HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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HAN BENNINK - DEREK BAILEY
2011/08/04

HAN BENNINK - DEREK BAILEY "HAN BENNINK AND DEREK BAILEY" ICP 004
これも入荷。

ICPレーベルはまだ非常に判らない部分がある。
それはヨーロッパ・アメリカの当時のフリージャズ運動すべてに言えることであるが、音楽芸術と絵画美術を同時に行うという活動があったためで、まだこんなジャケットがあったのかと思われる物が出てきたり、本人たちや会社の人たちも作ったと思われるジャケットが出てきたりして、実に興味深い。
もう一つの理由は資金的な問題も大きいのだろう。なんたってアナキストはお金がないのである。政治だけでなく芸術もである。

このレコードは通常、1番と違って、手作りのジャケットはない。
ほとんどが印刷されたおもちゃのような絵が画かれているあれである。
それが今回、間違いなくハン・ベニンク本人が書いた絵のジャケットである。
いやはや、これはレコード屋冥利に尽きる。
コレクター時代だったら即、自分の貴重品棚行きだ。

ジャケットの絵は、上部にHAASとも読める文字から下方にぐちゃぐちゃと流れ、その先には描かれたペンの頭があり。
中央にはうさぎのハンコ。その左にはオランダの国旗がこれまたヘンポンと翻っているのが丁寧に描かれている。
なんの脈絡もない? これ、実は意味があると思われる。
HAASとはオランダのおじさんに聞くとウサギの意味で、中央にウサギのハンコがある、ウサギは春を告げる使者。そしてペン先は「Pennis Form haven」の通り、関係ないか、でも男性の象徴であるからして、よくヨーロッパのシュールレアリズムの時代の絵画の性的な象徴的な絵で、国旗があるのはこの場合は繁栄とでも言おうか。
右側にある草のような絵の意味は私も分からない。ただハンは好んでこの草をよく書く、今度意味を調べておく。

演奏は、実に貴重で、68年にデレクがKARYOBINを発表したので、翌年という事になり、INCUSの1番Topographyが70年だからして、初期の彼の演奏を知る上ではちょうど真ん中の69年で、これまた神棚に祭りあげたいほどの貴重な演奏なのである。
もちろん、若い時のイマジネーションが詰まった頃の演奏なので、それはハンのパーカッションとの共演は互いの緊張感のせめぎ合いと、相乗効果は見事である。

それにしてもこのジャケット、フリップ・バックのある裏側のほうに絵を描いていて、表側の方に裏ジャケらしく説明がある。
これも面白い。
シュールだね。




みんな
2011/08/03

入荷したレコードを見たり、聴いたりしていて思う事がある。
40年代、戦時下のアメリカという国の自由と言う事の凄さに驚くことがある。
端的な例である。
終戦後1947年の演奏だが、一般的な社会生活はあまり変わっていなかったと思うし、演奏が分かりやすいので例とする。ライオネル・ハンプトンのスターダストを聴いた事があるだろうか。ライブ演奏で、その時の演奏は見事で、それを聴く人たちのノリ・センスが見事。それは戦時中も聴いたり踊ったりしていたことが通常にあった事を確信するのである。
たった、あれ一曲で、アメリカとの戦争などおこがましいと思うはずだ。
もちろんアメリカといえど戦時下は思想的にも社会的にも戦争協力が叫ばれたし、我慢があったことは知っている。それにしても、戦時中のジャズ・音楽の豪華さは計り知れない。
それどころではなくゴルフ・クラブが沢山生産され、当時の広告からは自動車の新車の華やかさや、セブンアップなど飲物の楽しげな宣伝から日常が伝わる。遊びに対する並々ならぬ努力の跡が見える。
片や戦地でも兵隊さんに無駄な我慢をさせないような工夫もあった。

日本では戦争の為に、忍耐・自粛を国民みんなが叫び、贅沢とは言えずとも、小さな楽しみまで、全てが止められた。みんなで戦争の後押しをした。喜んで。
もちろん音楽・芸術などない。歌謡曲まで戦争賛歌になった。「欲しがりません勝までは」の標語の恐ろしさは、相互監視社会の中の当時の日本人の苦しさは良く判るが、喜んで協力した人の、いかに多い事か。
「欲しがりません勝までは」は、人の気持ちを抑えるには実に便利であった。

石原都知事が「こんな時は昔から我慢してみんな力を合わせたもんだ」という発言通り、今回の震災支援も節電も見事に足並みがそろっている。
みんな喜んで節電している。当店が入っているビルも一階ホールは消し過ぎて真っ暗になってしまった。LED電球が売れていて、中には公的な場所から盗んでいく強者もいるようだ。
テレビでは節電している家庭が紹介され大絶賛。私は節電では無く節約としか見えなかった。あまりやり過ぎると今度は電気代があがるけどな...。
アパートも夜帰ると真っ暗で、思わずつまずいて転びそうになる。

自粛ムードは広がり、花見の自粛もあったし、あちこちの祭りも中止と決めた所もある。
見事に空気を読んだ貢献度。北朝鮮より日本の方が見事な社会主義。
考えると戦時下とあまり変わらない。

何かあると、何ゆえに我々日本人は、自分の楽しみもいらなくなる程に貢献したくなるのだろう?
私も日本人だから、つい空気を読んでしまう。

「一日一善」と「優しさ」は日頃心掛けているので、もうこれからは「みんな」とか「絆」とか私は止めよう。
批判があっても良しとする。

副鼻腔炎
2011/08/02

10日前から肩と首が凝り、首も動かなくなり、次に歯が痛くなった事を書いた。マーサージに2回行ったものの改善が無く、歯医者に行きレントゲンを撮り、虫歯でもない事も書いた。
ちょうどその時、梅ヶ丘のレコード屋さんが来たので、ひょんな話から腕の良い鍼灸の先生を紹介して頂き、それで、鍼灸治療を受けた。その効果があったらしく、治療直後、血と膿が混ざったはなが出て来たので、耳鼻科に行き検査の結果、副鼻腔炎と診断され、昨日ついに鼻の中の洗浄。
膿が大量に出て、自分の身のあまりの汚さに衝撃を受けてしまった。治療も怖いが、汚さも更に怖い。
お蔭で、痛みは取れた。

一方、前回の噛み合わせの相談で歯医者さんに先ほど行き、診察台の上に座らされて前方の私のレントゲン写真をぼんやり見ていると、あれあれ。
左側の頬の部分が白くなって写っているではないか。これって副鼻腔炎ではないか?
先生、耳鼻科に行けって、その時言ってよね。随分回り道したのだから。
もっと親身になって患者の身体の事を考えてよね。

でもま、いいか。
良い鍼の先生に巡り合えたから。

せみの抜け殻
2011/08/01

近くの公園で、また今年も地震や放射能にめげず、蝉が誕生したようだ。
あっちこちの枝に一杯、抜け殻が付いている。

今日は、公園の管理のおじさんがいたので、
「抜け殻を一ついただいて良いですか?」と聞くと、
「どうぞどうぞ」と言うので、頂いて来た。

地面に沢山が穴が空いているから、今年も蝉が相当数、旅立ったのだろう。
今年はもうダメだろうといつも思っているので、また安心できた。
新宿でこんな光景を毎年見られると、新宿も良いところだと思う。

2011/07/31

朝、新宿を歩いていると、本当に小さな子犬が。
子犬という意味は子供という意味だから、小型犬か。
その子犬を散歩させている日本人ではない男性がいた。新宿だな。
信号待ちの時、ちょっとふらふら歩いて遠くへ行ってしまうと、追いかけて逆さ吊りで頭を叩いて叱っている。
そのまま、彼は自転車に乗ったまま、ずんずん行くので、犬は必死に追いかける。
所があまりに小さいため、他の人の視界に入らない。
自転車で走って来た若者が轢きそうになり急ブレーキをかけて、周囲にいた人たちがキャーと絶叫したり。歩いていると踏んづけそうになり、ギャーと驚いたりで周囲は大騒ぎ。
犬が可愛そう、などという小声も聞かれる始末。
あまり犬など飼ったことがないのだろうか。心配してしまう。

最近のペットブームは困ったものだ。




天気予報
2011/07/30

テレビを見ていると、天気予報は至れり尽くせりである。
明日の天気予報だけでなく、花粉の分布状況、洗濯の可否、など色々な情報を教えてくれる。
でも不思議なことに、最も重要で、みんなが知りたい放射能の数値だけは絶対に言わない。

なんで?

店番疲れ
2011/07/29

従業員が当店恒例の買付出張に行っているので、私が老体に鞭打って一人で店番。
弱小経営の会社は少人数で、爪に火をともす様な過酷な労働力を売って、継続しているという、マルクス経済そのものである。?

明日には帰って来るので、ちょっと一安心。

考えると今年は2・3・4・5・6・7と出張した。あれ、ほぼ毎月だな。
疲れるはずだ。

買付旅行は必ず良い商品に出会う訳ではない。だが、自分の足で歩いた仕入は、ハッとするような面白く興味あるレコードにも出会う事もある。
商売だから、座っていて儲ける商才のある人もあろう、だが行動力はウチの特徴。
行けるだけ、行こうと思う。









MARCOS VALLE
2011/07/28

MARCOS VALLE “SAMBA DEMAIS” ODEON MOFB3376 BRAZIL
夏にぴったりのレコードを聴きたいな、と思っていたら、こんなアルバム入荷。

ジャケット写真を撮ったのだが、何と言ってもこのブラジル盤、傷んでないのが良かったのか悪かったのか、半透明な白いビニールが掛かっているため、写りが良くはないのだが、あるがままの姿、そういうものとして理解して頂きたい。
緑の若葉をバックにし、髪を二・八に分けた初々しいポートレイト写真で、白いボタンダウンのシャツが余計に初々しさを強調している。はにかんだ表情と金のブレスレットが、裕福な家の出であることを感じさせる。
ヨーロッパなどに行って、電車の中で向い合せに座った時など、思う事がある。あっちの青年でハンサムな背の高い若者が白いシャツを着てちょっと腕を捲って、この写真のようなサラッとしたファッションをしている時、あー勝てないな、と思う。
何かの本で、かつてメジャーリーグにいた人が白いTシャツ一枚で目の前に現れた時、余りのカッコ良さに、取材に行った人がドキマギしてしまったと。
そういう感じなのだ。
黄色いのが白いのと張り合ってどうする。

褒め過ぎも、ちょっと置いといて。
彼は10代の時、新しい潮流ボサノバに心酔する。そこでギターを始める。これなら何処にでもある話であるが、彼が師事した人がロベルト・メネスカル。裕福な家だった事もあるが、ここで人生が決まる。当然のことながらもう教えることが無いと言われ、他に目指していた道をやめ、音楽家になり、これが彼のファーストアルバム。話が出来過ぎかな?
人によっては「SAMBA‘68」こそ、と言うかもしれないが、今はウチにはこれしかないので、今日はこれで押す。

ジルベルなどに次ぐ世代であるが、実にブラジルのボサノバである。
さらっとして、しつこくなく、さわやかな味が一杯に広がる緑の風に乗って、聴こえて来る、悩みの無い若々しい声なのである。
悩みが無い所がいい。
最近は悩みを訴える歌ばかりでオジサン疲れるから。

真夏の暑い日曜日の午後、飯はいいから、ビール片手にこういうのを聴こう。

肩こりと歯痛
2011/07/26

3日ほど前から肩と首が凝ってしまい、首も動かなくなった。
そうしたら今度は歯が痛くなった。

ネットで調べると、心筋梗塞だの動脈硬化だの、だんだん不安になって歯医者に行った。
虫歯の痛さではないのが不安だったから。
調べた結果、顎の関節のかみ合わせが悪く、左右にずれているようだ。

そうか最近、駄洒落が滑っているのは、そのせいだったとは。
納得??

オリンピックをもう一度
2011/07/25

東京オリンピックをもう一度。何度も言っているのでしつこい性格だと思われるかもしれないが、それは......、私は本当にシツコイのかもしれない。

オリンピックなど、税金の無駄使いと指摘する声もある。しかし、そういう意見はなんだか世界の中で目立つ事も、注目もされる事もない小国を目指しているようで気持ちが良くない。2位どころではない、北朝鮮の下でも良いと言っているように聞こえる。

私が見た昭和39年のオリンピックはテレビで見ただけではない。もちろん直接見た人も沢山いて、機会ある時に聞くと自慢気だったり興奮気味であったりして、感激もひとしおだったそうだ。
新しい競技場の建設はじめ道路整備などのニュースも国の力強さが感じられ未来に対する希望となった。よその国でなく、私の国で世界の最大の大会が開かれた事の喜びは大きく、放送関係においても日本から発信されている思えば誇らしかった。選手村には世界の一流選手が集まって、料理長は一流ホテルのだれそれとテレビで紹介されるのも、また自慢だった。
なにより外国でなく、行こうと思えば行くことが出来る、遠くない場所で開催されているという事が素晴らしかった。
開会式は講談師の田辺一鶴さんのまさに「東京オリンピック入場式」の通り、ひたすら興奮した。戦争からここまで立ち直ったと涙が出たお年寄りがいた。
開催は試合中だけの興奮に留まらない、大会後には旅行で回る外国人に遭遇して話をしたとか、案内したとか、メダルを見せてもらったとか喜びの声が大きかった。

とにかく世界から集まった選手の競技を見ただけでなく、東京大会だからこそ特別な選手に興味を持ったことで、その選手のその後の生き方を学んだことは大きい。
たとえば、円谷選手の悲しい事件。アベベ選手がその後いかに栄光と挫折の人生を送ったか。チャフラスカ選手が自由を取り戻す為に共産政権の下20年以上も苦しみ戦ってきたか。それらは東京であったからこそ、いつまでもスポーツ新聞でさえ報道してくれたのであろう。

やはり日本での開催の意義は大きく、更に言えば絶対、景気回復の起爆剤となるはずである。
見たり聞いたりすることは、全て人生を学ぶ事なのである。
オレが力説してどうなるって。ハイ。

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