HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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MONICA ZETTERLUND
2011/06/02

MONICA ZETTERLUND "MAKE MINE SWEDISH STYLE" PHLIPS BL7647/P08218L
発音は、いつも私が言うようにモニカ・ゼッターランドではない。ちょっと違う。だが、日本語の文字としてちょうど良いのがないので、これがやっぱり一番近いと思う。
ゼッテルルンドでは固くて余計に遠い感じである。

彼女はスエーデン人だが、このレコードは英国で発売された。マーケットが広い分その方が売れると踏んだのかもしれない。
そんな野暮な話は置いといて、彼女このレコードは私の好みである。
洒落たジャケットに洒落た歌。なんとも洗練されたヨーロッパのジャズと歌がある。一曲目の「スピーク・ロウ」からもう最高。
高級そうな毛糸で編んだ帽子を斜にかぶり、金髪が光に透けている。
わずかに微笑み、その美しい顔に光が当ると、私には余計にまぶしい。
金色に輝く彼女はなんと美人なのだろうと思う。

彼女の写真はスエーデン・ストックホルムのアーランダ空港到着出口に大きく引き伸ばしたのがドンと飾ってある。亡くなった今でも国民の自慢でスエーデンの代表的な女性なのだろうと、いつも写真の下を通るたびに納得する。
スエーデンは開店以来もう60回以上も行った。それでもいつも写真を見るたびに胸がときめく。

このレコードを最初に見たのはストックホルムの、あるレコード屋のガラス越しである。
ただその時は、買付旅行を一緒に案内してくれた新宿西口の先輩と一緒で日本に帰る日の朝だった。地下鉄に乗るので、遠り道だから一応教えておくと言われ、通りすがりに見たのだった。たしか25,000円ほどもしていて、現地でもこんな価格なのだと驚いた。当時大騒ぎの有名なワルツ・フォーデビーより高かったから。彼は、次回来たら買えば良い、と言った。ここは高いからどうせ売れっこないとも言った。ここの親父の事をエスキモーの親父と呼んでいると言っていた。

2カ月後、また彼と一緒に行った。だって一度では道も店も覚えきれないし、彼もただ記憶だけで世界中を歩く人だったので、メモを取る暇もなかったし、地図も無かったから。
当然その店に行ったが、もう売れてしまって無かった。店の親父に言うとあんな良いレコードはすぐに売れるものだと言われた。
次回には探して置いて置くよと言ってくれたが、次回に行ったときにはそこは空店舗で、店が無くなっていた。

店の親父は毛深くて確かに、エスキモーの親父という言い方は正しかった。
その後は私も一人で行くようになったが、時々その店の前まで行って見た。もしかして、エスキモーが復活して、あのレコードがあるかもしれないという淡い期待もあった。
しかし、そんな事は起こるはずもなく、そこはやがて薬屋になった。
そんな事の思い出は他にもいっぱいあって、ストックホルムの街でも他国同様、行く度に店が一軒づつ消えていった。

考えると私も苦労をしたものだ。
だからこのレコードは開店以来のウチの店の苦労もまた楽しさも分かってくれている、一枚のレコードなのだと、いつも勝手に思っている。

そうそう、彼女は本来の美人というか女優だからか、写真写りが素晴らしく、人気ジャケット盤が沢山ある。、また発売国が複数にまたがっているのも、集めるのにやっかいである。といってもそれもコレクションの楽しい所でもある。

ライカのカメラ
2011/06/01

こんなニュース。

「ドイツの高級カメラメーカー、ライカが1923年に製造したカメラが28日、ウィーンでオークションに掛けられ、132万ユーロ(約1億5300万円)で落札された。カメラの落札価格としては過去最高額。落札されたのは、ライカが1925年にカメラの市販を開始するのに先立ち、製造した試作機約25台のうちの1台。カメラは今も完全に使える状態にある。落札したのはアジアの収集家」
1925年のカメラにこの価格。アジアの収集家ってまさかヨドバシカメラじゃないよね。冗談だけど。
しかし恐れ入った。

でも、一体なんの目的で。


日本のカメラも高性能として世界に知られているのだが、オークションがあった場合、はたしてこんな価格が付くのかな?
心配。


うなぎ屋さんで
2011/05/31

昼に入ったうなぎ屋さんで。
若い衆が4人。
一番若い女の子、ちょうど空きがそこしかなく案内された座敷が気に食わなかったらしい。
ついに靴を脱がないまま、横座りのまま食べた。

私達が子供の頃は座敷に上がらなかった人は、いわゆる農家の下働きのような人が、畳に上がるのを奨められても「足が汚いのでこのままで頂きます」というような場合だけだった。
それが若い可愛い女子が靴を脱がずに横座りで食事をするとは、いやはや何とも不思議な光景。

思わず見つめてしまった。
いや、可愛いから見つめたわけではないから意識しないでいいよ、君。

雀蜂
2011/05/30

友人夫妻が、去年の夏、どうも蜂が出入りしているなと思ったら、なんと家の軒下にスズメバチが大きな巣を作っていて、業者に委託して捕獲してもらったという事だった。
そこから雀蜂を食べるかという話になった。

奥さんがそれなら、ジムに行った日はVARMというドリンクを飲んでいると言っていた。そのVARMというのはスズメバチが原料に入っていて、体脂肪を燃焼するのだそうだ。

なんだ、蜂を食べるのは長野県だけだとか馬鹿にしているくせに、都会の奥様方もせっせと食しているわけだ。

雀蜂は猛毒で私の田舎でも三度目には死ぬと言われた。だから蜂取りは余程の名人でなければ地蜂を取っている。雀蜂は特に名人が取るようで、蜂の子は醤油で煮て食べるが、大人の蜂は焼酎に漬け込んで強壮剤として飲む。
血圧を下げるとか、心臓に効く、もちろん強壮剤として非常に利用価値があるらしい。ただ心拍数が上がるので心臓に持病のある人には向かないとされる。
そういえば、マラソンの有森選手のドリンクは雀蜂のエキスが入っているということだった。真偽のほどは不明である。

岐阜・長野・静岡北部など中部山岳地帯を蜂を食べるからと野蛮人扱いをされるが、戦前まで日本中で食べていた事は間違いなく、地蜂など通常の扱いであったようだ。もうイナゴの佃煮と同じである。といってもイナゴも食べなくなった。
蜂の食用というと、一般的にはすぐにタンパク質の食物の無い地方の悲しい食生活と言い出す専門家もいるが、そういう意味より薬、特に滋養強壮としての働きに主眼が置かれていたと言うほうが正しい。

戦後の高度成長で日本中が自分勝手に中流に上げてしまい、過去の貧乏を忘れたふりをして、一気に食文化が変わったので、こういう事態になったと思われる。
面白い。

看板
2011/05/29

昨日の日記で思い出した、看板。
ガソリンスタンドだったと思うが。

「洗客万来」ってあって、走っていて思わず入りそうになった。
洗車の客ね。

看板
2011/05/28

ちょっと前に見た看板。

「割れたら思い出して」

ガラス屋さんだった。なるほど。
これはちょっとウケた。

ARCHIE SHEPP
2011/05/27

ARCHIE SHEPP "DOODLIN" OVERSEAS UPS-570V
本日入荷は帯付の日本盤。

今更シェップか?などという方はいるに違いない。
だが、されどシェップ。彼はフリージャズの振興の為に大いに活躍した一人であるので、そういう方を無下に出来ないのが、私のようなマニア・ジジイである。

どういう理由でこれを掲載したかというと、シェップが全編ピアノを引いた珍盤のフリージャズであるから。
内容は、70年のパリ録音で、フリージャズと言ってしまったのだが、フルージャズという感じは少なく、ピアノの低音部をよく使った非常にしっかりした骨太の演奏で最後まで聴き入ってしまい、才能に驚くのである。
しばらく前にジャケットも変わってCDで発売されたので、聴く事は可能であるし、レコードにこだわるならアメリカの再発盤でも以前出た事がある。

メンバーにはALAN SHORTER,(Flgh),BOB REED(b),MUHAMMED ALI(ds)となっているが、ALAN SHORTERは確か1曲だけ雰囲気作りにだただけで、基本的にトリオ演奏である。

私もこのレコードを見るのは本当に久しぶりである。

これの不思議なところ。
まず出所がよく分からない。
この日本盤には「CARSONレコード」と標記がある。当時オリジナルがフランスのカーソンだったかの会社から発売されると言われていたが、結局見ないままであって、今日このレコードを見て初めて、やっぱりフランス盤がオリジナルのはずだと思い直し調べたが、結局見つからなかった。

当時、しばらく後にアメリカの再発レーベルから出た記憶があるが、その時にオリジナルとうったえていたのだが、私の記憶をたどると結局この日本盤初出という事になろう。

大体、この頃の日本のレコード会社はよく出どころの分からないものを発売していた。ドンチェリー、セシル・テーラーなど契約もそこそこに勇み足で出してしまったらしいと言われたレコードがいっぱいあったらしく、今になって世界中でマニアが探している。
これもそういう類のものかもしれない。

ま、ユーザーとしては良い時代であった。

(カーソン盤があったら是非教えて欲しい)

かりんとう
2011/05/26

おやつ、何か食べたくて買ってきた。
かりんとう。

昨日も下のセブンイレブンで買ってきて、一つだけ食べようと思い一つ食べる。また一つだけと言いながら食べる。
なぜか、気が付くと袋の中は空。

私がちょっとしか食べてないのに、なぜ空になるのか?
ちょっとしか食べてないのに!

あーお腹がいっぱいだ。

鯉のぼり
2011/05/25

気が付けば、給料日と支払の25日。
パッとしない内に月末か。
ふと思うと、5月といえ「鯉のぼり」も見なかった。

5月だと言うのに、将来の男の子の立身出世を祈って、鯉のぼりを立てないのだろうか。あれこそ日本の5月、日本の初夏にふさわしい風物だが、新宿などではそれも見ない。
街を子供が歩いているから、子供がいない訳ではない。
面倒だから立てないのかな。

どうでもいいけど、さみしいな。

いつも言っているけど、カボチャやクリスマスの時は面倒な飾り付けを、アイディアも手間も凝らして一生懸命に飾るよね。
「鯉のぼり」よりカボチャの方が好きなんだ皆、きっと。


ウズラの雛
2011/05/24

那須の別荘地に用事で行った帰り道の事。
山道を下ってゆくと道路の真ん中に雀らしき鳥が2羽。
茶色だから雀だろうと思ったが、ちっとも逃げないのでスピードダウンして、ゆっくり近づく。
良く見ると、雀ではなくどうもウズラの子供のようだ。いや普通の山道にいるはずがないのでコジュケイの雛かなとも思うが、やっぱりウズラと思った方が正しそうなので、とりあえずウズラとする。

1羽の方は私の車に気付いたらしく、チョコチョコとねるように歩いて道路の端に消えた、ところが1羽の方がクルマの下に潜ってしまったらしい。
すると私としては停車せざるを得ない。一応優しさがある真っ当な人間だからね。

所が後続の地元の軽トラック。
状況が見えたはずなのに、停車した私を追い抜いて、眼前の雛が必死にツンのめりながら、転びながら、地面を走っている姿を見ながら平気で車を発信させる。通過する時には、ちょうど雛がクルマの下あたりでひっくり返ったので、轢かれたと思い助けに行こうかと思ったのだが、その後起き上がって路肩に歩いていったから、大丈夫だったのかもしれない。

しかし、自分の通行が優先とは那須の方は相変わらず残酷だな。
動物の命など何ともない。
私の子供の頃と全く変わっていない。

1分待ったとて、人生変わるものでもあるまいに。
本当に私は怒ったぞ。

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