HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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HELEN MERRILL
2012/02/09

HELEN MERRILL "WITH CLIFFORD BROWN" EMARCY USA
例の人気盤なのだが、今回は「いつもと違うのボク!」と威張りたい。
7インチ盤3枚セットである。

やっと揃ったEP3枚。
まず順番に並べる。

まず1番バッター "HUSH" featuring HELEN MERRIL EmArcy EP-1-6103
ジャケットには筆記体で「HUSH」と記載され、盤には「HUSH featuring HELEN MERRILL」と記載されている。
写真は腕を組んで上から降りてきたマイクに向かい、やや顔を斜めにして口を開け、歌っている。
良い図柄である。素晴らしい!
曲は人気のの「You'd be so nice to come home to」。
一番に相応しい。

2番手は、"Helen Merrill" EmArcy EP-1-6104
裏ジャケは大文字でHELEN MERRILLとなっている。
曲は「Yesterday」「Falling in love with love」
これも歌に文句はない。
写真はLPと同じ写真が使われている。
三枚の内これが最も激しい表情の写真で、眉間に皺を寄せているショットである。最も接近して撮った所が迫力のある写真となったのであろう。
へそ曲がりの私でも、写真の凄さに素直に頷くことが出来る。

どん尻3番目の最後の一枚は、"Helen Merrill"EmArcy EP-1-6105
なぜか盤のアルバム・タイトルは"SOUL feat.HELEN MERRILL"とされているが、ジャケットにはどこにもソウルという記載がない。
曲はムードいっぱいの「What's new」。
写真は最もサラッとしている雰囲気のショットである。

3枚の写真はそれぞれ、出来が良く、彼女の美しさ、ブロンドの髪の美しさ、ムードある歌の雰囲気がそのまま耳の奥で鳴って聴こえそうなほど、写真としても完璧で非常にそそられる。

このEP3枚が揃うのは実に珍しい。

開店してすぐの頃、アメリカに買付に行った時。
地下の倉庫に入れてもらった。
一生懸命に探したが、良いLPが見つからなかったが、このEP3枚とSARAH VAUGHANのこのシリーズのEP3枚と、JULIE LONDONの有名盤のEP3枚をセットで見つけ、意気揚々とカウンターに行き、ハイッと差し出すと、店の意地悪な親父が「これはどこにあった?」
「どこそこの箱の中に」
「3枚揃っているから、これは高そうだ、今は売れない」
「.....」
ということで、引込められた事があって、私にして見れば恨みのEPなのである。
そういえば、レコード探しで同じ経験として、STAN GETZのSPで某レコード店では探してくれてありがとうといわれ、引込められた事もあるから、本当はセットにして見せないで、一枚づつ購入しようと誓った物の、そんな状況にはあれ以来、出会った事がない。
それ故、とても嬉しい。
嬉しいな!

人生色々
2012/02/08

歌舞伎町の入口で久しぶりにある人を見かけた。
といっても知人ではない。
だが、一度だけ声を掛けられた事がある。

20年も昔の事、勤務先のオフィスが渋谷にあった頃、昼休みでセンター街の辺りを歩いていると、後ろから声を掛けられた。
振り返ると中年の女性「どこかでお目に掛かりましたよね」と。
もちろん知らない人なので「いいえ」と返事すると、あっさり「あ、そうでしたね」。
オカシイと思いながらよく見ると、可愛らしい普通の奥様風で幼稚園くらいの、女の子の手を引いている。
1週間ほど経った時、その女性は私に接したように、通りがかった中年男性に声を掛けていた。
その時そういう仕事をしているのだと確信した。

そういう事態になると、喜んで女性と一緒に歩き始めた中年男性もいるが、中には「なにか困った事があるなら、一緒に区役所にも行って上げますよ」と、とても真面目に説得する初老の男性もいたが、そういう事には笑いながら「いえいえ、困っていませんから」とあっさり引き下がる。

私もよほど渋谷の街をブラブラしていたと見えて、度々そんな光景を目にしたのだが、会社の同僚も目撃していて、話題になったのは、いつも手を引かれて大人しそうに歩いている女の子の事。何しろ雨が降ってもそういう事をしていたから。

その人は数年おきに新宿でも見かけた。
もちろん、もう子供は連れていない。
今日は歌舞伎町のバス亭のベンチに一人でポツンと座っていた。
服装も相当荒んでいて、精神的に病んでいる様子。

私はその女性がよくここまで生きて来たと、ある意味安心しながらも、もう30歳近くになっているはずのあの子供が、今はどうしているのかと気になって仕方がない。
それは当時、その母親は女の子をとても大切そうにしていて、雨の日は子供の方に傘を傾け、寒い日は寒くないかとコートのボタンを留めてあげたり、もうすぐだからねと声を掛けたりして、常に寄り添ったとても仲の良い親子だったから。
手をつないだ二人の後ろ姿が忘れられないからである。

食事はどうしていたかとか、学校はどうしたとか、気になって仕方が無い。
あの子供だけには「あなただけは幸せになる権利があるんだよ」と、言ってあげたい衝動にいつも駆られるのである。
だからと言って子供の消息を聞くわけにもいかない。

私は同情しながら、どうしようもなく、ただ人生色々だと つくづく思う。

ギャラの話
2012/02/07

読んでいた本に面白い事が書いてあった。「黒人ばかりのアポロ劇場」。

黒人ばかりだが60年頃の、アポロ劇場でのミュージシャンの出演料を書いてあったので、写して置いた。

マービン・ゲイは、63年900ドルだったのが、69年には22,500ドルになった。
ナンシー・ウィルソンは60年に500ドルだったのが、62年に1,500ドル、69年には10,000ドルに達した。
レイチャールズは57年に12名の団員込みで4,500ドルだったのが、70年に30,000ドルになっていた。
ジェームス・ブラウンは59年は2,500ドルだったが、すでにちょっと大物扱いだったのだが、その後の数字が書かれていななったがトップクラスの価格になったと、ようするにもうアポロなど出演していないと言う事か。

その稼いだお金の使い方も豪快で、男は皆ギャンブルと酒と薬で使い果たしたそうだが、面白かったのはサラ・ヴォーンで、彼女は自分用のと、夫兼マネージャーのと、メイド用の3台のキャディラックを運転手つきで保有していたという。更に出演の時は美容師を乗せた4台目のキャディラックが続いたという。
アメリカのバブリーで楽しい時代だ。
70年に入るとスターたちは賢くなり投機に回すようになり生活もしっかりしたそうだ。
カネがあれば使い切ってしまう面白い時代、狂乱の時代は終わったのだった。
音楽もジャズも昔は良かった。

そういえば、日本のジャズメンのギャラ。
ちょうど15年ほど前に聞いた話。
某サックスプレイヤーはワンステージ300万だと言われたのだが、その後にプラスがあり、どこそこに寄付金を50万程加算してくれと。
某歌手はワンステージ400万、その前にニューオーリンズの大洪水があった時で、そこへの50万程を寄付金として加算してくれと言われたという事であった。
寄付は自身でする事であり、客に請求するのは筋違いとカチンときて、出演交渉は打ち切ったそうだ。
これも日本がバブルの後とは言えまだ、良かった時代の話である。
今はミュージシャンも大変だろう。

畳化
2012/02/06

「畳化」という言い方があるらしい。
何と読むのか見当がつかなかった。
フローリングの床に畳を敷くのかと、しばらく考えたがどうもしっくり来ない。
結局ネットで調べたら「タタミカ」とそのままの読みで、畳化とは、日本の習慣などに同化した外国人やその行動の様子を指す単語で、外国人による造語だとか。
それも日本人が使うのではなく、外国人の間で理解される単語だとか。
日本人には「日本人の知らない日本語」という漫画だかドラマなどで広まった言葉らしい。

日本語もインターナショナルになったものだ。
造語といえば女子高生だけだと思ったら外人もかと感心した。面白いものだ。

本に
2012/02/05

時々、読んでくれている知り合いに、日記を本にしたらどうかと言われた。
売れることは無いだろうから、せめて自分のためにという事なのだそうだ。
売れない事は解っているが、本には出来ない。
印刷物には出来ない。
なぜかというと誤字脱字が多いから。
残念!

日記なので、読み直しはしない。
入力して変換ミスがあっても読む人は大体判るに違いないと思い込んでいる。
偶に親切で指摘してくれることがあるので、そんな時にちょちょっと直すくらいだ。
大体、私のは本にするほどの物ではない。開き直っている内が華かも。

小村雪岱
2012/02/04

ずっと「小村雪岱」の『日本橋桧物町』という本を探していた。
それがやっと見つかった時のこと。
ちょうど去年の今頃、それが不思議な事にスェーデンはストックホルム。
日本ではなく、1万キロも遠く離れた、日本語でない国にあったのが不思議。

泊まっているホテルの周囲を散歩していると、ふと日本語の看板がある。
こんなところに日本語の看板だから寿司屋かと思いながら入ると、雑貨や本も売っている。
暇つぶしによいかと思って見ていたらそこの本棚にひょっこりあった。
それもバーゲンコーナーの50円くらいのコーナーで。

うれしくなって、日本から持って来ていた本5・6冊を全部差し上げてきた。
しかし不思議だ。


小村雪岱(こむら・せったい)
明治の川越生まれで、戦前の日本画家・挿絵・舞台美術など手がけた。
日本橋檜物町に住み、江戸から受け継いだ街や人の風情をきれいな文で書いていて、読んでいると自分が恥ずかしくなる。

「たい」という字が袋ではなく岱なのだな。
田山花袋は袋なのに。
関係ない話になった。

エスプレッソ
2012/02/03

2・3日前の事。
近くのコーヒー屋に朝の散歩ついでに寄り、エスプレッソを注文した。

いつものお姉さんは、ちょっとお待ち下さいと、まず、一杯を抽出したがそれは、そのままにして置く。
おやっと思い観察。
挽いてあったコーヒーはすべて別容器に取り去ると、新たに豆を挽く。
曳き立ての新鮮なコーヒーを詰めてようやく入れてくれる。
プシュー、カチッと音が響いたような気がする。

その味の美味しい事。
私は三口で飲む。抹茶の時のように。
しっかり苦いが切れの良い苦味で、胸が上から下へすっきりする。
底に残った半溶けの砂糖を小匙ですくう。
美味しいコーヒーと心意気に感謝。
良いバリスタになれるよ。

なんだかイタリアに来たような気持ちだ。
エスプレッソはこれでなくちゃ。

スキャット
2012/02/02

一昨日、NHK深夜TVで由紀さおりの大ヒットの映像を見た。
坂本九ほどではないにしても日本人もニューヨークでヒットするのは久しぶりだ。
最初はネットのダウンロードだけのヒットだったのが、日本の報道が勘違いしてビルボードで1位などぶち上げた、それをテレビで見た日本人が遅れてなるものかとCDを買いだしたのが今回の成功だとか。
いずれにせよ素晴らしい事。
ヒット曲「マシュ・ケ・ナダ」を聴いたのだが、日本語でイチ、ニー、サン、シーと数を数えるのだが、おかしくて思わず吹き出してしまった。
どうしてイチ、ニー、サン、なのかな?

しかし、こうなると私は「伊集加代子」のスキャットを聴きたい。
私の願いは、伊集加代子に「Metti una Sera a Cena」(註)のスキャットをやって欲しい。

因みに伊集加代子は、かつての、子供は見るなと怒られたあの「イレブンPM」のスキャットの人である。
インスタントコーヒーのシャバダーのスキャットも。
子供のアニメなのに父親が泣いたと言われた「ハイジ」の主題歌も。

(註)
「Metti una Sera a Cena」はイタリアのサウンド・トラック、邦題「ある夕食会のテーブル」。
Ennio Morriconeのサントラ傑作で、スキャットはイタリア人歌手Eddaの傑作である。


(youtubeではたくさん見つかる、インストルメンタルのはお薦めできるが、取りあえずスキャットだからこれを)

http://www.youtube.com/watch?v=xCq43OK92ws

送りん婆
2012/02/01

寒くて、何となくやる気も出ず、近くの喫茶店に行って本を読んでいた。
朱川湊人という作家の「花まんま」という文庫本。
読んでいたら「送りん婆」という言葉が出てきた。話しの中ではあの世に送り出す婆さんの事らしい。

それならば私は「見送りババア」という言葉なら知っている。
ずっと前の事、ある社長とキャバクラに行った。
我々は4人いたのだが、ちょうど週末で混んでいたのか、私の隣には30歳半ばを過ぎた落ち着いた女性が座ってくれた。
珍しくキリッとした感じで個人的には、気に入っていた。
それを見た社長が、マネージャーを呼びつけて、強い口調でしきりに話している。
マネージャーが「解りました、早く替えるようにいたしますが、今日は混んでいるのでしばらくかかるかもしれません」と頭を下げている。要するに社長は、キャバクラは若い子が横に付いてくれるのが当然だと考えているようで、私に気を使って、若い子に替えろと交渉しているのだった。

でも私は、話が合わない若い姉ちゃんよりも、落ち着いたお姉さまの方が気が楽だし、特にその彼女は今時珍しい大人の雰囲気であった。ってやっぱり大人だから当り前か。いやいや今日日大人になっても子供のような馬鹿は多い。
ゆっくり出来る彼女の方が個人的には良いし、替える必要がないので、これで良いと言った。
それにも拘らず社長「いやいや、気を使って、無理しなくてもいいですよ」と。
そうこうしている内に社長が切れてマネージャーを呼びつけ、すぐに替えられないとはどういう事だ、こんな「見送り婆」を付けてどういう気だ、と大声で怒りまくった。
その時、その女性は顔色一つ変えることなく、ごめんなさいと一言言って、さっと立ち去ったが、すっくと立ち上がり、姿勢よい去り方が見事で驚いた。
こういう所には気合が入った女性がいるものだと感心したと同時に、その時初めて「見送り婆」という役柄を知った。
客が帰る時に、盛大に見送るための要員というか、マネージャーと言うか。

私の話は、なぜ小説からキャバクラに変わるのかな?

何?もう一度、あの後一人で行ったんだろうって?
行かねーよ!
女の子が白けないように話しかけて、笑わせて、疲れた頃には財布も空。
キャバクラはもう沢山。
 

喫茶店 月光茶房
2012/01/31

青山の近くを通りかかったので、キラー通りにある喫茶「月光茶房」に行く。
ここは私の好きな通り「外苑西通り」に近いのが良い。
ただ、この辺りは駐車料金がコーヒー代より高いから気合を入れて行かないと。
階段を降りると中庭がある、暫くぶりの風景だ。
相変わらず清潔な店で、誰がデザインしたのかと聞きたくなるアーティスティックな店内。
もちろん店主の才能。

カウンターに無造作に立てかけてあった、新しく購入されたレコードを見せていただく。
BUDDY DEFRANCO “ART TATUM-BUDDY DEFRANCO QUARTET” VERVE
TONY SCOTT “PLAYS GYPSY” SIGNATURE
TOMAS STANKO “MUSIC FROM TAJ MAHAL & KARLA CAVES” LEO(Finland)
HENRI TEXIER “A CORDES ET A CRIS” JMS (France)
等があったので、センスの良いチョイスですねと褒めたら、「これは昨日ハルズで購入したものですよ。」と、いわれた。恥じ。
そういえば昨日は体調が悪い事にして早引けしたので、お会いして無かった。

仕事中で忙しそうだったけれど、どうでも良い事を、さんざん話しかけて邪魔をして帰ってきた。
邪魔をするのは楽しいものだ。

こうして外からの目線で考えると、ウチのレコードのラインアップも悪くないと、一人でうれしくなった。
自己満足で...

http://home.catv.ne.jp/ff/pendec/

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