| お墓 | - 2011/08/16
- お盆ついでにお墓の事。
子供の頃、田舎の墓地には同じ街の人たちがそこにいた。 私は、そこに眠っている人たちがどういう人たちだったのか、どうして死んだのか興味津々で親が墓参りに行く時に附いて行って、順々に聞いていた。
なぜそういう事が可能だったのかというと、昔は死んだ人ごとに墓石があったからで、正面は戒名でちっともおもしろくないのだが、後ろには亡くなった年月日や名前が彫られていて、横には兵隊さんの位が書かれている。 そういう後ろの方に興味があって、あまり私がシツコイので母は困って、父親に聞けという事になる。父はまた色々戦争に行った場所とか無くなって位が一つ上がって帰って来たとか、日清、日露の戦争で亡くなった人の事もいろいろ知っている。 ちょっと好きな女の子の家のお墓も見ておく。
判らないと、居合わせた近所のおじさんなどに聞く。 そういう話から、ひょんな時にとんでも無いことを教えてもらった事があって「あの人は、あまり兵隊さんいじめをしたから、後ろから味方に撃たれて死んだ」とか、「船でアメリカの潜水艦に沈められた」とか、「遺骨なんかありゃせん」とか、興味深い話がいっぱいあった。 兵隊さんも味方に殺されることがあるのは、そんな話から知った。 ある小さな墓石は子供のお墓であることも知った。端っこにある古い墓石は出戻りで死んだずっと前の女の人だった事も分かった。
ウチだけでなくお墓はその家の過去の記録だった。 そういう古いお墓があることは妙に心強く感じられるのが不思議だった。 それぞれの家のアンデンティティーなのであろうか。
それぞれのお墓は、それぞれ面白かった。 それが今は、先祖代々の墓に統一されてしまった。 さらに最近は「心」とか「想」などと書かれた墓石というか、どこに出しても恥ずかしくない立派なモニュメントになった。 良いだか悪いだか判らないが世の中は変わる。
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