HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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手洗い
2012/03/01

私はトイレに入るときに、先に手を洗う習慣がある。
それは以前の仕事から来る。

旅行会社にいる時に発券(TICKETING)と呼ばれる業務にいたことがある。
仕事の内容は、運賃計算と国際航空券の発券。
運賃はIATAと呼ばれる航空会社の世界的な組織があり、そこの約款に元づいて発行された分厚いタリフがあって、それの複雑な規則に基づき計算をする。そして発券をする仕事である。
以前はコンピューターやプリンターがまだ無くて、すべて手書きの航空券だった。それが赤いカーボンが塗ってあって、一仕事すると指先など真っ赤になる。そこに大人数の団体旅行の発券でも入ると、それはそれは大変だった。

ある社員はワイシャツに着いたらしく、帰宅して奥様に赤い色はなんだと、口紅かと問い詰められ、事情を話したが納得してもらえなかった。
シャツだけでなく、パンツも赤くなっていては問題でないはずもないが、結局その後毎日パンツも赤い色が付着していたので、納得してもらったそうだ。

というわけで、指が赤いままでパンツも赤くなっては具合が悪いので、先に手を洗うようになったのだ。
それ以来一仕事した後は、先に手を洗う。

どうでも良い話だった。
風邪のシーズは手洗いが一番という事で。

ストーンズ
2012/02/29

ジャズの話ではない。

ランチタイムから帰って来ると、従業員が暇を良い事にROLLING STONES"GET YER YA-YA'S OUT"を掛けている。
「なんだよ、これ」
「いや、ヨーロッパで見つけたので、自分用に」
「ち、ちょっと、ちょっと自分用じゃまずいだろ、会社の金で出張したんだから」
「....」
「じゃ、オレが買うからな、な?」
「6、000円だったけど.....」
「はい、はい、はい、6000円、じゃこれで」
強引に畳み掛けてと。

という訳で、強引にゲット。
欲しかったんだ、オリジナル英国盤のこれ。
私の青春の一枚だな。

ストーンズはいいね。
ブルースだもんね。
サウンドに汚らしさがあるもんね。
でも、ちょっとだけ洒落てるもんね。
男だもんね。
アメリカに一泡吹かせちゃてるもんね。
会社なんかかサボったっていいもんね。
これ聞いたら昼からビール飲んじゃうもんね。
不良だもんね。

これを聞くと気が大きくなって、オレって、オレでも、オレでさえ不良になれるような気がする。
今でも。


電気自動車
2012/02/28

最近の自動車のCMを見ていると、電気自動車のCMが目に付く。
あんなのがカッコいいの?
私は、本当に自動車会社はそれで良いのかと心配している。
電気の消耗が激しいとか、充電に時間が掛かるとか、そんな心配もある。
アメリカのように広大な土地では電気では不安が消えないはずである。
そういう話は置いといて。それより自動車会社がエンジンを捨てるという事は、どういう事かと考えたい。

なぜなら私は、自動車はエンジンが全てと思って来たからである。
エンジンの良い会社の自動車は売れたのである。信頼性があるから。
自動車メーカーの最も大きな仕事と言うのはエンジンの生産であって、その部品たるやかなりのパーセンテージに上がる。もし電気自動車に替えると、自動車メーカーはエンジン部門の人員が不要になる。そうすると何十万の膨大な数の失業者が巷に溢れることになる。
日産自動車など、本当にそれで良いのかと私は心配で仕方がない。

モーターの製造に人員配置などと考えるのは無理があって、モーターは電気メーカーの仕事なので、それは所詮無理な話。
逆にモーター部門を持つ電気メーカーが自動車産業に進出するのは目に見えていて、そうなると今の数倍の自動車の販売合戦が待ち構えていて、価格競争が激化する。

そんな状況で自らがエンジンを放棄するとは私は信じがたいが、そういう会社の本当の企みはわからない。
エコブームの便乗だけではそこまではしまい。

日本という国は明治維新の際も武士が、武家社会を自ら破壊したのが、私は不思議でならないが、ここにきて日本の中心的産業の自動車メーカーが自らエンジン製造を放棄して、それが時代だとして平然としているとなると、やっぱり日本人って不思議な国民だと考えてしまった。

自殺願望か、滅私奉公か?
そういう血なのかもしれない。

誰か、本当の狙いを教えて欲しい。

仰げば尊し
2012/02/27

もうすぐ3月、卒業式のシーズンだ。
私の大好きな映画のひとつで、高峰秀子の映画「二十四の瞳」。卒業式のシーンで歌われている「仰げば尊し」を聴くと、今でも思わず泣ける。恥ずかしいので人前で見ることが出来ない映画である。
学校嫌いで、かつ出来が悪るかった私と言えど、卒業式の歌は「仰げば尊し」が良い。
これは譲れない。

ところが最近の学校は、この名曲「仰げば尊し」を歌わないそうだ。
びっくり仰天で、ネットを検索すると、出てくるは出てくるは歌わなくなった理由が。
封建的だとか、良心の安売りだとか、強制は自由を侵すとか、民主的でないとか、中には、教育基本法10条1項に抵触する不当な支配だと頑張る者など、もう歴史的に継続した事への反発は留まるところを知らない。既に歌われなくなっていて、もはや議論の余地など無さそうなものだが、それでも今なお、皆さん真剣な反対論でいっぱい。
特に2番、「身を立て 名をあげ」は立身出世で戦時中を思い起こす、との言いがかりも立派な主張とみえる。あなたは戦争を知らないでしょ。
私などこの年齢であっても、今から身を立て、名をあげもう一旗挙げたいが、
現代は己の未来が「名も無く貧しく美しく」が、希望なのであろうか。きっとそうなのだろう。

やっぱり日教組かと怒りに震える手で、なおもキーを叩くと時々あれっと思うような話がポツポツとでてくる。
それは、日教組絶頂時代もこの歌は歌われていたので、政治的な問題では無かったのではないかと。なるほど冷静だ。
むしろ先生方が、それほどの唄を歌っていただく事の方が恥ずかしいと遠慮する風潮があったのだそうだ。それに加え子供が文語調でない親しめる歌にしようとした、そういう側面もあるらしい。
どうもこれが良い意見かもしれない。私の一人合点がいけない。

しかし、日本人の奥ゆかしさが、とんでもない方向に進んだものである。ちょっと複雑な気持ちになった。

では代わりに何を唄っているかと言うと。80年頃の「贈る言葉」から始まって、まあその、要するに歌謡曲を歌っている。
卒業式に歌謡曲を歌っている方が安直で子供の将来のためにならないと心配になる。

そもそも「仰げば尊し」が教師のみに感謝と思う所が先生方もPTAも大間違い。
私は学校が嫌いで、ついでに先生方も好きではなかった。中学の時には授業中に先生から妾の子と言われた事もあるし、朝のホームルームの時間でも態度の悪さを、私を指して話していたから。

兎に角、学校が一番の嫌いな物・場所であった。毎日、日曜日になる事を願って生きていた。 
そんな私でも、卒業式の時にはあの歌が良いのである。
それは卒業に当たっては、保健室の先生、給食のおばさん、実習で来た可愛い先生、妊娠して途中休職の国語の先生、左翼の先生、一回だけ頭を撫でてくれた教頭、もう少し頑張れば成績が良くなるはずだと家に忠告しに来てくれた同級生のおばさん、道で会うと「行ってらっしゃい」と声を掛けてくれた近所の人も、それらの人すべてが師なのである。
「我以外皆師なり」なのである。それら全てを含めて学校なのである。
それらを嫌ったり、わがままだったり、反発ばかりしていた自分への反省の念も込めて、和菓子の恩じゃなくて、わが師の恩なのである。

例が古い映画ばかりで、例としていかがと思うが映画「ビルマの竪琴」で水島が竪琴で弾く「仰げば尊し」は戦友に対する感謝と別れの苦悩の心である。子供の心はそれと同じなのである。
それ故、学校嫌いの私でも、感謝の念を込めて「蛍の光」と「仰げば尊し」を精いっぱい歌い、心にこの日を忘れる事なかれと、祈る事が出来るのである。
それを教師が自分に対する感謝と真に受けてどうする。PTAが反対してどうする。
そういえば卒業式に和菓子をくれたな、紅白の。あれは校長の駄洒落だったのか?モトエ。

一度、きちんと音楽について考えて頂きたい。
子供が何十年か経った時、はたして歌謡曲が良い思い出になっているのだろうか。
だから音楽=カラオケになってしまうんだ。

子供も反対?
じゃ、しょうがねぇ。

ネズミ出現
2012/02/26

ここの所、新手のネズミが出て来て、多いときは5匹ほどでゴミを漁っている。
今日もビルの下の方でガサガサ音がする。
忍び足で1階に下りて見ると、ゴミ袋の中に3匹も入り込んでいる。
コラッと声を掛けると、急に人が現れてびっくりしたのか、袋から出口が判らなくなったらしく中でウロウロ。
袋の口を持って持ち上げるとパニックに陥りグルグル回るだけで、ハツカネズミの水車状態。
しばらく眺めていたが、コンクリの床に下してやると、慌てて一匹づつ逃げて行った。
ネズミといえど行動を見ていると可愛いものだ。

退治して猫がいなくなるとネズミが出る。
これは自然の摂理だ。

忘却
2012/02/22

日記を書こうと毎日思っている。
思っているがいざ書こうと思いパソコンの前に座ると、何も出て来ない事がある。
今日あった事を忘れているのだ。
朴念仁の私でも一日生きたからには、何かある、あったはずである。たとえば近所の弱そうな野良猫をこれまた近所の大きな飼い猫が人家の屋根の上に追い詰めて盛んに脅していたとか、どうでも良い事であっても、何かはある。
それが毎日忘れている。

人生の一日をそれほどまでに忘れる物かと考えると、きっと生きた一日もまた、夢と同じなのだと思うようになった。

きっと人生は夢のように美味しい所や、夢の中の恐怖感のような際立った所だけを記憶して、後の事は忘れながら生きて行くのだろう。
忘却とは忘れ去る事なり、って昔のドラマにあったな...。
私は単に忘れっぽくなっただけだが。

人生は 夢のごとしと リンゴ食う 

牛肉
2012/02/21

牛肉の話で...
夜遅く行った新宿の奥地にあるレストランで食べたステーキがエライ美味しかった。
美味しいものは高い。けれど、それはかなり安くて肉が大きくかつ厚い。
レコードと同様に厚いのは好きだ。

思わず、どこの産地かと聞くとアメリカ牛肉だと。
アメリカにしてはシットリ感があって柔らかく、噛み応えが柔らか過ぎず硬過ぎず、味も良いと感心していた。

実は、料理の仕方に一味あって、仕込みにポイントだと。
ある野菜のタレを作って、一定時間漬け、揉んでおくのだそうだ。野菜は彼の秘伝。
ちょうど良い時間に引き上げると、水も滴る良い牛肉になると。
漬ける時間が長いと肉が解けてしまうと。
私があまりシツコイのか、笑いながら「教えてあげますよ。何度も失敗しますけどね」と。
本当はとても面倒なのだそうだ。
そのひと手間に感心してしまった。

アメリカの牛肉を焼肉にすれば これが本当のヤンキー肉(ヤキ肉)
なんちゃって。
最近キレが無いなー。

牛肉続きで、牛黄清心丸の話
2012/02/20

牛肉の事の前に、その前に漢方薬の事。
写真の薬を知っている人は余程の漢方好きか、薬局の人とか。
中国で作られた「牛黄清心丸」という。ごおうせいしんがん、と読む。このような小さな容器や、蝋の容器に入っていたりと有難さが如実に出ている。
紙を剥がすと金にコーティングされた大きめの丸薬が出てくる。味は非常に不味い。
この薬、早い話が強壮剤であるが、大変ありがたい薬で我々のように年齢が来て体の疲れが取れない時、体力が落ちた時には非常に効果がある。心臓の病気の方も服用すると良い。なにしろ心臓の薬、救心丸と同じ種類の薬であり、更に一瓶分の強力だと思えばよい。
一度、飲みに行った店で、たまたま隣に座った年配者が、病院であと3年ですよと言われたのだが、私はこれで心臓が治って、酒も飲めるようになったと自慢していた。
精神的にドキドキしたり、アガッテしまう人にも効果はあるとされる。
ユンケルなどのドリンクよりよほど効果があることは間違いない、
ただちょっと高価で一つが3,000円する。

ところで、「牛黄」とは何かというと「牛の胆石」である。
胆石は人間にも出るから、牛にも出るが、当然症状の出る確率は低い。100頭に1頭以下と言われる確率で、漢方の世界では金より高いと言われる所以である。
かつて中国でも薬用に賄っていたし、日本でも取れた。牛は沢山いるから当たり前だった。
所が現在、中国でも日本でも胆石は入手不可能になった、業者の競争がきついからではなくて、牛の飼育方法の変化が問題なのである。
本来、当然のことながら牛は自然の草を食べていた。ところが美味しい肉を取るために人間が牛の体に悪い物を色々食べさせる。脂肪が付くエサ、成長が早いエサ、病気にならないエサ、人間の為に美味しくさせるエサ、これらのエサを食べて育った牛の胆石は、自然な状況に無いため、薬として用をなさない。その飼育方法は日本人が考案し、肉が味しいと絶賛され、中国からアメリカにまで飼育方法が広がっていて。言って見れば牛の「不健康」さが世界中に蔓延している事になる。
現在、世界中で農薬の掛かっていない自然な良い草を食べているのがオーストラリアだけなのだそうで、そのオーストラリアの牛から取れた胆石、すなわちオージー「牛黄」が金相場を超えているのだ。

そこで牛に戻って。 柔らかい物ばかり食べるようになって、顎の筋肉が弱くなった我々日本人は、胆石さえも使い物にならない牛の肉を有り難がって食している事になる。
人の知恵で揉みくちゃにされた肉が美味しいと思わされている現実。
人工的に作られた自然ではない牛肉の方が人間の好みになっている現実。
これは一大事。

という話をグルメと自慢の友人に話したら、「オーストラリアの牛肉?あんなのは青臭いんだよ」と一蹴された。流石グルメ、草を食べて育った牛は青臭いと言い切った。
だが、それが自然である証拠。
人工的な味に慣れてしまった我々がもう一度自然の味に戻れるのかと、考えてしまった。
日本人はもう戻れないかもしれないな。
日本は、スローフードにも積極的だが、実はエコとか自然とかに、最も遠い国かもしれん、とちょっと落ち込んだ。ホントに。

牛肉の話にしては話が長すぎたな。
今日は気合が入ったんだ。

バーガーキング
2012/02/19

昨日、仕事が終わって店を出たのが11時。懐かしいイレブンPMだな。それは置いといて。

何か食べようと歩いたがどこにも当がないので、歌舞伎町入り口付近に出来た、「バーガーキング」へ。
ガラの悪い夜の歌舞伎町は歩きたくないが仕方が無い。

「ワッパーとコーラ」を注文して、トレイを持って席に向かう。
ふと気が付くと、外国人の一人だけの客が意外に多い。
これって、私が出張に行っている時、ヨーロッパなどのバーガーキングの店内で見る光景と同じ。
私もそうだが、一人でレストランに行けない客やお金がない一人客がこうして夜のハンバーガー屋にたむろしている。
こういう人達が醸し出す孤独感は、よその国の人達である事を如実に示していて、同じ旅行者同士として一目でわかる。
また上手く表現できないがアラブや有色人特有な生きる力とでも言える、独特の「目つき」があって、弱い日本人の目つきとは違う感じもある。

でも、以前の日本ではこういう光景はなかった。
国際化で外国人が増えたのか?それともお金の無い外国人が増えたのか?
空港の中の店のようなハンバーガー屋が出て来たのだな。

そういえば、バーガキングはヨーロッパに行くとアンガス・ビーフというスペシャル・メニューがある。あれって結構気に入っていたので、日本でもやって欲しいな。
クリントンが大統領の時に日本にもアンガス牛肉の売り込みがあったらしいが、ヨーロッパでは定着したらしい。
アンガスビーフ、美味しいと言えば美味しいかな。
牛肉の話になっちゃった。

オルトフォン・カートリッジ
2012/02/18

カートリッジの販売

オルトフォン 
AB−25D
通称「ツノ」
モノラル

50年代のデンマーク製のモノラルカートリッジ
写真の通り、カブトムシのような角があるので、ツノと呼ばれている。

写真の通り、横位置で2ピン。
縦位置のアームにはジョインットが必要となる。

今月の初めに、カートリッジのプロ「オーディオ・ファブ」にて針の確認及びダンパー交換済。
動作に問題は無し。

中低音がしっかりした素晴らしい音。

20〜30万もしていたらしい。


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