HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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尖閣列島
2012/07/29

尖閣列島の購入の寄付金が13億を超えたらしい。
日本の国土の事でこれほど盛り上がった事はかつてない。

餃子と辣油が美味しいので仕事帰りに時々行く、新宿の中華料理屋がある。
壁に大きな中国の地図が貼ってある。
その地図は中国で企画され、中国で印刷されたようだ。
いわば中国公認であろう。
前々から気になっていた国境線。
今日は客がいなかったから、地図の前に進んで、しみじみと見た。
おじさんは見た。

そうしたら、ちゃんと台湾と尖閣列島の間に赤くて太い国境線が。
なんと中国政府が自ら日本にしているではないか。
それを今更、なんという不謹慎な。

人の物を何でも欲しがるジャイアンのようになっちゃ駄目よ。
昔の欧米人のようになっちゃ駄目よ。
いや、欧米は今もだ。

CHARLIE PARKER “COLLCTORS’JAZZ”
2012/07/28

CHARLIE PARKER “COLLCTORS’JAZZ” DIAL 904

世の中に「良い物」と言う、言い方がある。
ジャズのレコードでそういう表現を当てはめて恥ずかしくない逸品とは、こういうレーベルの一枚である。

今までの私の日記にCHARLIE PARKERのレコードの事を書いた事が無い。
それは、こういう貴重な物で、尚かつ美品がほとんど入って来ない事に加え、もし入荷したとしても飾った瞬間に売れていってしまうからである。
であるから今回は壁に飾る前に、日記に掲載する事にした。

このジャケットは何の変哲もない、文字だけのジャケットである。
ただし、左上に大きく書かれた「DIAL」の金色の文字は、やや緑青が出ているものの、十分な風格である。
右上に「COLLECTORS’ JAZZ」とタイトルがこれまた金色に印刷されている。
下のほうに赤い紙が貼られ、その中に904の番号とパーカーの名前、タイトルがもう一度書かれ、その下に
「PREVIOUSLY UNRELEASED」と記載されている事が、重要な点で、これがオリジナルであることの印である。一応、53年に発売された事になる。

DIAL盤はパーカーの絶頂期の作品が10インチも含めて数枚存在する。
どれも会心の出来で音楽は今尚ジャズの頂点であり、レコードは今尚コレクターにとって頂点である。
これもオリジナルだけあって、またパーカーの絶頂期で音楽はもちろん、生々しいサウンドが目の前に聴こえてくるので、マニア垂涎の逸品である。日本だけでなく世界のジャズのマニアが欲しがる、世界の宝物である。
コレクターでこういう物をほしがらない人などいない。
もちろん私だってチャンスがあればもう一度手に入れるつもりである。


私がコレクターになった70年には、すでに見ることがないレーベルというか、誰も見た事などないレコードだった。
レコード屋さんだってほとんど見たことがない。
どうやって日本に入って来たかというと、アメリカのオークション屋からエアメールの郵便でビットして購入したから、今こうして出回ってくるのである。
そのオークション屋を、我々素人がどうやって知るかというと。今のようにebayもない時代だが、大概は口の軽いレコード屋が教えてくれる。
だが日本人同士競合して面白くないから、次は日本人の競合しないオークション屋を探さないといけない。それは洋書屋に行き、雑誌「ダウンビート」を買う。ここでピンと来る人は相当なマニアだ。雑誌の音楽批評など見もしないで、売ります買います、のコーナーで「レコード売りたし」という人を見つけて手紙を書くのだ。
そういう人達は大概はオークション屋である。たまに本当の一度だけの売り切りもいるが、ほとんどは誰かがすでにやっている。
情報とはそういうもの。
間もなくリストが送られてくるので、それを見てビットするだけである。
ただ、大概は再発盤もオリジナルも一緒くたのリストなので、再発の有無を記憶していないととんでもない物が送られてくる。そこで怒っても意味はない、知識が無い事を相手に笑われるだけである。 勉強代である。
僅かな2レターコードや3レターコードから、オリジナル度を読み取る癖はここで身に着いた。これが通販オークションの醍醐味である。
失ったお金は、その分働けばまた入ると考えて、燃えていた。
オークション屋で一人だけ物凄い高額で商売熱心な人がLAにいて、彼のはすべてオリジナルとか深ミゾとか書かれていた。後に自宅に尋ねていったが、その残骸すなわち傷盤が体育館のように広い倉庫に眠っていた。ゴミの倉庫であった。

そうやって買い集めた超レア盤のレコードのほとんどが日本に来たのであろう。
きっとこういうレコードなどは発売された枚数のほとんどが、中古になって日本に来たのではなかろうかと、私は推測する。
それほど我々は燃えていた。
私の家にも、毎週アメリカ・ヨーロッパから荷物が届いた。今思えば、現在のウチの店の入荷より多かったかもしれない。
家が3軒建ったと家族に言われた所以である。

そうそう、パーカーのDIAL盤の話が、とんでもないコレクションの話になってしまった。
今日も飛ぶ飛ぶ。

暑い、暑い
2012/07/27

1週間ほど前、しょぼしょぼ雨で少し涼しくて今年は意外に過ごしやすい夏になるのかと、一瞬思ったものの気温と湿度がぐんぐん上がって猛暑日の毎日。

昨日も、乗ったタクシーの運転手と「20年前はこんなに暑くなかった。30度を超す日は年に2・3回しかなかった」という話になった。
私の家だってエアコンは無かったが、それでも過ごせた。
あの頃は夏が大好きだった。
それは今ほど暑くなかったからだ。

TVで、熱中症で今日は何人死んだというニュースが放送されるが、これはエライ事態だ。
かといってどうしようもない。
日本もグアム島と同じような気候になって、初夏のうちから台風も来る。雨の量が半端ではない。
昔は、これほどの湿気と温度は、真夏の台湾南部や香港辺りに行かないと経験できなかったものだが、今は東京の毎日がそんな感じ。

その癖に日本の冬は寒い。
変な国だ。


「炎天に ぐったり長く 猫鳴かず」

寿司
2012/07/26

暑い夏になった。
そうなると小肌の新子が食べたい。

私は、寿司と天麩羅と鰻を食べる時だけ江戸っ子になる。
なぜか、この3つは東京料理の3大料理というか、三種の神器。
これら3つは冬が美味しいが、実は夏こそ食べたくなるのが不思議。

寿司は夏には、小肌の新子がある。東京の寿司ネタとしてもっとも寿司らしく、その子の新子はもう寿司の申し子。食べるだけでなく、季節を見る楽しみもある。お盆の頃の新子の時期の後には、今度は烏賊の新子が出る。これも楽しみである。
天麩羅は車海老を塩で食べてから、一口ビールを飲み、穴子の小ぶりな物をカラッと揚げてもらって汁につけ大根おろしを沢山のせてかぶり付く。最後にかき揚げを小さな天丼にしてもらうと、もう腹いっぱい。
鰻は、蒸して焼いた鰻をご飯にのせ、東京風のタレを少量だけにして、ご飯の白さが消えないのを、うなぎ重視で食べて行く、残ったご飯は漬物と肝吸いだけでさらっと食べ終える。胃の中で鰻が下でご飯が上に乗った満足感があるうちに会計を済ませて店をでる。
寿司は圧倒的に冬が美味しく、天麩羅と鰻はしつこい食べ物の代表格だが、これら3つは不思議に夏は夏で食べたくなる。
昔の料理人はそれぞれの季節で飽きられない工夫を凝らしていたのかもしれない。

私は長野県生まれで、母も長野出身で、父も長野の山の出だったから、正真正銘の長野県人の血で、可哀想なくらいに消すことが出来ない長野系である。
お盆なども決して東京スタイルの7月15日にはしない、たいして楽しそうでも無い7月のお盆を横目で見ながら、「日本人なら8月に統一すべき」と一言いい、かたくなに8月15日を待つ。東京の下町の雰囲気もあまり好きではない。

それなのに、なぜか寿司と天麩羅と鰻は江戸っ子にさせてもらっている。
そうならないと美味しさが伝わってこないような気がするのである。
40年以上いるから、そういう事で。
普段は江戸っ子と言わない代わりに、自分で「シティボーイ」と呼んでいる。

KENNY BURRELL “BLUE LIGHTS VOL.2”
2012/07/26

KENNY BURRELL “BLUE LIGHTS VOL.2” BLUE NOTE 1597

今日は長くジャズのレコードに関わっていて良かった、とつくづく思った。
こんなレコードが、しかもピカピカの状態で入ってきたから。

海外の知り合いが、「これ要るか?」と送って来たのが、これ。
何が違うかと言うと「DG! 深ミゾあり」。
この盤は58年の録音で1集目はすぐに発売された。だが2集目は遅れに遅れ、どうも61年辺り、4020−50盤辺りを過ぎてから、製作されたようで、1500番台のレコードと同様の形態ではないとされていたし、私も現在もそう思っている。「深ミゾ」は無くてもオリジナルであるという解釈で良いと思っている。
それが実際のところであろう。

ただ1500番台だから、コレクター心理として、どうしても通常の1500番台のものと同じものが欲しい。
そういう意味からして、オリジナルであろうと無かろうと、「深ミゾあり」は欲しい。
さらに、時々は出たことがあるので、余計に欲しい。
個人的にも、もし見つかったら売らずに持って帰るつもりであった。

実際に見ると、ジャケットの色はピンクより紫色がやや勝った、落ち着いた色調で何だか風格を感じてしまう。アンディ・ウォーホールの絵が一段と引き立つ。
コーティングもピカピカで眩しい。
ラベルには「47WEST 63rd ・NYC」と記載され、その住所を囲むように、深ミゾがくっきりと彫られていて、下方には「R」のマークは無いのでホッと胸を撫で下ろす。両手で丁寧にひっくり返すと、そこにも同様な様子が見られる。
オリジナルの条件は満たされている。
これぞ、待ちに待った1597の「深ミゾ」ありである。

演奏?
もったいなくて、聴かない。
こういうのは聴けない。
飾って置くだけで、もしご購入の方が来られたら試聴と。

そうそう、もしよければ当店の買取、ユニオンの2倍で。

かっこいい
2012/07/25

忘れない内にメモをしておこう。

「カッコイイ」という言葉を作ったのは、スタイル画家の長塚節なのだそうだ。店の本棚にあった画家の古澤岩美の本に書いてあった。
戦後の話。
死語にならないのがカッコ良い。

その後に続く流行語はほとんどがあっという間に、或いは数年で死語となる。私が便利で使っている、「ナウイ」などは、若者から小馬鹿にされるらしい。

こうしている内に思い出して来たが、「イカス」ってのは石原裕次郎からだと聞いた事がある。「シビレル」というのも、フグ(魚の)毒以外に使ったのも裕次郎だそうだ。

昔の人達は凄い。
なんというかレベルが違う。

SARAH VAUGHAN "AT THE LONDON HOUSE"
2012/07/24

SARAH VAUGHAN “AFTER HOURS AT THE LONDON HOUSE” MERCURY MG20383

サラボーンのレコードは沢山ある。
沢山あるが愛聴盤となると、いい気になってそうそう上げるわけには行かない。
5枚くらいにしたい所である。
数える気もないが、私の場合はその5本指に入るのがこれかもしれない。

58年のロンドンハウスでのライブである。
バックのメンバーが、RONNELL BRIGHT, THAD JONES, FRANK WESS 等々渋い所が揃った。
これは良いかもしれないと、思う通りの伴奏である。
彼女のライブは、いつも通りの文句なしに淡々と進む。
唄の合間に入るソロも各自、名人ばかりで今更何もコメントすることなどあるはずもない。
B面にひっくり返して、スタンダード曲ばかりで気分良く進む。
私の酒も進む。
そしてオーラスの曲、「THANKS FOR THE MEMORY」で、歌いだしで早々に、彼女は歌詞を忘れるのである。
この曲は、私だけでは無く、みんなでこれを聴いて頂きたい。

歌詞の、The Parthenon , Parthenon, Parthenon, と繰り返して、次の歌詞が出て来ない。
なんとかして唄い出す。
調子良くいくものの、途中なんだかんだとお茶を濁して、アドリブでやっていくものの、遂に諦めてダ・ダ・ダ・ダ・ディとなり、やがて笑いながら諦める。
そして彼女は「今までこんなレコーディングしたことない...」と少女のような可愛いらしい声で、こんな感じで言っていると思う。
すると観客も大受け。
かといって彼女のこういう時の歌の実力は微塵も壊れることはない。
却って親しみが湧き、歌の実力を堪能し、彼女の歌の心に触れられる。
この時のライブを見た人たちは、アットホームで本当に幸せだったのだろう。
しかし、RONNELL BRIGHTはじめメンバーはびくともせずに淡々と追随する所は聴いていて楽しいと同時に感心する。
多分、皆笑って演奏したのだろう。

私は、ここの所を何と言ったのか、耳を傾け5回も聴いてしまった。仕事が終わってもう一回。
何度でも聴きたい。

長いこと、ジャズを聴いて来て本当に良かった。
幸せだこと。

プレイヤーの事
2012/07/23

今まで、パイオニアの「Exclusive P3」という国産を使っていた。
ちょうど、友人がタップを作ったと言うのでテストを兼ねて来ていただいた。
あれこれ聴き比べている内に、話が出て、せっかくトーレンスTD124もあるのだから、そちらが本筋であろうという事になった。

友人に手伝ってもらい、ラックの上から乗せ換えた。P3は一人では持てないほどの重さである。45kgである。
翌日、友人はギックリ腰になって寝ていると電話があった。

トーレンスの124の方は、メンテナンスから帰って来たばかりで、装着したアームはSMEだが、おにぎり型ではなく初期の丸型。

現状で使用していた同じオルトフォンのカートリッジSPUだが、Aシェルに差し替えて、鳴らしたところ、しっかりして、直接的な音になり太くなった。
オーディオとして音楽を再生するという事はこういう音になるものだと思った。
判りやすく言うとステレオ盤を掛けてもモノラルっぽくなったとも言える所が面白い。
これならモノ盤、モノ盤と騒ぐ人がいるのも頷ける。

その代わりと言っては何だが、失った物もあって、今まで夢のように鳴っていた、キースジャレットのケルンコンサートは、あのふわっと空間を埋め尽くすサウンドが消えた。
愛聴盤である日本プレスの「コラ・ヴォケール」の実況盤「枯葉」も同様にステレオの心地よく鳴り響いていたものが全て消えた。
好きなレコードの音がこんなに変わるとちょっと淋しい事は確か。

他のジャズのレコード、アメリカのオリジナル盤に関しては、芯が通った音になった。
これらは、トーレンスにして良かった。

もちろんジャズとしてはトーレンスの方が音の出し方が、音楽として筋が通っている事はまちがいなく、これが音楽として正しいのではないかと思っている。実力は上である。

しかし、おじさんは考えてしまった。
日本盤やステレオ盤を聴くならP3の方が良かったと言える。なぜかは知らぬが、ややエコーが掛った感じというか立体感も出ていて、ステレオとしては気持ち良かったとは言える。
もう一つ重要な点に気が付いて来た。
手持ちの盤が国産かが外国盤かでも違ってくる事は、薄々感じている。
日本盤は日本の装置で、外国の盤は外国の装置で、という事か。
友人と、100Vで作られたレコードは100Vで作られた装置で聴く事が意外に正解かも知れない、と今日は仮説を立てた。

オーディオは一筋縄では行かぬ。

GRANT GREEN “FEELIN’ THE SPIRIT”
2012/07/22

GRANT GREEN “FEELIN’ THE SPIRIT” BLUE NOTE 4132

今回入荷したこのアルバム、ジャケットの表面がピカピカでとても綺麗。
こんなコーティング・ジャケットに憧れ買い込んでいた過去が思い起こされる。
やっぱり廃盤はこうでなくてはいけない。

私がGRANT GREENのレコードを最初に買ったのは確か、「IDEL MOMENT」。
もちろん再発盤だが、当時はまだVAN GELDERの刻印のあるレコードも売られていたから音質も悪くない。という事で演奏も良く、喜んで聴いていた。
所がジャズ関係の友人に「FEELIN’ THE SPIRIT」の「ジェリコの戦い」の演奏が抜群だから買えと言われ、すぐ購入し聴けば確かに、強靭だがしかもゆったりして、ベースのサウンドに肩を二重に上げられる良い演奏で、すっかり愛聴盤になったのだ。
因みに昔の評論家の先生方はどう言っていたのか、72・3年のスィングジャーナルを見たが、何も書かれていなかったから、きっと無視してもよい範疇のジャズメンだったのだろう。
オールド・スクールの範疇の私はそういう事は頷ける。
なぜならソウルフルな、というかブルージーなギターが好まれるようになったのは、本当に近年になってからで、それまでオリジナルといえど1万円台であった。
それが10数年前から、日本ではパッとしなくても世界的に評価が上がった事が加わり、それが日本に於いては若者の音楽好みに合ったのであろう、若者中心に急に人気が上がった。
ジャズのギタリストの中でもトップクラスの人気になった。レアグルーブなどと言われるジャンルに入れられて。
本人が生きていたらさぞ嬉しいに違いない。

さて、このレコード。
ジャケットのコーティングの、光沢の艶やかさに目を奪われてしまいそうなのを、こらえてじっくり写真を眺めると。愛用のやや胴の薄いギブソンのギターを抱えて、ムードを出している顔はもう十分にベテランの域に達している。
それもそのはずブルーノートで発売後既に6枚目のリーダー作、経営者の信頼も厚い十分なヒットメーカー。ブルージーな良い顔だぜ!
右手の指3本にピックを装着したように見えるので、大いにそそられ調べたが、どうもこれは何かの陰であろうという結論にした。彼の動画や写真などからは、こういうピックは見られなかったし、サウンドからそういう感じの弾き方ではなかろうとした。だが、もし何か情報を掴んでいる人がいたらお知らせ願いたい。

彼のサウンドははっきりしていて聴きやすい。
ソウルフルで実に気分が良い、やはり「ジェリコの戦い」は断トツである。ゆったり感の中に聴く人を乗せる才能はただ物ではなかろう。
私はこの曲の名演奏としてCOLEMAN HAWKINS(VERVE)と共に、「二大ジェリコ」とする。

「霧子のタンゴ(フランク永井)」ってのもあった。
ジェリコ、霧子?関係ない。


ERIC DOLPHY "OUTWARD BOUND" FRANCE
2012/07/21

ERIC DOLPHY “OUTWARD BOUND” BEL-AIR 331006 (FRANCE)

さて、ここの所色々のレコードアルバムが入荷する。
その中でも、かなり珍しくかつ作品としも重要性が高い一枚のコレクターズアイテム。
このアルバムは米国PRESTIGEレーベルの傍系NEWJAZZ8236、彼の近隣の住人、友人かつ薬関係の友人でもあったとされる画家が描いたジャケットの方が原盤である。
こちらはフランスのレーベルBEL―AIRにスタンパーを送り、現地でプレスされた。そのため盤には原盤の番号が記されており、尚その証拠としてRVGの刻印もある。
ジャケット・デザインは米国原盤のデザインを使用しなかった。聞くところによると、ヨーロッパでは米国側のデザインをそのまま使用するつもりが無く、音楽のイマジネーションから自分たちで用意するつもりだった、という事である。
という経緯で、現地側に一任されたものである。
右側に立ったドルフィーの写真が一枚あるだけで、後は真っ白で、そこに文字をすすっと記載しただけのシンプルさ。
ただ、この写真がファンにはありがたい一枚。
レコードはジャケットが違うと聴こえる音楽が違う。
画の表現によって、音の表現も代えられてしまう事は、不思議ながらある。
私も再発のジャケットで聴いてその結果持った印象が、原盤を入手し聴き直して改めて印象が変化したことは何度も経験した。
という訳で、今回のこのレコードはあのシュールな絵でなくなり、すっきりしたことで、音楽の印象もすっきり変わる。
お試しあれ。

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