HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| AL HIBBLER-ROLAND KIRK | - 2012/04/08
- ROLAND KIRK -AL HIBBLER “A MEETING OF THE TIMES” ATLANTIC 1630
ROLAND KIRKは20代の頃から好きで、店頭で見つける度に買い続けてきた。KINGの初リーダー以外は全部持っていたと思う。 そのうちに誰かが、アメリカから来たビデオテープ見たら、サックスを何本も咥えていたぞという話をして、皆ぶっ飛んだ。それはカッコ良いという事になり益々好きになり、日本での不人気の割には発売枚数が多くて驚いた。 そのうちに中古でゴミの様な値段で見つけたのがこれ。 家で何気に聴いたところ、いきなりの迫力にこれまたぶっ飛んだのである。
このレコードはROLAND KIRKにAL HIBBLERが招かれての録音という感じで、濃いサングラスで、くしくも盲目の二人が演奏しようとした瞬間の様子を描いたジャケットである。KIRKの首にはサックスのストラップだかなんだかジャラジャラと掛けられ楽器の鬼と化そうとしたところの出で立ちには、これから一波乱も二波瀾もありそうな気配が漂う。 二人の姿に恐る恐る、盤に針を落とせば、いきなり奇をてらったRON CARTERのベースのブーンから始まり「Do nothing till you hear from me」いやエリントンの得意ナンバーだ。HIBBLERは何度この曲を唄ってきたのだろう。勝手知ったるエリントンナンバーのオンパレードに彼は気を良くしていたに違いない。2曲目の「Day break」ではKIRKのクラリネットはまるでエリントン楽団にいるかの様な錯覚に陥るほどの上品さ。次の「Lover come back to me」これはHIBBLERのヒット曲、全盛時を思い出しながら丁寧に歌う。年齢を重ねた渋さと人生の味が出ていて、KIRKもアルトサックスもシンプルに追随する。 次のエリントンヒット曲「Don’t get around much abymore」バスに乗りながらで全米を何周した事であろうか、そんな思いが伝わってきそうなエリントン楽団色の濃い歌をしっかり歌ってゆく。KIRKのテナーがまた見事に唄う。
この作品ではKIRKはHIBBLERを立て只管に雰囲気を作り、サウンドの陰を補い、空白を埋め、陰になり日向になり、作品の進行と建設に尽くす。こんな姿の作品は他に聞いた事がない。そういう意味でも、音楽でも人生でも先輩に対する並々ならぬKIRKの思いが伝わる作品で、リード楽器の一つ一つに一流のサウンドを持っている事が確認できる。更にB面の頭ではエンディングで循環奏法も聴かせてくれる。彼がこんなに上品で柔らかなトーンのプレイヤーだっとのかと驚くかもしれない。
人生の傍らに置いて頂きたい一枚である。
このレコード、1年前に入荷した時は小さいが深い傷があって針が飛んだ、2度目に入荷した時は盤がヒートダメージがあった、今回はジャケットにカットの切り込みがあった。3枚併せてようやく一枚にまとまった。レコード屋の商売は思ったより儲からない。解ってくれないだろうな。
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| HAWKINS! ALIVE! | - 2012/04/07
- COLEMAN HAWKINS “HAWKINS! ALIVE!” VERVE V8509
楽しいレコードが入荷。
ジャズを代表する作品というと大袈裟になってしまうが、楽しくて感心させられるアルバムと言うと中々あるものではない。開き直ってジャズはエンターテイメントである、と言い切ってしまうと、この作品などナンバーワンに躍り出てしまう可能性が高い。 楽しさだけでなく本当に良く出来た作品なのである。
HAWKINSは1904年生まれで、ずっと一線で活躍してきた。いわばアメリカン・オールスターの一員であった。アメリカだけでなくヨーロッパでもそれは・それは人気のスターだった。 それが戦後あたりに現れたBE-BOPに注目をしたか、モダンジャズにも移行しようと努力した形跡があって、当時の若手のジャズメンと沢山演奏をしている。一流と言われる人たちは時代の流れに敏感だったとも言えるが、何より時代と共に、自分の芸術も変わって行こうとする意思の素晴らしさに私は感動する。
これは62年のニューヨークでのライブで、ピアノがトミフラで彼の巧く合わせるタッチも良いが、ここはMAJOR HOLLEYが特大ホームランを打ちあげ、この作品の聴き所の大きなポイントになっている。 A面の頭で「All the things you are」で快調な演奏を聴く、聴く人みな興奮してきて、次の「ジェリコの戦い」で興奮状態は頂点に達する、という仕組み。A面だけで十分というか、個人的にはA面しか覚えていない。それほどの衝撃で、思わずベースに合わせてハミングしている人もいるはず、いや嘘は付かせない。 それほどサックスの音色、メロディー、それに被さるドーンと弾いたベースの音色と独特のハミングが、一度聴けば病み付きになる程の、印象的な大作品でかつ世紀の一枚である。
この後、彼は数枚のアルバムを残し、あまり演奏することもなく69年に他界する。 考えると、この作品が最も輝いた最後の作品になったのだろう。燃え尽きたのかも知れないと思ってしまうのであるが、この作品はそんな事でシンミリさせてくれず、乗れ乗れと観客がけしかけられてしまう凄さがある。 こうして考えるとタイトルの「ホーキンス!生きてるぜ!」という付け方も正にその通りで、あまりのピッタリさに納得してしまうのである。
当店も開店当時は値札に、この作品を聴いて感じる所が無かったらあなたの聴き方が間違っている、等と生意気な事を書いていたのだが、恐縮だが本当にそんな気がするのである。
70年代のスイングジャーナルを開くと、彼の必聴盤として「High and Mighty Hawk」などの他は、とても聴く気になれない日本プレスの古い作品ばかりでうんざりしてしまうのに 、我々の世代は真面目にあんな二度と聞かないレコードを買って、ばか真面目に勉強したと思うと本当に自分を褒めてあげたい気持ちになった。 その時分には、こういう作品は推薦盤にもなっていなかった。
今回の写真はステレオ盤で。
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| 桜咲きそう | - 2012/04/06
- 今年は寒くて3月の終わりになってもまだ梅が咲かず、湯島の梅見も楽しくなかったと嘆いていた人もいた。
それでは桜の開花も遅いと思っていたのだが、今朝散歩してみるとあちこちの桜が咲き始めていた。 やっぱり年度初め、入学式の頃にさくらは咲くんだなと嬉しくなる。 日本って良い国だ。
それにしても一昨日の嵐が桜の咲く前で良かった。 今日は週末で天気も良いから花見客が繰り出すかもしれない。 タクシーの運ちゃんたちが儲かるといいな。
そういえば新宿の庭園、新宿御苑の桜もまた見事なのだが、ここは酒の持ち込みは禁止で閉園が4時半頃、花見には情け容赦のない公園だな。
「お花見は 桜も咲けや 酒も咲け」
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| シンコ | - 2012/04/05
- 私は魚があまり得意ではない。と言って食べられない訳ではない。
だが魚ばかり続くとあの生臭さがどうしても越えられない時があって、自分では牛肉が一番のご馳走となってしまう。 それでも時々は寿司屋に行きたい。 何がそうさせるのかとずーっと考えていてふと思った。 それは「シンコ」が食べたくて行くようなものなのだ。 シンコ(新子)はコハダ(小肌)の稚魚。 コハダは江戸前寿司に無くてはならない魚で、酢で〆て握ってもらう。ところが酸味と生臭さが一緒になってしまうと私はこれもまた苦手である。
新子の場合は、小さいので臭みも少なく酢でさっと〆るだけで良い。決して味が一番というわけではないが、夏の季節に、今年も食べられることが出来たかという喜びと気合が感じられて良い。 昔の年寄のように、夏はこうでなくては、と言いながらニコッと笑って食べているような年齢に、自分もなったのが嬉しい。 新子のシーズンは夏だけで、それこそ今年も夏が来たかという熱気と夏のウキウキ感に加え今年も生きて来たという己に対する感慨が一緒くたになって、新子の味わいと共に満喫できる。 身が小さい分一貫を握るのに2・3枚付になる。そこもまた良い。 こんなに小さいのを食べて可哀想と言いながら、口に放り込む。 「思わず、お口がパラダイス。」
所が最近は九州で取れただの何だのと早い内から出回ったりする。そうすると有難味も薄れる。 東京の夏の風物詩では無くなるのが嬉しくもないが、商売はお互い様だから仕方ない。
いずれにせよ、今年も新子が食べられると思うと嬉しくなるのである。 まだ、初夏には間があり過ぎだった。 イカン イカン
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| 教育 | - 2012/04/04
- この間、オーディオ雑誌をパラパラと捲っていたら、「以前、雪が解けると春になるという素晴らしい感性の子供、云々」と記事に出くわした。
教育の事など私は苦手だし、出番ではないのだが、つい書かずにいられなくなった。
昔、教師叩きの材料に使われた嫌らしい文句が、まだ生きていたとは驚いた。 知らない人がいては話が 進まないので一応触れたほうが良いかもしれない。
小学校の理科の授業で、雪が溶けると何になるという問題で、ある子供が春になると答えたところ、バツになった。 それを見た主婦がなんと風情のない感性の分からぬ教師だとやり玉にあげ、それが朝日の天声人語にも載ったとか、載らなかったとかで、あっという間に日本を駆け巡った。 その後は、くだらない話として鎮静化したと思っていたら、今も人間の情の部分で使われているようだ。
私が最初にこの話を聞いたのは、たしか30何年も前の事、中央線松本行きの電車のボックス席の向いに座った、私の出身校やら自分の子供の学校自慢までとても教育熱心と思われる主婦から聞かされのだった。「あなたはどう思います?」と得意げに突然聞かれ、なんとなく相槌を打ってしまったのであった。 その後、この話は理科の問題という肝心な部分が省かれたり、そのうちに作文にとって代わられたり脚色され、教師憎しの風潮の旗印になってしまったのである。 中には冷静というか立派な人がいて、「雪が溶ければ水である」と正解が出され、当たり前になった。
これがゆとり教育の象徴ともとれる出来事の一つだったのかもしれない。 あれは一体どういう風が吹いたのだろうかと、今でも時々思い出しては不思議な気持ちになる。教育が安易に語られた時代の象徴的な話だったのかもしれない。 だが人間の風情とか、優しさとかいう部分は、きちんと勉強した人や真面目に生きた人にこそ生まれるもので、口から 出まかせの中途半端な意見が誉められるのは、テレビのお笑い芸人くらいであろうか。
人間の本当の風情とか情とかいう物は、真実あってこそ生まれるのであろうかと思う今日この頃。
今日は真面目だったな。 自分で言うのもなんだが、今日のは他人が書いたような日記だった。
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| めだか | - 2012/04/03
- 聞いた話。
家の玄関にメダカの瓶が置いてあって、近所の子供たちが時々覗いている。 一度は子供たちが、メダカの学校の歌を歌っていた。 それが先日、その中の幼稚園に上がるか上がらない子供に、「このメダカはいつ蛙になるの?」と質問されたそうだ。 可愛いと思う間もなく、思わず困惑してしまった。 しようがないから「この前、お姉ちゃんとメダカの学校の歌を歌っていたでしょ。オタマジャクシでは無くてメダカって分かったのでしょ。これはオタマジャクシでは無くメダカ。だからね、蛙にはならないの」と思わず強く言ってしまったと。
因みに、その子の父親はその子に対して「勉強ばっかりしていては、人間は駄目だぞ」と言って聞かせているとの事だった。
やっぱり勉強しないと駄目だ。 うん
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| 寿司屋で | - 2012/04/02
- 昨日は夜遅くなり、疲れて寿司屋。
ちょうどそこに海外からの旅行者ご婦人3人に添乗員。 板さんと身振りで会話している割には、好き嫌いもなくお任せで順調に食べていて、私の所に順番が来る頃には、御櫃も空になる見事な食欲。 もうお腹もいっぱいとにっこり笑って言うには、これ以上食べると、皆様の食べる魚が無くなってしまうから。 あなた、すでに無くなっているでしょ。
何処から来たかと聞けば、中国の上海の奥の方から来たと、今日は銀座の超高級有名ブランドで値札も見ないで、時計をいきなり買ったとかで、お金に動じない流石の銀座の店員も驚いたと豪快に、にっこり笑ったその笑顔の人相の良さ。 ついでに、車は家族で10台持っているが、スポーツカーとしてフェラーリ所有と得意そう。フェラーリはサスが固いので乗っていると疲れるけど、走りが楽しいというあたり、どうも本当に所有している様子。
ファッションはカジュアルというより、昔のシブカジをもっとアットホームにした感じで、250万の高級時計とはバランスが今一つながら、それこそ余計にリッチ感が滲み出て、羨ましい。 日本も昔はこんな事もあったね、等と話しながら、よくよく考えれば、ちょっと海外旅行に行ったとて、そこまでリッチだったかという話になった。
そういえば日産のゴーン社長の給料が2・3年前に8億円だと言われ、庶民の反感を買った。今は日本の社長もそのくらい取っている人は沢山いるが、バブル当時の頃などびっくりするほどの高給取りの社長もいなかったように思う。 そういう意味では日本人は、社員に篤くして一億総中流だった時代もあったが、決して一度の海外旅行で1千万も買う人たちが、ぞろぞろいた程とは思えない。 日本人は出世して上に立っても、とても良い人達だったのだと改めて思った。 今の社長さんたちは別だから。
中国人添乗員の中国は貧富の差が大きいからと、寿司に醤油をたっぷりつけて頬張るのを見ながら、社会民主主義のかけらもない国だと納得してしまった。 あれ、日本が社会主義で、中国が資本主義だったっけ。
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| 爪が割れる | - 2012/04/01
- 最近よく爪が割れる。
カルシゥム不足かも知れないし、冷え症の影響かもしれない。
そのままにしておくのだが、割れた箇所が服などに引っかかって余計に割れてしまうのが困る。 さてどうしたものか。
団塊草食系は弱いんだ。
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| 消費税 | - 2012/03/31
- 今朝TVを見ていたら、消費税増税法案の閣議決定について何とかという政治学者が「消費税は弱者にきつい」と述べていた。周囲もウンウンと頷いていた。
本当に消費税は弱者にきついのかな?増税自体がきついのは弱者も強者にも同様ではなかろうかと私は考えてしまった。 消費税は沢山お金を使った人が沢山払う仕組みで、使っていない人は支払いが少ないのではないか?例えば税率5%なら毎月50万消費した人は25,000円の消費税を払い、毎月10万しか払っていない人なら5,000円しか払わなくても良い仕組みである。ある意味平等でありかつ支払う金額の貢献度が実質的にちがう。
一方、所得税の税率は、300万円の所得の人は10%の税率だが、1000万の所得の人は33%と税率に開きがあり、まるで罰則の様に稼いだ人に厳しくなっている。 金額にすれば、控除があったとして各々約20万円と176万円と支払金額の開きは大きい。 頑張って稼いだ人が、より多くの高い率で払う事になり、稼いだことが空しくなるような仕組み。そういう言い方は良くない、ここは社会に貢献しているわけ。
消費税はそういう意味で弱者に優しい税率と考えるのが真っ当ではなかろうか。 もっと弱者に優しくしたいなら、所得税率を下げれば済む話しである。子供手当も子供がいる人の税率・控除を新たに決めれば良いだけである。
消費税増税が正しいか正しくないかの前に、論点をずらすような解説はいたずらに国民を混乱に陥れるだけだ。
ところで現実に戻って私の場合は無い袖は振れない状況。 もう払えません!
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| カラオケ | - 2012/03/30
- 知り合いに誘われて、仕方なくカラオケ・スナックに行った。
ギラギラした雰囲気も好きじゃない。知らない人の素人の歌など聴きたくもない。
毎日毎日店で、朝から晩まで音楽を聴いて、そこに何かを見つけ、値札に一言書こうと思っている内に、音楽があればなんでも聴き入ってしまうようになった。 それがカラオケといえどそういう聴き方になってしまうようで、、余計に素人の歌の嫌な所が気分が悪い。 職業病かな。
でも、うまい素人より、下手なプロの方がマシだと思うようになって来た。 嫌だね、素人の歌は。
もう行かねえぞ、カラオケスナック。
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