HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

寿司
2012/07/26

暑い夏になった。
そうなると小肌の新子が食べたい。

私は、寿司と天麩羅と鰻を食べる時だけ江戸っ子になる。
なぜか、この3つは東京料理の3大料理というか、三種の神器。
これら3つは冬が美味しいが、実は夏こそ食べたくなるのが不思議。

寿司は夏には、小肌の新子がある。東京の寿司ネタとしてもっとも寿司らしく、その子の新子はもう寿司の申し子。食べるだけでなく、季節を見る楽しみもある。お盆の頃の新子の時期の後には、今度は烏賊の新子が出る。これも楽しみである。
天麩羅は車海老を塩で食べてから、一口ビールを飲み、穴子の小ぶりな物をカラッと揚げてもらって汁につけ大根おろしを沢山のせてかぶり付く。最後にかき揚げを小さな天丼にしてもらうと、もう腹いっぱい。
鰻は、蒸して焼いた鰻をご飯にのせ、東京風のタレを少量だけにして、ご飯の白さが消えないのを、うなぎ重視で食べて行く、残ったご飯は漬物と肝吸いだけでさらっと食べ終える。胃の中で鰻が下でご飯が上に乗った満足感があるうちに会計を済ませて店をでる。
寿司は圧倒的に冬が美味しく、天麩羅と鰻はしつこい食べ物の代表格だが、これら3つは不思議に夏は夏で食べたくなる。
昔の料理人はそれぞれの季節で飽きられない工夫を凝らしていたのかもしれない。

私は長野県生まれで、母も長野出身で、父も長野の山の出だったから、正真正銘の長野県人の血で、可哀想なくらいに消すことが出来ない長野系である。
お盆なども決して東京スタイルの7月15日にはしない、たいして楽しそうでも無い7月のお盆を横目で見ながら、「日本人なら8月に統一すべき」と一言いい、かたくなに8月15日を待つ。東京の下町の雰囲気もあまり好きではない。

それなのに、なぜか寿司と天麩羅と鰻は江戸っ子にさせてもらっている。
そうならないと美味しさが伝わってこないような気がするのである。
40年以上いるから、そういう事で。
普段は江戸っ子と言わない代わりに、自分で「シティボーイ」と呼んでいる。

KENNY BURRELL “BLUE LIGHTS VOL.2”
2012/07/26

KENNY BURRELL “BLUE LIGHTS VOL.2” BLUE NOTE 1597

今日は長くジャズのレコードに関わっていて良かった、とつくづく思った。
こんなレコードが、しかもピカピカの状態で入ってきたから。

海外の知り合いが、「これ要るか?」と送って来たのが、これ。
何が違うかと言うと「DG! 深ミゾあり」。
この盤は58年の録音で1集目はすぐに発売された。だが2集目は遅れに遅れ、どうも61年辺り、4020−50盤辺りを過ぎてから、製作されたようで、1500番台のレコードと同様の形態ではないとされていたし、私も現在もそう思っている。「深ミゾ」は無くてもオリジナルであるという解釈で良いと思っている。
それが実際のところであろう。

ただ1500番台だから、コレクター心理として、どうしても通常の1500番台のものと同じものが欲しい。
そういう意味からして、オリジナルであろうと無かろうと、「深ミゾあり」は欲しい。
さらに、時々は出たことがあるので、余計に欲しい。
個人的にも、もし見つかったら売らずに持って帰るつもりであった。

実際に見ると、ジャケットの色はピンクより紫色がやや勝った、落ち着いた色調で何だか風格を感じてしまう。アンディ・ウォーホールの絵が一段と引き立つ。
コーティングもピカピカで眩しい。
ラベルには「47WEST 63rd ・NYC」と記載され、その住所を囲むように、深ミゾがくっきりと彫られていて、下方には「R」のマークは無いのでホッと胸を撫で下ろす。両手で丁寧にひっくり返すと、そこにも同様な様子が見られる。
オリジナルの条件は満たされている。
これぞ、待ちに待った1597の「深ミゾ」ありである。

演奏?
もったいなくて、聴かない。
こういうのは聴けない。
飾って置くだけで、もしご購入の方が来られたら試聴と。

そうそう、もしよければ当店の買取、ユニオンの2倍で。

かっこいい
2012/07/25

忘れない内にメモをしておこう。

「カッコイイ」という言葉を作ったのは、スタイル画家の長塚節なのだそうだ。店の本棚にあった画家の古澤岩美の本に書いてあった。
戦後の話。
死語にならないのがカッコ良い。

その後に続く流行語はほとんどがあっという間に、或いは数年で死語となる。私が便利で使っている、「ナウイ」などは、若者から小馬鹿にされるらしい。

こうしている内に思い出して来たが、「イカス」ってのは石原裕次郎からだと聞いた事がある。「シビレル」というのも、フグ(魚の)毒以外に使ったのも裕次郎だそうだ。

昔の人達は凄い。
なんというかレベルが違う。

SARAH VAUGHAN "AT THE LONDON HOUSE"
2012/07/24

SARAH VAUGHAN “AFTER HOURS AT THE LONDON HOUSE” MERCURY MG20383

サラボーンのレコードは沢山ある。
沢山あるが愛聴盤となると、いい気になってそうそう上げるわけには行かない。
5枚くらいにしたい所である。
数える気もないが、私の場合はその5本指に入るのがこれかもしれない。

58年のロンドンハウスでのライブである。
バックのメンバーが、RONNELL BRIGHT, THAD JONES, FRANK WESS 等々渋い所が揃った。
これは良いかもしれないと、思う通りの伴奏である。
彼女のライブは、いつも通りの文句なしに淡々と進む。
唄の合間に入るソロも各自、名人ばかりで今更何もコメントすることなどあるはずもない。
B面にひっくり返して、スタンダード曲ばかりで気分良く進む。
私の酒も進む。
そしてオーラスの曲、「THANKS FOR THE MEMORY」で、歌いだしで早々に、彼女は歌詞を忘れるのである。
この曲は、私だけでは無く、みんなでこれを聴いて頂きたい。

歌詞の、The Parthenon , Parthenon, Parthenon, と繰り返して、次の歌詞が出て来ない。
なんとかして唄い出す。
調子良くいくものの、途中なんだかんだとお茶を濁して、アドリブでやっていくものの、遂に諦めてダ・ダ・ダ・ダ・ディとなり、やがて笑いながら諦める。
そして彼女は「今までこんなレコーディングしたことない...」と少女のような可愛いらしい声で、こんな感じで言っていると思う。
すると観客も大受け。
かといって彼女のこういう時の歌の実力は微塵も壊れることはない。
却って親しみが湧き、歌の実力を堪能し、彼女の歌の心に触れられる。
この時のライブを見た人たちは、アットホームで本当に幸せだったのだろう。
しかし、RONNELL BRIGHTはじめメンバーはびくともせずに淡々と追随する所は聴いていて楽しいと同時に感心する。
多分、皆笑って演奏したのだろう。

私は、ここの所を何と言ったのか、耳を傾け5回も聴いてしまった。仕事が終わってもう一回。
何度でも聴きたい。

長いこと、ジャズを聴いて来て本当に良かった。
幸せだこと。

プレイヤーの事
2012/07/23

今まで、パイオニアの「Exclusive P3」という国産を使っていた。
ちょうど、友人がタップを作ったと言うのでテストを兼ねて来ていただいた。
あれこれ聴き比べている内に、話が出て、せっかくトーレンスTD124もあるのだから、そちらが本筋であろうという事になった。

友人に手伝ってもらい、ラックの上から乗せ換えた。P3は一人では持てないほどの重さである。45kgである。
翌日、友人はギックリ腰になって寝ていると電話があった。

トーレンスの124の方は、メンテナンスから帰って来たばかりで、装着したアームはSMEだが、おにぎり型ではなく初期の丸型。

現状で使用していた同じオルトフォンのカートリッジSPUだが、Aシェルに差し替えて、鳴らしたところ、しっかりして、直接的な音になり太くなった。
オーディオとして音楽を再生するという事はこういう音になるものだと思った。
判りやすく言うとステレオ盤を掛けてもモノラルっぽくなったとも言える所が面白い。
これならモノ盤、モノ盤と騒ぐ人がいるのも頷ける。

その代わりと言っては何だが、失った物もあって、今まで夢のように鳴っていた、キースジャレットのケルンコンサートは、あのふわっと空間を埋め尽くすサウンドが消えた。
愛聴盤である日本プレスの「コラ・ヴォケール」の実況盤「枯葉」も同様にステレオの心地よく鳴り響いていたものが全て消えた。
好きなレコードの音がこんなに変わるとちょっと淋しい事は確か。

他のジャズのレコード、アメリカのオリジナル盤に関しては、芯が通った音になった。
これらは、トーレンスにして良かった。

もちろんジャズとしてはトーレンスの方が音の出し方が、音楽として筋が通っている事はまちがいなく、これが音楽として正しいのではないかと思っている。実力は上である。

しかし、おじさんは考えてしまった。
日本盤やステレオ盤を聴くならP3の方が良かったと言える。なぜかは知らぬが、ややエコーが掛った感じというか立体感も出ていて、ステレオとしては気持ち良かったとは言える。
もう一つ重要な点に気が付いて来た。
手持ちの盤が国産かが外国盤かでも違ってくる事は、薄々感じている。
日本盤は日本の装置で、外国の盤は外国の装置で、という事か。
友人と、100Vで作られたレコードは100Vで作られた装置で聴く事が意外に正解かも知れない、と今日は仮説を立てた。

オーディオは一筋縄では行かぬ。

GRANT GREEN “FEELIN’ THE SPIRIT”
2012/07/22

GRANT GREEN “FEELIN’ THE SPIRIT” BLUE NOTE 4132

今回入荷したこのアルバム、ジャケットの表面がピカピカでとても綺麗。
こんなコーティング・ジャケットに憧れ買い込んでいた過去が思い起こされる。
やっぱり廃盤はこうでなくてはいけない。

私がGRANT GREENのレコードを最初に買ったのは確か、「IDEL MOMENT」。
もちろん再発盤だが、当時はまだVAN GELDERの刻印のあるレコードも売られていたから音質も悪くない。という事で演奏も良く、喜んで聴いていた。
所がジャズ関係の友人に「FEELIN’ THE SPIRIT」の「ジェリコの戦い」の演奏が抜群だから買えと言われ、すぐ購入し聴けば確かに、強靭だがしかもゆったりして、ベースのサウンドに肩を二重に上げられる良い演奏で、すっかり愛聴盤になったのだ。
因みに昔の評論家の先生方はどう言っていたのか、72・3年のスィングジャーナルを見たが、何も書かれていなかったから、きっと無視してもよい範疇のジャズメンだったのだろう。
オールド・スクールの範疇の私はそういう事は頷ける。
なぜならソウルフルな、というかブルージーなギターが好まれるようになったのは、本当に近年になってからで、それまでオリジナルといえど1万円台であった。
それが10数年前から、日本ではパッとしなくても世界的に評価が上がった事が加わり、それが日本に於いては若者の音楽好みに合ったのであろう、若者中心に急に人気が上がった。
ジャズのギタリストの中でもトップクラスの人気になった。レアグルーブなどと言われるジャンルに入れられて。
本人が生きていたらさぞ嬉しいに違いない。

さて、このレコード。
ジャケットのコーティングの、光沢の艶やかさに目を奪われてしまいそうなのを、こらえてじっくり写真を眺めると。愛用のやや胴の薄いギブソンのギターを抱えて、ムードを出している顔はもう十分にベテランの域に達している。
それもそのはずブルーノートで発売後既に6枚目のリーダー作、経営者の信頼も厚い十分なヒットメーカー。ブルージーな良い顔だぜ!
右手の指3本にピックを装着したように見えるので、大いにそそられ調べたが、どうもこれは何かの陰であろうという結論にした。彼の動画や写真などからは、こういうピックは見られなかったし、サウンドからそういう感じの弾き方ではなかろうとした。だが、もし何か情報を掴んでいる人がいたらお知らせ願いたい。

彼のサウンドははっきりしていて聴きやすい。
ソウルフルで実に気分が良い、やはり「ジェリコの戦い」は断トツである。ゆったり感の中に聴く人を乗せる才能はただ物ではなかろう。
私はこの曲の名演奏としてCOLEMAN HAWKINS(VERVE)と共に、「二大ジェリコ」とする。

「霧子のタンゴ(フランク永井)」ってのもあった。
ジェリコ、霧子?関係ない。


ERIC DOLPHY "OUTWARD BOUND" FRANCE
2012/07/21

ERIC DOLPHY “OUTWARD BOUND” BEL-AIR 331006 (FRANCE)

さて、ここの所色々のレコードアルバムが入荷する。
その中でも、かなり珍しくかつ作品としも重要性が高い一枚のコレクターズアイテム。
このアルバムは米国PRESTIGEレーベルの傍系NEWJAZZ8236、彼の近隣の住人、友人かつ薬関係の友人でもあったとされる画家が描いたジャケットの方が原盤である。
こちらはフランスのレーベルBEL―AIRにスタンパーを送り、現地でプレスされた。そのため盤には原盤の番号が記されており、尚その証拠としてRVGの刻印もある。
ジャケット・デザインは米国原盤のデザインを使用しなかった。聞くところによると、ヨーロッパでは米国側のデザインをそのまま使用するつもりが無く、音楽のイマジネーションから自分たちで用意するつもりだった、という事である。
という経緯で、現地側に一任されたものである。
右側に立ったドルフィーの写真が一枚あるだけで、後は真っ白で、そこに文字をすすっと記載しただけのシンプルさ。
ただ、この写真がファンにはありがたい一枚。
レコードはジャケットが違うと聴こえる音楽が違う。
画の表現によって、音の表現も代えられてしまう事は、不思議ながらある。
私も再発のジャケットで聴いてその結果持った印象が、原盤を入手し聴き直して改めて印象が変化したことは何度も経験した。
という訳で、今回のこのレコードはあのシュールな絵でなくなり、すっきりしたことで、音楽の印象もすっきり変わる。
お試しあれ。

JOHNNY HODGES "MEMORIES OF"
2012/07/20

JOHNNY HODGES “MEMORIES OF ELLINGTON BY HODGES” NORGRAN MG N-1004 (USA)

このレコードは後日、同じNORGRANに於いても、VERVEでも発売になる「IN A MELLOW TONE」の原盤である。
後発はジャケットを変えて出した。
だが、私はやっぱり最初のこちらが好きだ。それはお前がオリジナル至上主義だからだと言われると反論は出来ない、
実際、本でも必ず初版本でなければ気が済まなかった。
ま、そういう話は置いといて。

このレコードはNORGRANの1004番だからかなり古い、だから写真のホッジスも結構若い。
ピアノの前で、何かの曲をおどけて弾いた様子が伝わる。
彼等は多分、ピアノは普通に弾けると思う。
良き時代の、良い写真である。
この写真にハッとした方もおられよう、指名手配の写真ではないが、VERVEのSAIDE BY SIDEの写真がこれの裏焼きなのである。商売はお金を使わないようにしないといけない。
そういう事である。

サウンドの話に移る。これは51年頃からの録音の作品である。
ようするにエリントンのいないエリントンバンドとでも言おうか。
だからと言って出来が悪いのではなく、実にエリントンらしい良い演奏ばかりが詰まっていて、尚且つ、そこにホッジスがクリーミーな味付けを更に施した、実に美食家のための超美食作品なのである。
「エリントニアン」という人たちはそういう人達なのである。
ホッジスの「DAYDREAM」から「SOLITUDE」などの長〜い、息使いのアルトの音色は、まるで本当に音に色が付いて出て来るような錯覚に陥る出来の良さ。

彼等の50年代の作品はどれを取っても、超絶な作品ばかり、出来たら、エリントニアンの作品はどれも聴いて欲しいものばかりである。

BEN WEBSTER “AUTUMN LEAVES”
2012/07/19

BEN WEBSTER “AUTUMN LEAVES” FUTURA SWING 06 (FRANCE)

このレコードは新入荷ではなくて、ひと月ほど前から店の棚にある。
それを今更なんだと言われると、私も少々困る。
困るが、ちょっと閃いてしまったのである。
昨夜、家で聴いていて、「彼のサックスは風」であると。

いつも言い続けていることであるが、彼のサックスは空気の音が物凄く多い。
それが空白でもなく無音でもなく、ちゃんと音がある。
それは「風の音」なのである。
サックスのムーディーな音に合わせて、その上に被さった倍音は、実は風の音なのである。
朝は朝の清々しい風があり、夜は夜で頬に優しい風がある、いずれも心を慰めてくれる風である。
いつの時間であっても、自分の体にそうっと入ってくる風があり、人も思いでそれはどうにでも変わる。
淡い色の風にもれば、灰色の風にもなる。
酸いも甘いも感じる人次第である。
だが、風の音だけで、人を感動させてくれるサックスは彼以外にはいない。
サックスを極めた彼にだけ許される音がここにある。
音楽の神の使いカラビンカに許された、彼の境地がある。

晩年はヨーロッパで過ごし、彼は最後までサックスを吹いた。
その死の一年前のフランスでの吹込みで、バックはGEORGES ARVANITASというフランスを代表するピアノトリオが務めた。
不思議に出来の良い作品になった。
ジャズを聴く人も年齢と共に、こう言うのを聴いてくれると良いと思う。

彼のサックスは風の音を聴け。
なんだか村上春樹の小説の題名のようになってしまったが、本当に私はそう言いたいのである。。

ところで、このジャケットの写真は何時頃撮ったのかはわからない。
だがセピア色の写真から、決して若くはない事が見て取れる。だが帽子のつばを上にあげ、意気揚々とした面構えと、愛用のサックスのネックを左手でむんずと掴んだその姿。
シャツは柄物で、左足のつま先の靴がピカッと光ったあたりは、洒落っ気たっぷり。
まだまだ男の色気が漲っている。
決して枯れていない男がいる。
ジャズはこうでなくては。

ROBERT MALMBERG “LINNEA”
2012/07/18

ROBERT MALMBERG “LINNEA” FERMAT FLPS35 (SWEDEN)

今回のこのレコードは久しぶりだ。
最近はこういうのも、なかなか入って来なくなった。
あちらの知り合いに一枚無いのかと聞くと、お前に売ったから無くなったと返事が帰ってくるのがシャクだ。

ジャケットを見ると、やや神経質そうだが整った顔にヒゲを蓄えて、白いワイシャツを来た所は、なかなかの伊達男である。アメリカの映画俳優のようなイメージも受ける。
かれはNISSE SANDSTROMのPAINTERという有名なレコードにもちょっと参加している、スェーデンでは中堅どころのピアニストで、ビル・エバンスのハーフ・ブラザーとライナーにも書かれたように、やや神経質な感じの端正なヒサウンドである。
だが、明るさはビル・エバンス以上で、とても親近感を持てるサウンドの人だ。
タイトルのLINNEAというのは女の子の名前で、可愛らしい花のイメージなのだそうだ。
作品を聴きながらなるほどと納得。

このレコードはほぼ自主制作だと現地で聞いた。
そのまま再発される事が無く、しばらくしてストックホルムのあるレコード・ショップが、彼と友達だという事で、許可を得てCDを作った、と。
モノクロの写真のジャケットだった。
それも何百枚のプレスだったという事だった。
当時は私のあまり知らないミュージシャンだったが、聴けばなかなかの腕前のピアノ・トリオなので、買う事にして、10枚ほど購入した。持って帰ったらそのCDが大人気であっという間に売れた。
次には店の中のあちこちに散らばって残っていたので、一生懸命に棚の下、階段の上、キッチンの中、と拾い集めて、10枚ほど買った。
次回に行った時にもっと探して、トイレの中にまで探して7・8枚はあっただろうか。

次に行った時には、まだCDが沢山家にあると。 ジャケットは印刷すれば出来るからというので50枚分ほどお金を払って来た。
そして、その次に行った時には店が無かった。

知合い数人に経緯を話して、どうしたのだろうと聞くと、かれは体が悪いので入院するとかで店を閉めざるを得なかった。悪い人ではないから気にするなと言われ納得した。
いつか店を再開するつもりでいると聞いた。
あれから10年。

それは置いといて、ナイス・ピアノ・トリオのレア盤である。
音質も良好で、これは全編通して気持ち良く聴く事が出来る。

因みに今回入荷したものは綺麗だ。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

 Copyright 2025 HAL'S All right reserved. Initial up at 2001