HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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LESTER'S HERE
2012/03/15

LESTER YOUNG “LESTER’S HERE” NORGRAN 1071

これまた素敵なレコードが入荷。
51年の彼の代表作の一枚である。
ジャケットは正にレスターヤングそのものを表現していて、彼のトレードマークである帽子(ポークパイ)、が彼のテナーサックスのケースかどうかは分からないが、上蓋を開け、その上蓋にちょこんと掛けてある。
ケースから、サーやるかと楽譜がなりげなく置かれている。
「Of Me」とだけ読み取ることが出来る、All Of Meと言えば分かりやすいと思えるが、音楽の解るお客、数人とも話し合って楽譜を読もうと努力をしたが、どうしてもAll Of Meとは読めなかった。だがセッティングから行けばそういう事にするのが一番自然であろう。
楽譜と一緒にハンカチがフワッと置かれている。
手前にはコーラの空き瓶。相当古い空き瓶である、今ならコカコーラ・コレクターが欲しがる年代ものである。
コーラの瓶の口には吸いかけの両切りのタバコが置かれ、かすかに煙が漂っている。
静物画としての画面に唯一の動きが与えられ、そこに彼すなわちレスターが休憩中ではなく、休憩から立ち上がって、演奏にとりかかり、仕事中であることが伝わって来る。彼がこの画面の中にいない事が即ち、彼が存在し、彼が現在演奏中である事を示しているのである。
素晴らしい仕掛けである。

いや、見れば見るほど素晴らしい仕掛けになっていて、画面は全体が、茶色と深いグレーの色に統一されている。
深いトーンに落ちているところがいかにもジャズというかブルースというか、「深さ」がジャズにはいかに重要かと伝わる。

DAVID STONE MARTHINのイラストのジャケットも良いが、こういう写真のジャケットもここのレーベルは見せ場を作ってくれる。
ジャズマニアの私などでも、涙を流して喜ぶツボを掴んでいる。

曲はルージーなサックスのサウンドが終始流れる。
恋とてルージーな味わいで、日本男児の張り切った恋とは大分違う。
ガキの恋などもう面倒と言わんばかりの、大人の恋がある。
恋に落ちた後は勝手にしな、と言わんばかりである。
子供には解らないだろうな。

この人のジャズはいい!

PASSAPORTO PER L'ITALIA
2012/03/14

VA “PASSAPORTO PER L’ITALIA” RCA-VICTOR PML-10319
(CHET BAKER, HELEN MERRILL & OTHERS)
VAという事は、Variety Artistなので色々なミュージシャンの音楽の寄せ集めという事になる。
ただちょっと違うのは、HELEN MERRILLやCHET BAKERが2曲づつ収録されている点が大きい。

アルバムは「イタリアへのパスポート」というタイトルで、飛行機が飛び立つ写真である。ちょっと安易だがよしとしよう。
真っ青な上空に向かった飛行機を下から仰いで撮った写真が気持ち良い。
機種はダグラスDC−8であろうか、60年代の主力旅客機である。
残念ながらアリタリア航空かどうかははっきりしない。
でも飛行機の写真のジャケットは気分が良い。
その飛行機に搭乗したつもりで聴く事が出来る音楽はというと。
チェットベイカー、ヘレンメリルのジャズ関係のほか当時流行のポールアンカ、ニールセダカ、ペレスプラード等そうそうたる世界のスター達が並ぶ。
世界のスターたちに交じってチェットとヘレンメリルがいるという事はこの二人がいかに、当時のイタリアで人気が高かったかという証明でもある。

ところで本題のチェトの曲は「IL MIO DOMANI」「SO CHE TI PERDERO」。
ヘレンメリルは「NESSUNO AL MONDO」「ESTATE」の計4曲。

上記4曲の為に買っても惜しくない好演奏の重要作品という事になる。
二人ともイタリア語で唄っていても違和感はない。
チェットの曲は当時EP2枚に分かれて発売されていて、ヘレンメリルはEP1枚に収録されている。それらのEPは非常にレア盤なのでこれ一枚で聴けるのも悪くない。

因みに、ポールアンカ、ニールセダカの計4曲も60年代ポップスが好きならこれまたイタリア語で唄った貴重な録音という事になる。
もうひとつ、このアルバムを聴いて発見することがあるはずで、それはチェットが他の当時の世界的スターと比べても、とても歌がうまいということである。きっと感心して、チェットのボーカルを見直すに違いない。

というレア盤の話。

プリアンプの事
2012/03/13

夕方、カートリッジ屋さんが来て雑談。
ちょうどカウンターで試聴していたレコードのジャケットを手に取られて、「これ、これ」という。

ジャケットの下の方に、何やら表が作ってある。
良く見ないと、なんだか解らないかもしれない。

レコードを聴いた時に、プリアンプの高音のツマミの位置、低音のツマミの位置、左右のバランスのツマミの位置を記しておくメモなのだそうだ。

一枚一枚レコードはすべてバランスが違うもので、それが当たり前なので、持ち主によっては小さなメモを貼り付け、位置を記入していた事もあるらしい。会社によってはこのようにメモ欄を作ってくれていたようだ。

戦後、アメリカでRIAAカーブに統一されたが、技術者により音の作りがかなりバラつきがある。
私も時にはかなりツマミを動かすときもある。
そんな状況を分かっていて、こうしたサービスをしていたレコード会社ってエライ。

マニアの方も、こういうカードを作りメモしてジャケットの中にでも放り込んでおけば、便利で良いかもしれない。
ま、それが本当のレコードの聴き方なのかもしれない。


2012/03/12

休憩に行った喫茶店に数名おばちゃん達が屯していて、会話が聞こえて来た。
「昔はさ、米穀通帳が無ければお米も買えなかったのよ」
「そいでさ、住所が無けりゃ米穀通帳がもらえないのよ」
私も知っている話題だ、嬉しいな。

戦時中から戦後にかけて、米穀通帳ほど幅を利かせた身分証明書はない。
米を入手するだけでなく、身分証明として最も権威ある証明書だったのである。引っ越ししたらすぐ役所に米穀通帳の申請に行った。
米穀通帳は紛失などすると再発行も困難で貸与など処罰の対象になったほどだそうだ。
旅行や寿司屋などでちょっと多い米を使う料理の場合、米穀通帳が必要だったという話を寿司屋の女将さんに聞いた。

私は子供心に記憶があった。
家では米屋の通い帳と一緒に戸棚にしまってあった。
家でも米は作っていたが、田んぼが小さく一年を通しては自給が無理で、夏前には米を買いに行っていた。だから3・4か月分くらいは買っていたことになる。
でも味が不味いからと、母親が貧しい生活でありながら配給米を嫌がった。
それほど不味い米だったのだ。
また当時は貧しいながら、配給米を食べることを恥として、近所の人たちも一生懸命に少しでも良い米を食べるように努力をしていた。
小さな見栄のせいか、時々お米屋さんが訪ねて来て「そろそろ払ってくれんかい?」「もうちょっと待って...」などという会話も覚えている。
母親は生活費を入れない夫に苦労していたらしい。
立派に貧乏だった。

震災
2012/03/11

あの日はここで営業中だった。
地震の最中にも中国人などがキャーキャー言いながら階段を伝わって外に飛び出して行った。
収まった後は、放心状態で道路の真ん中に立ったままの人、路面に座り込んだまま恐怖で動けなくなっている人々の群れ。
車はもう走れない状態だった。
やがてパトカーが出て整理が始まった。
こんな光景は見たことがなかった。

東北震災は地震、津波、原発メルトダウン、と大変な被害をもたらした。
水不足から始まった放射能の不安との戦い。
今だ復旧の見込みも立たない津波の跡。
あの日から今日で一年。
頻発する地震。

ここに来て、4年以内に70%の確率で東京にも地震が来るはずとの予想。
去年より大きな地震が東京に来る。

こうなったら。
いつ死んでもいいように覚悟を決めて置こうと思った。
でも、私のような年寄りはいいけど、若い人たちが可愛そう。

入口と出口
2012/03/10

昨日、オーディオの趣味の人と話をしていて、面白い話になった。

オーディオは入口と出口が肝心。
ふんふん、カートリッジとスピーカーかと想像して相槌を打っていると、「アンタね今、針とスピーカーだと思ったでしょ」
「うん」

ところが違うのだそうで、レコードとスピーカーなんだって。
入口としてオリジナル盤や良い音のレコードが一番大切だと。
そりゃそうだ、料理だって素材の悪いものはどうやってもダメ。

出口は直接耳に働き掛けるから良い物がいいと。

なるほどね。

みなさん、レコードを買ってね。
説得力なかったな。

JOHN COLTRANE INFINITY
2012/03/09

JOHN COLTRANE “INFINITY” IMPULSE AS9225

当時このレコードの発売に関して、レコード会社においてはコルトレーンのラスト・アルバムとしてであったと思う。それで購入した記憶がある。
私はこのアルバムを聴いて非常に感動した。コルトレーン・ファミリーの音楽センスに敬服して聴いた。

所がコルトレーン愛好家の間から、こんな作品を作りやがって。という意見が持ち上がって来る。
この作品は65年から66年に渉って録音された作品に、アリス・コルトレーンが彼女自身の演奏によるハープのパートとストリングスを重ねた事による。
もっというと、CHARLIE HADENのベースがJIMMY GARRISONのパートにリプレイスされている箇所もある。
それがコルトレーンの演奏のオリジナリティーを傷つけたという批判が相次ぎ、大きなというか、マニア間における論争になった。

ヘソ曲りの私は、賛成であった。それはコルトレーンの音楽の方向性が垣間見えるからである。
よくコルトレーンのファンの間において話がある。それはもし生きていたら音楽はどうなったであろうか?という疑問。
フリージャズに行ったと言う人。
いやアセンションの後はしばらくしてから、ハードバップに戻るという人。
それらの論争は、想像の中でしかないと思われるが、考えて見ると、それらの疑問を解くカギは2つある。
その理由は行動を共にしてきた人たちのその後の音楽。
ひとりはPharoah Sandersで、彼の音楽を聴いていくと、コルトレーンの先にあるのかなと思われる演奏に出会う時があって、時々ハッとすることがある。それは前衛的でもなくハードバップでもなく、自然な音の流れの中に見つけられる。ところがメモをしておく癖が無いのでどの曲と言えないのが情けない。
もう一つはアリスで、特にこのアルバムがそうなのではなかろうかと思えるからである。
彼女のハープはコルトレーンの望みでもあったらしく、その集大成してこの作品はあるのではなかろうかと、私は思うのである。
それが自然である。
そんな気になって聞くと、このアルバムはやっぱり彼のラスト・アルバムなのである。

このアルバムのデザインもそれほどハイセンスとは言えないが、宗教観などを重ねると、意外に納得させられるのである。

教育県
2012/03/08

受験の話から、出身地である長野県の高校の偏差値を調べて見た。ひまだな。
なんと最高峰と言われた、南部の松本深志高校と、北部のエリート長野高校の偏差値が66。
これって全国のレベルに合わせると、100位内には入っているといった程度。
いやはや、東京に来たら結構良いと言われる程度。
以前はかなりのレベルだったと思われるが、これはひょっとしたら長野県の教育レベルの凋落に関係していないか?

なぜなら、以前実家に帰った時に、県の子供の学力低下が著しく、県別ランクでは下から数えた方が早い所にいるのだと、会った数人が自嘲気味に話していたから。
昔は、教育県と言われていた事もあるが、今は昔の物語になったようだ。
淋しい限りである。

子供の頃、教師から何かにつけて聞かされた教育県としてのプライド高い話。
寺子屋から始まった熱心さ。
明治も早い時期から開校した小学校の数の多さ。
白樺派と呼ばれた自由と純心な教育運動。
など、どこに行っても山の中にありながら進学にも熱心で、教育県という自負を教えられて来た。
その代表として、全国的にも結構なレベルだと思っていたら、トップの高校の偏差値が66では、もう、県全体のレベルも押して知るべしかもしれない。出身者には昔のプライド今いずこ。
といっても、昔の故郷の事で心配してもどうしようもない。

じゃ、お前の高校はどうなんだと?
統廃合ですでに無い。
残念。

超ド級
2012/03/07

昨日の日記で「超ド級」などと古い単語を使ってしまった。

この「超ド級」はキーボードで打っても一発で出て来るから凄いが、本当は「超弩級」と昔の漢字で書く。

説明すると年寄りは話がくどくなっていけないが、分かっていて説明しよう。
明治38年(1904年)日露戦争で憎きロシアのバルチック艦隊を破った日本に対し、列国海軍は戦艦の力恐るべしと、日露戦争に学んだイギリスなど大型戦艦の幕開けとなった。その時の戦艦が「ドレットノート」という戦艦で、そのドを取って、超弩級と当時のマスコミが作ったらしい。
なーんだ?
そんなもんですマスコミは。

しつこいので話は続く。
日露戦争勝利の後、聯合艦隊は東郷長官の「勝って兜の緒を締めよ」の言葉を持って解散する。
このキリリとした言葉は戦国の時代からある言葉だが、これ以来日本中で流行った。
戦後には藤猛というハワイ生まれの英語ボクサーが日本に来て世界チャンピョンになった、その時の言葉が「勝ってもかぶってもオーシメよ」と言ってしまい「大和魂」と共に大流行したのである。
グレート東郷もガックリ。

そうそう、勝って兜の緒を締めよ、の後に海軍に流行った言葉は、月月火水木金金。本当にしつこい?
ウチの店の合言葉のようだが、ロンドン軍縮会議で煮え湯を飲まされた日本が軍備の不足を補うのには人の訓練あるのみとなった事による。
日本人の精神主義一本やりの無理を承知の猛訓練となったのである。
歌は軍歌だが、昭和40年代にはドリフが歌って子供に大流行した。

歌は世につれ、世は歌につれ。




スピーカー
2012/03/06

ユニット名 : KlangFilm KL-L307-11 10inch フルレンジ

知り合いのHさんという、オーディオのプロがいる。耳と腕がいいので色々と相談に乗っていただいている。
Audio-Fabさんにも面倒を見て頂いているが、こちらはカートリッジの入り口関係。Hさんは出口関係。このHさんは本職は本屋さんでプロではないが、レベルはプロ。アドバイスと物探しの能力が素晴らしく、アドバイザーとして、幾多の超マニアの為に機器の修理・選択・購入と助けになって来た。自分のお金で買って聴いて来た人だからこその説得力がある。ブランド品の説明を出来る方は多々おられるが、そうでない品々にも精通し、使い方をパッと閃く方は少ない。
本職になって欲しくない人、ナンバーワンである。失礼!

そのHさんから「こんなスピーカーを見つけちゃったよ」と連絡があって行って見ると、スピーカーがユニットだけで転がっている。
「たった25センチ?箱も無いし、これだけじゃ試聴にならないでしょ」
「いや、いやそう言わずにまず聴いてよ」
で、近くあったCDで試聴。
それが、なんだかアタックが良い、低域も出る。コーン紙が薄く、パリッとした音でジャズにもイケル感じ。音から感じるミュージシャン・楽器の大きさがしっかり出る。
むき出しでこれだけ鳴れば上等だし、よくペアで揃ったものだ。
そこで初めて興味を覚え、改めて型番を伺う。
Klangfilm KL-L307-11 だと。私はマニアではないので聞いたことがない。
ドイツのSiemensの古い40年後半から50年始め製作ではなかろうかと思われる、25センチのフルレンジで15Ω、映画用のスピーカーである。15Ωという所がいい。
真ん中が薄いオレンジ色に塗ってあるのが愛嬌。
当時は持ち運びに便利なように手提げの箱入りも作られたようだが、音的には平面バッフルが良いらしい。
平面バッフルじゃ家の中に持ち込むと見栄えが悪いから嫌だなと我がままを言っていると。

ちょうど、他のスピーカー用に作ったエンクロージャーが実験失敗だったとかで、その余っていたバックロードホーンに入れて見るかと。
直感の一つにスピーカーの後ろ姿が綺麗だから。
なんでも試してガテン。
それが意外にも具合が良い。
バックロードは使える。
将来はツイターでも追加するかもしれないが、取りあえずこれで聴こう。

本当はD−130を購入しようかと思っていたが、こうなるとは。
恐るべきドイツの工業力。

ところで、オーディオは決してデカくなく、普段の生活の中に音楽がある事。これに尽きる。
オーディオルームはあったに越したことはないが、無くとも生活の中で家の人達も一緒に音楽を楽しむことが出来る装置が良い。
普遍性が重要だ。

解る人がいるはずだが、一人でオーディオルームで聴く音楽は決して楽しくはない。行き詰まるというか、修行のようになってしまう事がある。もちろんそういう芯の強い人はそれで結構。
だが音楽とは楽しめないといけない。このレコードはここが良いねとか、次は私の好きなレコードとか、そういう時が音楽は一番楽しい。
そういう環境が大切。
超ド級の装置でなくとも、人肌のぬくもりのある装置が、その人の感性を磨いてくれるし、長く趣味が続く方法でもある、音楽の趣味の人には。

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