HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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好きな曲
2011/08/25

今日、大阪から来られたお客様と音楽の事で話が弾んでしまった。

好きな曲が「My Favorite Things」と「When You Wish upon a Star(星に願いを)」なのだとか。
ロマンチックな方でした。
自分のお葬式の時に、My Favorite Thingsで送ってくれと、奥様に言ってあるそうだ。

世の中にジャズやクラシックをはじめ、音楽好きはたくさんいる。だがお葬式の時にこの曲で、と言える人は少ないのではないだろうか。

やっぱり人は好きな曲があると良い。彼はきっと、お葬式の始まりはルイ・アームストロングの「星に願いを」で始まるるのだろうか?
My Favorite Thingsは、やっぱりジュリー・アンドリュースなのだろうか?等と考えてしまう。羨ましい話であった。

星に願いを、は戦前のディズニー映画のピノキオである。私も子供の頃映画館で見た。当時はアニメはアメリカが一番だった。ピノキオとおじいさんの切ない話だ。
この曲は、その後ジャンルを問わず幾多のミュージシャンが歌い、演奏している。

My Favorite Thingsはミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」からだが、私などジャズ派の人々はコルトレーンの演奏で好きになった人が多い。
最初はミュージカルの曲等と知らずにいた。
考えると、コルトレーンはチム・チム・チェリーなど、ミュージカルの有名なこういうのが好きだったのだろうか。
ジャズの前衛であった彼が、ミュージカルのビデオなどを家で見ていたと思うと、ちょっと違和感がないわけではないが、まあそれも良いかもしれない。
音楽の良さには境がないということで。

Louis Armstrong ;
http://www.youtube.com/watch?v=ZjvwKaAa-fE


出版
2011/08/24

先日来られたお客様、本を持って来て見せてくれた。
何の本かと思ったら、ご自分のブログをそのまま本にしてくれる会社があるのだとか。
一冊だけの自分の本。
いいなあ。

お茶
2011/08/23

昨日来られたお客様と、最近の子供たちは日本茶を飲んでいないらしいという話になった。
その話によると、急須でお茶を入れて上げると、茶碗の中を覗き込んで不思議そうな顔をしたり、これ何?と尋ねるのだそうだ。
家でお茶を飲まないのか?と聞くと、お茶はペットボトルでしか知らないようだ。
きっと家庭でも食事の後にお母さんがお茶など入れてくれなくなったのだろう。

いや、なんとも日本が遠のく話である。
最近の主婦たちは急須でお茶など入れないのだろうか。じゃ男が入れろと言われそうだ。私は入れているけど。
考えてみると、すでにお茶はペットボトルで買う時代になったのだろうか、とちょっと暗澹たる気持ちになった。
確かに急須でお茶を入れるのは面倒と言えば面倒だ。

そういえば今の子供たちの母親と言えば40代。彼女たちの年代は企業では女性にお茶汲みなど封建的と言われ、反対運動が大いに盛り上がり、お茶汲みが廃止になった時代である。
ちなみに、それによって私が仕事をサボって喫茶店に行く回数が増えた。それは置いといて。
まさか、そのまま家庭の中にまでお茶汲み反対の意見を持ち込んでいたとは思わなかった。
オジサン心配になってしまった。
大丈夫かな、日本?。

LEE KONITZ - WARNE MARSH
2011/08/21

LEE KONITZ - WARNE MARSH "LEE KONITZ WITH WARNE MARSH" ATLANTIC 1217
入荷。
と言うより、ちょっと前から入荷。

このレコードは個人的に非常に好きなレコードである。
まず、ジャケットが良い。
私がジャズのレコード・コレクションを始めた最初の頃、このレコードの再発盤はマーシュが左手に持っているタバコが写っていなかった。それを友人に指摘され必死にオリジナル盤を探したのである。多分今でもCDなどの写真にはタバコが写っていない物があるはずである。
苦節○年、オリジナルを入手した時の感激は今だに忘れ得ないのである。

ジャケットは、二人の初々しい頃の写真のコーティング・ジャケット。
確かに、マーシュのタバコを持った手が切れてない。
当時二人は28歳、トリスターノ学校の新進気鋭の優等生の二人である。
アトランティックという会社がわざわざ遠くまで撮影に行くはずも無いので、ニューヨークにある会社の近くの公園ででも撮ったのであろうか。
しかし写真の出来は素晴らしく、険しいジャズ道の山道を行くかのような印象を見る人に与え、そのちょっとした休息のひとコマなのであろうか、サックスを首から外すことなく草むらに座り、コニッツは岩に寄りかかり話を始め、マーシュは煙草に火をつける。コニッツは楽しそうに笑い、マーシュは膝を抱えて座っていて、恥ずかしそうにニヤッと笑いながら時々思い出したように煙草を吸う。
二人でフレーズについて話し合いでもしたのであろうか。
ああ、正に切り取られたジャズの青春の一コマである。

コーティングされた事により、非常に生き生きとした雰囲気が伝わる見事なジャケット芸術である。

1曲目のTOPSYから汲めども尽きないイメージの中から素敵なフレーズが連続した二人のコンビネーションは完璧である。
共演のビリー・バウアーのギターも素晴しく、サウンドに耳が釘づけになってしまうプレイである。
参加した全員がジャズの未来に向かって高水準な演奏が行われたのである。
稀に見る素晴らしい演奏である。

最近、ジャズの人気がハードバップ一辺倒になってしまった。
この辺りのアトランティックのレコードにおけるコニッツ関連の作品もお聴き頂きたい。良い勉強になると思う。

パイナップル
2011/08/19

昨日、買ってきたパイナップル。

冷蔵庫に入れていて、今日食べようと思いふとタッグを見るとこんな事が書いてある。

「パイナップルはバナナ、メロンなどと違い、収穫後に時間をおいても熟しません。」
出来るだけお早めにお召し上がりください。

何日か置いても甘くなる事がないのだ。
そういえば、桃も収穫後は糖度が増す事はないのだそうだ。ただ柔らかさが出るので、食べやすくなる事で、そういう錯覚で美味しいなのだとか。
面白い。

脱走
2011/08/17

…久々に脱走のニュース。
2・3日前のニュースで少年院から鉄格子を一本切って、少年が脱走したと言っていた。
アメリカ映画なら実話に基づいた話では良く見るのだが、日本では脱走とは珍しい。
そのニュースを聞いた時、思わず吉村昭の「破獄」という本を思い浮かべてしまった。
大好きな本だったので、よく覚えていて、興奮して読んだ。

戦前の実話。
主人公は殺人罪で無期懲役になり刑務所に送られる。
その途中列車から脱走、その後刑務所からも脱走。
そしてあの、脱走は不可能と言われた難攻不落(?)の地獄の網走刑務所から脱獄するのである。聴いただけで思わずドキドキ。
それでも懲りずに、主人公は、続いて札幌刑務所からも脱獄。
見事な脱獄である。
話はこんな感じであったと思う。
愉快痛快、思わず応援の大活躍。

彼はその後、ある人に出会い、刑期を全う。
心の琴線に触れた人に出会ったのであろう。
脱走とは鉄格子を破ることではなく、その状況から逃げたいのである。
その人にとっての自由なのである。

それをニュースで聞いた私たちも、本来の罪を忘れてなぜか応援したくなる。
不思議だ。



お墓
2011/08/16

お盆ついでにお墓の事。

子供の頃、田舎の墓地には同じ街の人たちがそこにいた。
私は、そこに眠っている人たちがどういう人たちだったのか、どうして死んだのか興味津々で親が墓参りに行く時に附いて行って、順々に聞いていた。

なぜそういう事が可能だったのかというと、昔は死んだ人ごとに墓石があったからで、正面は戒名でちっともおもしろくないのだが、後ろには亡くなった年月日や名前が彫られていて、横には兵隊さんの位が書かれている。
そういう後ろの方に興味があって、あまり私がシツコイので母は困って、父親に聞けという事になる。父はまた色々戦争に行った場所とか無くなって位が一つ上がって帰って来たとか、日清、日露の戦争で亡くなった人の事もいろいろ知っている。
ちょっと好きな女の子の家のお墓も見ておく。

判らないと、居合わせた近所のおじさんなどに聞く。
そういう話から、ひょんな時にとんでも無いことを教えてもらった事があって「あの人は、あまり兵隊さんいじめをしたから、後ろから味方に撃たれて死んだ」とか、「船でアメリカの潜水艦に沈められた」とか、「遺骨なんかありゃせん」とか、興味深い話がいっぱいあった。
兵隊さんも味方に殺されることがあるのは、そんな話から知った。
ある小さな墓石は子供のお墓であることも知った。端っこにある古い墓石は出戻りで死んだずっと前の女の人だった事も分かった。

ウチだけでなくお墓はその家の過去の記録だった。
そういう古いお墓があることは妙に心強く感じられるのが不思議だった。
それぞれの家のアンデンティティーなのであろうか。

それぞれのお墓は、それぞれ面白かった。
それが今は、先祖代々の墓に統一されてしまった。
さらに最近は「心」とか「想」などと書かれた墓石というか、どこに出しても恥ずかしくない立派なモニュメントになった。
良いだか悪いだか判らないが世の中は変わる。

お盆
2011/08/15

お客様が来て、お盆の行事の話になった。
お盆になると、お墓の掃除をし、座敷には盆棚を作り、牛や馬を筆頭に盆飾りをした。
13日にはお墓に行き、先祖を迎えに行き、家にいてもらった後は15日の夕方また提灯を持ってお墓まで送りにに行ったと。送迎付きは丁寧だ。
ウチの場合は迎え火を焚いて只待つ。飼い猫がそばに来て座って、一緒に火を眺める。猫に「今年も御祖母ちゃん来てくれるかな」と語りかける、そんな風景だ。

迎え火が風情があってなんとも良い。
私の子供の頃、家の辺りでは、松明(タイマツ)を使った。家の前で松明を組み上げたりして燃やす。松脂があるから、勢いがつくと火は相当の高さまで上がる。ボウボウとして迫力があり、あの世から帰ってくる人たちが道に迷う事無く家に帰り着く事間違いない。
東京ではオガラを焚くのだが、フワフワと燃えてあっという間に終わる。火事の心配はないが、ちょっと風情があり過ぎで淋しい。
私と同じ長野県でも、北の寒い地方は白樺の木を焚くと聞いた。東北でもありそうだ。
また地方によっては、藁、麦藁、なども使うそうで、地方によって便宜上変わるものらしい。

子供の頃は、お盆が楽しみだった。
数日前には母親と一緒にお墓の掃除に行き、墓地の草取りをしたり掃除をする。並んだ墓石についてもこれは誰、あれはどんな人と聞くのも楽しみだった。盆の飾り付けをするのだが、仏壇の奥から普段お目に掛からない位牌を引っ張り出し、やはり為人を聞くのが楽しかった。父親たちが夕方からお客様とビールを飲みだすと、私もそばにいてサイダーやジュースをもらうのが楽しみで、どこかに行けと言われても頑張ってそばにいた。
浮かれた大人たちの話を聞きながら、自分の将来の姿を垣間見る嬉しさもあった。昼は井戸に冷やしたスイカやまくわ瓜が楽しみだった。
日本人にはお盆や正月はいいねえ。

しかし、今は東京で迎え火を焚いている所などほとんど見たことがない。
淋しいな。
だからと言って、みな不幸なわけではないから大きなお世話だ。

「迎え火に 猫戻り来て 後ろ向き」

靖国神社
2011/08/14

靖国で会おう言って国の為に死んでいった兵隊さん達の魂がいる所。
気分よくお参りに行きたい。

だがただ一つ、私はどうしても我慢ならない事がある。
靖国神社には欧米などで、ヒトラーと並んで絶大なる強い印象を持たれる東條英機が祀られている事。
右翼とか左翼とかの話の前に、ドイツ国民がヒトラーを拝みに行ったとしたら、もうこれは第3次大戦の勃発?となろう。それが日本では東條さんが靖国神社に、のうのうといらっしゃる。

それなのに、そんな場所にお参りにいけるか?

年代を調べてみると、昭和16年の宣戦布告の時の首相が東条英機である。
そして、その仕事ぶりは立派と言うか、憲兵隊・特高警察を使い国民を弾圧するなど独裁政治を行い、無能ぶりもまた見事で装備も無く戦いを強要し、戦地においては死を強要し、一般人まで玉砕に追い込んだ。
今の総理もそうだが切羽詰ってから、やっと昭和19年に辞任するのだが、とにかく終戦の20年まで軍事政権を存続させたのである。
兵士の死者200万人あまり、一般人100万。
数が凄い。戦闘員ではなく、市民の数がまたすごい。

一言で言うと彼の責任は、戦争に負けた責任。
負け戦に突入した責任、死を強要した責任、武器弾薬が不足した責任、負け戦を引き伸ばした責任、戦地で餓死・病死が異常に多い事の責任、一般市民を負け戦に巻き込んだ責任、300万人の死にたいする責任、国の領土を失った責任、その他混乱に陥れ.....もっと一杯ある責任。
そういう当時の戦争にからむ諸事情の失敗の責任だ。
A級戦犯の話をしているのではない。日本の国として彼に対する責任を把握して記憶しようという事である。
こんな国の指導者が一般の兵士と共に神社に祀られて良いのか?

いつになったら普通の人々が靖国神社にお参りに行けるのだろう。
だんだん左翼になりそうだ。

国家
2011/08/11

8月はテレビでも戦争の話が多い。
平和と反戦について語る事は勇気がいる事という前提で話が進んでいる事は伝わってくる、だが本当に自由な議論がなされているのだろうか。
実は逆に、戦争反対・平和と言わなければならない雰囲気が常に支配していて、それ以外の意見は言ってはいけない事になっていないか。
民主主義とは自由に議論ができる事が大前提なのだが、どうもこういう話の時も、空気を読む我々日本人は世界平和などという大きすぎてボケたな話にしてしまう。

大東亜戦争の戦争責任についても日本独自の責任の取らせ方があってもよかろう。当時の考え方の良かった事、悪かった事、仕方のなかった事などきちんと整理をしないといけない。今の状況は「一億総懺悔」すなわち国民の責任であって指導者に責任はないとする考えに流れそうだ。
戦争に駆り出して死んでいった若者、だまして戦争の協力体制を構築した責任、稚拙な戦略により無駄死にした兵士、徴兵により破壊された家庭、そういう所に責任の所在をはっきりさせよう。戦後60年ウヤムヤの中、アメリカが押し付けたというより空気を読んで自ら民主主義になり、自ら過去の価値観や宗教観をすて、国民自ら改革を進めてきた結果の現在。もうそうでないと、今の閉塞感のなか、先に進むことが出来ないところまで来てしまったような感じがする。
よく白人は暴力、黒人はセックス、と言われるので、私はその後ろに「日本人はお金!」と付け足しているが、その金が危ない。

国に対する考えもあやふやで、今だに国歌・国旗の反対運動まで引きずった日本とはいったいなんだったのだろう?
ちょっと古い映像だが、アメリカの国歌斉唱の一場面である。最後まで見ていただくと、ちょっと感動する。
ストレートで、正直羨ましい映像である。
もし、もしよかったら、見て頂きたい。

http://www.youtube.com/watch?v=jU8zyB3W0pU&feature=player_embedded

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