HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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景気の事
2012/09/26

景気の後退に関して私が見ていて、実感した出来事がある。

最近の震災とリーマンショックは実感があったが、それ以前にも波動的に不景気の要因はあったので、そちらの方を取り上げてみようと。
反社会的なやつだと思われそうだけど、まあいいか。

まず、官官接待が禁止された時。
これは随分前の話である。
マスコミなどで官僚たち同士の接待が取り上げられ、税金の使われ方が問題とされ、新聞テレビで随分叩かれ結局禁止になった。官官接待は東京だけでなく日本中の県庁所在地でも行われていたので、一発で効果がありクラブ・高級料理店などいっぺんに不景気になった。
大都市の繁華街は相当被害があったらしい。
という事は公的資金の注入というか、そういう効果があったわけで、あながち冗談とも言えないわけもない。
なら一層のこと今からこれをやった方が景気は回復する気がするが問題になるなあ。

次に飲酒運転の厳罰化。
運転しながら飲んでいて、人身事故を起こした事件などがきっかけとなり、飲酒運転に厳しい目が注がれるようになると厳罰化で罰金が数十万円という高額になった。結局日本中で飲酒運転が減った。
そういう私も友人も、以前は週末には車でちょっと離れた飲み屋に毎週末のように集合して飲みに行っていた。
時々警察が廻って来たが、それは駐禁の取り締まりで、マイクで呼びかけられると飲み屋から出て行って、慌てて裏に車を移動しても別段、取り締まりはなかった。検問はあったがそれはなんとなくかわしていた。
それが厳罰化と同時に、飲酒も酒気帯び運転も止めた。日本中で止めた。
結局、繁華街では人が消えた。
私の知っている限りでは、横浜などの繁華街の沈み方が目立った。
横浜などは車がないと不便でいけない。運転が難しければ行かなくなるだけの事である。
勿論正しい事にケチをつける気持ちなどない、ただこういう事もあったと言いたいだけ。
正しい事だからとて、みんなが幸せになるわけではない。
この世は全て作用・反作用、あちらを立てればこちらが立たずの通り。
ただ、今でも思う。みんなで寿司屋でも行って、「オレ車だからお茶で」この瞬間の淋しさ。せめてビール一杯くらいは良かろうと思ってしまうう。

所で、リーマンショック以来の不景気は目を覆う程のひどさである。
聴いた話だが、新宿の風俗店の社長が言ったそうだ。
「今まで、何があっても順調だった。男は欲求を我慢できないものだと思って来た。最近はそれが間違っていた事にやっと気が付いた。我慢するんだね」と。
未曽有の不景気がやって来た感が強い。
オマケに税金を上げるのが私の命を懸けた仕事等という、間抜けな指導者が現れるようでは、もう経済は終わり。上がって行く気配などあるはずもない。

しかし、オレの景気論は下品でいけない。

不景気
2012/09/25

最近一層、不景気感が強い。当店もまた厳しい状況下にある。

東京もひと頃の元気がない。新宿の歌舞伎町のタクシーの運転手に聞いても、以前は週末になると終電車が終わっても飲んでいる客が居て、深夜は結構お客を拾えたそうだが、今はあれだけ沢山の人が遊んでいるというのに、終電車の時間になると潮が引くようにいなくなる、さもなければ始発まで飲んでいると、こぼしていた。

先日も、福岡で仕事をしている友人が帰って来て、景気の話になった。
博多は原発の汚染の影響もないので活気があって良いのかと思っていたら、円高の影響で工業が振っていないと。
最近は街も寂しいと話していた。
一方、東の仙台も繁華街は一時活気があって復興の励みになっているという話を聞いたばかりだが、どうも最近は、こんなご時世に繁華街で浮かれているとは不謹慎だという人達が出て来て、それでみな遠慮勝ちになり、これも又さっぱりだと。
札幌の知り合いも繁華街を一つ外れるとさっぱりだと。
どうも日本中、いいところがない。

何故こんな飲み屋街の景気の事を書いたかと言うと、「水商売とタクシー」が社会の景気のバロメーターというから。
最も端的に出る景気の症状だと。
だとしたら世の中の景気は相当悪そうだ。

世の中には、そんな景気にすがって生きている人間は駄目なヤツと言う人達は多い。
だが、そういう上から眺めている人達こそ、景気が良いから給料も年金ももらえ、不動産の価値も保てるのであって、不景気になったら戦後の日本のように何も無くなる。
経済は巡ってこその結果であり、我れ関せずで、美味しい話などない。
皆、他人事では無いのだ。
お金は廻らないと。

86(ハチロク)の続き
2012/09/24

数日前の日記にトヨタの新車「86」に、お客様からメールが。

「99年からS2000に乗っています。2000CCで250馬力だったと思います。オープンは、風を感じて、気持ちが良いです。ホンダが2年先位に 軽のスポーツタイプを計画しているとの事、楽しみにしています。」
私と同じマニュアル派の方だったとは知りませんでした。

私の思い込みによると、ホンダのファンはずーっとホンダに乗っていてぶれることが少ない。セナのビデオとかも持っていたりして、きっとF1もずっと見ているのでしょうか。
ホンダのファンはそういう過去にも思いが行くことが出来るのがちょっと羨ましい。

そうだった。
すでにノーマルエンジンで250馬力をたたき出している車があった事を忘れていた。
それもオープンで剛性があって車重は1250キロだった。
それを思うと、やっぱり280馬力に行って欲しかった。
箱車なので1200キロは切って欲しかった。

まあ、比較すれば86は新車で280万円前後。S2000は新車で400万前後、生産中止になっても尚200万後半で取引されるという人気を裏付ける高品質スポーツカー。
比較したら可哀想という気もする。

さもなければ「86」と言うからには200万切りと1200キロ切りを目指し若者層に切込を目指すべきだったような気もする。大会社の事を偉そうに批評するな。
でもオジサン心配だから、不景気だし。
そういえば、昨日のニュースで中国の反日デモで壊された社屋や車の事を聞かれて、豊田彰夫社長が「自分の身体がもぎ取られているような気がした」と残念がっていたのを見て、私も胸にぐっと来た。


ちょうど、S2000と86の対決の動画があった。
http://www.youtube.com/watch?v=T9_hZqvY5RM&feature=relmfu

JOHN TOWNER “TOUCH”
2012/09/23

JOHN TOWNER “TOUCH” KAPP KL-1055 (USA)

一見して、このレコードはジャズっぽくないなと思った、長年の勘である。
だが、引っかる所がある、これも長年の勘である。
ごちゃごちゃ言わずに聴け。
聴くと、ストリングス入りでややイージーな雰囲気だ。だが何だか巧い、才能も感じる。
音楽が人の気持ちに入り込んでくる所が才能。
しかしこんな人は知らない。

そんな時はインターネット。便利な時代である。
JOHN TOWNERと打ち込んで検索するとJOHN WILLIAMSが出て来る。ジョン・ウィリアムスと言えばボストンポップスの指揮者でスターウォーズなど膨大な映画音楽でも有名人。まさかこの人でもあるまい。
苗字が違うからと探していたら、バイオグラフィーの所に奥様の名前があって、それなら、先ほど読んだレコードの裏のライナーノーツにも結婚したと相手の名前があったので、確認したら奥様が一致したから本人だった。
有名になる前の作品だった。
しかし、結婚した相手の女性の名前を書くとは面白いライナーノーツだ。よっぽど有名な女性かとまた検索したら女優だった。私は知らなかったがアメリカでは有名だったのか。
なんだかネットはあっけなくていけない。

所で、音楽。
ピアノがおそろしく巧い。速い曲など左手の動きと右手の動きが完璧であることが伝わる。
バックのベース、ドラム、ギターを良くスイングさせておいて、そこにあまりジャズっぽくないピアノを弾くと、これまた不思議なジャズのトリオの出来上がりである。1957年の見事な演奏になっている。
その後、ソドムとゴモラの街、いや違った映画の都ハリウッドでキャリアを積み、映画音楽の巨匠としてアメリカを代表する作曲家になり、ボストンポップスを10年以上も引っ張って来た功績が、この時点で既に予測できるほどの腕前である。
映画の情景のような音の流れで、人の気持ちにすっと入り込むメロディーを作り上げる才能は一聴の価値がある。
勿論、映画音楽のファンにもお奨めしたい。
そういえば、同じ年に作られた「World on a string Bethlehem BCP6025」もアレンジなど興味深い。

おはぎ
2012/09/22

今日はお彼岸のお中日。
私の口癖、暑さ寒さも彼岸まで。
まさにその通り、今日から本当に涼しくなって外の気温も22度だった。
私の記憶では、この言い伝えだけには裏切られた事がない。

それで、小田急百貨店を通ったので、地下の売り場で「おはぎ」を買って来て食べた。
お茶を入れて。
これも私の大好物。

この時期が来るとなぜか燃える。
子供頃からのご馳走といえば、田舎ゆえに今の様なケーキとかお菓子など買う事が困難だった時代、甘い物は家で作る餅米系かあんこ系になってしまう。
ケーキも良いが饅頭などがやっぱり好きだ、それは今でもDNAになっていて抜ける事はない。死ぬまで。
死んだら棺桶に、あんこ餅とか、おはぎとか、赤飯など入れてくれ。というほど好き。
赤飯って、自分で自分の死を祝ってどうする。
縁起が違うな。

稲荷寿司
2012/09/21

今日の昼は、「神田志乃田寿司」の稲荷寿司と海苔巻。
時々、ケンタッキーフライドチキンと同じように食べたくなって、伊勢丹の地下の食料品売り場に行く。

いなり寿司は、油揚げを醤油と砂糖で甘辛く似たら、もう9割は完成。
後は酢飯を作って冷ました油上げの中に押し込むだけである。
友達の気が利いたお母さんはゴマなどをちょっと加える。
ウチはそんな事はしない、しないが子供としてはもう十分である。
母親さえ面倒臭がりでなければ、なにかと言ってはお稲荷さんを食べさせてもらえる事になるのだが、ウチはなかなか親が動かないので、子供心に不満であった。
私は油上げの甘辛く煮た味が好きで、お稲荷さんはもちろん、うどんにも入れると急に美味しく感じられる。それは今でも変わりはない。

のり巻は「干ぴょう」をこれまた砂糖と醤油で甘辛く煮た。もちろん酒とみりんは必要だ。
志の田寿司のキャッチを借りると「甘味まろやかにしてコクのある稲荷寿司とじっくりと煮込まれたかんぴょう」である。

わが家でも夕顔を作っていた。夕顔はぐんぐん育ち、大きな明るい緑の実が棚から垂れ下がり、夏にはとても涼しげに見えて、子供心にも風情が感じられ、とても好きな景色だった。
それを取って来て、数センチの大きさに輪切りにした物を、数ミリの厚さに削ぐ簡単な機械があって、ぐるぐる回すとうどんの太くて長いが出来るので、それを軒先に干す。それが干ぴょうである。
幾つかの夕顔があればそれで一年分は事足りる。

昔は味噌や漬物でもなんでも、家でこしらえた。
母親の事を面倒臭がり屋に思っていたが、居なくなってみると、今それを自分で作る事もない。
今は買ってきた物に、化学調味料の味がするとか文句ばかり言っている。

本当は子供たちや次世代に受け継がないといけないのに、何もしない自分が情けない。
日本人として拙い。

夕食
2012/09/20

昨夜は、仕事が終わった後10時半過ぎに一人でトンカツ屋に行った。
遅くまで営業している店は歌舞伎町の「にいむら」しかないと思い、いつもそうしている。
先日はロースと海老フライを注文して、途中でギブアップしたので、今日はヒレかつ定食。

ここの店の一人客用の壁に向かった席が、閉鎖的で嫌いだが仕方なし。

食べていて気が付いた。
一人の客がとても多い。次々と入って来る。
遅くまで働いていて今から食事。

私もそうだが深夜に近い時間に、定食の夕食を取る事は、実は重大な問題で、11時頃になると、一日100万人が集まると言われる新宿でさえ、遅い夕食を取ることがほぼ不可能になる。
酒を飲む人はまだ良い。
飲まない人は行く所がない。
11時過ぎると寿司屋、焼き肉、など高額な店しかなくなるか、あとはファミレス。
帯に短し、襷に長し。

もっと遅くまでやっていてくれると良いのだが。
新宿は家賃が高いのだから。

耳年増
2012/09/19

耳年増って、しょうもない子供の事なのだが、なんだか良い表現で好きだ。
大体、年増って言葉も使われなくなった。
落語で、子供が「年増泣かせちゃった」。
「違うでしょ、お母さんでしょ。やだねこの子は」。
なんて会話もあったが、子供が言うから可笑しい。

昔はよく母親たちの話の端々に年増という言葉が出てきた。どこそこの娘がいつまでも嫁に行かないので年増になってしまったとか。早くしないと、その内に大年増だ、などと心配していた。冷やかし半分で。
昔は二十歳ちょっと過ぎれば、年増になると評判が立つ。私が子供の頃を思い出しても、30歳くらいだと想像していたが、その昔は二十歳過ぎれば年増だったそうだ。
私も年増と聞くと、子供心になんだか浮き浮きした気分になったものだが、一体何でそんな気分になったのか、今でも自分で理解出来ないが、まあ子供であっても男だったという事で勘弁してもらう。

それで子の癖に、周囲の大人から下ネタを聞きかじっているうちに立派な知識が身に付いて、遂には大人に交じって大人顔負けの下ネタを披露するようになってしまったませた女の子の事をいう。
今の時代の子は耳が付くのかどうか知らない。

耳年増ね。
せめて、ブルーノートのレコードは耳付で聴けたら幸せだ。
ジャズのレコードだけは、耳の肥えた耳年増になりたいものである。

(耳付:ブルーノートの原盤のスタンパーに着けられた"P"の文字が、耳の形に見えるので日本人が"ear"マークと言っている内に本家米国にも広がったもの、日本人って凄い)

ソーシャルネットワークサービス
2012/09/18

どんなに忙しくても人間、ちょっとした暇はある。
それで、よくMIXIをチェックする。
ニュースに関する書込みを読んでいて、面白いなと思われるのがあると、そこに私も書き込もうかとも思い、まずはその人のプロフィールを見ると、立派な事を書いている割に、若いのに仕事してなさそうだったり、一日に何回も書込みしていたり、精神的に問題ありそうだったり、とても攻撃的だったりするのを読んでいると徐々にその気が失せて行く。
顔が見えないという事は怖い事だ。
知らない人にあまり絡むモノではない。
ある時、出世した知り合いから「お前な仕事に生きている人たちはMIXIなんかやってないぞ。あんなのは暇人のやる事だ」とお説教された。
ハイその通り。でも最初は20歳以上という年齢制限があって、悪くは無かった。

FACEBOOKに入ってみた。MIXIと違って顔も名前も「実」なので安心したが、こちらは学歴や会社名だの、必要かとも思われない項目について、書かせるようになっている。
好きな映画とあるから書き込んだが入らない。どうも写真などが登録されている映画だけが入れられるようになっているらしい。 結局は企業側に都合よく種分けするための道具や仕掛けが沢山あって、人間をうまく分類して営業にも活用するようだ。それがまた、上手い具合にちょい中流に受けた。高学歴な人ほど大喜び。
なんだか信用できない気がして、その道のマニアに聞いてみた。
これはハーバード出身者が始めたものだそうだ。それなら初めから階級社会の再構築だったのかと納得した。一体この本当の情報は何処に行って、どこでどう使われるのだろう。個人情報など実は筒抜けだ。
考えると欧米や近隣諸国には都合よさそう。
しかし、遊びにも高校・大学など学歴が重要なのだと。それが私にお説教した友人も喜んでやっている。

書き込んでいる事はMIXIと大差ない。「どこそこへ行きました」それに対して友人が「今度誘って下さい」。
MIXIではだめでも、FACEBOOKなら良いのか。
でも、その気になって本気で誘って、来た友人など無い。
早く学習しろ!

最終的には、客同士は階級社会の再構築、情報はアメリカ経由でどこへでも。
こちらも怖い。
いづれにせよネットの怖さは必ずある。

一言でいうと、ただで使える物に良い物などない。
昔の日本人は言った、「ただこそ高い物はない」。

CONNIE STEVENS “CONCHETTA”
2012/09/17

CONNIE STEVENS “CONCHETTA” WARNER BROS. 1208
ジャズボーカルと言えないが。

好きな歌手なので掲載しないわけには行かないのだが、実は歌手と言ってよいかも疑問が残る、まあいいか。
一応スタンダード曲が沢山あるし、「SLOW BOAT TO CHINA」「POLKA DOT AND MOONBEANS」「SPRING IS HERE」なども歌っているので。

彼女は清楚、と書いているブログを時々見かけるが、清楚ではない。必ずセクシーさが付いて回る。
それは昔のTVドラマ「ハワイアン・アイ」に出て来る彼女はクラブで唄っている役柄で、その姿は可愛い、ひたすら可愛い、それでいて色気があってちょっと大人の品があって、ブリッコでアメリカの白人の美人の良い所をすべて持っているかのようであった。ゴージャス感と清潔感を併せた美人というのか。
ドラマの中で、クラブで彼女が歌うと客の野郎どもが、オオっと言いながら身を乗り出すという設定。
日本で松田聖子が有名になり出した頃、「ぶりっ子」という単語が流行った事があるが、白人の可愛い子ちゃん達こそ元祖ブリッコというべきで、ブリッコは取って付けた感じが無く、正に当然でありとても相応しい、その典型がCONNIE STEVENSではないかと思うのである。
どうでもよいブリッコ論は置いといて。

このジャケットを見るとなるほど可愛い。
カールしたブロンドの髪の毛、茶色の眉毛、ブルーの瞳、口の端だけで笑った様子、占領下でアメリカの宣伝教育され続けた我々には、これぞ私たちが待ち望んでいたアイドルだった。赤く塗った口紅が眩しいというか、ひょっとして遊び人じゃないかと思えて、それも大人の色気にも感じてしまい、近寄りがたい。
TVのドラマを見ながら彼女が出て来るのを待ち望んでいた。出て来ると我が家の写りの悪い白黒テレビでも、眩しくて照れくさくなってしまった。
そんなうぶな少年だったのだが、あれから50年。とうとうこんなレコードも手に入れるようになり喜んでいる自分が可愛いというか、可哀想。
それも置いといて。

このレコードはジャケットも若々しくてよい。
唄の感じもまだ若い感じがする。でもこの時は結構な年齢だった。それにもメゲズ若々しい所がエライ。

このレコードを聴いていて、先日のLOLA ALBRIGHTを連想してしまう。
両方とも同じテレビスターとして出演していて、ブラウン管の中でも、ステレオの中でも、銀幕の中でも唄った歌手だ。
またその後もしたたかにハリウッドで一流として生きた女優でもある。
こういう歌手たちに魅力があるのは、とどのつまり、結局アメリカが一番良かった時代の良さを身に着けていて、それが時々チラッと見せて聴かせることが出来る歌手なのだろう、とつくづく思う。
聴いていても気持ちが良いから。

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