HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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高層マンション
2011/04/16

前にも書いた。
新宿文化センターの近くの広大な跡地に建った高層マンション。
一棟のみだと思っていたら、すぐ隣にもう一棟。
ニョキニョキと成長している。

日陰になる場所には一戸建てもある。
住んでいる人もいる。
この方々にはもう一生、日が当たらない、一生。
金がある人達は他に住む家を買って、ここは他人に貸せば良いが、借りている人達には気の毒である。

日本人は冷静で思いやりがあって大人しいと今回の震災騒動で外国からも大絶賛のなか、こういう周囲の住民への日照権という、本当に基本的な生きる権利、太陽の光を拝める事が許されない建築物を立て、尚そこに住んでいる人にはそれがプライドってどういう事だろう、全く罪悪感が無いのが不思議でならない。
こういう事に対する思いやりというか道徳感はないのか。

これでもかと作る大手一流建設会社もどうかと思うが、金を貸す銀行も銀行。
そういう高層マンションに住んで喜んでいる人も、気がしれない。
あ、いけね、こういう高層に住んでいるお客様もいたんだ。

こうなったら電車の中の小さな親切などいらねーよ。それよりも、お天道様を奪ってしまってた事への、大きな反省と思いやりが欲しいなおじさんは。

小さな綺麗ごとはもう沢山。
ね、ACさん。

ECM
2011/04/15

メモだけして忘れていたが、今日カバンの中をちょっと整理していたら出て来た。
ECMとは「EDITION FOR CONTEMPORARY MUSIC」と言うらしい。
社長のマフレット・アイヒャーの逆さ読みという、深読みする人もいる。

ENJAという会社は「EUROPEAN NEW JAZZ」なんだそうだ。
別にどうという事もないが、豆知識程度の話。

メモが小さくて出典が不明なので、申し訳ない。
もっと、他になにかあったら教えて欲しい。

友人からのメール
2011/04/13

私の仲良しから、こんなメールが来た。

出来るだけ多くに方に読んで欲しかったので、日記に掲載したいと申し入れた所、勘弁してくれと躊躇していたのだが、私の再三の説得に遂に折れ、許可が出たので、掲載することに。


 今回の地震の津波により、陸前高田で町医者をやっていた30年来の友人が亡くなりました。
なんとか遺体だけは確認出来たようです。
一生懸命、街のために働いている良い人だから逃げ遅れてしまったのでしょうか。
なんだかんだ悪態をつきながら、結局は自分を犠牲にして働いている人だから、いざという時には他人の安全が気になってしまったのでしょう...。
遺体が確認されたと連絡があった夜は「他人を助けてないで逃げれば良かったんだヨ。それでも誰も責めないよ。死んだら終わりだ。」と泣けました。
一人で部屋に入って泣きました。
無念です。

遺体が確認できただけでも良かったと、思わなくてはいけないのでしょうか。


暗い街
2011/04/12

タクシーの運転手に新宿の街は暗くなったね。
と話すと、「新宿だけじゃありませんや、六本木、銀座と繁華街はどこも暗いもんです。まるで空襲に備えて街を暗くしているようなもんです」という感じらしい。
私は戦争を知らない世代なので、空襲の体験はないが、ニュース映像や当時の映画で感じは知っている。映画「君の名は」などは空襲の下で芽生えた愛の物語、きっとこの東京でもそんな話も出来ているかも、と余計な空想をしてしまう。
今時、あるはずないのに、オレは馬鹿かと思ったところで、運ちゃんの「「何しろ暗いんで、近頃は洋服の色が黒いからお客がどこにいるか分からないんで、困ってしまう」。
なるほどな。という事は暗い道路では歩行者も注意しないと事故に遭う確率が増えるという事かも。

暗い街並みの銀座など想像もしたくないが、このご時世では仕方のない事で、文句を言えば「非国民」と怒られそうだ。

電気がないと言えば仕方ない。我々は電力会社を選べない、何があろうと会社のなすがまま。金額だって会社のなすがまま。
原子力で作った電気はもういやだから、ウチには今日から火力を方を頂戴とか、ウチは割高でもいいから水力の方をとか、と選べたらいいんだけど。
でも、どうにもならない。

こうなったら、ウチもディーゼルの発電機買うかな、ちょっと油の匂いが残る電気だけど?

八幡大菩薩
2011/04/11

震災前から歌舞伎町が寂れている、ビルにも空き家が目立つと言われていたが、震災後ネオンも姿を消し、歌舞伎町の中はいっそう寂れてさびしい限りだと聞いていたので、今朝ちょっと散歩してきた。
テレビ的にいうと潜入というのかな。

少し温かいせいか、上半身裸になって体を拭いている浮浪者のジイさんがいる。テレビ的に言えば、浮浪者発見か。
ふと目をやると、背中には立派であったであろう彫り物と、左の腕には「八幡大菩薩」と堂々と彫られているではないか。
さぞ、この辺りにニラミを利かせていた大したお方であったに違いない。

ただ、年齢のせいもありやや身体も縮みがちというのか、背中の絵柄ははっきりとしていないものの、左腕の八幡大菩薩ははっきり読た。
源氏の流れを汲む方なのだろうか。
きちんと言えば、体を掻いていたいただけであるが、まあそれも良し。

恐れ入りました。

痛み
2011/04/10

原発の研究者には基準値が100ミリシーベルになっている、というのを書いた。

それで、急に思い出した。
以前の会社にいる時、ちょうどハワイに手伝いにいっていて、その時来たお客様が歯医者さんのインターンだった。
知り合いの紹介の人だったので、食事と酒も入って、色々人生の話になった。
「私ね、歯科大学の入試の前に、すでに歯科医になっていた兄貴から、我慢しろよと言われ、歯を抜かれたんですよ。どうだ痛かったか?これで患者の気持ちが分かったか?これでも歯医者になるなら頑張れ」と励まされて、やっぱり歯医者になろうと決心して勉強した、と言っていた。
今頃、山形で良い歯医者として活躍されていると思う。

で、原発の研究者。
100ミリだとガンになる確率がぐっと増す。それで、たとえガンになろうとも人々の為に研究を続けるのは当たり前としている研究者の心意気に感動を覚える。
その気持ちに、我々は快く命を預けてしまうのだ。

だけれども、研究者たちに歯医者になろうとした若者のように、己の身を以て痛みの感覚を持ち続けてくれている学者が、いったい今、何人いるのだろうか?

古い話
2011/04/09

ジェーム・ディーンを知らない若者の話のついでに。

昨日、何かの話で、私が「いいです、いいです、イーデス・ハンソン」と言ったら、キョトンとしていた人がいて、やっぱりイーデス・ハンソンさんを知らない世代がある事が分かった。
だからといって別に大した問題ではない事は。私にもわかる。
自分がオールド・スクールの人間だと再確認しただけのことである。

でも、
「ヒジョ〜に、淋しい〜 !」



ちょっとガッカリした事
2011/04/08

放射能漏れの事でちょっとがっかり。
事故以来、被曝の限度(基準値)を年間1ミリシーベルトとしている、と聞かされていたものが、事故の長期化に伴い、放射線量が増えていると分かったとたん、基準値引き上げになったからである。

「大気中の放射線量の積算値が多い地域があり、原発事故の長期化を前提に、健康に影響が及ばない範囲で被曝限度の基準を緩める必要があった。」と報道があった。

20だか、30ミリシーベルトになったらしい。
昨日までは1ミリまで、今日からは30ミリまでは安全ですよ、と言われて、ハイ、ハイと言えないのが人情ってもの。

いったい政府の意図はなんなのか?

地震の一カ月前に読んでいた原発の本に、研究者達は100ミリまで我慢しろといわれていると、いう所があって、私はいたく感心した。身を挺して研究されているんだな、と。
原発で働く社員は250ミリまで認められていると。いやいや、これまた原発に身を捧げた社員に感動と、同時に背筋が寒くなったのであった。

しかし、なんの関係の無い私たちは、健康診断や病院でのX線撮影、CT検査、歯科医のレントゲン、等通常の生活でも様々な放射能にさらされていて、本によっては、微量でも人によっては影響があると、されていることを知っている。

私が読んだ本では1ミリの場合、1万人に一人の確率でガンになる。これは問題視出来ない数値であるので、無視しても良いであろう。
しかし、10ミリになると1,000人に一人がガンになる確率なのだそうだ。それでも因果関係は把握しにくいので、20から30くらいはもう良かろうということであるらしい。研究者などは当然のことと覚悟しとけ!という事らしい。

やっぱり1ミリシーベルトが基準値であるほうが安心する。
超えた超えないがあるにせよ、個人差があり、それは正しく報道された数値を国民一人ひとりが見て、判断すれば良い話である。

基準値以内だからとコジつけて、すべて安全とも言えないのに、安全とさせてしまう所に怖さがある。
管理する側の理論はそれで完璧であることはわかる。
でも、私たち国民の生活はそうはいかないのである。
だって、テレビで個別にホウレンソウは○○ミリだから安全と言われても、我々は雨がふれば雨にあたり、少しであっても空気も吸い、水も飲む、更に魚も食べ、野菜も食べると、総量では軽くオーバーするのは目に見えている。
また口から入るものは内部被ばくといい外からのものより、より強力であるらしい。

政府の考えも分からないわけではない。諸外国に大した事はないというポーズを決めたいし、国民にも基準値内という安心感を与えられるわけだ。でも正直こそが、国民が最も欲しているただ一つの正義である事に変わりはない。
政府よ、ここはひとつ国民の為に、真剣になろうよ。

インカスの1番の事
2011/04/07

インカスの1番について、書き残していたことがあった。というのはあのレコードがシュールであまりにマニアックなので、書いても仕方がないと思っていたので止めてしまったのだが、やはりマニアの血は騒いで、心で止めろと自制心が働いても、体が動いてしまう犯罪者のようである。
此処でもう一度書くよりも、前回の日記(註)に付け加えて置いた。

自分自身のの忘備録のようなものだ。
本当にどうでもいいことにこだわるものだと思い、自分でも呆れる。

(註 4月1日分の日記)

エデンの東
2011/04/06

韓国ドラマで思い出したついでに。

先日、何かの集まりで、エリザベス・テイラーの話になったら、若い日人が誰ですかそれって?という事になり当時の世界一の美女を知らないのかと、おじさんは軽いショックを受けて、「まあそうだよね、じゃジェームス・ディーンを知っているでしょ」と聞くと、あまり記憶になないようで....。
ほらリーバイスのCMの写真にも載っているでしょ、といっても「知りません」と帰ってきてしまって、時代の流れの速さをというか、若者が先輩に着いて来る意識がないというか、結局は自分の青春の遠さを改めて感じた次第であった。

そのジェームス・ディーンの映画「エデンの東」の話になった。
あの映画は、たしか私が高校生の時に田舎で学校をサボってみたのだが、期待に反して、主人公の悩みが全く伝わって来なかった。なぜなら、彼は朝食にオレンジ・ジュース、ミルク、卵、トースト、ジャム等が並んでいて、学校にはクルマで通学するという贅沢さ、当時の自分の御飯・味噌汁・昨日の残りのオガズ程度の貧しい食生活や乏しい小遣いの金額と比較して、ひたすら主人公に腹が立った映画だった。豊かになると子供は我がままになるものと実感した。
そんな話をしていたら、若者が「シェーンカムバックってのですか?」
「違うよ!」。
最後に「エデンの東」って韓国ドラマですよ、と親切に教えてくれた。

眩暈がして気が遠くなりそうだった。
完全にオジサンの時代は終わったのだった。

こうなったら、世間に嫌われながら生きてやろうと決心したのだった。

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