HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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接客
2010/01/30

親戚のおばさんが来て、怒っていた。

最近、ス−パーのレジのお姉さんが、まず両手を胸の前に組んで頭を下げ「いらっしゃいませ」と声を掛けてからレジの作業に入る。
それが100円ショップでも、そうされて驚いたと。
大袈裟で気もちが悪いと。

お釣りを渡す時に、片手を客の手に下から触れて、釣銭を渡す。
ゾクッとして気持悪い時がある。

デパートでは、買物が済むと店員さんが、袋を持って「入り口までお送りします」という。
やがて、どこの洋服屋でもそんな感じになった。
1000円程度の小物でもそうされると、嫌味のようで気持悪い。

なんでも、そこまでしてもらわなくても良いのだそうだ。
なるほどね。
うちはまったく該当しないけど、それもどうか?。

来客
2010/01/29

何年も通販で長いお付き合いがあったのだが、お会いした事はない。
そんなお客様が来られた。

にこにこして入って来られて、「○○県のAです」。
「ああ〜」
お互いに「始めまして」という挨拶の後、会ってすぐに長いお付き合いをしていたかのような、打ち解け方になる。

出張で来られて、ちょっとの時間が空いたからと来てくれた。
日記ばかりではなく、一度、店にも来たかったのだそうだ。
嬉しいな。

こうして人との付き合いが続くって。商売ってのも、悪いものではない。




日本航空破綻
2010/01/28

日本航空の破綻の原因の大きな原因を考えると、日本航空の体質云々の前に、大きな空の運送に関する国家戦略の失敗がある。

運輸省や地方自治体、そして国や地方の族議員がいて、彼らにより要らない空港の建設は推進された。それも海やら山やら膨大な建設費が投入された。近隣の町に空港が作られ、そして世界最高の空のネットワークは作られた。
自家用飛行機が沢山あるアメリカのように、通勤で使うくらい飛行機があれば、それも理解できる。しかし日本にはそこまでの通勤は聞かない。
空港は作っただけではない、その後には、彼ら「運輸省や族議員」の圧力を背景に、不採算路線は拡大され、維持された。いや日本航空に維持させた。

建物が作られれば当然空港公団が作られ、天下りの温床になった。
空港施設は保守が必要であるので会社が作られる。
空港を使えば着陸料がいる。当然、世界最悪といわれる他に類を見ない高額な空港使用料となった。

一度行ったら二度と行きたくない、成田空港など、これほどの恥さらしな施設はない。滑走路の建設をめぐり今なお反対運動は収束していない。ハブ空港構想などと見当違いも甚だしい。だれが好んで行くか?

地方空港は、それを維持する大義名分のために実績を作る必要がある。
そのためチャーター機を飛ばして、利用客の実績を作る。
だが、その際の航空会社は韓国の航空会社であって金が日本に落ちない。

ある意味、今回の破綻は見えていたとも言える。
誰かが、常に空港関連事業を作ってはタカっていた事になる。

そして今、2兆円は国民が負担することとなった。
するとここでもやっぱり金が動く。私の想像だが、金が動けば得する人たちがいるのではあるまいか?

世界における日本経済凋落の象徴的な事件である。
悲しいね。

日本航空破綻
2010/01/27

日航破綻
昔、ラジオでよく聞いた「城達也」の「ジェットストリーム」。あれは確か、日本航空の提供だった。良い時代だった。
私が旅行会社入社当時、同僚の多くは、航空会社に入れなかったから旅行会社に仕方なく入ったと言う社員ばかりであった。
神々しいまでの鶴のマークの日本航空は我々の憧れであり、なぜか誇りでもあった。

その日本航空が破綻とは、世の無常がつくづく感じられる。

20年も前、全日空が国際線に参入した時、旅行会社の我々はちょっと驚いた。狭い日本にフラッグ・キャリアは二つは要らないから、いつかどちらかが潰れると思った。
「狭い日本そんなに急いで何処に行く」は車の安全標語ではなく、航空会社に対する警告だったのかもしれない。

旅行会社にいた私から見ると、日本航空は天国のような会社に見えた。日本航空は7つだか幾つかの労働組合がある。それぞれ組合員は手厚く守られていた。最近のニュースで知ったが年金は500〜600万になるらしい。
今も組合の連合が「人件費が赤字の原因にあらず」との見解のようだが、国民には何をか言わんやである。
でも社員はのんびりしていて、役所の職員のような感じというか、実におっとりしていて、知っている社員は皆良い人ばかり。個人的には好きな人が多い。

日本航空は、運輸省や国や地方の族議員がお金を掠め取る場所でもあったのではなかろうか。
日本航空も88年に民営化されたり、何度か、立て直し策が取られた。外部から会長に就任した人もいた。それはいつも表面だけで実際は、効果ある改革などなかったと言っていい。

ある意味、日本航空もまた、国の政策による被害者であったかも知れない。

20世紀がまたひとつ消えて行く。

リスト更新 CD追加
2010/01/26

HP通販用のリスト、更新いたしました。
時間がありましたら、見てやって下さい。

今回、CDが入荷。
「New Arrival」1と2の次にCDというコーナーを設けました。
98年から99年時に発売になった20ビット、24ビットのCDで大変音質が良い物です。BILL EVANS, MILES DAVIS, LEE MORGANなど名盤がまとめて出ています。
まとめ買い歓迎。
よろしければ、こちらも見てください。

よろしくお願いいたします。

電話中に
2010/01/25

私が電話中に、ドアを開けて入ってきた二人組み。
作業着を着ているのでお客様ではなさそう。

私の電話が終るのを待っているかと思いきや、電話の横でいきなり。
「えー、ベランダの非難梯子の点検です。」
といいながらカウンターの中に入って来て、勝手に窓枠に置いてある物をどけ、窓を開けてベランダに出て行った。

ようやく、電話が終った時に、あっちも点検が終ったらしく、「点検したので、ここに判子を押してください。」とバイダーを差し出す。

カチンと来て「なんで、人んちの窓から出入りするんだよ?」
「いや、ここしか出ると所が、無いんで」
「ちゃんと声を掛けろよ」
「電話中だったんで」
「電話中なら、勝手にカウンターの中に入って窓から出ても良いのか?」
「....」理不尽なジジイだといった感じで、不機嫌そうに帰っていった。

不機嫌なのはオレの方だ!

音楽
2010/01/24

私はよく、お客様の仕事がサラリーマンだと分かると、音楽は良いですよ。これから年齢が重なるほどに音楽が必要になりますから、と言うらしい。

それは私の経験から言っている事。
サラリーマンになって最初の内は、社内の悩みなど、飲みに言ったり同僚や彼女に愚痴ったりして解決出来ることが多いので、別に問題なる事など小さい。
それが40、45,50となって来ると、社内の人事もあり、同僚が先に出世したり部下が上にきたりすることも多々ある。
また仕事の悩みなども、同僚になど相談出来ない事がいっぱい増えてくる。
そうなって来ると、家に帰って女房にも言えず、友人にも言えず、一人で心に仕舞う事になる。
それを酒で紛らわそうとしても、酒は余計に辛さが増幅されるもので、あまり芳しくない。
人はみな、人前では馬鹿を言っていても、やっぱり心悲しいピエロなのだから。

そんな時はやっぱり音楽で、好きな音楽は本当に心が慰められる。
耳から入って来る音楽というものの、心に働きかける事の素晴らしさは、他に無い。
最近言われる癒させるのとはちょっと違って、慰められる。

音楽を聴くことの特権は、若い時だけの趣味の世界にしている方は多い。
それではなく、好きな音楽を一生聴ける楽しみを持続できると幸せだと思う。



2010/01/22

最近、レスターヤングなどを聴いていると、つくづく「侘」「寂」の世界だなと思う。
しかし、実際我々日本人の「侘」「寂」の世界は無音の沈黙の中での事である。
だから多くの方は、騒音でそんな言い方はあるまい、と思うに違いない。

だが、日本的な事に疎い私は、騒音の中にこそ沈黙があると思っているのである。騒音の中でこそ私は自分と対峙できるのだ。
大体、この文明社会に無音など無い。決してない。

以前読んだ本に「音は沈黙の邪魔とはならず、沈黙は音を遮らない」という言葉はあった。
私は「音」を「騒音」と置き換えて考えていた。
だって、木の葉が風にそよぐ音とスピーカーから流れる大音量とは迫力に差がありすぎるし、面白みに欠けるから。
やっぱり大音量が良いから。

ちょっと確かめようと思ったので、昨日からそれを書いてあったジョン・ケージの本を探していたのだが、とうとう見つからなかった。売ってしまったに違いない。何でも売るんだオレは。

なので、引用しても正しいのか正しくないのかよく分からないが、まあいいか。

元旦生まれ
2010/01/20

早朝、コーヒー屋さんで。
私のHP日記の、1月2日生まれと書いた事を、読まれた方から、「私、元旦生まれなんです」。
と声を掛けられた。

正真正銘だと言っておられたので、ホントに元旦生まれなのか。
私の目出度さは中途半端な感じだけと、その方は目出度さもちゃんとしている。
何処がどう良いのかと聞かれると困るが、良いなあ。
例えば12月24日生まれだとちょっと羨ましい感じがするとか。
2月29日生まれは嫌だなとか。

ま、そんな感じ。


看板
2010/01/19

昨日はちょっと所要で埼玉の北の方に行った。
車で走っていると道路脇の大きな看板。

「逃げないで」

パチンコ屋の看板だった。
オレは逃げないよ!

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