HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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新入荷
2012/01/29

レア盤の新入荷がありました。
リストの最初の部分に掲載してあります。
STAN GETTZ "AT THE SHRINE"
CHARLIE PARKER "SEXTET" DIAL 207 10INCH
LESTER YOUNG "IN PARIS" BARCLAY

LESTER YOUNG
2012/01/28

LESTER YOUNG “LE DERNIER MESSAGE DE LESTER” BARCLAY 84069 (FRANCE)

さて、さてちょっと気取って、いや改まった感じで話を進めたい。

これはジャズ史上、非常に重要かつ貴重で、稀少価値の高いアルバムである。
米国でもこの数年後にVERVEで発売されているので、そちらでも聴く事は出来る、一応。

何故貴重かと言うと、死のわずか2週間前の録音で、かつフランスでの録音であるから。
訳知り顔の解説も今更だが、ちょっとだけその辺りを延べておいた方が、話が分かりやすいので説明をしておこう。
レスターヤングは晩年、といってもまだ40歳台であるが、荒んだ生活などにより、また大量に飲む酒のせいで、身体の健康が損なわれており演奏にも影響が出ていた。
それでもジャズへの執念は燃やし続けており、56年にはPres and Teddy (Verve)、The Jazz Giants '56 (Verve)、と吹込む。サウンドは弱くなり、切れ味は落ちたものの、洗練されたフレーズやサウンドは魅力いっぱいである。57年にはニューポートにも出演、GOING FOR MYSELF(VERVE),58年にはLAUGHIN TO KEEP FROM CRYIN’ (VERVE)を吹き込む。
ソロは短くなりがちだが音楽への執念は旺盛である。
そして59年の春2月から3月、パリへの演奏旅行である。
しかし途中で何も食べられなくなるほど衰弱し、急遽ニューヨークに帰ったホテル:アルヴィンの一室で3月15日の早朝亡くなったのである。
当時の旅行も大変な身体への疲労が蓄積したのであろう。49歳であった。
したがってこの作品が死の2週間前の、まさに人生最後の吹込みという事になる。

写真は力なく演奏の順番を待つかの姿を捉えており、首にかけたテナーのマウスピースのカバーを左手に持って、演奏に取り掛かろうとした執念が伝わる、良い写真である。
もしかしたら演奏が終わり、マスピースにカバーを付ける瞬間の写真かもしれない、でも私は前者の方にしたい、いやあって欲しい。裏ジャケの顔の笑った写真がまた良い、悟った笑顔といおうか。
彼のジャズ゙への執念が見せたこの作品は、フランス勢の演奏家達の切れ味が良く、盛り立てる。このレコードは音質も素晴らしいのである。
ソロは洗練さが十分にあって演奏は、私の心に染み入る。

この作品を聴いて、やれ力が無いなどと鬼の首を取ったように言う事は避けたい。
大統領と呼ばれた大物の、ジャズ人生最後の男の演奏はこれほどまでに執念を感じさせるものであろうか、と意識せずにはいられない。
こんな作品が他にあろうか?

彼のあだ名は「プレス」即ちプレジデントで、大統領と呼ばれたジャズメンは彼しかいない。

因みに、かれの葬儀に駆け付けたBILLIE HOLIDAYは、この4か月後59年7月17日に亡くなっている。病院には行ったものの廊下のベットに放置されたまま死後のそのままだったそうである。

一時はプレス、レディーと言われた二人であった。
この二人がもっと幸せであって欲しかったと、今更ながら私は過去に向かって悔やむのである。


PEGGY LEE
2012/01/26

PEGGY LEE “BLACK COFFEE“ DECCA DL 5482 10inch

このレコードを最初に買ったのは40年も前だった。 もちろん米国盤であった。
自分で、それで良いのかと思っていたら知り合いから、原盤は10インチで、それもカラフルな印刷の軽薄なものではないと言われ、ついでに10インチの原盤は写真もだが、落ち着いた良い音だと何度も念を押された。
ボーカルは軟弱だからオレには不要だと言いながら、実は悔しくてずっと探したが、出会う盤みな状態は悪く、時々あっても1回目のプレスでは無かった。
そう、必ず綺麗なものが出た時は、2回目の方である。

そして、ようやく今回巡ってきたものが、綺麗な初回プレスであった。
なんだかんだ言っても、きれいな物は良い。

因みに12インチの後出しの方は写真が異なっていて、コーヒーカップは派手になり、隣にはタバコではなく、簡易エスプレッソの器具が置いてある。その奥にあった白いバラが赤く変わっている。テーブルクロスは白いものの、なんだか時代が随分進んでしまった様子がしてちょっと嫌な気分がある。コーヒーはただ苦いだけの様な気がする。
やはり昔の方が絶対良い。

昨日の深夜、ちょうど修理で上がって来たばかりの、相場30万以上の、通称「ツノ」と呼ばれている旧タイプのオルトフォンで聴いた。この作品と同じ時代の世界トップクラスのカートリッジは、聴くとサウンドの柔らかさが際立って、ゾクッとした。

アメリカの豪華な時代の、強い女の声でありながら、しかし、しみじみと憂いを保った歌声におじさんは痺れた。
これこそ、モノラルで聴くレコードだ。

うーん、これは自分で買いたい。
ほ、欲しい!

CAROLE KING
2012/01/25

CAROLE KING “TAPESTRY” A&M ODE SP 77009 USA
こんなレコードが入ってきたので、先日のロック繋がりから掲載。
このレコードは昔、大変ヒットした。昔と言っても70年代初頭なので、個人的にはそれほど古くは無い。
彼女の飼い猫が一緒に写った、素足の彼女の写真であまりパッとした感じはない。
だが内容は大したもので、当時の若者・学生に大人気となった。
キャロル・キングを知らないと文化的に恥じというほどの人気であった。
マニアックな私は、渦巻きの柄の内袋が嬉しかった記憶がある。
袋で喜んでどうする?

ところで、このアルバムはどのくらい売れたかというと、発売3ケ月間、本家アメリカでも大ヒットを継続し、ずうっと1位だったとかで、当時のグラミー賞も受賞した。ヒットチャートで継続した1位は凄い。
CDも含めると今までに2000万枚売れているらしい。

ヒットした人気曲は1曲目の「I FFEEL THE EARTH MOVE」や「IT’S TO LATE」更にB面1曲目の「YOU'VE GOT A FRIEND」なのだが、へそ曲がりで、かつブラック・ミュージック系の私は、B−3の「WILL YOU LOVE ME TOMORROW?」がここに収録されていることが何より嬉しかった。
それで購入したようなものである。
この曲は、最初「The Shirelles」という3人の女の子のグループが「Will You Still Love Me Tomorrow」と歌っていて、夜のラジオで、私と共に高校生活の苦しさも悲しさも味わってくれた歌なのであった。
それが10年後に作った本人が歌ったわけ。

だから「TAPESTRY」は私の思春期の思い出が、思い起こされた一枚であり、かつ今となっては、70年代の思い出の一枚なのである。
なんだか考えると、話が2重になってしまい、よけいに面倒になってきたので止めよう。

http://www.youtube.com/watch?v=eBFpOlUlH2g&feature=related

RON CARTERのこんな
2012/01/24

RON CARTER with ERIC DOLPHY "WHERE?" NEW JAZZ 8265

今回の話は、ちょっと面白い。
買付で送られて来ていた箱の一つをやっと空けていると、中からこんな物が出て来た。
ジャケットの裏に赤いマジックで番号が書かれていて、20/6/63と日付まである。こんなに大きく書いてヘンだなと思いながら盤を取り出すと、なんだかラベルの上部に黄色で大きいシールが裏表に貼ってある。
派手なシールなので、思わず見ると「R.T.B − B.R.T.」とある。
どう考えても、チェコスロバキアのレーベル兼放送局の事に間違いない。
という事は、このレコードはチェコのRTBで63年に購入して保管されていた物である。
再発されたかどうかは解らなかったが、なんだか嬉しくなってしまう。

こんな話で面白がって喜んでいるのはきっと私だけで、あまりウケない話だろうな。
と思いながら、個人的には嬉しい。

雪が降った
2012/01/23

新宿の深夜、積もらないだろうと思ったが、結構降っている。
雪もたまに降ると風情があるな。



足跡は 雪夜の路地の 突き当り 

ラジオの低迷
2012/01/22

昨日、知り合いと最近はテレビの人気も低迷しているという話になった。
ネットの普及がそうさせたのだそうだ。

そういえば、79年に流行った曲。
「Video killed the radio star」(ラジオスターの悲劇)(UK)

50年代あの頃、僕はずっとラジオの君に夢中だったんだよ、と語りかける歌。
ビデオとはビデオテープやデッキの事ではなく、テレビの事を指す。
要するにテレビが出来て、当時の憧れだった「映像もなく、顔も見えない声だけのラジオの中のスター」はもはや生きる道が閉ざされた悲しみに対して、憐れんだ歌なのだが、皮肉な事に、この曲はイギリスで初のビデオ・クリップとしてテレビで流された歌なのだそうだ。
邦題はラジオスターの悲劇と日本的な柔らかなひょうげんだが、本当はビデオはラジオスターを殺すとはっきり言い切っている。

そう、自分がラジオを過去の遺物として葬り去っていながら、懐かしさを強調しているという、実に確信犯的な、恐るべきイギリス人の意地の悪さがよく出た歌なのだ。

今聴いても実に「ナウイ」曲である。

知り合いによると、この曲イギリスなどでは大ヒットしたのだが、面白い事にアメリカではヒットチャートにすら上がらなかったのだそうだ。
分るような気もする。


たまにはジャズでない曲も良いかも。
http://www.youtube.com/watch?v=Iwuy4hHO3YQ

中小企業のこと
2012/01/21

知り合いの美容院の先生と話をしていて、なぜか店舗展開の話になった。
なぜもっと店の数を増やさないのか、という私の質問に対し先生。
「昔ね、修行時代に店長が売り上げからお金を抜いている現場を、偶然に目撃してしまい、そんな事が出来るのかと思った。それ以来実はそういう店員が沢山いる事も知った。それ以来店を適任がいないような気がしてね」。

レコード屋でも結構そういう噂は多かった。
最近はそんな噂が消えたが、例えば一番面白かったのは、新宿のレコード屋の店員は盗ったレコードを渋谷のレコード屋に売りに行き、渋谷の店員は新宿に売りに行く、という噂が広がった事もある。

また、レコード屋某店の店主との話では、真面目で良いヤツは気の利かない社員である事が多く、ちょっと気の利いた社員は優秀だけに着服だの、ノウハウを盗んですぐに独立されてしまう等、帯に短し襷に長しだそうで、本当に良い社員に出会ったら業務拡張のチャンスなのだそうで、それほど社員人の力は大きいのだそうだ。
一度でもちょっと大きくなった会社は必ず社長が、社員の優秀さと合わせて信頼性を上げている気がする。

とにかく窃盗の問題と同様に、店員による着服もまた、小規模の商店の経営を圧迫する事になる。
それと逆に、優秀な社員の存在は、企業成長の最重要の課題なのである。
という事は、教育もまた重要な事になるな。

雪が降る
2012/01/20

今朝、雪が降った。
新宿にも少しだけ雪が降った。
出勤しながら上の方を見上げると、高層ビルの上の方が見えない。

しかし、大したものだね。
雪で煙って、下からビルの上の方が見えないとは大した高さだ。
と言う事は、上の階に住んでいる方々は、ちょっと雪が降っただけで下界が見えないのだな。
地に足がつかない生活という事はこういう感じかな?

お笑い
2012/01/19

続きでお笑い界の事

当時、日曜日の昼の番組で「大正テレビ寄席」というライブ番組があった。
東急文化会館(今は無い?)の地下の映画館・東急レックスで寄席の一部として1時間番組として放映されたもので、司会が牧 伸二。
ウクレレを片手にちょっとキツイ政治風刺などを入れながら、漫才、ロンパリルーム、バーゲンだよ、などいつかのパートに分けられていた。
今のように客が一度にワッと押し寄せる事がなく、時々フラッと言っても入れた事が結構あった。

舞台にはその後大活躍の、ドリフターズ、コント55など漫才コンビが沢山出ていて高レベルの番組であった。
ドリフターズは加藤茶が、しっかりドラムを叩いていて、もちろんドタバタやって笑いを取るのだが、大したコミックバンドであった。
志村けんはまだ居なかった。

私は、テンヤ・ワンヤの「おばあちゃんの法事で岡山へ行ったの」「なんでいったの」「だからおばあちゃんの法事で」「なんでいったの」「だから〜...」と泣くと「なんで行ったんだ」って、「新幹線」....。何度見ても可笑しい。
何を言っているいるのか解りにくい東八郎は、本人の「オレのは要所は解るだろ..」というものの、はっりき解らない江戸っ子なのに岩手生まれにしか思えない台詞も面白かった。
玉川カルテットの「金もいらなきゃ、女もいらぬ、私しゃも少し背が欲し〜い...」もやっぱり何度見ても可笑しい。
司会の牧伸二が舞台に上がった子供たちの引き取りにくる親の事を製作担当者というのだが、子供の中には自分の親の事を製作担当者と言うのも可笑しかった。

観客が、腹から笑える笑いと、心に沁みる笑いが一杯あった。
最近のテレビは一発芸。あれね、瞬間的に笑うのは観客には結構負担なのだ。付き合って笑わないといけないから、所詮キャバクラの姉ちゃんと同じレベル。

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