| ギャラの話 | - 2012/02/07
- 読んでいた本に面白い事が書いてあった。「黒人ばかりのアポロ劇場」。
黒人ばかりだが60年頃の、アポロ劇場でのミュージシャンの出演料を書いてあったので、写して置いた。
マービン・ゲイは、63年900ドルだったのが、69年には22,500ドルになった。 ナンシー・ウィルソンは60年に500ドルだったのが、62年に1,500ドル、69年には10,000ドルに達した。 レイチャールズは57年に12名の団員込みで4,500ドルだったのが、70年に30,000ドルになっていた。 ジェームス・ブラウンは59年は2,500ドルだったが、すでにちょっと大物扱いだったのだが、その後の数字が書かれていななったがトップクラスの価格になったと、ようするにもうアポロなど出演していないと言う事か。
その稼いだお金の使い方も豪快で、男は皆ギャンブルと酒と薬で使い果たしたそうだが、面白かったのはサラ・ヴォーンで、彼女は自分用のと、夫兼マネージャーのと、メイド用の3台のキャディラックを運転手つきで保有していたという。更に出演の時は美容師を乗せた4台目のキャディラックが続いたという。 アメリカのバブリーで楽しい時代だ。 70年に入るとスターたちは賢くなり投機に回すようになり生活もしっかりしたそうだ。 カネがあれば使い切ってしまう面白い時代、狂乱の時代は終わったのだった。 音楽もジャズも昔は良かった。
そういえば、日本のジャズメンのギャラ。 ちょうど15年ほど前に聞いた話。 某サックスプレイヤーはワンステージ300万だと言われたのだが、その後にプラスがあり、どこそこに寄付金を50万程加算してくれと。 某歌手はワンステージ400万、その前にニューオーリンズの大洪水があった時で、そこへの50万程を寄付金として加算してくれと言われたという事であった。 寄付は自身でする事であり、客に請求するのは筋違いとカチンときて、出演交渉は打ち切ったそうだ。 これも日本がバブルの後とは言えまだ、良かった時代の話である。 今はミュージシャンも大変だろう。
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