HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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2012/11/17

半月程前のこと。
朝ヒゲを剃るため、シェービング・フォームを手に取ったら、ゴルフボールの小ぶりながら、まん丸いのが出来た。
嬉しくてしばらく眺めて、写真に撮ろうかとも思ったが、こんなものでわざわざ写真撮るほどでもない。大人げなかった、と反省しながら、そのまま顔に塗ってしまった。
また出来たら考えれば良いと。

だが、その後急に惜しくなった。
惜しい被写体とブログネタを逸した気になった。

さて翌日から、その気でやっているものの、さっぱり丸いのが出来ない。
数日間から焦ってきて、どうして出来ないものかと、取っては流しで何度も挑戦するも空しい。

しかし、こんなつまらない事でも簡単ではない。

あの時に写真にとれば済んだものを。
アホくさ。

夢の中の父
2012/11/14

そうそう、姉の見た夢。
ちょうどお盆の頃、夢を見た。
亡くなった母を迎えに行って上げなくてはいけないと心配した所に、亡くなった父が薄地の半そでシャツと薄地のステテコ姿で出て来てた。
姉に向かって「私が迎えに行くから心配するな」と一言言って消えて行ったそうだ。
その後、母の夢を見なくなったそうだ。

父の薄地の白いシャツとこれまた薄地のステテコは私の夢にも時々出て来る。
生前は、余程この姿で、家でゴロゴロしていたのかと考えたが、意外にそういう風でもなかったから、変だな。
怖ッ。

白菜
2012/11/13

昨日の続きで。
姉の知り合いで白菜の葉っぱは何枚あるか興味を持った人がいるそうだ。
数えたら80枚あったと。

ヘンな人達。

じゃ私も、キャベツの葉っぱの数を数えてみようかな。
学問とか研究とかは、こうやって始まるのだろう。きっと。

食用菊の花
2012/11/12

長野の姉から食べ物が届いたので、電話を掛けた。
夜9時だったが「こんなに遅い時間に電話なぞして」と怒りながらも、なんだか嬉しそう。

姉も七十で一人きりの暮らしが長い。
これから寒い季節がやってくる。
そんな姉の事を思うと、訳もなく切ないが、姉は明るく屈託がない。

ふと話のはずみで、「今まで食用菊の花を毟っていたのだが、一つの花に幾つ花びらが付いているかふと疑問に思ったので、数えたら180枚あった」という。小さなものも数えたら130枚あったと。
菊の花びらの数などに、興味を持って良く数えたものだが、小さな花にこんなに沢山の花びらを付けたと、しきりに感心していた。

なんだかヘンだが、まあいいか。
私より元気だ。


ソニックユースの
2012/11/11

2・3日前の夜、サーストン・ムーアさんが久しぶりの来店。
相変わらず、レコードが好きだ。
これは初めて見たとか、日本盤が再発されたのかと、大したコレクターである。

9時半も過ぎた頃、はじめて買ったという英語版の東京ガイドブックを広げて、夕食を食べたいので、どこそこの豆腐屋に行きたいとか、うなぎ屋とか、てんぷら屋とか言うのだが、みな遠く、閉店時間だから無理。本当は近くの天ぷら屋さんに案内しようと思ったが、そこも閉店時間。

すると彼が、以前に行ったことがあると言う新宿の回転すしに行こうという事になった。
場所を忘れたというので、ウチの従業員に案内させて行かせた所、いつまでも帰って来ない。私は待てないので帰った。
そしたら1時過ぎにメールが来て、どうせだから一緒に食べろと食事もおごってもらって、付き合えと二次会にも連れて行ってもらったそうだ。
金はウチで払えと言っておいたのだが、聞かなかったようだ。
ノリのいい人だ。

サーストンさんは何処となく育ちが良さそうで、背も高くて、頭も良さそうで、なんだかそばにいると気後れしてしまいそうだ。

ジントニック
2012/11/10

夜、遅くなった食事ついでに、ちょっとやろうかと向かった店が、末広亭の近くのロック・ソウルなどの音楽が掛かっているバー。 なかなか感じも良い。注文したジントニックが美味しい。感心。

ちょっとだけいて店を出て気分が良くなったところで、ふと見ると、ちょうど近くの看板にJAZZと書かれていたので、そこにも寄って見る。
それが大失敗。
店内に入ったら臭い。トイレの臭いや魚を焼いた臭いが立ち込めて、思わず帰ろうかと思ったのだが、もう店の中に立ってしまっているし、「いらっしゃいませ」の声を聞いてしまったあと。
仕方なく入口近くの席に座って、ここもジントニックを注文。
JAZZの看板も空しくジャズの音よりもテレビの音の方が大きい。
ジントニックも薄い、味気ない。
一杯を急いで途中まで飲んで、早々に退散。

只のジントニックでも作り手によって味が違う事を実感。

JAZZの単語に騙された、今日のオレは勘悪し。

FREDDIE HUBBARD THE NIGHT OF THE COOKERS VOL.1/2
2012/11/09

FREDDIE HUBBARD “THE NIGHT OF THE COOKERS VOL.1 ” BLUE NOTE 4207
FREDDIE HUBBARD “THE NIGHT OF THE COOKERS VOL.2 ” BLUE NOTE 4208

今回は2枚一遍に。
一応続き番号で、演奏も二日間に及ぶライブの記録だから、セットということで。
私は一遍と言う言葉が好きだ、一緒、一度、一回のことなど同時に全部という感じが端的に表れていてその勢いが良い。時間的な全てを含んだ感じも、さらっとクールな感じも良い。
例えば「百年の恋の一遍」という使い方が本当に粋だ。
昔の言葉は良い。

何の話だったか?モトイ。
このレコードは言いたくは無いが、たった一つ大きな欠点がある。
それはレコード番号が4200番になってしまっている事。
演奏内容は抜群なのに、どうしたってマニア的言えば、その金銭価値の低い事。
65年だから仕方のない事と言え、マニアとして私は本当に残念でならない。
今日はどうでも良い話ばかりで音楽の話がない。

ジャケットはブルーノート得意の、例によって大きな文字に小さな写真を散りばめて、第1集は赤紫の地にオレンジの文字、第2集は青地に黄緑の文字抜きというデザイン。
それでもブルーノートらしさは存分に出ていて、文句の付け所は無い。

昔、まだ私も若かったのだが、その頃友人が、何とかいう音楽スクールにジャズを習いに通っていて、先生にどういうレコードを聴いたら良いのかと尋ねたら、これを聴けと教えられた。
これには演奏者がするべきことが全て含まれていて、その一緒に演奏する意味、楽しさなどが全て教科書のようにあると。ライブとしてリズム、管楽器、ベースなどほぼ完璧な演奏で、更に元気な演奏があると。
リー・モーガン、フレディ・ハバードの競演もスリリングで見事、ピート・ラロッカのドラムも良い。
これぞ教科書!という訳で、友人からその有り難いお言葉を、伝え聞かされた私も一生けん命に聴いたのである。
一曲目からラテンのリズムで客を乗せるのもサービス精神のあらわれか。当時のライブ演奏の教科書といっても良い作品である。

フリージャズやモンクのレコードのように暫く我慢する事もなく、即楽しさは伝わり、私もジャズ・ファンになったのである。それからはブルーノートのサウンドにも親しみ、ジャズ青年になって、レコード代が家3軒分と嫌味を言われるようなマニアになった。
そういう私の20歳を過ぎた、ちょっと遅れた青春の一コマとしてなくてはならないレコードなのである。
だから他人に関係ない話をするなと言われそうなのだが、ほら、信者としては他人にも奨めたくなるのがこの世の常。
どうかご理解の上、一票を。
レコード屋の一票とはお買い上げって意味になるな。

オスプレイ
2012/11/08

ニュースで盛んに問題視されている、にっくき米軍のオスプレイ。

オスプレイ反対のテレビ画像で見ている内に、何度も何度も、繰り返し見ている内に私の脳が受け入れてしまったみたい。
申し訳ないが、なんだかカッコ良く見えて来た。
あれはカッコいいな。
正直なところ一度乗ってみたい。
チャンスがないのだろうか?

ENNNIO MORRICONE “METTI, UNA SERA A CENA”
2012/11/07

ENNIO MORRICONE“METTI, UNA SERA A CENA” CINEVOX MDF3316

ジャズではないが、個人的に好きだという理由で勝手に掲載。
私がこの曲を知ったのは、店を始めてから優秀なアルバイトに教えてもらったから。
ここは素直に。

イタリアの買付で仕入れて以来、大好きな一枚となった。
当時は日本盤も発売されておらず多くの人たちから欲しいといわれたものだが、最近は再発ブームで何でも再発となりこれも出されてしまい、騒がれることもなくなった。
それで仕入の値段も下がったかと思われると、そうでもなくてやっぱり昔のままである。おまけに入手は困難になった。暫く前どうしても欲しくてイタリアに行ったときにEPがあったので一枚自分用に購入して来たが、どうもその時のEPの音質があまり綺麗でなく、ちょっと編集も違っていて、やっぱり自分としてもLPが欲しいと思う。
私もいつか買うのだ。

この作品は60年代の「ある夕食会のテーブル」という映画のサントラである。
私が見たことが無いというと未公開なのだそうだ。それでもその人は見たが、大した事はないというが、イタリア語が解る人がいるものだねと尊敬してしまった。
このレコードはジャケットの作りも素敵で、ダブル・ジャケットのややセクシーな表紙を開くとテーブルを囲んだハイソサエティーの五人の集まりが写し出される。
次をめくると、写真と説明が見開きになっている。
ちょっと退廃的そうな雰囲気のイタリア映画であることが伝わって来る。
ジャケットの内側にも、色々付いているものを見ると、どうもコレクター心をくすぐられる。
当時でもCINEVOXからシングル・ジャケットの再発があったがそれも見なくなった。

音楽は一曲目のテーマ曲の美しさが際立って見事である。そのメロディーを、ボサノバのリズムが大人し目に下で支えているのも洒落ていて好きだ。
イタリアン・サントラの最高峰の一曲と言えるモリコーネの作曲は見事である。
出だしから、いきなり入るスキャットの使い方も見事である。
映画に対する興味が沸々と湧いてくる出来の良さに感心してしまう。
スキャットはEdda Dell'orso(エッダ)で、イタリア・サントラのスキャットの出来の良いのは大抵彼女である。
馬鹿の一つ覚えで、イタリアに行き、出来の良いスキャットを聴く度にエッダかと尋ねると、お前はエッダしか知らないのかと馬鹿にされる事を繰り返したものだ。

前にも一度書いたが、このスキャットを伊集加代子が歌ったらどんな風になったろうとか、いつも想像してしまうのである。

DON BYAS “30th ANNIVERSARY ALBUM(BIG SOUND)”
2012/11/06

DON BYAS “30th ANNIVERSARY ALBUM(BIG SOUND)” DEBUT 142 DENMARK
At the Cafe Monmartre

これは大名盤。
裏のライナーノーツによると、ドン・バイアスは46年第二次世界大戦後のコペンハーゲン空港に降り立った最初の米国人のジャズミュージシャンだったと書かれている。
大好評の内にヨーロッパ各国で迎えられ、47年にはスイス・フランスと録音が進みあの有名曲「Laura」もバークレイ・レーベルに吹き込む。
彼の絶頂期であるヨーロッパ時代の幕開けである。
その後オランダ女性と結婚もし、かの地での足場を固め、アメリカから来たジャズメンと多くのライブや録音をするのである。
このレコードは63〜64年のカフェモンマルトルでのBENT AXEN(p), N.H.O.PEDERSEN(b), WILLIAM SCHIOPFFE(ds)
とのワンホーン・カルテットである。正しい日にちは不明である。大体欧州のレコードはこんな程度である。
また、このDEBUTという会社もそろそろ閉める時期に来ていて、この作品もオランダPHILIPSの協力で制作されており、ラベルは黒のカンパニーラベルでメイドイン・デンマークであるが、スタンパーはPHILIPS盤と同じである。だが幸いこちらは盤の重量が、まだ重い。
ジャケットにはオランダのPHILIPSにDEB−142というシールを貼ってはる。かつて神経質過ぎて、このシールを剥がしてしまい、ただのオランダ盤になってしまった人の話もあった。

さて演奏。
アナウンスの後、「THERE’LL NEVER BE ANOTHER YOU」の演奏が始まる。
「ANTHOROPOLOGY」「A NIGHT IN TUNISIA」等が演奏される。私は最初の「THERE’LL NEVER BE ANOTHER YOU」と最後の「DON’T BLAME ME」のスタンダード曲が好きだ。背伸びをしない、無理のない、ゆったりした流れるようなサウンドで、彼のサウンドは男のだらしなさの極致である。
それで、彼がだらしなく吹いているかと思うとそうではなく、どうも実に神経質にサックスを扱った上でのだらしなさで、これぞ極致と言えそうである。これは実にすごい。

彼のサックスはDolnet(ドルネ)というフランスの小メーカーから供給を受けた。
彼のサックスは特注でネックのオクターブ・キーは蛇の形と彫刻が施された見事な工作である。
ところがこのオクターブ・キーと言うのは僅かでも重量がかさんだり、動きに問題があれば、とても使いものにならないはずであるが、彼のオクターブ・キーはある程度の重量があるにもかかわらず、神経質な動きにも反応したと思われる非常に精巧な作りである。という事でこんなつくりのサックスなど普通はない。
このドルネという会社もドン・バイアスに相当惚れ込んだ結果の、供給ではなかろうかと私は考えるのである。
勿論マウスピースにも凝った扱いをしていたようだ。
男たる者、人に悟られないように気を使いながら、それを、さもだらしなく見せる。
現代人も見習いたい。
男だね〜!


(ジャケットの写真にもネックの部分が写っているが、他にもネックの部分がはっきり写った写真があったので、参考になれば良いと思い掲載した)

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