HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| 強い! | - 2011/05/05
- 西武新宿駅近くで見た光景。
風の強い朝、カプチーノを飲むためにカフェに出かけたら、美人のお姉さんが何かのキャンペーンのチラシを配っていた。 笑顔が綺麗。
その近くのビルの壁の下で、しゃがみ込んで、コンビニ弁当をちょっとだけ広げて食べていた、若い男がいた。 こんなところで食べるなよ、と言いたい所である。
その若者に向かって、美人のお姉さんが何やら拾ってツカツカと近づいて、手に持ったモノを差し出して、言った。 「こんな袋でもあなたが、自分で捨てるものでしょ、こっちに寄越さないで!」。
若者はノロノロと見上げながら、あっけに取られた様子で「はぁ」と一言。 お姉さんの方が間違いない。 エライ!
新宿はいろいろな戦いがある。
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| ティーンエージャー | - 2011/05/04
- 昔のアメリカのヒットソングがよく出て来てしまうが、アメリカの音楽史の中ではジャズとも決して無関係ではないので許してもらう。
私の年齢からしても、知り合いからしても、仕方がないのは如何ともしがたい。
今改めて思えば60年代はどうしようもなく凄い時代だったのではなかろうかと思うのである。日本でもそうだったが、桁違いでもちろんアメリカでの話。
映画「アメリカン・グラフィティ」に出てくるような豊な環境と、突如10代のガキの金に群がったポップス・ミュージックやファッションのビジネス。 ちょっと切ない若者の恋、大人になれないやるせなさ、持て余す力を象徴する斬新だったエレキギターのサウンド、軽快なリズム等が上手く散りばめられ、それが妙に明日に向かう希望だったりする音楽、アメリカンポップス。
日本でも歌詞を作ってテレビで歌ったりしたが、考えるとあれはやっぱりアメリカでの話なのであって、僕らはそれを垣間見て、ちょっと喜んでいたのだと思う。そう思うと自分が可愛いと思うと同時に切ない気持ちもある。
そういえば、イギリスでもそういう映画を80年代に作ったデビット・ボウイ主演の「ABSOLUTE BEGINNERS」というちょうど60年のロンドンを描いた作品があって、ギル・エバンスの音楽が大活躍したのだが、映画の中で面白いセリフがあって、とても興味を引かれた。
「ティーンエージャーという言葉はアメリカでの言葉であって、他ではない」、というセリフで、英語の本家のイギリスがそういう所がエラク面白い。 当時を振り返ると、なるほどと思わせる。 歴史的・風俗的に非常に凄いセリフである。
真面目に、ではイギリスや他国の10代のことを何と言うのかと聞かれても困るが、まさにアメリカにおける時代にぴったりはまった言葉であった。 今の10代があの時ほど、現実の楽しさと切なさ、将来に対する夢と希望と満ちている時代を楽しんでいるかと言えば、多分ノーと言わざるを得ない。 あらゆる時代で、やはりティーンエージャーと言えるのはあの時だけ、それもアメリカだけだったと断言出来るのかもしれない。
あれはなんだったのだろうと考えると、私もよくは分らない事だらけだが、とにかく面白くて、やっぱり良い時代だったのだ。
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| 大雨だから、木の葉の子守歌 | - 2011/05/03
- 夕方近くになって既に大雨。
暇になってしまったので働かないといけないが、世間の人は休みで、家で鰹の叩きでビールでも一杯やっているだろうかと思うと、仕事に身が入らず、店のレコードを聴く。
聴いたのは「BILLY BAUER "PLECTIRIST" VERVE8172」。今在庫であるのはNORGRANの方ではなく、後出しのバーブの方。 このレコードは本当に良い。先日はWARNE MARSHのレコードの事を書いたし、コニッツも好きだから、私はやっぱりトリスターノ派が好きなのかもしれない。そういえば、以前来店されたスティーリー・ダンのウォルター・ベッカーがトリスターノのレコードを欲しいというので、店の在庫からオリジナルや海賊盤も含めて10枚程も出したら、ニューヨークにもこんな変な店は無いと笑っていたから、本当にそうかも知れない。 それで、裏表聴いてみて、ふと「LULLABY OF THE LEAVES」という曲が気になった。
ちょうど、値段を付けようとしていた、もう一枚のレコードがブルースのTINY GRIMESのU.A.盤にも入っていて、そちらも聴く。ブルースでソウルだな。
この曲、日本題が「木の葉の子守歌」、とくれば、そうベンチャーズ。大迫力の子守歌である。 私のような世代は、ベンチャーズが演奏した曲は、みな彼らの雰囲気にすり替わってしまっていて、なかなか本チャンを思い出せない。 なんたって、キャラバン、ヲーク・ドント・ラン、木の葉の子守歌、と大したものである。
でも、ジャズ好きならせっかくだから、ビリーバウアーのも聴いて欲しい。 ところで、この作曲者はたまたま知っていたのだが、Bernice Petkere といい、我々の世代より少し前の世代のアメリカ人の間では有名で、それはそれは膨大な作曲をしたらしい。といってあまりジャズでは取り上げられる曲はないが、有名所では「Close Your Eyes」か。
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| 過酷な環境 | - 2011/05/02
- 昨日の続きで過酷な環境の話。
過酷な環境と言えば、戦時中の軍隊生活がまず一番に挙げられる。 と言っても、もう60年も前の話だが。
私の父親は軍隊で一度も怒られた事が無いのが自慢だった。
軍隊に行った人達の、ひどいイジメや理不尽な仕打ちについては書物、報道、映画、テレビで嫌というほど語られてきた。 また、私が年配者に聞かされた話でも、無残な話ばかりであった。日本に軍隊などあってはならぬという話のサビの部分である。
あー、それなのに、ウチの父親と来たら全くそういう事がなく、人に聞かれる度に「いいねー、若い人たちに是非経験させた方が良い」と軽く言うのである。 世の中は戦後で、戦争反対、軍隊反対で固まってきているので、私もこれではまずいと思い、一度真面目に聞いてみた。 まず、身体が大きく、また強健であった。 部隊の中で一番であったらしい。 それに、動きがキビキビしていて、訓練でも一番だった。 当時の軍隊で重視されていた、「支度」もほとんど一番だったそうで、脚絆を巻くのが素早くて身綺麗だったそうだ。脚絆=キャハン、なんて今は知る人もいない。 食事のまずさにも問題なく、食べるのも速かったそうだ。「早めし早くそ早支度」も一番だったというわけ。 もちろん連帯責任で殴られる事はあるが、あまり殴られた経験が無かったそうだ。
父親は75歳を過ぎても、筋肉隆々たるもので姿勢も良く、酒も食事の前に大瓶ビールを2本、普通に食事しながら酒を2合、食欲は旺盛でもちろんご飯と味噌汁を御代わりした。食後はウイスキーをコップ一杯美味そうに飲んで、顔色も言動も普通にしていた。 そのあと、足らないと言ってウィスイーを御代わりするので、お袋が酒代が掛かって仕方がないとこぼしていた。 反戦・平和と言わなければならない世の中になんという父親だと思った。
父親だけではなくその兄弟も、近所の人たちもたくさん戦争に行った。 そしてたくさん死んだ。指揮官には都合の良い兵隊さんだったに違いない。 街のお寺の墓地にいくと、戦争で死んだ人たちの墓が沢山あって、子供の頃からそれらを見たり読みあげたりしながら両親に、いちいちどんな人だったか聞くのが楽しかった記憶がある。
過酷な労働条件の製糸工場で働いても何とも無かった女の子達。 軍隊に行っても何ともない青年。身体の強さに平等がないように労働条件にも平等はない、といってはいけないんだな今は。 当時の田舎の生活が、いかに厳しく、そういう環境が強い人たちを作り上げていたのであろうかと思うと同時に、私は当時の故郷の人たちが哀れに思えて仕方がない。
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| 窓の外をデモが歩く | - 2011/05/01
- お客様が試聴をして、ジャズの話をしていたら、外からデモ行進するリーダーの大声とざわめきが聞こえた。
そうか今日はメーダーだった。 労働者の祭典だった。
きつい労働条件と言えば「女工哀史」。 長野県の岡谷あたりの製糸工場での過酷な労働による悲惨な話である。 本と映画の「ああ野麦峠」が出来たのは、もっと後の昭和40年頃の事であろうか。
私が東京に出て来てから、会う人に時々、「長野県人はとても酷い人の使い方をするものだ」と、嫌味を言われた事もある。 それほどに、日本の人々に衝撃を与えた本だった。だが、日本中どこでも同じような境遇だった。 同じ類で、最近は蟹工船が若者に人気だそうだが、軟弱でどこに行っても務まらない若者が読んで感動するものではない。
ところで、私が小学生の頃、近所のお婆さん達に聞いた話。 それはちょうど5,6年生の頃に、田舎にも労働運動が広まりつつあり、その良い教材として、ちょうど女工の過酷な労働条件が書かれたこの本「女工哀史」が流行ったからである。 そんな生き証人達の近所のお婆さん達にせがんで聞いたはなしである。 さぞ苦労したに違いない。
私の近所のお婆さん達も間違いなく岡谷の製糸工場に働きに行っていた。 まだ十代の女の子だった頃である。 近くの部落からも誘うように働きに行ったし、また人集めにも来たらしい。 岐阜県側からも沢山働きに来たようだ。 野麦峠そのものの舞台である。
その話の中心部は。 「飛騨から来た衆は弱くてすぐに身体を壊す。オラ達ゃマメなもんで、食べ物は美味いし、ウチにいるより仕事は楽だった。年期が開けてお金をもらって帰って来た時は、死んだ婆さまが喜んだに」
その時の、私の落胆。 みんな苦労したと思っていたら、自分の家にいるより楽だったとは。
それほど、当時の田舎の生活は苦しかった。 同じ働きに行ったとしても少しでも楽な暮らしが出来ていた岐阜県側の人たちには過酷で、更に貧しい長野県の田舎の女の子には楽だったとは、なんともやりきれない思いだった。
本に書かれた事は、本当なのだが、すべて本当かというとそうでもない事が世の中にはあるという事に気が付いて、子供ながらショックだった。 でも、こんな事を書くと、私はとんでもない非道な人と言われそうだが、そういう環境だったという事で許していただく。
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| いつものコーヒー屋 | - 2011/04/29
- いつも行く近所のコーヒーチェーン店。
最近顔見知りになっていたお兄さんがいない。
気になっていたので、それとなく古そうな店員さんに消息を尋ねると何と、すでに辞めていた。 彼は以前、イタリア系のコーヒー・チェーン店にいて、私が毎朝通って行くと彼がエスプレッソを入れてくれたので、顔見知りになった。 それがある日近所のチェーン店のカウンターにいたで、驚いたのだった。 時々声を掛けられる程度の間柄ではあるが、愛想の良い人柄でコーヒーを買いに行くのが楽しみだった。
身体の調子が悪いとかでお辞めになったようだ。 これからもどこかのコーヒーショップで会えたらいいな。
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| ボビーに首ったけ | - 2011/04/27
- 古くからの友人が店に来て、仕事の用事で出かけたついでに寄ったレコード屋で欲しかったレコードを見つけたと言っていた。
レコードとはEP「ボビーに首ったけ」。 それが4,500円もしたので、日本盤だったので買わずに帰ってきたと。アメリカ盤の方が日本盤より安いのだから面白いものである。
暇だったので二人で、YOUTUBEで探して楽しんでしまった。 彼は私より4つ位下で横浜出身、私は長野県の田舎、でも同じような時期に場所が違っても、それぞれ音楽を楽しんでのだと思うとおかしい。
Marcie Blane "Bobby's Girl" Seville records
マーシィー・ブレイン 日本題「ボビーニ首ったけ」は全米で大ヒット。 ドイツはじめヨーロッパでも大ヒットで、日本では伊東ゆかりでヒットもした 。当然当時のアメリカの占領国というか、そういう国でヒットするわな。
ネットで調べていたら、イギリスではSusan Maughanが歌ったが、彼女はジャズナンバーも歌っているので、当店でもLPを扱った事がある歌手で、やっぱり若い時にポップスを歌っていたんだと感動。 本家のマーシー・ブレインの方はイントロもしっとりしていて語りがあり、歌もしっとりと入って行く。それに比べスーザンの方は元気いっぱいのイントロの後、いきなりボ〜ビ〜ズ・ガールとサビが来るので、ずいぶん印象が違い面白い。
しかし、スーザンはその後も歌手歌手活動を続けたようだが、本家のマーシィーの方はヒット曲は1枚だけで芸能生活を終えたようだ。
http://www.youtube.com/watch?v=2Cfz33QIsdY YOU TUBEの映像は映画「アメリカン・グラフティ」で、大した映画でもないが、懐かしさがいっぱい。
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| BEN WEBSTER | - 2011/04/24
- 入荷したベン・ウェブスターのレコードを試聴していた。
気が付いたら先にB面から聴いていた。 見た目も綺麗な盤で順調に聴ける。 A面にひっくり返してと。 2曲目の「Over the Rainbow」で、突如チリチリとノイズがはいる。その後のはずーっとチリチリと小さな音が入る。 超音波洗浄機で洗ってみたが、やっぱりノイズは取れない。 小さな音とはいえ、このレコードの最も良い曲、目玉の曲にサーフェスノイズがあっては具合が悪い。不思議なことだが、きっと前のオーナーがこの曲ばかり聴いていたのであろう。気持ちは分かる。
あ〜、また私が購入することになるレコードが出てきてしまった。 こうして、お客様に売れない傷物ばかりが個人的なコレクションになるんだな。 残念。
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| 香水 | - 2011/04/22
- シャツでも買おうと、近くの小田急百貨店に行く。
試着していたら売り場のお姉さんに、「良い香水つけていらっしゃいますね」って言われて、オジサンしどろもどろ。 「猫や犬に好かれるんです。」 お姉さん「?」
いつも早朝、近くを散歩していると、時々ある犬に出会う。コーギーと日本犬の雑種の老犬で可愛い。これが私のアフターシェーブ・ローションが気に入っているらしく、鼻をクンクンさせて動かない。 飼い主がもう帰るよ、と無理に綱を引っ張られ、ヨロヨロと去っていく。
猫も結構気に入ってくれる。 ただ、どんなアフターシェーブでも良いわけではない。 国産のはほとんど駄目で、ヨーロッパのちょっと年配向けのが良いみたい。 年寄りの臭いと一緒くたになって、犬猫にモテルんだな。
動物にモテたかったら試してみて。
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| Chet In Europe | - 2011/04/21
- CHET BAKER "QUARTET VOL.1" BARCLEY 84009
入荷
今回は廃盤店として自慢できるレア盤である。 内容、レア度、ジャケットデザイン、価格、どれをとっても申し分ないコレクターズ・アイテムである。 この作品第1集から、第3集まである。ジャケットにトランペットを構えたキリリ引き締まり、キッと見開いた眼差しのチェットの顔が印象的である。 彼とて若いときの音楽に対する心構えがいかに素晴らしかったかという証拠である。次の2集の方は同じ時の写真であろうか、同じシャツを着ている。 横顔で頬が膨らんでいると同時が目が飛び出さんとするかのようなこちらもキリリとした横顔で、トランペットは彫金が見える素晴らしい写真である。 2集には人気曲の「SUMMER TIME」等が収録されているので価格は更に高額になる。 1集は赤を基調にして、2集は黄色が基調に、3集は青が基調となる。 3集は斜め後ろ上部からのショットの写真でチェットの像がダークブルーの闇から浮かびあがった良い写真で、また非常にレア度が高いので、最近はこれまた高額となる。更に綺麗な物が無いのもこの作品の特徴である。 お金の話ばかりで申し訳ない。こういう所が、レコード屋が尊敬されない理由である。まいいか。
因みに、これらの中から抜粋して作ったPACIFICの米国盤は、あれはあれでジャケットの作りからしても、文句ない作品に仕上がっており、これら4枚を含めて完結したというコレクターの方もいらっしゃる。 なるほどである。 いや間違えた、EPを一枚忘れていた。それを加えないといけない。 最近は、FRESHSOUNDの再発のBOXセットに未発表の曲をEPにしたものがあり(これは同じEPのデザインで緑を基調にしてある)それも入れろという話も無いわけではない、だが後刷りなのでちょっとモチベーションは下がるのは仕方がない。
こんなレコードが、ドンと入荷して本当に嬉しい限りである。 もう、中古レコード屋ではなく、骨董屋の領域である。
こういう事を書くから嫌われるんだな。まいいか。
ところで演奏? 古い作品に対して、どうのこうのは今更不要。 傑作である。
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