HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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ウズラの雛
2011/05/24

那須の別荘地に用事で行った帰り道の事。
山道を下ってゆくと道路の真ん中に雀らしき鳥が2羽。
茶色だから雀だろうと思ったが、ちっとも逃げないのでスピードダウンして、ゆっくり近づく。
良く見ると、雀ではなくどうもウズラの子供のようだ。いや普通の山道にいるはずがないのでコジュケイの雛かなとも思うが、やっぱりウズラと思った方が正しそうなので、とりあえずウズラとする。

1羽の方は私の車に気付いたらしく、チョコチョコとねるように歩いて道路の端に消えた、ところが1羽の方がクルマの下に潜ってしまったらしい。
すると私としては停車せざるを得ない。一応優しさがある真っ当な人間だからね。

所が後続の地元の軽トラック。
状況が見えたはずなのに、停車した私を追い抜いて、眼前の雛が必死にツンのめりながら、転びながら、地面を走っている姿を見ながら平気で車を発信させる。通過する時には、ちょうど雛がクルマの下あたりでひっくり返ったので、轢かれたと思い助けに行こうかと思ったのだが、その後起き上がって路肩に歩いていったから、大丈夫だったのかもしれない。

しかし、自分の通行が優先とは那須の方は相変わらず残酷だな。
動物の命など何ともない。
私の子供の頃と全く変わっていない。

1分待ったとて、人生変わるものでもあるまいに。
本当に私は怒ったぞ。

TINA LOUISE
2011/05/23

TINA LOUISE "IT'S TME FOR TINA" CONCERT HALL SOCIETY H-1521
(ティナ・ルイス)
嬉しい事に、ちょっとセクシーなボーカル入荷。

このレコードを私が知った時期ははっきりと覚えていて、それは1974年のこと。74年というと昔からのコレクターなら、「なんーだ」という事になる。なぜなら、スイングジャーナルの「幻の名盤読本」が発売されたから。あっけない話でがっかりか。

掲載されていたから有名になった事は間違いないのだが、それよりもその記事の中に「石原裕次郎がベた褒めしている」という内容があったからである。その一文だけで皆盛り上がった。罪な執筆者である。
当時の石原裕次郎は今のジャニーズ社員の芸能人よりもダントツな人気を誇っていた。彼はベンツのSL300クーペを持っていて、それはもう大したものだった。
なんたってガルウイングの300SLは日本に2台とか3台しかないという話で、他には力道山と誰かしか所有していないという事が噂され、家より高い車として大いに盛り上がった。
その、「ゆうちゃん」が大好きな一枚とはなんだろう、きっと良いセンスの一枚だろうと仲間が集まって大騒ぎになった。だって当時、皆そんなレコードを鑑賞した事が無かったから。

私は若者がコルトレーンやアイラーも聴かずボーカルにウツツを抜かすとは何事かという硬派だったので、購入しなかった。というとカッコ良いが、それよりレア過ぎて、購入など出来はずもなかったという方が正しい。
というわけで軟弱(?)な仲間はみな、必死に探した。

探せば見つからなくとも色々な情報は出てきて、レコードショップで売られていた物ではなく、コンサートホールという会員制通信販売のみで売られていた事も分かった。そうなるとマニアが購入したわけではないので当然キレイなものが極めて少ない事もわかった。
その後一般には再発され店頭に並んだらしい。だがそれはレーベルが変わっており、これまたガッガリさせられたのである。ジャケット写真だけ知っていてレーベルを覚えていなくえ店頭で見つけ喜んで買って帰り友人に自慢したら再発だと言われてガッカリした話もよく聞いた。
綺麗なものは非常に高額なレコードで、コレクター泣かせな一枚であった。

そうそう、歌の方。
裏のライナーを読んでいたら、彼女は女優で非常に美人で、セクシー女優としても有名になり、当時のプレイボーイのプレイメイトとして相当の写真もあるようだ。という事で人気はそれなりにすごかったようだ。日本ではセクシー女優は受けないので、それほど有名になる事はなかった。

バックのメンバーも記載があって、素晴らしい事にコールマン・ホーキンスが入っていてソロを取っていて驚いた。
バックの演奏がセクシーでハスキーな歌声に上手くマッチして素晴らしい作品である。
なんたってジャケ写がいいやね....。

RED NICHOLS
2011/05/22

RED NICHOLS(レッド・ニコルス) AND HIS 5 PENNIES "RED NICHOLS CLASSICS" BRUNSWICK 58008
という10インチ盤がブランズウイックにある。これが第1集から3集まで入荷した。
何とはなしに聴いている内に面白くなってしまったので、掲載することにした。
さすがジジイだから音楽が合うだろうって?いや、私は守備範囲が広いんだ。

音楽はアレンジも良く非常に上品なのであるが、何が面白いかというと、まずメンバーBENNY GOODMAN, JACK TEAGARDEN, GLENN MILLER, GENE KRUUPA, JOE SULLIVAN, もう錚々たるメンバーとはこういう事を言う。歴史的な白人ジャズにおける重要メンバーが全員近くいると思っても良い素晴らしさである。ほらここだけでも胸が踊るでしょ?

更に演奏が1920年代後半から30年ちょうどまでの良い時代にある事がまたすごい。凄いと分からないと思う人に言いたいのだが、ジャズエイジという言葉があって、私などジャズ青二才の時は1950年代だと決めつけていたが、それが年齢を増し謙虚にジャズを聞けるようになった時、はじめてジャズエイジとは1920年代だと知ったのだ。20年代はローリング・トェンティーと言われ、若者が下品な音楽にウツツを抜かし、年配者たちから顰蹙を買った最初の世代なのだそうだ。そうすると100年近く若者はくだらない音楽に取込まれているという事になる。それは置いて、ジャズエイジの狂乱ぶりはF.スコット・フィッツジェラルドの小説にも出てくるので、米国のその時代の楽しさを垣間見ることが出来る。
ジャズのマニアならその時代の音楽を聴いてみたいのは当然なのだが、なかなか高音質で聴くことは困難。そんなときにこんな良いレコードが作られていたのはありがたい。

3枚目のB面に「JAPANESE SANDMAN」という曲があって、日本のチンドン屋の歴史の長さにも驚いた。いや、哀愁があって良い曲であった。
雨の日曜日、暇な時間を10インチで幸せで楽しいひと時を過ごせた。

それからついでに、彼らの事を題材にした「5つの銅貨」という映画もあり、本国はもちろん、日本でも年配者は皆見たと言って良いほど、ヒットした。
占領政策で見せられたのかもしれないが、一応感動した記憶は大いにある。その後、その後だったか一緒かどうか時間的な順番の記憶はないが、「グレンミラー物語」も大いにウケた。
当時私など「鞍馬天狗」の映画を見て興奮していたのだが、いいとこの子はそういう映画やアメリカの映画を観ていて、それが成長と共に何かの話のきっかけで、ちょっとづつ漏れ聞こえると、育ちは分ってしまうものだと、しみじみ思った。

結局なんの話だったのかな?

(註)今回の3枚のジャケットはすべてデザインが異なっているのだが、代表として2枚目を掲載した。

立食い
2011/05/20

出掛けようと店を出たら、1階のコンビニから出て来た若いお嬢様が、ビルの入り口辺りで堂々とビニール袋から出して菓子パンを食べ始めた。
人のビルの入り口で菓子パンの立ち食いなど迷惑千万。
礼儀知らずもいるものだとちょっと立腹。

でも、気を取り直して地下鉄丸ノ内線に乗る。
とその時、最後の方からなんと、カバンを左手に持ち、右手にアンパンを差し上げた、これもまた若いお嬢様。発車してもそのままの状態を保つ。時々食べる。
電車はゴトンゴトン、お嬢さん口モグモグ、おじさんハラハラ。

もし、電車が揺れて前にいるサラリーマンの高価なジャケットにアンコでも付けたらどうするつもりだろうと、おじさん心配で心が休まらなかったよ。
ACよ、こっちの道徳CMもやっとくれ。

他人の事に心配する暇などないだろう。
ハイ。

日記
2011/05/19

ご来店のお客様、入ってくるなり「日記が書かれていないから、また、買い付けにでも行ったかと思ったよ」と笑いながらおっしゃっる。

日記は休んでも、店は休みません。
来て下さい。

那須
2011/05/17

レコードの買取があって、那須に出かけた。
いや、那須は有名な料理屋・レストラン等たくさんあって、まるで田園都市という様子。
こういう場所はつい軽井沢に目がいってしまうが、決して負けていない。

良い所だな。
いつか別荘でも買えたらいいなあ。

無理!!

姥捨山
2011/05/16

子供の頃、私の故郷はもちろん貧しかったので、近所のお婆さん達は皆一様に口を揃えて「嫁の世話にならないように死にたい」という事と「コロッと逝きたい」というのであった。その時についでのように「地獄の沙汰も金次第」という台詞もいつも耳に入っていた。
この3つが老人の願いなのだと、当時、子供心に人間の一生の最後はこんなものかと考えた。
私たちは大人になったら、自分の親たち世代にそういう思いをさせてはいけないと思った。
幸運な事に、高度成長期があり、今までは世の中が豊かになるにつれ、そんな台詞は聞かれることがなかった。

それが最近、「ピンピンコロリ」と都会の老人の間から漏れ聞こえるようになった。都会と科学の発達で、地獄の沙汰については無視するようになって来たようだが。
豊かなのにおかしな話である。

そこに来て原発事故が深刻になるにつれ、老人を福島に移住させろとか、老人に福島の野菜や肉を食べさせろとか、原発で働かせろという意見がネットなどで盛んに見られるようになった。
こういう意見が多いという事は現代の若者が、いかに老人が邪魔かと考えている、良い見本である。
たしかの老人の年金や社会保障の為に犠牲になるのはまっぴらであると言った意見は堂々と通るようになったし、立派な知識人の中にも出て来た。
若者を老人の犠牲にしてはならないと。

そう聞くと、私など先輩たちの土台になり、自分たちの子供はじめ若者を甘やかし、一生懸命に働いた結果が、やっぱり邪魔者扱いだったのかと思うのである。

ならば、老人はどうせすぐに死ぬのだから何でもいいだろうと国や社会が言うならば、私達年配者は、福島でもどこでも行ったら良いかも知れない、と本当に思う。
一層、私たちが力を出し合って「オールド・ジャパン国」を作って見ようじゃないかという気もする。どうせ後が無いなら、若者に媚びへつらうくらいなら、老人だけで助け合って行くだけでなく、老人ホームや病院も作り、農業もし、会社も作り、工場で生産もし、ウラン温泉でもウラン饅頭(?)でもなんでも作って見ようじゃないかと思う。
国や社会に迷惑を掛けないで、自主的かつ前進的な姥捨山になろうじゃないかと思う。

昨日もお客様に言われたんだ、子供にお金を残しては碌なことが無いって。
だれかやる?

NIGHT IN MANHATTAN
2011/05/15

LEE WILEY "NIGHT IN MANHATTAN" COLUMBIA CL6169 10INCH

なかなか味わいの深い、10インチのヴォーカル・アルバムである。
このレコードが出て来たのも、何かの縁だと思い、これも取り上げることにした。
それは2日前に書いた、GRANT GREEN のレコード「STREET OF DREAMS」であって、「STREET OF DREAMS」という曲はいい曲だなと思っていたら、なんとこちらのリーワイリーのレコードの冒頭の曲が、この「STREET OF DREAMS」だったので、何てタイミングの良いことであろうと、自分で嬉しくなってしまった。
何故かというと、この曲を演奏しているレコードがあまり思い浮かばないし、実際、あまり無いのではなかろうかと思うのである。

この曲は「When I Fall in Love」や「My Foolish Heart」有名なVICTOR YOUNGの作曲によるもので、とても良い曲である。ちょっとしっとりし過ぎなくらいに落ち着いて地味な曲なのが、余計に良い。

ブルージーでソウルフルなグラント・グリーンからリー・ワイリーでは、関連着けるにしてもちょっと行き過ぎな感じもしないでもないが、まあ良しとしてもらう。

10インチの「NIGHT IN MANHATTAN」は、1951年のBOBBY HACKETTとの共演でハケットの哀愁に満ちたトランペットが素敵で、二人が遭って語り合っているような音の運びは見事で、そこに重ねた彼女の洒落た歌い方は本当に洒落ているとしかいいようがない。
当時のアメリカだけでなく日本の歌手までもが、みな彼女のように歌いたがったのだろう、と思わせる洗練さである。
今、聴いても私は郷愁で胸が震えそうになる。と言ってももちろん当時、実際見たことも聞いた事も無いのだが、なぜか郷愁に誘われる。
知っている気になれるから不思議である。

ついでにこの中でとても気に入った曲があって、それは「ANY TIME, ANY DAY, ANYWHERE」という曲なのだが、それもやっぱりVICTOR YOUNGの作曲で、才能が溢れる人の曲はなぜか心にジーンと響くもので「うーん」と唸ってしまった。

また、ジャケットが可愛い。
ちょうと10インチの大きさにぴったりハマっているのが素敵だ。
昔は良かったね。うん。



人気漫画
2011/05/13

ニュースで「こち亀」が1700回記念だといっていた。
もう正式名称も忘れてしまったので、改めてネットで検索した。「こちら葛飾区亀有公園前派出所」、昭和51年から少年ジャンプに掲載されて今に至る。
きっと日本記録の長寿連載に違いない。

思わず手が伸びてしまった。「こち亀」のネタ。
昭和51年からだと言うから、という事は、私の青春、いやサバ読みすぎか、まあ、ちょっと過ぎから始まり、私ももうすぐ棺桶というのにまだ継続中というのが凄い。
この漫画、最初は下品でヘンな話ばかりで、嫌な漫画だと思っている内に、徐々に取り込まれていくという、実に危険な?漫画なのである。

私の好きな話は、部長がお腹を壊していたのだが、無理やり寿司屋に連れて行き、自分だけ食べて「う〜ん、思わずお口の中がパラダイス」という台詞。
大いに感心し、以来、寿司屋に行った時の私の口癖となった。

もう一つの話は、車好きでどうしようも無かった親父が改心したので、中川がフェラーリ社だったかに特注で家族用のスパーカーをプレゼント。その車で母親が小学校に子供を迎えに行くと、そこに居合わせたベンツで来ていた見栄っ張りの同級生の母親が、あまりの高級感にギョエっと眼が飛び出て驚く。
よく見るとスーパーカーに洗濯物を翻して竿が刺さっている、それを見て中川が、やっぱり合わなかったかなと後悔している話。
読んでいて、ベンツごときで高級面しているオバさんをギャフンといわせる所や、あり得ない超高級スーパーカーに洗濯物を干すという痛快さがいい、それをまた反省するところも良い。

バブルの頃は漫画にも並はずれた勢いがあったのだ。

GRANT GREEN
2011/05/11

GRANT GREEN "STREET OF DREAMS" BLUE NOTE 84253

まず、このレコードの写真を見る。
この写真を見て、うまく作ったなと皆思う。
中にはやっぱり、本当にこんな場所があるのかなと思う人もいてもおかしくない。
それで、しばらく前に来られたお客様とそんな話になって「ここって本当にありましたよね」という話になった時、お互いに、絶対あったはずだという結論に達した。
今日ステレオ盤が入荷してきたので、ジャケットの写真を撮ったついでに、思い立って訪ねてみたのだ。そうグーグル・トラベルなんだけど。
あの街の地図を追いかけて行けば、きっと写真があるに違いないとにらんだから。

すると、やっぱりあった。
次の写真の通りである。
標識も、標識を付けられたポールも昔のままかどうかは分からないが、兎に角1400 GTANT 500 GREEN となっている所など全く一緒。
因みに後ろの店はグラント&グリーンという名前である所が恐れ入る。

いや、生きている内に行きたいない。

しかし、こんなジャケットを作るにしても、アイディアを絞り、情報収集も怠っていない努力に、心から感動してしまう。
私などこうして後からジャケットを見ながら、追っかけていても本当に面白く、興味は尽きない。
聴くことが重要であることは当然だが、聴くだけがジャズでもない事が解ってくれると思う。
 
追加)
サンフランシスコのこの辺りは。ノースビーチと呼ばれる地域で、文化的にも当時の50〜60年代で、ビート詩人たちが関係していて、たしか近くの通りにその当時いた詩人の名前を取って、JACK KEROUACH通りにしようという運動があったという話もでてきた。
そちらの通りも、運動が実ってどうも本当に出来たらしい。
通りと言っても小さな小道のような通りなので、STREET等とは言わないと思うが、そういう良い環境のこの辺りを歩くと良い。きっと。
遊びで行きたいな、と本当に思う。


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