。それが昨年から、ニューヨークの公園等で練習風景をちらほらと目撃される事がおおくなり、復帰話が持ち上がって来たらしい。

今年の冬には既に復帰できているようで、時々演奏活動も初めているようだ。
素晴らしい。
往年の演奏は無理だとしても、残りの人生頑張って欲しい。
しかし、写真を見るとファラオ・サンダースに似てなくもない。?

当時の作品、64年 "GIUSEPPI LOGAN QUARTET" ESP 1007 を今聴いてみると、DonPullen(p),Eddie Gomez(b),ドラムスにはMilford Gravesと豪華メンバー。当時の前衛芸術として、前途洋々たるフリージャズの道を示しているようで、聴いた者、皆惚れ込む勢いだった。
私など、今聴いても胸が躍る。
黒い厚めのボール紙に、印刷した白い紙を、ただ貼り付けただけのジャケットも今となっては風格があって良い。

しかし、スイングジャーナルもたまには良いニュースを載せるね。
今回は感心。

内装屋
2009/08/19

近くの郵便局に行った帰り、歩道で一生懸命に板をノコギリで切っている青年。
なんだか切り難そう。
思わず立ち止まって見入ってしまった。

まず1寸ほどの板を置いて、その上で同じ厚さの板の乗せてノコを引いている。切れないらしく、ノコを地面に叩きつけている。
その内に平らにしてあった板を縦に直して切り始めた。
何度もひっかかっている。
地面にノコの先が当たっているだろが。

後姿がぎこちない。
見ている私が、怒りがこみ上げてくる
しかし、大工では無いにしても、あんた内装屋だろう。
地面で板を切るか?
ノコ地面に当てるか?
おまけにジーンズがお尻まで下がっているよ、なに?ファッション?
素人仕事もタイガイにしろよと言いかかったが、ぐっと堪えて、怒りを堪えて帰ってきた。

今時のワケーのはなんだな...。

レス・ポール
2009/08/18

14日に死去していたのだが、失礼ではあるがニュースがちょっと興味深い。

「レスポール」開発者死去…有名ギタリストが愛用
世界中のプロやアマチュアのギタリストが愛用しているエレキギター「レスポール」モデルの米国人開発者、レス・ポール氏が13日、ニューヨーク州の病院で肺炎のため死去した。レス・ポール氏は13歳で演奏を始め、ギタリストとして活躍する一方、1930年代後半から独自のギター作りに取り組んだ。従来の木製ボディーを通した音の響きに納得せず、弦の振動がそのまま増幅される構造にこだわった。94歳。
「レスポール」を製造・販売するギブソン・ギター社が明らかにした。(YOMIURIニュースから引用)

ミュージシャンとしてより、ギターの有名なモデルを作った人としてのほうが有名だったとは。

人生色々。

デスバレー
2009/08/16

出たついでに、デスバレー。
旅行会社出身だからつい観光の話。

ラスベガスからのオプショナル・ツアーに、デスバレーのバスツアーがある。
客を案内する時、ガイドが必ず持って行く、ある物がある。

クイズのようになって来た。

答えは「卵」。

どうするかと言うと、適当な石を見つけてその上に卵を割ると、熱で、自然に目玉焼きが出来るから、それを見せるため。
暑さを実際に体験させるため。

ちなみに、ガイドはその卵を回収しなければならないそうだ。
時々、悪いのがいてそのままにして帰って来てしうヤツがいるらしい。

BBQ
2009/08/15

館林近郊の知り合いから、バーベキューの誘いがあり出かける。
いや群馬の館林や埼玉の熊谷などの暑さは、想像を絶する。
が、暑い中バーベキューは良い。

しかし、暑い!。
なんたって、平地で畑が多いので太陽をさえぎるものがない。
最近のこのあたりは、暑さで有名になっている。

対策として、ラスベガスに学んではどうかとちょっと思う。
それはラスベガスの温度は、以前に比較すると相当下がっていることから、私が勝手にヒントを得たのだが。
ご存知のようにラスベガスは砂漠の、全く水のない地に作られた街。となりにはデスバレーがあるくらい乾燥して、夏は暑く、冬は寒い砂漠の土地だった。
それがなぜ気候が変わったかというと、家々の「プール」と「庭と木」の影響により雲が出来るようになったのだそうだ。特にプールの影響が大きいそうだ。

埼玉と群馬は東京近郊で地主など金持ちが多くないか?
一層のこと皆、家にプールでも作ってみては。

土地の人気も上がりそう。
東京で午後1時に一斉水撒きより、はるかに効果はあると思う。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

 Copyright 2025 HAL'S All right reserved. Initial up at 2001