HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| 藤沢周平の随筆集に... | - 2012/08/08
- 藤沢周平の随筆集。
鶴岡市の子供時代の話だったが、仕事から馬が帰って来ると、どこそこの爺様が帰って来たぞ、という話のところ。 それは私の子供頃の出来事そのものだった。
私の父方の祖父はアル中だった。だが、その前は馬方をやっていた。 馬方とは今で言う運送業者である。曳かせる荷車は軽トラより大きく、トラックのタイヤが装着されている。
中山道の街道沿いに家はあって、街道の道を挟んで馬小屋があった。結構な大きさである。
私が馬方の仕事を覚えているのは祖父の仕事ではない。小学校2・3年の頃のことで、それは、いつも家の前を通る馬方がいて、ここの家は馬小屋があるのに馬がいない事も知っていた。ある時、大きな仕事が入りこの辺りに馬を停めたい、ついては人間の泊まりと一緒に貸してくれないかという事になり、馬と馬方が数か月間家にいたことがあるのだ。映画シェーンのように馬と人が家に来た。 それで詳しく覚えている。夕方、馬が家の近くに来ると大きな声で帰ったぞー、と鳴く。 そうすると家の手の空いた者は総出で出迎える。それは家の馬であろうと、他人の馬であろうと同じである。 馬具を外し、水を汲みカイバを用意し、湯気が立つ馬の身体を洗ったり拭いたり、と夜暗くなってからの活気を帯びた一時は子供心にも楽しくもワクワクする時間だった。 手当が済み、馬が小屋で静かになると、馬方は家に入って我々家族と一緒に食事をする。遅い時は母親が残り物を差し出す。 その人の色々な話が飛び出して、これも楽しい。時には私の父と酒を飲んだりもする。 馬小屋に入って馬を触っても良い、ただ後ろに廻る事は、蹴られるので禁じられていた。 という生活のリズムである。
小学校に上がる前に祖父は亡くなったので、祖父の働きぶりは記憶にない。 私が覚えているのは、その馬方との大きな違いは、遠くから街道を、なんと馬が一人で荷車を引いて歩いて帰って来る事だった。馬は家の近くに来ると、帰ったぞーと大きな声で2度ほども鳴く、すると家の者たちは、「爺様が帰ったぞ」と大急ぎで馬を迎えに出たのだった。爺様はようするに酔っぱらって荷車で寝込んでいるのだ。爺様を担ぎ込む仕事がもう一つ加わるのだ。 私の祖父の記憶は「爺ちゃん帰ったに」という所だけが記憶であり、そこの部分だけで十分にダラしなさが現れていて、馬の切なさと一緒に、ただ切ないのである。 近所では「馬は利口だが、人間は?」などと言われていたようだ。 馬も良く反乱も起こさずにいたものである。本人の名誉の為に書くと、本人はアル中だが、馬の手入れは行き届いていて、立派な馬だったという事である。
しかし、時代はすでに自動車の時代になっていて、あっという間に馬小屋は壊された。田舎でも数台三輪車が走った。思えば私達の子供時代は本当に移り変わりが激しかった。
私の動物好きは、多分 この辺りにあるかも知れず、また車好きな所も多分この祖父の馬車運転というDNAが残っているのではないかと思っている。酔払運転か?
しかし売れる作家というものは、読んでいると「あ、これって自分でも経験がある」と思わせるのが上手だな。
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| 猫落ちる | - 2012/08/07
- 親戚のおばさんから、黒猫が落ちたと連絡があった。
数日前、二階のベランダの手すりの上を歩いていて落ちたらしい。 ちょうど一階にいた時に、外からドスンと大きな音が聞こえた。 少しして、玄関でニャーニャーと鳴くので、ドアを開けると、暗闇に黒い猫がしょぼんと立っていた。 家に入った後は、ショックでぐったりしてしまって寝てしまい、翌日も寝込んだままだそうだ。
意外に低い所から落ちても怪我をする猫もいるようなので、病院に連れて行くように言ったが、大丈夫との事。 家族からは運動神経の弱い、だらしない猫だと言われて、本人もしょんぼりしているそうだ。
きっと満月でも見ていたのだろう。
「満月の 光を落ち行く 黒い猫」
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| ルイ・アームストロングの唄 | - 2012/08/06
- Louis Armstrong “ What A Wonderful World”
今朝NHKで朝の連ドラを見ようと思ったら、原爆記念日の式典を中継していた。
平和ね。 私もふと思い出して、レコードのこの曲を掛けた。 LOUIS ARMSTRONGは何度もこの曲を歌っているが、このレコードに入っているのはちょっとバージョンが違っていて、イントロに彼の語りが入っている私のお気に入り。
このレコードと言うのは、「LOUIS ARMSTRONG “AND HIS FRIENDS” FRYING DUTCHMAN 」。 ゆったりストリングスが流れて来ると、子供たちに語りかけるかのような、ゆっくりと話し始める。 「若い人たちに、素晴しい世界って何?と聞かれるけど.....。」 何があっても、どういう世界でもそれでも世界は素晴らしい世界なんだと語り、そして歌が始まる。 このバージョンだけは何時聴いても、ジーンとなる。
このレコードは彼の70歳の誕生日の為の企画であったようだが、話によると健康的にも衰えが目立ってきており、医師は賛成しなかったようだが、何とか集まり作られたようだ。 パーティー形式で多くのジャズメンが集まった。写真にはマイルスも映って何やら耳元で囁いている、サッチモに笑顔がないので、思わず皮肉でも言わなければ良かったのだがと要らぬ心配をしてしまうが、それは大きなお世話。 マイルスが演奏しているという噂があるが、当日のトランペッターはTHAD JONES,JIMMY OWENS,ERNIE ROYAL,MARVIN STAMMとそして本人だが、本人はこのアルバムではワンフレーズも吹いていない。すべて歌で参加である。かれの枯れた味わいがいかに素晴らしいかここで篤とお聴きいただきたい。全編素晴らしい。 素晴らしい彼の人生が伝わり、耳を傾けた人々にも、己の人生の素晴らしさを思い起させる素晴らしさである。 特にこの「What A Wonderful World」が素晴らしい。もろ手を挙げて賛同し、ケチをつけるところなど一つもない。
一つ残念なことは、このレコードはあまり価格も高くなく、そこそこ見つかり易かった。 それがレオン・トーマス参加曲がひとつある事が不幸だったか、クラブで使えると言う事になり、急激に数が無くなった。 本来の曲の良い所が聴かれていないとしたら、流石におじさんはちょっと残念。 今回はオランダPHILIPS版で。
健康上の問題があったといえ1970年のこの時のディスコグラフィーを調べてみた。 5月26日 フィラデルフィアのTVショー ニューヨークでこのアルバムの録音4曲 5月27日 フィラデルフィアのTVショー ニューヨークでこのアルバムの録音3曲 5月28日 フィラデルフィアのTVショー 5月29日 フィラデルフィアのTVショー ニューヨークでこのアルバムの録音4曲 一体どういうタフな身体であろうか? 死ぬ71年の春まで、TV出演など非常にタフなハードスケジュールである。 まさか??本当に毎日ニューヨークとフィラデルフィアを移動してないよね。
歌詞を下に載せた。 最初にHey Pops、と呼びかける所があるが、Popsとはサッチモの事。
"Some of you young folks been saying to me," Hey Pops, what you mean 'What a wonderful world'? How about all them wars all over the place? You call them wonderful? And how about hunger and pollution? That ain't so wonderful either." Well how about listening to old Pops for a minute. Seems to me, it aint the world that's so bad but what we're doin' to it. And all I'm saying is, see, what a wonderful world it would be if only we'd give it a chance. Love baby, love. That's the secret, yeah. If lots more of us loved each other, we'd solve lots more problems. And then this world would be better. That's wha' ol' Pops keeps saying."
I see trees of green, red roses too I see them bloom, for me and you And I think to myself What a wonderful world
I see skies of blue, and clouds of white The bright blessed day, dark sacred night And I think to myself What a wonderful world
The colors of the rainbow, so pretty in the sky Are also on the faces, of people going by I see friends shaking hands, sayin', "How do you do?" They're really sayin', "I love you"
I hear babies cryin', I watch them grow They'll learn much more, than I'll ever know And I think to myself What a wonderful world
Yes, I think to myself What a wonderful world Oh yeah!
詩を読みながら、you tube聴きながら。 http://www.youtube.com/watch?v=2nGKqH26xlg
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| 新宿界隈 | - 2012/08/05
- 読み方によっては問題ある話かもしれないが、成り行きで。
新宿に住んでいる人たちで、中国人や韓国人が増えてしまう事を面白くないと思っている人達は多いらしい。 頭では人を嫌ったりすることは良くない事だと解っている。それでも住んでみると実感する事ばかりで、だからこそ飲み会などで思わぬ本音が飛び出したりする事もある。だが、私だって両国の仲の良い人達はいる。要は人間性なのだが。 例えば、ゴミを出す日でもないのに生ごみを毎日出す。自転車で人にぶつかっても平気。交通マナーは悪い。深夜にうるさいので注意したらお前が出ていけと逆切れされる。ペットの飼い方を知らない。態度が横柄、等々挙げたら切りがない。 ただ、新宿界隈は韓国街でもあり益々中国、韓国化の傾向は避けられない。
暫く前、新宿の住宅街の一方通行の道を歩いていたら、走ってきた軽自動車に子供がぶつかるという事故に遭遇した。 軽自動車は何かの配達でもしているようで、20キロ制限の道に相応しくゆっくり走ってはいた。 そこにマンションの入り口から走り出た幼稚園から小学校低学年くらいの年の子供が走って来て、軽自動車にぶつかった。スピードが出ていなかったので、すぐに車は止まり、子供はぶつかって跳ね返され転んだものの、大したけがには見えなかった。 運転手も周りにいた人もオロオロして、警察を呼びますとか騒ぎになった。 その時の母親の言葉「いいえ結構です。こちらが悪いのですから。どうぞ行ってください。」 運転手はそれでも警察と救急車を呼んだ方がいいから、と勧めたが、強く「私の責任ですから」と言い切った。 とても上品そうで育ちの良さそうな奥様だったが、言葉の調子から韓国の女性で、そのあたりは韓国の一流企業の駐在員が多く住んでいると聞いた。
その時、私は、ふと思った。 これがもし日本の主婦だったらやれ救急車だ、やれ警察だと大騒ぎにしたはず。 保険金も取れるし。 だがその女性は、事態を飲み込めずきょとんとしていたがやがて泣き出した我が子を抱きしめながら、自分の責任だと言い切って、運転手に一切の責任を問わなかった。 私は深く感動し、その瞬間これからの時代、日本は韓国に勝てない、もう敵わないとなぜか私は確信したのである。
思えば私の子供頃の、日本の母親達は大体こんな感じであった。都会の事は知らないが。 母親自身も強かったが、子供にも自分の責任と強さを求めた。 子供達も逞しかったような気がする。 そういう風に育った人たちが、今の社会では嫌われているけれど、今日の豊かな日本を築いたのだと思う。 だが豊かになるにつれ、人々は平和とか優しさとか綺麗事が好ましいとされ、日本人としての芯の強さが失われた。
その女性の行動は、私にとって私の母親達の昔の姿を見るような気がした。何かあった時に母にすがって泣くと、母が「男がそんな事で泣いてどうする」と叱られた事が思い出された。 子供に何かが起きても、それは自分の責任という意志の強さ、女性としての強さは、忘れていた昔の人の心の強さを思い出させてくれた。感動を通り越して、負けたと思った。 韓国・中国と国境問題でいらいらさせられる事が多いが、とどのつまりは、日本人が弱くなった事が最大の原因で、両国から、日本政府も自衛隊も国民も皆一様に、弱くなったために最早、敵ではないと見切った結果なのかもしれない。 翻って地元の問題も、我々日本人住民の弱さゆえ、結局は己の弱さが鏡に映しだされたようで、それにイライラするのだ。問題があればその時に言うべき事を言わないから後から嫌悪感がでる。表面的なきれい事で片付けようとすればボロが出る。もっというと日本における仲良しとか平等と言われているのは、こちら側がへり下る事にしか見えない。
平和などという前に、自分が強くならないと平等などない。 今日も炎天下を歩きながら、日本は弱くなったと思った。
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| ジャズが好き | - 2012/08/04
- 朝仕事に行く前にジャズのレコードを2枚ほど聴く。調子が良ければストーンズなども一枚聴く。今朝はカルロス・クライバーのベートーベンの4番を聴いた。
満足して散歩がてらコーヒー屋に寄ったり、店員をからかったりして店に着く。
仕事に行けば当然一日中ジャズを聴く。 休憩時間も出来きればジャズが掛っている店か、ジャズ喫茶が良い。 閉店後のレジ〆などでも、壁に掛ったレコードや貴重盤を一人で聴きながら仕事をする。 家に帰るとホッとして、軽めのジャズを聴く。 なるべくテレビは見ないでレコードを聴くようにしているし、聴きながらオーディオ雑誌見たり、小説の続きを読んだりする。 寝る前には昔のポップスなども聴いたりする。
私は本当にジャズや音楽が好きなんだなぁ、と自分で思う。 最近は車にも乗っていないし、趣味がこれしか無くなったからだろう。 仕事柄スーツを着る事もなくなり、お洒落にも力が入らなくなったし、良い靴など穿いてきたしまうと、狭い店内故、あちこちにぶつかって靴が傷んでしまう。
だからジャズを聴くだけしか無くなったと言えるかもしれない。 でも音楽は本当にいいなあ。 愛情を持って聴けば、必ず何か良い所はある。
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| 新入荷 | - 2012/08/03
- 新入荷のお知らせ。
SONNY CLARK " TRIO" BLUE NOTE 1579 HANK MOBLEY "SOUL STATION" BLUE NOTE 4031 HANK MOBLEY "JAZZ MESSAGE NO.2" SAVOY 12092 KENNY DORHAM "QUIET KENNY" NEW JAZZ 8225
等々、入荷ありました。 土曜日には店頭に並びます。
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| ジャズ喫茶ナルシスで | - 2012/08/02
- 買付から戻って、ようやく二人体制になったので久々に休憩時間を取った。
それで念願のジャズ喫茶「ナルシス」に行った。 いつも開店時間を間違えて記憶しているので、大概は開店前に行ってしまい入れない。 今日は5時過ぎに行ったから開いていた。 ちょうどBARRE PHILLIPS “JOURNAL VIOLONE” OPUS ONEが掛かったところ。
暫くして、このレコードの中ごろに教会の鐘の音が入っている事に気が付いた。 今まで、何度も聞いたレコードにも関わらず、鐘の音に気が付いていなかった。 しかも、鳴った瞬間から、彼のベースのリズムを、鐘の音のカランカランというリズムに合わせて弾き、そこが私には好感が持てる演奏で、とても感動した。 大切なパートだったのに、解っているようなつもりで、実は何も解っていなかった。反省。
次にSONNY CLARKの「Sonny's Crib」が掛かった。 なぜ今まで、SONNY CLARKが日本人に大人気であったのか?
外国の知り合いにも、何故とよく質問される。だがそれに対してちゃんと答えられた事がないし、私も不思議であった。 それが昨日、ハッと気が付いた。それはジャズ喫茶のオーディオの音が、実にSONNY CLARKのピアノの音に合った音なのだ、という事に。 自宅のステレオで聴いても、そこまでの音はしない。当店の店でも、家でも確かめたがもっと柔らかなサウンドであって、ジャズ喫茶で聴く「あの音」の雰囲気は出なかった。 ジャズ喫茶独特の音の、元気で、ゴリッとした、粘りがあり、力強くてしかもちょっと暗い音があって、その音で再生されると、ちょうど暗くて元気なサウンドがこれでもかと蘇るのである。 それが彼のサウンドなのである。 それが彼のピアノの音に正にぴったりハマったのではなかろうか。 こういう音を聴いてジャズ大人に育った我々は幸せだった。 そう思いながら、続くCOLTRANEのソロもついでに堪能させていただいた。
世界に類稀な、ジャズ喫茶がけん引した日本のジャズ文化。 何度も本に収録されるほどの沢山のジャズ喫茶の数と、我々の先輩世代から続いた伝承によって、あのサウンドが最良とされて来た結果であったに違いない。
日本のジャズ文化は、ジャズ喫茶あっての文化。 良い時代だったな、凄いな、とつくづく思う。 本当にスゴイ!
今日は収穫が二つ。
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| EP買ったが.... | - 2012/08/01
- 友人が定年で会社を辞めるという。
彼が以前から欲しがっていたので、プレセント用に探していたEPレコード「MARCIE BLANE “BOBBY’S GIRL(邦題ボビーに首ったけ)”」が大阪の某ショップのネットに出ていたので購入してみた。 はじめての店だったが、安かったし、そのショップの基準によると状態が普通だと判断したから。 届いて見たら、なんだかもう白くなった部分が多く、触ってもわかる通りの相当の肌荒れ状態。 掛けてみたら案の定、音楽の音より、ザーザー・シャーシャーとノイズの方がデカいという、アバンギャルドなノイズ音楽そのもの。ノイズはノイズでも爽やかさが無いノイズ。安かったから仕方ないといえば仕方ない。
盤をみているうちに同じレコード屋として、ぞーっとしてきた。 これって「人の振り見てわが身を直せ」そのもの。 安いレコードはつい試聴も疎かになる。 中古だからとか、安いから悪くて当たり前と考えていては、店として姿勢が問れる。 鑑賞に堪えないレコードを売ってはいけない。
こんな場所に書いてしまってそのショップには気の毒だが、これはそのショップの事だけでもない、ウチも他山の石として、注意しないといけない。 レコードの販売が落ち込んでいる今、どのショップもお客様が安心して通販で購入できるように、お互いに質を保ち、イメージ・アップに努めたいものである。
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| 足の長さ | - 2012/07/31
- 最近は日本人も足が長くなったと言われる。
暑いので足を出している女性が多い。さっきも、すれ違った中国人の女の子は、遠くから見ても足が体の半分より上まで来ていて、すれ違った後、思わず振り返って観てしまった。 それに比べ、日本の子は長いなと思って後姿を見ると、そういう子は大概ヒールの高さが相当ある、それから思わず10センチ引いて足の長さを想像して、ガッカリする。 と言って、私がガッカリする理由もない。
「美女が来る 見とれる夏の 尻の位置」
何を言いたいのだろう? 自分でも分からぬ。
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| 暑いときに聴くレコード | - 2012/07/30
- 暑いときに聴くレコード
最近はこんな感じ。 ELSIE BIANCHI “THE SWEETEST SOUND”SABA SB15069 PAT METHENY “TRAVELS” ECM 1252 PAT METHENY “AMERICAN GARAGE” ECM1155 STAN GETZ&GILBERTO “GETZ/GILBERTO” VERVE V8545 暑い外の景色を見ながら、冷たい物を飲んで聴く。 まあその、軟弱と言えば言える。
私だって、もうちょっと若かった頃は、汗を流しながらJOHN COLTRANEから始まって、FMPのMACHINE GUNをガンガン掛けて、SHEPPの LIFE AT THE DONAUESCHINGENを両面行き、最後はASCENSION両面で〆るというジャズ青春を満喫していたものだが、最近は、そういう元気がなくなった。 疲れが貯まっているのだろう。 疲れでは無くて単なる歳のせいだな。
ガンガン聴く事が出来ないのは寂しいと言えば寂しい。 だが、ボサノバを聴いたり、ヨーロッパのピアノトリオを聴いたりすると、とても幸せな気分になる。それはつまり若い頃に、ジャズを分け隔てなくスイングからハードバップ、ヨーロッパジャズ、フリージャズと懸命にガンガン聴いた、たま物だと思っている。 この年齢になってようやく、ウエストコーストのサラッとしたサウンドの良さが心に浸みるようになり、ボサノバの音楽性に感心するようになったのだと思っている。 音楽は心で聴く物だと思うようになった。 どこか面白くない所がないか?とか、どこで間違ったのかとか、そういう意地悪な聴き方をしなくなり、演奏者から出る音がその人の言葉だと思えて、静かに、いや心が静かに聴く事が出来るようになった。もう一つ、これはオーディオの特性かもしれないがレコードのちょっとした傷音も気にならなくなった。
そういう事はすべて、ある意味、長い年数を経てそうなったのだろうと思う。 他人には解らないだろうが、時の長さは大切だ。 一言でいうと結局歳なんだけど。
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