HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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STELLA BROOKS
2011/09/21

STELLA BROOKS "STELLA BROOKS" DISC 620 78 3SP-SET
入荷

非常に珍しいレコードで、3枚の78回転SPが入っている、いわゆるアルバムである。レコードの事をアメリカではアルバムという人がいるが、この形式こそがアルバムの由来となった。
このレコード、ジャケットがDavid Stone Martinのデザインによるところが素敵。

ステラ・ブルックスの事はあまり知られていないし、当時のアルバム故、ライナーノーツも着いていない。
1910年に生まれ、子沢山で再婚した母親から孤児院に入れられ、8歳くらいから歌を歌いだし、サンフランシスコなどで30〜40年代に大人気で、ホワイト・ビリー・ホリデーと言われた事などはネットに出ている。50年代には忘れ去られた存在だったというから、日本には入ってこないはずである。
だが、歌は当時のジャズボーカルそのもの気怠さをもった良い雰囲気で、とても良い。しかし、このレコードの事はあまり情報が無いのだが、彼女のヒット曲「A Little Piece of Leather」「As Long As I Live」が収録されているのが嬉しい。
ピアノをジョー・サリバンが担当しているのもホッとさせてくれる。

マニア向けの好アルバムである。


EIRC DOLPHY
2011/09/20

ROY PORTER - CHARLES MINGUS "THE STORY OF LOVE" REX HOLLYWOOD 28002
USA (78 SP)

ERIC DOLPHYというタイトルにしておいて、本人が出て来ない。
これは1949年にハリウッドで作られた78回転SPである。
ドルフィーが演奏に参加したと言われるSPである。
片面にCHARLES MINGUSの「THE STORY OF LOVE」が入っていて、片面にROY PORTER 「DON'T BLAME ME」が収録されている。
ドルフィーはミンガスの一員として参加している。
ただし、ソロは取っているのか良く分からないが、人によっては、いや、ちゃんと分かったと言う立派な耳の方もいて、なんとも言えない。
だがコレクターに取ってそんな判ろうが判るまいが、ここにドルフィーがいて演奏していたというだけで、たちまち彼の雄姿が脳裏に浮かび、溌剌として周囲にも気を遣いながら演奏している、彼の姿が見えるのである。
大変重要な作品なのである。

ただ、ドルフィーの初期における参加曲としては、これとサヴォイ盤とノックアウト盤という3つのSPがで有名になっていて、どれもコレクター泣かせであるが、特にノックアウトはレア過ぎて、入手困難で皆ノックアウトである。
そのうちに、当店にも順次入れたいと思っている。

因みに演奏者は、
John Anderson, Buddy Childers, Hobart Dotson, Eddie Preston (t)
Jimmy Knepper, Marty Smith, Britt Woodman (tb)
Eric Dolphy (as, fl, cl)
Jewel Grant, Art Pepper, Herb Caro, William Green, Gene Porter(reed)
Russ Freeman (p)
Charles Mingus (b)
Roy Porter (dm)
となっていてる

SP故に、ラベルの写真を掲載した。




ある猫の死
2011/09/19

22年生きた猫が亡くなったと連絡をもらった。
最後は水も飲まなくなってうずくまったまま、死んでいったという事であった。
動物が老衰で全うすることは大変に立派な事で、死んでいった本人はいうに及ばず、飼っていたいた家族にも本当に素晴しい事である。
だが家族には悲しみはいつまでも残る。
せめて、家族の腕の中で死んでいった事が救われる。

この猫は、子猫の時に車のエンジン部分の中になんと、2日間も居て、近所の人から声がすると指摘され、何度もボンネットを開けても見つからず、遂にエンジンの横の狭いところで発見された歴史を持つ。
エンジンの熱で焼け死ぬか、運転中に道路に落ちて死ぬかという、どうにもならぬ所から飼い始めたので、殊更に縁を感じていた猫であった。

非常に美しい三毛猫だと言っていたが、それは今日だけは否定しないでおいた。

奇しくも、自分の母親の命日だったという。
きっと、お母さんがお迎えに来てくれたと思います、と言っていた。

聞いていて、思わず寒気がした。
本当かも。

夜遊びの 猫戻り来ず いなびかり

2011/09/17

昨日の夜、急に雨が降ってきた。
不思議な事に、雨が降り始めの埃臭さが漂ってきて、久しぶりにこんな事があるものだと感心。
昔の私がいた家の造りだと隙間だらけなので当たり前だが、最近の家は気密性が高いのに、臭いがしてくるとは不思議ものだ。

雨の降り始めの臭いに猫が気づいたのか、怪訝な顔をしている。


夜遊びの 猫戻り来て いなびかり

家ー2
2011/09/16

今度は新宿の遊歩道のような、旧都電の通っていた細い道。
いつも浮浪者が食事したり、寝ていたりする。

朝、区の係りが数人片付けている。
ふと見ていると、と言いながら、また弱い物いじめかと思いながら、じっくり見ているのだが。

布団が1セット。
ちゃんと敷布団と掛布団。夏でも。

どうする?と言いながら顔を見合わせていた3人の内、一人が「まあ、いいじゃねーか」。皆うなずいて帰っていった。エライ。

良いとこ、あるじゃん。


2011/09/15

ちょっと前、新宿のガード下付近で、商店街やら区の職員やら、大勢の人が集まって道路掃除。
良い事している、新宿は。

見ていると、腕章を付けた立派な職員さんらしき方々が指揮している。
端から掃除して道は綺麗になっていくのだが、ちょうどそこに浮浪者が作った大きな段ボールのハウスがある。
それも命令してあっという間に片付けてしまった。

あれっ!
そ、それはごみではなくて、家です!
と言おうと思ったが、職員の険悪な顔。
すぐに引き下がる。
だって私、草食系団塊世代だから。

昨日のレコード
2011/09/13

Zalatnay Saroltaのレコードが、2枚在庫があった。
一枚は自分で購入予定にしていた。
どうせ当店で売れるはずもない。

そう思っていた所、一枚はすんなり売れた。
一枚は自分で買う事に決めていたので、暇な時間に大きな音で聴いていた。
そこに、ちょうど店の前を通りかかった男性がいた。

ガラッとドアを開け、ツカツカとカウンターにやって来て、これ売って下さい。
私あせって「安くないですよ」
お客「いいですよ」
と会話を繰り返した後、経ってのお願いで売ってしまった。

嬉しいやら、悲しいやら。
いや、嬉しい、店は売れてなんぼじゃい。

ZALATNAY SORALTA
2011/09/12

Zalatnay Sarolta "Minden Szo Egy Dal" PEPITA SLPX17544 Hungary
こんなレコードが入荷する事もある。
ジャズファンの当店のお客様に相応しいかどうかは不明である。なんたってポップ・ロックの歌手である。
であるからして、決して今回は推薦はしない。
と言いながらこのレコードは、実は私のお気に入りなのである。実は、自分で購入するつもり...。(笑)
ヨーロッパに行くといつも探している。でも10年前ならいざ知らず、今はもう見ることも無い。
どういう歌手かというと全然わからない。知識もほとんど無い。現地の人に聞くと、人気ポップ歌手と言うだけである。ハンガリーの歌手など情報など無いのが当たり前。

まず名前の読み方、ザラトナイ・ソラルタという。レコードのタイトルは英語に直すと「EACH WORDS OF SONGS」という事らしい。
他の作品と違って髪を金髪に染め、黒い革ジャンならぬ革のつなぎを来て胸のファスナーをちょっとだけ開けている、ちょっとだけが東欧である。化粧気のない顔がなんとも言えず魅力的で、ちょい悪魔的で可愛い。
ちょっと悪そうな女の子は、虚弱な私からすると若いころの好みである。と言いながら78年の作品なので、当時はもう31歳である。いやいや十分若い。
そして、このレコードの「1曲」が強烈なリズムの抜群の曲なのである。

ところで、彼女は当時は非常に人気があったようだが、近年、詐欺罪で捕まった事もあるらしい。昔の栄光が忘れられなかったのであろうか。
これから、もうひと踏ん張りして欲しい。
本当に情報が無いので、困ったあげくネットの情報から取った。申し訳ない。

47年生まれと言うから私と同い年である。
ひょっとして56年のハンガリ動乱を知っているのかもしれない。
当時の東欧諸国は自由を求めて頑張るも、悪代官ソ連共産党にいつも踏みにじられていたのだ。悪い国だった。ジャイアンのようなヤツだ。
政治の話は置いといて、63年にデビューしたというから早熟である。その後彼女の歌唱力は大したものでテレビの歌唱コンクールでも賞を総なめにしたというから、実力はある。
だが80年代までが絶頂であろうか。

大体がしっとりした感じの歌が多いのだが、なんと、このレコードはちょっと様子が違っていて、1曲目からややアップテンポで進行し、2曲目では床を踏み鳴らすほどのリズムに乗ると、その勢いで3曲目に突入し「En egy Orult Lany Vagyok」という曲で頂点に達する。
題名の意味は「私は狂人の娘」とでもいうのか。
狂人の娘と言うだけの事があって、確かに激しい曲である。
クラブ風に言うと「縦ノリ」の良い曲である。

いつも言っている。レコードは1曲あれば十分。

聴いてもらおうと思いyou tubeなど探したが見つからなかった。
未知の人の作品は、実際聴く事が出来ないとなると、何を書いても空しい。

昔の話
2011/09/11

友人たちと泊まりで飲んでいて、初恋の話になった。
いい年になってもなぜか、今もしっかりと覚えているものである。
彼女の名前がフルネームで出てくるから初恋だけは別格なのであろう。
ちょっとでも好きな人が現れると必ず初恋の人とダブってしまうと言うから、初恋の相手は本当に永遠なのかもしれない。

最近の若者は幼稚園や小学生で初恋などと平気で言うから、もう何が恋だか分かったものではなく、友情も愛情もミソもクソも一緒にしている感が強い。
我々のように、荒っぽい小学生たちが思春期を迎えてから、ある日急に芽生える恋心が切なくて、人にも言えない所が良い。

私の場合、中学の時が初恋でずっと好きだった娘がいた。
バイオリンを習っているとか噂されていて、丸顔でいつも綺麗にポニーテイルにしている清潔そうな娘だった。
当然片思いである。当時は皆片思いが当たり前で、友人たちも皆片思いであって、何かの時には男同士でそんな切ない胸の内を語り合ったものである。

それが卒業式の後、意表を着いて、彼女が手紙をくれた。
フ-テンの寅さんだって自分の事は理解しているものである。男はみな、それでも希望は1割位は持っている。その1割に胸の痛みを託し自分の部屋でちょっと可愛い四角い封筒を開けると、びっしりと書かれた便箋が2枚。
その内容は、「あなたが私の事を好きでいてくれたのを良く知っていました。でも私にとってあなたはたんなる友達です。これからも同級生として頑張って行きましょう」と言うような内容であった。要は片思いされる方も面倒だから、恋人にはなれっこないから、友達ですっきりしていろ、という事であった。
丁寧に書かれた綺麗な字がよけいに切ない。
私は大体、字が綺麗な人を好きになる癖がある。自分がヘタだから。
判っていた事とはいえ、ガッカリして翌日まで食欲も無かった。
その時一応私も状況を理解して、反省も込めて考えた。

清潔で音楽好きで頑張屋のあの子が、私などを好きななるはずがない。
勉強も、スポーツも大した事もなく、蓄膿でいつも鼻をぐずぐずしている汚らしい私のような中学生に恋心を持つはずもない事を理解したのである。
あほらしいが、何十年も前の事をよく覚えているものである。早く忘れたいが、記憶している自分が情けない。

思えば、告白する前に、振らてしまった初恋はこの世で私だけかもしれない。

初恋や 今でも苦き 湯の煙

新宿で並ぶ所
2011/09/10

新宿は人が多いから、人が並ぶ場所が多い。
ちょっと前には南口のドーナツ屋があって、行列が出来て多くの人が並んでいたが、もう飽きられたと見え、今更カッコ悪いのか並ぶ人などいない。
その前に高野のフルーツパーラでは、これまた仕掛けられた御人好しがメロンパンに群がって並んでいたが、これはあっという間に潮が引いた。
有名ラーメン屋も、最近はあまり並ぶ人はいなくなった。

そういうゲリラ戦法にも負けずに、依然として並んでいる場所がある。
私の知識では3つ。

まず、駅前アルタの入口付近。テレビの後悔録画に、入場券を持っている人が自慢気な顔をして並んでいる。新宿が自慢できる(?)、何十年と続いた立派な光景である。

次は新宿でなくともある光景だが、パチンコ屋の前。
いつも思う、20代の学生は並ばないで欲しい、他にやることがないのだろうか!
それに比べ年配には良いかもしれない。おじいちゃん達が番号札を取ると、開店時間まで近くのコーヒーチェーン店にたむろする。その会話の楽しそうなこと、きっとデイサービスなど不要なのだろう。
パチンコ屋はそういう人の行くところ。

3つ目は、ストリップ劇場の前。
さすが新宿。
今や老いも若きも、お目当ての踊り子さんを目がけて朝から堂々と並んでいる
。世の中変わったものだ。
ま、平和という事で。

どうでも良い新宿便り。

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