HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

音楽
2011/10/01

最近の若者がレコードを買わないという話を、数人としていた。

一人がお金が勿体ない世代、だという。
もう一人が、CDの世代だと。
もう一人も、CDすら買わなくてダウンロードで済むのだと。

最後に聞いた一人は音楽関係者だがこう言いきった。
もはや音楽も要らない世代なのだと。音楽とは鑑賞などでは無く、自分が演るものであり、またカラオケの事なのだそうだ。

生きてい行く上で、良い音楽も不要などと言うのは江戸時代の百姓の社会で、最早この世の終わりかと思った。
希望がないのう。



ART ENSEMBLE OF CHICAGO
2011/09/30

ART ENSEMBLE OF CHICAGO "GO HOME" GALLOWAY (FRANCE)

このレコードは個人的にAEOCの作品の中でも、1・2を争う私のお気に入りである。
だが、簡単にこれをここに挙げて宣伝するつもりもない。
それは、このレコードが非常にレアであり、面倒なことに再発盤もあり、オリジナルか否かの判断がつかないほど酷似して実にやっかいなのである。
再発盤も購入し、興味を持ってチェックした結果、少しの違いが判る程度で、今となっては、一枚だけを見せられると、私も正しい答えが出せるか自信がない。
個人的な感想を言うと、オリジナルと表示されて売られていたりするレコードで綺麗なものはほとんどが再発盤であると断言できるほど、オリジナルの綺麗な物が見つかりにくい。
マニア以外には興味の無い話であるが、私はマニアだから昔から新譜レコードを買う時からして、既に注意深かったので、常にラベルの色、形態、盤の重さについてチェックしていたので、新譜の時から買い替えを常としていた。

本は第一刷と書かれているが、レコードには書かれていないので、それはそれは面倒であった。
後年、マニアの間でオリジナルと決まった物を購入している方がずっと楽だ、と思う。

さてこの作品、白地に淡い茶色で「ART ENSEMBLE OF CHICAGO」「GO HOME」と書かれていて、数枚の小さな写真が散りばめられているシンプルなデザインである。裏ジャケも全く同様な絵柄で、芸がないと言えばそう言える。ダブルジャケットなので、内側をみると殺風景な社会派というか、シカゴの都市の写真であろうか、左端に僅かに曲名が書かれているだけである。更におかしなことにレーベルのGALLOWAYとあり、豚の顔がシンボル・マークとされていて、いい加減さに見る者の心を不安にさせる。
しかし心配は無用、レコード聴く物。一旦レコードに針を下すと、素晴らしい演奏が始まるので安心されたい。というより今となっては立派な廃盤として風格が漂う勢い。

彼らも当時の黒人フリージャズ・ミュージシャン同様、パリに行きそれで新しいジャズの到来としてフランス人に大いに受け、レコードを多数発売する。それで箔が付きその後の輝かしい音楽人生に至る。
したがって69年と70年は「苦悩の人々」「ラジオのように」「LES STANCES A SOPHIE」等代表作が集中しているのも頷ける。最初の黄金期をパリで過ごしたある意味ラッキーな音楽家たちであった。その70年の一枚で、当時は僅かに日本に入荷されたのみである。

曲は組曲の様な構成になっている。ブルージーでアーシーかつ優雅といった矛盾を孕むアメリカの音楽の当時の全てがここに表わされる。
気持ちの良い、揺り籠の中で聴くような印象の曲調がやがて、ヨーロッパ・フリージャズの様相を呈し、緊張と不安感に溢れるサウンドが流れ尽くすと、やがて最初のテーマに戻り、あやされながらエンディングを迎える。
詞的で、演劇を見るかのような彼らの見事な才能を示した力作である。

アレンジ、即興と研ぎ澄まされた才能がこれでもかと、ほと走る様を聴いている内に羨ましさ、いや妬みさえ感じてしまうのである。
こんなグループはちょっといない。

今回入荷はオリジナル盤だが、やはり少々ノイズは入る。
綺麗だと表示されていたので購入したのだが、まあ仕方ない。



JOHN COLTRANE
2011/09/29

JOHN COLTRANE "COSMIC MUSIC" COLTRANE RECORDS CRS5000 (USA)

レコード・コレクターなら、ジャズ・ファンなら、ましてコルトレーン・ファンなら、是非レコード棚に収めておいて欲しい一枚である。
こういう物こそコレクションと呼ぶに相応しい。

生前コルトレーンは、自分のレーベルを持ち作品を出したかったようだ。
死の直前、アリスと共に決心に至ったのであろうか、制作に取り掛かる。

彼が書いたドローイングをジャケットに使用された。
また裏ジャケには来日時、彼の希望で訪れた長崎で手を合わせた時の写真が掲載された。彼らの思い入れが詰まってるのが良く分かる。
ジャケットの体裁はダブル・ジャケットにされた。
内側には多分に宗教的なデザインでブッダありイエスありイスラムありの平和と宗教を混ぜた世界は、一つにならないと平和にならぬ、という彼の当時の心情が表れているのであろうか。

最初、レコード番号を4950番としてリリースされたものの、本人がジャケットの作りが美意識に合わ無かったか、気に食わず再度作り直しを命じたと言われる。
そして番号をわざわざ新規の5000番とし、ジャケットにコーティングを施してハードなカバーにして発売に至った。しかし、様々な事情から遅れに遅れこのレコードがリリースされたのは、彼の死後1968年になっていた。

だが、凝りに凝った分だけジャケット作品の出来は良く、前作と比べると問題なく素敵で、当然、5000番の方が珍しく価格も高額である。
本人が気に入っている方がマニアとて欲しいのは常識である。

このレコードには問題が起きる。当時契約先からクレームが付き、自身でのリリースは契約違反だと指摘され、やっぱりインパルスから出る事になった。マニアとしてはその辺の事情が切なさがあり、思い入れがある。

という当時のジャズ界の噂話を総合してみた。
いずれにせよ、今も色褪せない素敵な作品である。

JAZZ COMMITTEE FOR LATIN AMERICAN AFFAIRS (FM)
2011/09/28

このレコードについて語ってもウケないなあ、と思いながら止められない。
止められない性格だから。
ジャズはアメリカのオリジナリティーとあの国民は威張るが実は、結構、こうして他国の音楽も取込んで発展してきたと言いたいだけ。

WILLIS CONOVER "JAZZ COMMITTEE FOR LATIN AMERICAN AFFAIRS" FM FM303

所がさて、どう説明したらよいか、入門者のための作品ではないし、正直私も悩む。確かにジャズの歴史の中で重要なアルバムとされている。今日はどのくらい重要かについてだけ書いてみようと思う。

このアルバムのリーダーは一応、WILLIS CONOVERとなっているが彼はプロデューサーである。プロデューサーと言え、ジャズの世界ではあまり聞かないそれもそのはず彼は、ボイスオブ・アメリカという国営だか軍関係の放送に携わっていて、時々外国を廻ったりしていたようだ。ちょっとスパイとか洗脳とか嫌な仕事を想像してしまうが、そういう感じでもないようだ。多分私は好きにならないタイプの人間かなと想像してしまう。ここは関係ないな。

この作品は彼が引率して1961年にアメリカを誇示するために敢行されたブラジル演奏旅行の実況盤。演奏は7月16日。
メンバーはハービー・マン、ズート・シムス、カーティス・フラー、アル・コーン、ケニー・ドーハム、ロニー・ボール、ベン・タッカー、デイブ・ベイリー、アブダル・マリク、等をアメリカを代表する主要ジャズメンである。
演奏は流石に、ジャズの楽しさばかりを強調しているわけでなく、しっかりした好演奏で、ズートのソロなども味わい深い。FMというマイナー・レーベルで出たのも不思議だ。

さてこれは、1961年という歳が大いに関係していて、演奏に行ったはずの彼らは現地でブラジルのバブリーな社会と新しい音楽活動「ボサ・ノバ」に影響を受けるのである。
全員が興味を持って吸収したとされるボサノバ。その後の活動はメンバーを見ながら考えてみれば誰がどの位ボサノバやジャズサンバを演ったか、もう私の出る幕は無い。
すくなくとも、アメリカの豪華メンバーの面々はが、ボサノバを吸収した重要な出来事であった、インキュベーターの役目を果たした演奏旅行だったのではないかと思う。
作品としては、そういうきっかけはない事を確認しておく。

ボサノバの画期的な作品は59年のJOAO GILBERTOの"Chega de Saudade"になろうか。わずか1・2年で新しい音楽の芽は成長し、61年にはチャーリー・バードとゲッツの"JAZZ SAMBA"がいち早く作品を世に出された。
62年にはカーネギー・ホールで遂にボサノバ・コンサートが開かれ、ジョアン、カルロス・リラ、セルジオ・メンデスなど演奏した。
ブームはやって来て遂に、63年あの"GETZ/GILBERTO"がVERVEからリリースされ大ブームとなるのである。そして実際にブラジルに行って覚えてきたこの時のメンバーが果たした役割が大きいと言いたいのである。
ジャズの中に大いにボサノバやサンバが取り込まれた、幾多の名曲が生まれた。

この説明もあとは私の出番はない。

当時の音楽はアメリカで流行れば、後は世界が追随するだけの事で、もはや努力など無用である。いい時代だった。

ところで、この作品後年、ハービーマンをリーダーに仕立てた、作品が日本ビクターからも出ていたが、あまり音質は良くはなかった。 (HERBIR MANN "BIG BAND" FONTANA SFON7056)

JIMMY FORREST
2011/09/27

JIMMY FORREST "NIGHT TRAIN" UNITED RECORDS NO.002 (LP) USA

さて、面白いレコードの入荷である。
このレコードは気取ったジャズ・ファンにはあまり興味が無いのかもしれない。
しかし、ソウルミュージックのファンには超が付くレア盤である。
なぜなら、あの60年代のR&Bから70年代のソウルミュージックのシーンの先駆けとなった音楽こそ、52年にヒットしたこれ、ジミーフォレストの「ナイト・トレイン」だったのである。ヒットすると即、多くの黒人ミュージシャンが追随してこの曲を発売したのである。

今聴けば、粗削りである。しかし、音楽の出発点として全く問題は無く、実にソウルフルな良い曲である。
ポップス・ファンにもお奨めの歴史的な作品なのである。
ジャケットは、暗い青い夜の中、月明かりに照らされた平原を汽車が近づく実に黒人ミュージックなイメージの先駆けで、手前にサックスの絵がある所など、微笑ましい。
UNITED RECORS COMPANY現在のUNITED ARTISTとは全く関係がなく、会社を閉めた後はSAVOYに権利を譲ったということである。

歴史的にも興味深いので、ちょっと取り上げて見た。

かりんとう
2011/09/26

昨夜、店のカウンターの下を見ていたら、カリントウの袋が3つ出てきた。
全部、食べ残し。

開けてまとめて一つにして、食べた。
朝、店に来てカバンを開けると、残ったのが出てきた。
オレはずーっと持って歩いていたのか?
小さいな。

「秋彼岸 苦きコーヒーに かりんとう」


領土
2011/09/25

隣国との国境問題がある。
尖閣列島など日本の領土なのだから、さっさとコンクリートで港とか、基地を作るとか、電波塔を作るとかしたら駄目なの?

実効支配ってそういう事ではないのかな?
旗を立てた方が勝ちって、韓国の竹島などを見ていると思ってしまうが、日本は騒いでだけいて、結局相手に何かを作らせるように持って行くように見えるが....。
そんな国のリーダーって、本当にリーダー?

曼珠沙華
2011/09/24

お彼岸ゆえ、新宿でも空き地や庭に目にする彼岸花。
このあたりの狭い土地では1本づつか2・3本だが、それでもすっくと立ち上がっている。
夏が終わると、その時を見透かしたように、すっくと立ち上がり花を着ける。
すっくと立つところが良い。

人も、心のわだかまりを忘れて、すっくと立ちたいものだ。


「根には毒 うらみつらみの 彼岸花」

あれ、忘れてないな、あの時の事。

かりんとう
2011/09/23

この前、下のセブンイレブンでかりんとうと買ったら、396円と言われた。時々買っているが、薄い袋入りなので、こんなに高かった事もないので、値上がりしたのか?おかしいなと思ったものの、まあいいかと思い買って帰って食べた。

今日も同じカリントウを持って、レジに行くと、198円。
今日は安いなと思いながら、買って帰って食べた。
安いと、あっという間に食べ終わる。

だが、同じ商品なのにオカシイとよく考えていたら答えが出てきた。
198 X  2 = 396
という事はレジのお兄さん、レジを2度打ちしたんだな。
僕って頭が良い!

理由が解明してほっとした。
って、下らない事に頭を使って喜んでどうする。

LOUIS SMITH
2011/09/22

LOUIS SMITH "HERE COMES LOUIS SMITH" BLUE NOTE 1584
入荷

このレコードを見る度に思い出す。
10年程前に買付に行ったスェーデンのある街のレコード屋にこのレコードの美品が飾ってあった。中古店としては見栄えのある見事なデコレーションである。
私が売って欲しいと望んだところ、笑顔になり、うやうやしくこれを壁から外した店主がレジに向かいながら背中越しに言った。
「この中にBack Shot La Funck、というミュージシンがいるが、これは誰の事だ?」。
試験問題を出された。
答えないと売らないとニヤニヤしている。もちろん日本人マニアにはこんな初級問題はキャノンボールだと誰でも知っているのだが、私も勿体付けて、わざと難しそうな顔をして、「キャノンボールと」人差し指を立て答える。
彼もまた人差し指を立て、「ライトゥ!」。
嬉しそうに、レコードを渡してくれた、2割位お負けして。
あの頃はまだこうやってレコード探しするのも余裕があって楽しかった。

さて、ライナーによると、1931年テネシー生まれで、スカラシップで高校、大学へと進んだらしい、という事はなかなか頭の良い少年だったのだろう。数枚の作品を残しただけで大学に戻ってしまったのも判る。
頭が良いだけでなく、トランペットの才能もあった。色々なバンドで経験を積みながら、58年このレコードをトランジションレーベルに吹き込んだ所、ブルーノート社が気に入ったのかこの権利を買い、ブルーノートで発売されたものだ。なるほどトランジションらしくバラードが散りばめられている。

ジャケットにはなぜか、中国カンフーのようなシャツとズボンと靴を身に着け、座り込んでトランペットの朝顔を床に付けて、ニヤッと笑っている。彼こそ「カンフーマン参上」ならぬ「ルイス・スミス参上」と行きたかったに違いない。こういう舞台設定が良い。

演奏は勢い込んで聞かなくても良い。
ゆっくり、ゆっくり聞かれたい。
実にストレートなジャズで、かつ上品である。
1曲目の「TRIBUTE TO BROWNIE」ではブラウニーを意識したのも頷ける好演奏である。キャノンボールとの相性も上々。2曲目のスローなブルースも、B面の「STAR DUST」の扱いも、哀愁とムードに注意した好演奏で、彼が一流であることを証明している。
50年代ジャズを代表する良い作品である。

ブルーノートの音は暗くて、かつ元気があって、それが風情になって良い。
「暗い音色」が風情とはオカシイかもしれないが、日本人に合う音である。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

 Copyright 2025 HAL'S All right reserved. Initial up at 2001