HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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優雅な浮浪者
2013/03/11

ちょっと驚いた、今日の浮浪者。
何が驚いたというと、大ガードの交差点の人通りの多い中で、ゆうゆうとベットで寝ていたから。
何と言っても一日100万人が集まると言う東洋一の繁華街。
その新宿駅西口と西武線新宿駅を結ぶ、交差点の人通りが多すぎて、青になっても車が通る事が出来ない程の人混みの交差点である。
そこにベットを置いて、背をやや上げ、毛布にくるまって寝ていたのである。
お巡りさんも近くにいたが注意無。
あくせくと歩く人ゴミの中で、見事な優雅さ。
思えば「優雅な生活」という事態を思うに、「人混みの中でベッドで寝る」とはパラダイスの極致であり、かのF.S.フィッツジェラルドの小説の主人公ギャツビーも及ばないに違いない。

一度はやって見たい。

黄砂かPM2.5
2013/03/10

風が強くて空が真黄色。
洗車した車も既に真黄色。

中國から、PM2.5という新たな空気汚染物質飛んで来ているというから、思わず、嫌われもの芸能人の筆頭と言われる「江頭2;50」を想像してしまった。
エガちゃんは見ているだけだから実害はないが、PM2.5の方は体に悪く、逃げようもないという悪辣なヤツ、恐るべし中国の毒ガス攻撃。
大人しい日本は打つ手なし。

と思えば、今日は強風のため砂を巻き上げた結果だそうだ。
日本の空も、中国に負けずに真黄色。
今日は勢いがある。


「花粉舞う ゴミも舞う舞う PM2:50」 

沢庵
2013/03/09

沢庵と言えば、いつもの子供の頃の食べ物話になってしまう。

晩秋に家族総出で収穫した大根を大きな籠に背負って(しょって)、畑と家を何度も往復すると、前の小川でタワシで洗い泥を落とし、包丁で葉っぱを落とす。この頃の葉っぱは筋ばかりなので食べない。
それを荒く綯った藁縄の間に大根を入れながら結わき、軒先に吊るし乾燥させる。
軒先にいっぱいに垂れ下がって、並んだ大根の眺めは見事である。あるが、子供には、大根など美味しくない物の筆頭に挙げられる食物なので、なんの感慨もない。
冬が来る前に、ちょうど良い塩梅に大根から水分が抜けたら、それを樽のカーブに沿って丸く並べ、塩と糠で付け込むのだ。思えば立派な発酵食品である。
冬の間はもちろん年中、沢庵ばかりが食卓に上るだけでなく弁当にも沢庵が入っている。
私は沢庵を食べなくても良い生活がしたいといつも思っていた。
それは料理下手のうちの母親の沢庵はあまり美味しくなかったので、私は余計に沢庵に興味が無かった。
今になって思うと、沢庵を漬けるだけでも大変な仕事だったのに、不味いと文句を言ってばかりで申し訳なかったと、今更に反省するのである。

結局は母の思い出というと、割烹着を着て漬物を漬けたり味噌を作ったりしていた頃の姿である。


「いつまでも 母は漬けもの 桶のそば」

沢庵
2013/03/08

昨日、終業の時間が遅くなったので、近くの寿司屋へいった。
それで、沢庵が出て来て齧っていると、隣の人もポリポリと食べていて、その響きの良さに、美味しさが出て嬉しくなった。

そう言えば、沢庵を噛む音で一番だった人は、亡くなった義父。沢庵をかむ音が、ボリボリと響いていつも感心していた。本人も歯が良いせいだと自慢していた。
80歳を過ぎて全部自分の歯だったので、納得していた。

人によって沢庵を噛む音の違いは一体何処から来るのか、音に興味のある私としては、色々な人の噛む音を聴きながらいつも考え込んでしまう。
頭や顎の骨格、歯の形や丈夫さ、口の中の形や大きさ、噛む力、噛むリズムなどが影響しているのだろうと思うが。はてさて。
昨日の話の中で、沢庵の厚さも関係するのではないかと、という話にもなった。

こんな事で考え込むオレはやっぱり馬鹿だなあ。


沢庵の 噛む音高し 鮨旨し

CDデビュー
2013/03/07

店のバイト君、遂にCDデビュー!

当店でジャズなどの音楽の勉強も兼ねてアルバイトをしている吉田洋平。
インディーズのミュージシャンの間ではかなりの評判とは噂は聞いていた。
それがミュージック・マガジンなどの執筆活動でも有名な、インディーズにも明るい音楽評論家の「岡村詩野」さんのラジオ番組に応募した事で、先生が気に入ってくれたのか、目に留めて下さり、ちょっと誉めていただいた。
その後も、ラジオ番組でも数回流してくれるという格別の有り難い扱いを受けることが出来た。
それが弾みになり、そんな天才なら、ウチにいるのも何かの縁と、当店の別レーベルの「メリトカリ」でCD製作となった。

彼は横浜出身で、慶応大学理工学部から大学院を卒業し、卒業後は「日経BP」に在籍して記者をやっていたのだがが、30歳を過ぎても音楽への思いがあって、定期的に作曲や演奏活動を行っていた。
しかし、音楽への思いは絶ち難く、日ごとに思いは募った。
ある日家族に、会社を辞め音楽一筋に生きたい旨を打ち明け、許しを得て音楽家を目指すことになったのだ。
それだけに、毎日の楽器練習も熱心で、その間の曲作りと、寝る間も惜しんでの音楽活動には、私も応援したくなる。

是非、彼の成長を見守って行きたいと思う次第である。

CD [From Now On]
バンド名 吉田ヨウヘイ洋平グループ
価格 ¥2,000円

音楽サンプルは彼のHPでも見ることが可能です。
http://rensyu.sumomo.ne.jp/example/from-now-on

ご注文
関東地区、専門店などで扱っています。またアマゾンでもオーダーは出来ます。その際は「吉田ヨウヘイ」で検索して下さい。
当店にオーダーいただけます。(送料無料)当店のHP「About us」「Contact」からメールにてオーダーでも、当社のEメールでも、電話でも構いません。

よろしくお願いいたします。

つくし
2013/03/06

一昨日は春一番も吹いた。
土筆(つくし)の出る季節。
田圃や畔道に生えているのを見ると、なんとなく幸せなきもちになる。

ところで、土筆はスギナと同じ植物だけれど、土筆は土筆でスギナにならない。
土筆はスギナの胞子径で、土筆が成長して胞子を出すとその後、緑色のスギナが出て来るのだ。土筆の役目は終わりでスギナの成長には関わらない。

なぜ、そんな面倒な事をするのか知らないが、ヘンだ。
土筆は土筆、杉菜は杉菜、別々に

言いたくないがTPP
2013/03/05

私は天下国家の事は言わない事にした。所が気になって仕方が無い。このTPPという3レターコードがすっきりしない。胡散臭い、信用出来ない、不安を感じてしまう。長い人生の経験から来る直感というやつかな。
まず名称。英語でTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreementと言う。
日本語で環太平洋戦略的経済連携協定というが名称は他に複数、環太平洋経済協定、環太平洋連携協定、環太平洋パートナーシップ協定と徐々に柔らかな言い回しになって行く。政治は柔らかな言い回しの時は経験的に要注意である。
何だかヘンだなと思ってよく見ると、TRANS-PACIFICがなんで環太平洋なのか? 私は旅行会社にいたので、地域の名称には敏感で、PAN」は即「環」となる事は知っている。そうでなくともTRANS-PACIFICと言うからには太平洋横断戦略的経済連携協定となるはずである。即ちこちらは日本にとって、アメリカだけが目標として考えるのが正しいのである。
即ち環太平洋諸国仲良しクラブ、のようなイメージではなく、もっと強烈な経済戦争が迫った事が理解出来るというもの。
一部政治家やマスコミも心配する向きもある。民主党は賛成派で、自民党が反対だったはずが、政権が逆転するとやはりこれも不思議な事に、なんとなく逆の向きになって来ている。政治家がいかに利権を向いて働いているかという見本であるが、日本の置かれた立場や風土から考えるに今更どうという事もない。

ところで、TPPの良いとする意見を集めると。
安い輸入商品が入って来て庶民には有り難い。
日本からの工業製品の輸出が増えると。

悪いという意見を集めると。
安い輸入品におされ、国内の米など農産物が売れなくなり農家の廃業から食料自給率の低下となり気象の不安定な年は、それに便乗した農作物の価格の上昇や、制限を掛けて儲ける国が出てくる事が予測され、最悪は飢饉が来る。
事実アメリカの小麦等農産物はこうした事があり、苦労した国が過去にあった。
日本の農家など被害総額は10兆円を超えるという計算が農水省であったともいう。
そうなると、工業製品も海外から輸入品が流入すると、国産商品の価格が下がり、結局デフレになり、経済活動が縮小され日本の企業が倒産する事が予測される。
日本が世界に誇る金融や健康保険制度が崩れる。
なんだか否定的な意見が圧倒的だが、さらに食の心配事があると。
流通が自由になると、米国の遺伝子組換え小麦やら、農薬を使用した農産物・主食が流入する。
安い食品という事は、即ち大量に作られるという事であり工業製品という事にある。ようは化学薬品で構成された食品または穀類が出回る事であり、商品の選択がしにくくなる。

悪い事ばかり考えないで、その前にそもそも関税となにか? またどのようにして現在の関税に至ったか考えよう。
ネットから拾った所によると「関税の目的は、まず国家の財政収入が一番。2番は国内の農業や産業を保護する事であると、ハイ、納得。
現在でも発展途上国では国家財政の主要な収入である。だが日本においては、関税のかけ率はガットにおける交渉などで下がっており、関税負担率2%でを割っており先進国の中でも最低国の1つとなっている」らしい。
すると関税の高い低いはあまり心配のないことであろうか。農家は国に甘えていないで自己努力をすればよい。自由競争の中ではいつかは超えなければならない宿命である。

次に、関税はどのようになって来たかと言うと、幕末の不平等条約でほぼ関税が認められていなかった。それで日本は大変苦しんだ。ここんとこ重要じゃないか?赤線引いてと。
明治政府は苦心の末、要するに日露戦争後1907年に締結された日露新通商航海条約で口火を切り、1911年にアメリカとの日米通商条約を締結し、ようやく関税という貿易の大切な武器を手にしたのである。勝ち取ったのだ、パチパチ。
その、グレート東郷の日本海海戦の勝利で、やっと手に入れた、関税という伝家の宝刀。
それを親分さんのアメリカが幕末のように関税撤廃、さらには市場開放とまるで植民地の様な、アメリカ企業・国家のやりたい放題の経済活動こそ、「戦略的経済連携」だったのかと理解できたのである。
オジサン鈍かったが、時間を掛けてやっと理解してきた。
ちょうど100年前、明治の先輩たちが苦心の末、やっと手に入れた「関税」という伝家の宝刀。関税という防波堤がある故に、日本の経済活動は守られて来たのだ。
これを今簡単に手放そうとしているのが、現状である事が分かった。堤防がくずれれば、後は、なし崩しに崩れて行くのであろう。
自由な経済活動とは強い者・国が勝つというのは、当然の理屈である。
今後どうなるか、オジサン心配だわ。

ところで、心配ばかりしても仕方が無い。現実問題として、環太平洋ではなく太平洋を越えた二国間で貿易問題が起き場合はどうなるか?
ここが最も肝心な部分で、メインイベントの所だから調べてみた。ここも赤線だわさ。

するとこんな文章がある。「政府は国内企業と海外企業を同等に取り扱う義務を負う」ネットで拾った。「米国企業が米国内の規制に合わせて、日本国内で事業展開しようとしたところ、日本政府が国内法規を前提に事業を認めない場合、=公正な競争が阻害された=として訴えられる可能性がある。」
これって凄くないか?
アメリカの一企業が日本政府に健康保険のマーケットを解放しろと突きつけられて、無視しているとすると突然訴えられ5000億円損害が出たから支払えと命令を受けると。自動車業界は軽自動車を解放しろと、無視したから日本が500億ドル払え。米の品種を解放しろそれで損したやれ3000億円。牛肉を買え、でも買わなかったそれ2000億円。と留まる事がない訴えと損害の支払いの連続が押し寄せるのが、悪代官アメリカのやり方。今でもアメリカでは日本企業が次々と訴えられ、大人しく多額のお金を取られ続けているのは、ニュースを検索すればいくらでも出て来る。
日本は金があって、大人しくて、諸国の草刈り場。

では訴えるって、一体何処に訴えるか?その場所は、裁判官は?
残念ながら調べても明確ではなかった。はっきりはしなかったが、なんとなく予想の通りアメリカにあって、どうも人選もアメリカが行い、アメリカの都合で裁定が出されるようなことがチラチラと見え隠れする。どうもアメリカ主導のアメリカ覇権型経済活動であるようだ。

また、ネットから丸写しだ、面倒だし。
「ISD条項という、国連には、国際商取引法委員会規則というルールがあり、このルールに則って判断が下されるという選択肢も存在している。先に示した例で米企業が日本政府に勝った場合、損害賠償金を得ることができるが、日本の国内法を改正することはできない。
交渉力の強い米国主導で決定され、米国企業が一方的に有利になるシステムが組み込まれる可能性が高い。」

とどのつまり、日本にとっては幕末に締結した不平等条約の再来となる可能性が極めて高いとも言える。
世間知らずのお坊ちゃまか、解っていてもノーと言えないか、それとも己の私服を肥やす事を目的にしている日本の政治家なのか、それに畳み掛けるジャイアンのようなアメリカに、日本はジワーッと巻き込まれていくのか?
とんでもない恐怖を秘めたTPPなのである。

国民が たちまち ピーピーになる TPP

そば
2013/03/04

朝、コーヒーを飲みにセガフレード。
久しぶり。
バリスタのお兄さんがいて、私の皮のハーフ・コートを見ながら「おや今日は暖かいので私など半袖ですが、厚着ですね」。
そうか今日は暖かいのか、と人に言われて納得。
最近は暑いのか、寒いのかよく解らなくなってきた。

昼は近くのそば屋で。
好みは、てんぷら盛り合わせとザル蕎麦だが、冬の間は、私はいつも「かけ」に変えてもらっている。
さすがに今日は暖かいと女将は思ったらしく、今日は冷たいのにする?と聞かれたが頑なに「暖かいの」。
分かっているんだオレだって、本当は、蕎麦は冷たいのが美味しいのだ。

寒がりだな、オレは。

カラス
2013/03/03

今朝、散歩で新宿区役所の前を歩いていると写真のように、黄色のパンジーの芽や花や葉っぱが飛び散って歩道に落ちている。
「こりゃヘンだわい」と思い、上の方を見上げると。
カラスが一羽。
冬の殺風景な藤棚にこしらえた鉢植えに乗って、花を食べようとしていて、口ばしであっちこっちに、千切っては投げ、かじっては投げの狼藉ぶり。
その悪戯ぶりがいかにも得意げで、見ているうちに可笑しくなり、携帯の写真に撮った。
仕草は結構可愛いもので、しばらく見とれてしまった。
その間、いっさい注意はしなかった。
余りに見事でね。

カラスも色が黒くなかったら、もっと人気者になれた可能性も高いのにな、と思うが。
だが、昔のテキ屋の口上の「色の黒いのが貰い手無けりゃ、空飛ぶカラスはみな後家さん....。」という言い方もある。
そうか、色が黒いのと人気は関係が無かったか。
カラスの行動が不人気だったか。

月光茶房の
2013/03/02

月光茶房のご主人が写真の個展を開いたのだが、今日が最終日だと。
必ず見に行きますと言ってあった。
今日まで、従業員が出張で、私一人で店番。
可能なのは画廊が開店の11時から30分程。

ヨシ行くぞと決めて、出かけた。
11時、目標の四谷三丁目の荒木町に着く。
実は、思えば14年前の事、荒木町この地でレコ−ド屋を開店する予定で飲食店の2階に店を借り、豪華な看板を着けるも、開店一週間前に一階部分からの出火で全焼の火災。
やむを得ず撤退した苦い思い出の場所ではあるが、街には詳しい。
詳しいのでタカをくくっていた。

所が、この辺かと思った場所に画廊がない。周辺の杉大門通り、車力門通り、津ノ森坂、等々こまめに探してもない。
地図は持って来ないかった。画廊の電話番号も知らない。
私の携帯は昔のだからパッと地図が出るわけでもない。
苦節30分、ついに矢尽き刀折れ、あえなく退散。

四谷三丁目の辺りは新宿通りと外苑東通りとの位置関係を頭に入れて行かないと、場所を特定するのは困難。
残念ながら、荒木町からは、又もや逃げ出す事になったのだった。

人の人生、運の無い場所もある。

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