HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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鰯も7回洗えば鯛
2011/07/24

昨日は仕事の片付けもあり帰りが遅くなったせいか、いや歳のせいか疲れてしまい、どこかで晩御飯を食べようと思ったものの、どこも閉店時間が過ぎているので、お寿司屋さんに行った。
大将が「イワシ食べる?」と聞かれたのだが。「イワシは好きじゃないから」と断ったところ、「いわしは酢で7回洗えば鯛になる」ほどおいしい物だそうだ。
昔は酢で洗って出すと皆喜んだものだ、と言っていた。現在のように冷蔵のまま運送するとか発泡スチロールが無かった時代は、生で食べる事が出来ない魚が沢山あって、そういう物はみな酢で〆るとか酢で洗って食べたものだ。
最近はそんな食べ方はしなくなった、時代が変わった。

ところでイワシは外国でも食べられていて、サーディンとアンチョビに分けられる。日本のマイワシがサーディンで、小型のカタクチイワシはアンチョビ。もっというと料理がちょっと違っていて、サーディンのなかで代表的なオイルサーディンは油漬けで、アンチョビは塩漬けである。どちらかというとヨーロッパでも北の方がオイルサーディンでイタリアがアンチョビというイメージであろうか。

オイルサーディンで一杯やって、アンチョビをちょっと効かせて作ったペペロンチーニを食べれば男の料理って感じで、BGMにジャズを流せば最高だね。
でもオレ、今夜はハンバーガーかも。

テレビ
2011/07/23

ウチのテレビ。
今日見たら、画面を覆うような大きなカウントダウンの数字が消え、ついに「明日でアナログ放送は打ち切り」と表示が出た。
いよいよ悪魔の大王が降りてくるのであろうか。
嬉しいな。
早く見たいな砂の嵐。

もうNHKとはおさらばだ。
イェー!

そういえば昔、NHK不払い運動があって、後押しが空手連盟などと書かれたシールなども売られていた。
あれは盛り上がった。これを機会に、是非もう一度。

何を言い出すんだ。いけない、いけない。

と言いながら明日、慌ててテレビを買いに行ったりして。

北風
2011/07/22

7月だというのに久々の涼しい夏。
駐車場の親父が「今日は涼しくてありがたいですが、北風のおかげで一段と放射能がふっているんでしょうね。あはは」と言う。

なるほど北風か、福島から吹いているのかな?
と、ぼんやり思った。

そういえば、原発の事故の後始末は一向にハカドっている様子はない。
テレビでは相変わらず、○○大学教授と肩書きあるが、言う事は「問題ない」という発言ばかりで、市民は余計に信用していない。

エライ先生方が「問題ない」と言えば言うほど、問題ありそうで、「安心」と連呼すればするほど、不安になるのである。

なにかヘンだ。あそうか、逆に読むように、この先生方は教えてくれているのだ。やっぱり立派な先生は違う!有難い。



カフェ
2011/07/21

朝行ったセガフレードでも、昼に寄ったタリーズでも、お姉さんに可愛いシャツですね、って言われた。
オレ、嬉しくて笑ってしまいコーヒーこぼしそうになった。

バスケット
2011/07/20

女子サッカーで世界一になった最優秀選手は反則で退場になった選手だ、という話がアッチコッチで力説する人たちがいて、世の中洗練されたものだ思った。

話が急に、古くて小さな事になってしまってしまう。
私が中学の時、校内クラス対抗バスケット・ボール大会があった。確か各クラス2チームずつだったような気がする。
私がいたチームがいくつか勝ち上がって、隣のクラスと戦うことになった。隣のクラスは担任が体育の先生で、色々作戦を立ててくるのは分かっていた。
試合が始まった。相手はリバウンドを取るとすぐに猛烈な速さでドリブルか、速攻を仕掛けて来て面食らった。あの頃は皆おっとりしたプレイだったので、一気にドリブルで走りこんでシュートするなど、誰も考えなかった。立て続けに2本速攻を決められた。我々のチームはリバウンドを取られまいとそれだけに集中する。だから取られると余計にガラ空きになる。そこを突かれ走られる。只茫然と見つめている。それでも素早く戻るヤツはいない。戻れと叫んでも誰も動かず茫然としているだけ。
その時私は考えた。自分は運動神経が鈍い方だが、守っている位置を考えれば、走ってドリブルしている選手には追いつけないはずがない、コートの端の方に追い詰めて行きコートの外に自分から出てくれればラッキー。中央突破の場合は一人だけ追いかけ、駄目ならプッシュでいいや、という感じ。少なくとも、その間に守備体制は取れると。
そうして必死に防ぎ、体制を立て直させているうちに、点差は縮まりあと2点に迫ったところで、私は5ファールになって退場。がっかりして、その後の勝ち負けは記憶にない。
当時は5ファールで退場選手など学校で見たこともなく、観戦していた他の先生からも汚い反則と言われ、会場騒然で自分でもびっくり。何よりチーム仲間から汚い手を使うなよと責められた事が響いた。試合後にはクラスの仲間からも悪評続出であったが反論はしなかった。
あっちのチームはコーチが良いから作戦があるが、こっちは社会の先生でスポーツはズブの素人で作戦などない、だからって只で負けられるか?と自問自答していた。
意識的に反則をしたわけではないが、みんなに責められ、やらなきゃ良かったと思いながら、しょんぼりして一人ぼっちの学校帰り道、隣のクラスの選手がやって来て、一緒に帰ろうという事になった。その時「あのな、先生(体育の先生)がね、反省会で、お前のクラスでゲームを分かっているヤツは池田だけだったって言ってたよ。おまえは良くやった。」と慰めてくれて「ふーん」という感じの会話だった。
敵のチームに褒められ、肝心の仲間にケナされ、なんだかハメられたようで、嫌な感じがくすぶった。
実際この事で居心地が悪く、学校嫌いの理由の一つにもなった。

テレビが来た(続)
2011/07/19

そういえば、私が中学から高校の頃によく見たテレビ。
といっても毎日ほとんどテレビばかり見ていたから、どの番組をどのくらい見たか示せと言われると困る。それで、観ていたのだが憧れの気持ちがあったかどうかで判断すると断トツにこれと言える番組があった。
「サンセット77」「サーフサイド・シックス」それに続く「ハワイアン・アイ」となる。

サンセット77は、ロサンゼルスの 77 Sunset Strip が住所なのでそういうタイトルで、男二人の探偵が豪華な雰囲気を醸し出しながら事件を解決する話。主題歌もヒットし、どこに行っても美人が付いて廻って、こんな幸せな探偵なら僕もやってみたいと思うのであった。西部劇と違い、まさに現代アメリカの豪華さとお洒落さを見せつけられたドラマであった。

サーフサイド・シックス ロスのサンセット77に対抗して、マイアミビーチのハウスボートが事務所とこれまた豪華に見せずにいても、やっぱり豪華な雰囲気。主演は美男で有名な俳優トロイ・ドナヒューで、美男美女のカップルばかり。美男美女5人の仲間が、いつも行き付けのクラブで、たむろしていると事件が持ち込まれ、それを1時間で解決する。
金持ちのハンサムのボンボンで正義で強いと来ているからこりゃかなわん、と言えるセッティングで、これまたお洒落でゴージャスなドラマであった。

それに続いて現れたのが、我々日本人にちょっと身近なハワイを舞台にした「ハワイアン・アイ」。
その前にエルビス・プレスリの映画ブルーハワイが日本でも公開され、ハワイのブランド価値が上がったのである。といっても歌謡曲「憧れのハワイ航路」は昭和20年代の戦後の事で移民も対象という時代なので混同しないように。
よく歴史を確認するとハワイがアメリカの州に昇格したのは59年だから、アメリカでもこのドラマの製作はグッドタイミングだったわけで、いかにも国策映画のアメリカらしいな。
舞台はヒルトン・ハワイアン・ビレッジのプールサイドに事務所があるというからこれまた相当なボンボンだ。こちらも例により、アイドルのコニー・スティーブンスが歌っているクラブにたむろして、お互いカラかって、カラカウアベニューなどと冗談を言い合っていると、って下らない駄洒落は止めて。 ま、そこに事件の知らせが来たりして主人公達の活躍で無事解決するという話。しかし毎日クラブにぞろぞろ行けるのかよと、もう冗談も顔だけにしろという楽しさ。
日本では麻生総理がホテルで一杯やったからと、庶民の気持ちが解らぬヤツと、テレビで毎日叩かれ続けたことを考えると、こちらはもう非国民だわな。でも鳩山君は100万以上もする会員制クラブで軽くやるそうだから、麻生君や、このドラマの主人公達より上の世界だから、本当に庶民の気持ちは分かりっこないけどどこのテレビも騒がないのはヘンだな。
脱線するのは、てんぷくトリオ並だ。

こうしている内に、日本ではカントリー・ウエスタンやハワイアンが流行ったりするわけだ。アメリカ万歳だ!
ただジャズはちょっとアナーキーだけどね。

結局よく考えると、どれにも共通しているのは「お洒落」「豪華」「男は強く」「女は可愛い」という事に尽きる。そして人間、いや俳優達の美男美女がいかに多いかという事が当時のガキである我々にまで刷り込まれてしまい、アメリカに憧れ、私など丁寧にジャズにまで憧れ今に至る。しかし、その正義のアメリカの、正義に裏に見えた汚さに失望が広がったのも大きかった。

テレビが来た
2011/07/18

テレビ画面に毎日カウントダウンの「7日」等と表示される。24日なったらテレビは使い物にならず、私はこれでNHKの視聴料を支払わなくとも良い時が遂に来たのかと思うと嬉しい。
ま、ちょいと地上デジタル対応にすれば良いだけの話である。

思えば、私の人生でこれほど友達としていや親友として長い間世話になった人達はいない。って、テレビの事だけど。
ちょっと思いを遡ってみようと思う。

昭和34・5年の事だから、私が中学1・2年の頃である。
「ウチではまだテレビが買えない」と悲しそうにこぼす母親だったが、ついにテレビがやって来た。ヤアー・ヤアー。ヤアーだ。
それは、我家ではまだ一台も買えていないにも関わらず、裕福な叔父さんの家では早々とテレビを買い替えるという信じられない話になった。お下がりとして、本家にもないと恥ずかしいからと叔父さんが気を利かせてくれ、長男である父親がもらう事になった、今思っても誠に情けない話である。パチンパチンと観音開きの扉が着いたやや古いテレビだった。それでもテレビが来た喜びは大きかった。スイッチを付け、画面が現れる時を待つ時間の長さよ。

その時の番組を思い起こす。
すでに記憶から年代が前後してしまっているので、ネットで当時の番組を検索したが、記憶と一番好きだった番組が一致するので羅列する事に。一応テレビが来てからの年代である。
本当にどうでも良い話であるが。

昭和34年から「ローハイド」「拳銃無宿」。ローレンローレンの歌で始まるローハイドはクリント・イーストウッドが出て、フランキー・レインの歌だからね。拳銃無宿は何と主演がスティーブ・マックイーンで銃身を詰めたランダル銃を操ったクールな西部劇であった。テレビといえ豪華キャストだわ。

昭和35年からは「ララミー牧場」「ライフルマン」。ララミー・ララミーと始まる西部劇は高視聴率でアメリカ本場より人気が高かったそうで、私はスポンサーのバヤリースオレンジの「猿のCM」が好きだった。へそ曲がりだから。そうそう、スターダストの作曲者のホーギー・カ−マイケルが出演していた事は知ってる?。ザ・ライフルマンの英語式発音で始まるライフルマンはチャック・コナーズという元NBAだかNBCだか、いや双方の出身とかで、父子家庭にもメゲず、正義の長身で、ライフを連射するとこれまた長身のライフルをクルリを回転させ、手が短い日本人の子供たちを驚愕させたのである。学校で実際にあれは出来るのかと論争になったのである。こんなことで口喧嘩させて罪だな。

西部劇ブームはまだ続くものの、翌36年になると番組は憎き米英から脱却を計り日本も頑張るのである。なんと「夢であいましょう」という素晴らしいバラエティー番組を出す。ちょっと遅い時間帯に夢で逢いましょうというムードある歌から「こんばんは中島弘子です」と見たことも無い上品な女性が現れ、最後は渥美清のお笑いでお開きとなる番組は西部劇嫌いなオバサンさんにもウケ、あっという間に人気急上昇。坂本九の「上を向いて歩こう」はこの番組出身だとか。焦った日テレは負けじと「シャボン玉ホリデー」をぶつけると、クレージーキャッツはじめナベプロ総出演でナベプロ全盛時代を迎え、エンディングはザ・ピーナツのスターダストが素敵なハーモニー。
最早、戦後では無いと思わせるに十分な優雅なテレビ時代到来であった。

その後の37年、負けじと米英の巻き返しがある。いやアメリカは執念深い。
「ベン・ケーシー」「コンバット」と来た。ベンケーシーは医者の話であるが毎回ドキドキさせ、アメリカの医者物は一時も目を離せない程作り方が上手く「ER」の今に続く。主演のケ−シー高峰?どこで間違えかたな。グラチェ!
次のコンバットに移ろう。
ゴキブリの殺虫剤コンバットは主婦に人気だが、当時のテレビの戦争物コンバットは主婦たちには不人気だった。だが「スターリング、ヴィック・モロー!」と綺麗な英語の発音、って当り前田のクラッカーか、で始まるオープニングから、手に汗を握って画面を見入った。
番組は時々日系ハワイ人の部隊が活躍する話の時があり、ドイツ戦線で頑張る黄色い人達にはちょっと切なかった記憶がある。アメリカには負けたくなかったな。話を戻して、その時の主演ヴィック・モローは80年代映画の撮影中ヘリコプター事故により、ちょうど両脇に抱えていたベトナム人の子供二人と共にローターに体をまっ二つに切断され亡くなったのである。
そんな暗いニュースの後は、ちょっと明るいお話に。
当時の人気の、いや地方人気か「てなもんや三度笠」。
大阪が東京に負けじとど根性を見せた番組で、今尚燦然と駄洒落の世界に君臨するあの「当り前田のクラッカー」の提供の番組なのである。胸がわくわくしない? 君臨してない? こりゃまた失礼しました。

その頃かNHKは「ルート66」を放映。ナットキングコールの声が日本中に流れたのである。私の興味も徐々に音楽へと移行して行く事になる、だって青春だから。音楽の話はまた後で、ってもう済んだか。
次の年昭和39年になるとアメリカは次の手を打ってくる。「逃亡者」。これほど夢中になったドラマは無い。「リチャードキンブル職業医師....」で始まるオープニングは今でも言える程だからいかにも勉強に身が入っていない高校2年生だったか判る。威張ってどうする。だがこの年にはあの「東京オリンピック」なのである。この放送にはどのドラマも敵わない。この日の為に日本中でカラー・テレビに買替え、地上波騒動なんてものじゃかんね、この日を待った10月10日。前日の雨も嘘のよう、空は真っ青に晴れ渡り、学校も半ドン。先生達が子供より早く帰宅したって話がある位だから。国立競技場に行けない人は皆開会式をカラーテレビで見たのである。当り前か。そして興奮の2週間。他国開催では味わう事の出来ない興奮であった。
もう一度、私が生きている間に、もう一度子供たちに見せて上げたい。

PAT THOMAS
2011/07/17

PAT THPMAS "JAZZ PATTERNS" STRAND SL1015(Mono)
入荷

ちょっと面白いボーカル・レコード。
一言でいうと、高く見えないレコードという事である。
色合いも薄く安いカーテンの前で写真でも撮ったのか?と言いたくなる。顔も半分弱しか写っていない。
しかし、けなすのが私の仕事ではない、良い所を見つけ出しセールスに結びつけるのが私のビジネスである。そう思い直し良く見ると、真ん中に色落ちしたような水滴の跡が、これは裏をひっくり返すと、ちゃんとタイトルの両側に分かれて、タイトルを飾る働きに変わるのだ。
タイトルも裏では「jazz PAT terns」となりPATと掛けている所が可愛い。

ぐちゃぐちゃ言わずに聴けって?
マイナーレーベルらしく、ラベルがAB面逆に貼ってしまってあるので、注意して聴いて行く。
あらあら中々どうして、味のあるジャズ・ボーカルで、更に嬉しい事にバックの演奏が良いぞ。意表をつく好アルバムである。
メンバーを見ると.....、ライナーを読んでも何も書いてない、仕方ないので時々見ているこの方のブログから引用させていただく。
「ジャズとレコードとオーディオと」というブログを書いている方である。
写すのは楽だ。
この方は本当に多くのボーカルレコードを集めて聴いておられ、また自身のブログにその感想などを残していて、私などよく利用させていただいている。それもじっくり長い年数をかけた記録なのだから恐れ入る。
本当に有難いことである。

当時の黒人家庭そのもののシカゴ出身の8人兄弟の環境に生まれ、姉も地元では名が知れたたシンガーであった。テレビに応募したのがプロへの始まりで、62年にデサフィナードの英語版を最初にてヒットさせたシンガーとしても有名になった。
アルバムとしてはこれがファーストアルバムとなる。
バックのメンバーの顔ぶれも、想像外の凄腕メンバーが名を連ねていて、 TOMMY FLANAGAN(p), BOOKER LITTLEi(tp), CURTIS FULLER(tb),TEDDY CHARLES(vib), KENNY BURRELL(g), REGGIE WORKMAN(b),CHARLIE PERSIP(ds)等錚々たるメンバーをあてがっているのであるから、プロデューサーの力の入れ方が分かろうというもの。
こういう情報を集めるのが大変なのだ。感謝。

テディ・チャールズとレジー・ワークマンの二人とハミングでだけで押し通した「STAR EYES」は見事。ケニー・バレルとのデュオの「MY ONE AND ONLY LOVE」はこれまた味わい深い所を聴かせてくれる素晴らしさ。
「I DIDN'T KNOW WHAT TIME IT WAS」はレジー・ワークマンに上手く先導させて盛り上げて行くあたりは練に練った良い演奏である。

ジャケがどうのこうの言おうが、最終的にはレコードは聴かねば解らぬ。

「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ」という、ことわざがある。
私はレコード屋の親父としてそれにもう一つ加える。
「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ、レコードは聴いてみよ」
こんな感じで。

領収書の受領書
2011/07/15

いつも海外買付けの航空券の手配でお世話になっている旅行会社。
以前、私がいた会社の末裔である。

その会社には旧友がいるので、気心も知れている事でもあり文句を言っても軽く受け止めてくれるので有難い、それで毎回頼みにしている。
その会社は集金に来ると妙な事がある。いつも私が不思議だなと思っている事があって、その会社は現金を受け取ると、代わりに領収書をくれる。当たりまえか。
所がそこから不思議な行動に出る。
領収書をもらった事に対する受取を書けと。
それで彼がそういうから、店のスタンプを押して判子を押して。
領収書の領収書をお返しする。

なんだか、気分が良くないのだ。
「お金を払って、領収書を頂く、それで終わりで良くないか?」それだけでいけないのか?
いつも言ってやる「そんな会社に客が着くと思っているのか?」と。

社員も、また客も信用していない会社って、いったいどんな会社?
ただの旅行会社だけど。
もっと良好な会社になれ!上手い!

お盆
2011/07/14

新宿の街の今朝はお坊様が歩いている。
街の花屋にはホウズキも売っている。
そうだった、東京は今お盆なのだ。

そういえば、横浜にいた頃は田舎のお寺から7月のお盆が近づくといついつの何時ころ伺いますという手紙が来る。
わざわざ来ていただく事は、ありがたい事である。
ゆえに、そうするとお盆の飾りの準備をして東京と同じ7月にお盆をすることになる。

ところが、8月の13日になると、やっぱり習慣でお盆をやる。
結局、2回もお盆をやっていた。

迎え火で呼ばれたあの世の人は、この世に行ったり来たりで忙しくてかなわない、と思うのだが、こちらもそうしないと悪いように思える。

割り切れば簡単なのだが、根が田舎者だから、やっぱり8月の真ん中が良い。子供の頃から身体に沁みついた習慣は止められない。
7月ではよその家に来たようで、心が燃えない。

もう一度、日本中どちらかに統一してくれ!

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