HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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BREEZE AND I
2013/06/17

EDDIE LOCKJAW DAVIS のLIVE AT MONTREUX ’77  PABLO  2308 214

以前、「そよかぜと私」という曲の事を書いた。
その時に、ちょうど良いレコード・アルバムがなかったので、YOU TUBEの動画をアップした。
http://www.youtube.com/watch?v=Eq-WvB7kPIE

だが、あの演奏は77年のMONTREUXのライブなので、アルバムが出ているはずだとそれとなく探していた。
そうしたら、何のことはない。
店内の売り場に置いてあったと。やっぱり僕は迂闊だなあ。
というわけで、もう一度、アップする事にした。

この曲は私たちのもっと上の世代の人たちは知っているはず。
ステレオの流行り始めの頃、戦後30年代から流行った映画音楽、ムード音楽集のアルバムの中には必ずと言って良いほど、入っていたから。
またエレクトーンの流行り始めの頃には、楽譜集にはこれまた、必ず入っていたのである。
ムード・ミュージックのスタンダードだった。 
「そよかぜと私」というタイトルも当時、受けそうな名前である。
だが、ジャズではあまり演奏されなかった。
きっとメロディーが甘すぎたのか。

そういえば、我々は「風」と一言で片付けるが、英語の風は沢山あったはずだと思い辞書をひくと。

BREEZE そよ風
WIND   風
BLOW   強風
BALST 突風
VORTEX 旋風
TORNADO 竜巻

日本語は風に何かを繋げて単語にしている。小さな工夫の跡が見える。だが、英語はそれぞれの呼び名があって、表現の多様さは日本だけではないと実感。
必要に応じて言葉も色々。
人生色々。

このレコードの事を何も書いてない。
このアルバムは、77年モントルー・ジャズフェスティバルでのライブで、
OSCAR PETERSON, RAY BROWNなどとのワンホーン。
彼のLOCKJAWという通名は、まさにアゴという名前からして凄い。
彼のサウンドは日本では下品とされて人気がないが、欧米ではジャズのスターとして評価は高い。
この辺りの音楽の好みは国民性で別れるのが、面白いところである。
というわけで日本人が聴いても、受け入れられそうなレコードをさがしていたのだが、これならイケルと思った次第である。
出来は良いので、ぜひ聴いて欲しい。
パブロのこの辺りは軽視しがちだが、聴けば意外に出来が良いのが多い。

生活保護
2013/06/16

昨日の続きで、人口の話で、
戦争が終わった時の、生活保護者の人数を、最近の受給者の人数の方が上回ったというニュースをやっていた。
戦後は、戦争で破壊されてしまったのは街や秩序だけでなく、市民の生活そのものだった。
故に生活苦から生活保護の必要があった事は理解できる。
あれから60余年。
国連開発計画(UNDP)の発表では日本は世界大10位の豊かさ。
基本的に米国より豊かな国である。
日本は米国より貧富の格差が少ない。
マスコミが指摘する程、格差社会とも思えない。

そういう日本で生活保護を受ける人が戦後のどさくさ期よりも多いとはこれいかに。
数字をみたら、20〜39歳の受給者が14%もいる。
これって拙い事態ではないか。

消費者庁の分析によると、サラリーマンには、つらい往復時間に加えて残業がある、云々と書かれている。
あれ?我々の頃の方が、通勤時間は長く混んで残業は100時間を超える事は普通にあった気がするので、説得力はない。

早い話が、戦時中より出生数が少ない事とか、関係あるのだろうか。

豊かであることが当たり前の社会では、豊かでないと生きるのがしんどい事は間違いない。
だからといって、働く意欲を失った社会には、どう足掻いても上昇はない。
国に向かって、口を開けているだけでは、進歩はない。

団塊
2013/06/15

この間、本を読んでいたら中に、団塊の世代が作ったバブルの後遺症の片づけを40代の俺たちがやらされているのが、腹が立つ、という文に出くわした。
ここで初めてバブルは団塊の世代が作ったと思う人達がいるのだ、と感心した。

だが、残念ながらバブルを作ったのは団塊の世代ではない。
もっというと世代というものでもない。

我々はあの当時40歳ちょっと、会社でも社会の中でも、そんな良い地位に居たわけでもない。
大手企業で、せいぜい課長というところか。
とにかく、我々が会社に入った頃の課長はまだ課長だったし、部長はまだ部長のままだった。
上がつかえていたので、責任ある仕事など任せてもらえるはずもない。
現実は、昭和40年頃から、そのままの体制で企業は動いていたのである。
団塊は人数が多いのでほとんどが地位が上がっていない。
せいぜいバブルの尻馬に乗るのが精いっぱい。
当事者であればもっと儲かったのに、残念だった。

団塊が悪いと怒るのは、税金が高いと税務署の職員に咬みつくようなものだ。
咬みつく相手が違う。
かと言って、咬みつくにも、咬みつく相手がいない。

それなのに、あんな大きな経済活動というかウェーブを作った世代などと思われているとは光栄の至りである。

所が私が思うに、私は団塊といっても団塊ではない。じゃ、檀家か?違うモトエ。

団塊の世代は、昭和22年4月生まれからにして欲しい。なぜなら21年生まれとは、全く人格が違うと思っているからである。私は1月生まれだから21年の学年に入る。クラスは28人だった。翌年は45人だか50人でクラスが倍であった。
故に、団塊の人たちの学校生活の厳しさを知らない。

ところで、団塊の世代とは、いつの事をいうのか人口を調べて見た、平成23年版だが。
1947年から49年生まれを指すそうで、確かに、この3年間生まれの人口が多い。
47年組 213万人
48年組 224万人
49年組 226万人
各年で200万人を超えている。

人数が多いから迷惑だと怒られても、戦争から帰って来た我々の親父達が頑張ってしまったからで、我々が怒られても仕方ない。
続いて1950年生まれが 206万人で多いが、これを団塊に入れないのが不思議。これは入れるべきだ。
その後200万人を超える人口は1973年生まれの202万人だけである。これをジュニアというのか。
団塊とその子達の年は確かにちょっと多い。
たの世代より一割ちょっとという数字か。
一割だと、現存する数でいうと、意外に大した事はない。
年齢別にいうと、60代が1849万人、50代が1849万人、40代が1728万人、30代が1780万人となる。
大騒ぎしている割には大した差がない。
30代・40代よ騒ぐな、という印象か。
それより問題は10代と1歳代で、10代は1198万人、1歳代は1079万人しかいない。
それも一年毎に比較すると、10歳の子供が116万人で、戦時下の昭和19年(1945)生まれの142万人よりも少ない。
戦時下の厳しい年より人口が少ない!これは問題だ。
ということは、今の世は戦争中なのか?
なんの戦争をしているのだろう。個人間の激しい戦いがあるに違いない。
エライ世の中だ。
今が戦時中とは。

STEVE LACY “REFLECTIONS”
2013/06/14

STEVE LACY “REFLECTIONS” NEW JAZZ 8206

久々の入荷である。
ビニール・コーティングが気持ち良い。
プレステイジには、レイシーのレコードは3枚ある。
SOPRANO SAX (7125)をトップに、この作品、EVIDENCE(NEW JAZZ 8271)と続くが、特にこの作品はモンクの曲を演奏しただけあって、モンクの曲を見事に演奏しきった力作である。
レイシーが58年という早い時期に、モンクの作品集を作った事で、彼の並々ならぬ音楽センスが伝わる。
しかもレイシーは、音楽人生において事ある毎にモンクの曲を演奏し、どれも評価が高い。
レイシーはモンクの音楽に恐ろしく忠実である。
レイシーはモンクの表現者である。
レイシーのモンクは完璧である。
にも関わらず、レイシーはモンクの曲に依存していない。
クールに淡々と音は運ばれる。
レイシーの音楽は常に淡々と進む。
これはレイシーの、音楽スタート時20代前半の、日記の記録である。
淡々と聞かれたい。

このアルバムのタイトルはリフレクションズという。
リフレクションズはモンクの曲名である。
ジャケットを見ると池の水面に石でも投げ入れたのであろう、波紋が広がる。
波の動きの上下動からみると、相当大きな石を投げ入れたのかもしれない。
その波の動きにつられて、反射した太陽の光が揺れる。
揺れる光は反射である。
その反射の「リレクション」と掛けた所が素晴らしい。
タイトルから何か起こりそうである。
レイシーのその解釈を、モンクの照り返し「反射」としても、全くオカシクない。
池の周囲には草が生い茂っていたのだろう、その葉や草の緑がジャケット全面の色調なのである。
良い仕事だ。

このアルバムも、昔は時々見かけたが、綺麗なオリジナル盤など、最近は見なくなった。
そういう時代になった。

PHIL WOODS “NEW JAZZ QUINTET & ENCORES”
2013/06/12

PHIL WOODS “NEW JAZZ QUINTET” NEW JAZZ NJLP 1104 (10 inch)
PHIL WOODS “ENCORES” PRESTIGE LP191 (10 inch)

通販リスト掲載に間に合わなかったのが残念だが。
この2枚の10インチアルバムが同時に入荷して嬉しい。
レコード屋を続けていて幸せだと思う瞬間でもある。
2枚と言いながら、この作品は同じ日の録音ではない、NEW JAZZ1104の方が54年10月、PRESTIGE191の方が55年2月である。
従って別物なのだが、メンバーが同じであることに加え、この2枚をカプリングしたアルバムが「POTPIE」
という名前で、約10年後にNEW JAZZレーベルで再発されたので、カプリングして考えたとしても、それも有りかなと。

まず、NEW JAZZ QUINTET(NEW JAZZ1104)のジャケットは彼の23歳の若い写真が使われている。
なかなかのハンサムである。きりりとした顔が素敵な良い写真である。
ところでディスコグラフィーによると、NEW JAZZ QUINTETは本来Prestigeの204番だったらしいが、なぜかNEW
JAZZの1104という番号になった。
サブタイトルがイントロデュ-シングとなっている。
世の中に打って出ようという勢いである。

ENCORESのジャケットは彼の演奏姿を正面に縦に細く切った写真で、モダンな感じにしている。
いづれ劣らぬ、良い作品である。
後に録音したこのENCORESが番号は若い。番号は若いがアンコールとしたので、辻褄は合う。
番号だの年代のどっちが早いなどという話は止めよう。
今となってはどちらも同時期として問題はない過去のはなしであるである。

ここで、蛇足だがもう一枚のEPを紹介。
同じ時の写真だが、ショットも、トリミングも異なるのが嬉しいコレクターズ・アイテムで、こちらはスエーデンのMETRONOMEで発売されたものである。こちらは横にJON EARDLEYが真面目なメガネ姿で座っていて、PHIL WOODSはアルトを口に咥えている。ここがあの有名なVan Gelderスタジオなのであろうか。後ろのカーテンがアットホームなので、気合が入らないのではないかと気になる。いや、どこで録音しようと実力があれば何とでもなる!

ともかく、ここに関係作品が3枚揃ったのがまた不思議である。

この周辺の録音では、55年の7月に「JIM CHAPIN」との10インチ盤があり、続けて55年11月には12インチの大名盤「Woodlore」のリリースがなる。
ちょうど55年はチャーリー・パーカーが亡くなった年でもある。
こちらは上昇気流に乗ろうとした若者であり前途洋洋、野心に燃えていた。
先輩達が作り出したビ・バップの火を消してはならないと、パーカーに続くアルトサックス・プレイヤーとして誓いは固かった

今回の2枚の作品は次々と傑作を生み出して行く彼らの成長記録の出発点でもあり、彼の若い時の好演奏を聴く事ができる本アルバム2枚は大変貴重である。
こういうのを、本当のコレクターズ・アイテムというのであろう。

迷惑
2013/06/09

日本人は周囲の人達に対し、迷惑を掛けないようにマナーを守っている、真面目な国民性である。
私も日本人だからマナーを守っている。
良い事である。

それで、ちょっと考えた。
迷惑の行為を見た時、または迷惑を掛けられた時の日本人の反応はどうか?
これが皆、我慢できないらしい。
迷惑に対して、あからさまに嫌そうな顔をする。
この反応が外国と違う。

日本で電車の中において、携帯でも話そうものなら、近くに居る親父から煩いと即注意される。
それがヨーロッパに行くと、地下鉄の中で隣の人が大声で電話を掛けても、無関心を装っている。
迷惑とは言わない。

私の経験、アムステルダムの一車線の狭い路地で、宅配の車が堂々と停車し、荷物をアパートの中に運び10分近くそのままだったのに、延々と繋がった後続の車から、ついぞ怒りの声も、クラクションも聞かれなかった事がある。運転手も笑顔だけで、気にしてない様子だった。スマイル一つでOKだと。
日本だったら迷惑掛けやがってと、大騒ぎになる所だ。
しかし、隣に乗っていたおじいちゃんが私に「荷物を運んでいるのだから、仕方ないだろ待つんだよ」と。
これは、カルチャーショックだった。

日本は迷惑を掛けないように皆んな、気を使って生きている。
故に迷惑を掛けられたら怒る。
ヨーロッパなどは日本式の迷惑などの程度は仕方ないと思っているフシがある。
故に迷惑を掛けられても、我慢できるらしい。

思うに、日本人が周囲に対して気を遣うのは、迷惑を掛けた時に、世間から苛められるのが怖いからである。
迷惑を掛けないというバランスが壊れたその時、周囲からのいじめを知っているからこそ、周囲に気を使っているのだ。
と最近は思うようになった。

AL & ZOOT "A NIGHT AT THE HALF NOTE"
2013/06/08

AL COHN & ZOOT SIMS “A NIGHT AT THE HALF NOTE” UNITED ARTIST UAS 5040
(STEREO)

さっき、YOU TUBEで坂本九の「上を向いて歩こう」を聞いた。
其れならば私も、上を向いて歩こう。歩こう。アルコーン。
ということでアル・コーン &ズート・シムズを引っ張り出した。

どうでもよいイントロは置いといて、今日の入荷は、ハーフノートのアル&ズート、ステレオ盤。
なぜステレオ盤を取り上げたかというと、ステレオがこの作品には非常に良く合っているから。説明になってない。
モノ盤は勿論良い。しかし、私の様な音痴だと、時々どっちがどっちか混乱するので、この人たちの場合はステレオ盤が良い。
特にこのアルバムのステレオの作りは素晴らしく、右のアルの音は中央にも寄り、左のズートの音はやはり中央に寄るので、重なり合った時のサウンドが良い。実に良い塩梅なのである。
そこに参加したPHIL WOODSのアルトが中央からやや左に位置して3管が巧い具合で聴き易い。
名人たちのサックス・バトルと、彼らの卓越したアンサンブルが楽しめるので、大いに推奨したい。
ライナーのどうでも良い話に惑わされないで、自分の耳を信じて聴いて頂きたい。

A−1の「LOVER COME BACK TO ME」など、こういうスタンダードを演らせた時の彼等はほんとうに巧い。
曲の持っている味わいと情景を見度と演じてみせる。
感心してしまう。
こういう所は名人たる所以である。
この演奏の中で思わずPHIL WOODSが入っているかの様な錯覚に陥るが、やっぱりここには参加して居ないようだ。
それもそのはず。巧いテナーのミュージシャンはアルトの様な高い音で柔らく吹いて見せるので、ついつい騙される。
その騙しのテクニックも楽しみの一つとして聴く事が出来ればこんな幸せはない。

ところで、こういう50年代のレコードを聴いて批判しても意味はない。
批判すればそれは後出しじゃんけんと同じこと。
言う先から唇が寒くなる。
楽しむ事である。
だからオリジナル盤を聴いて欲しいと、私は言っているのだ。

ところで、このアルバムは楽しいダブル・ジャケットである。
表紙には、この時の演奏会場であるHALF NOTEの看板が夜空に向かってすっくと立っている。
ネオンが眩しい。
そして、手前にはHALF NOTEはここだぞ、とばかりに道路標識があって、HUDSON STREETとSPRING STREETの交差点であると宣伝している。お前ら聴いて楽しかったら、店にも聴きに来いよと。
行って上げたいが1972年に閉まったままだ、残念。
あの頃に戻れるならば戻りたい、ついでにWES MONTGOMERYとWYNTON KELLYの演奏も聴きたかった。

それなら、こういうレコードを聴きつつ、行ったつもりになろう。

新入荷
2013/06/07

本日のレコード新入荷。

ALBERT AYLER "MY NAME IS" DEBUT DEB-140
BOOKER LITTLE etc "DOWN HOME REUNION" UA UAL-4029
DEXTER GORDON  "DADDY PLAYS THE HORN" BETHLEHEM BCP36
GEORGE WALLINGTON "JAZZ FOR THE CARRIAGE TRADE" PRESTIGE 7032
HOWARD McGHEE "DUSTY BLUE" BETHLEHEM BCP6055
LOU MECCA "LOU MECCA QUARTET" BLUE NOTE 5067 (10")
PHIL WOODS "WARM WOODS" EPIC LN3436
PHIL WOODS "FOUR ALTOS" PRESTIGE 7116
PHIL WOODS "PHIL & QUILL WITH PRESTIGE" PRESTIGE 7115
THAD JONES "THE MAGNIFICENT" BLUE NOTE 1527
MILFORD GRAVES "BABI" IPS 004
STEVE LACY "SOLO AT MANDARA" ALM AL-5

すべてオリジナル盤。

ブロッコリー
2013/06/06

最近、口内炎が良く出来る。
一つ治りそうになると、また出来たりする。
近くの薬局に薬を買いに行った。
塗り薬だけかと思ったら、貼るのもあると言われ、びっくりして帰ってきた。
会計の時、中国人薬剤師のお姉さんが
「ビタミンが不足しているから口内炎が出来ます。まずよく、水を飲んで下さい。それから野菜を食べて下さい。特にブロッコリ−を食べて下さい。ブロッコリーはビタミンB12がありますから、とても良いです」
と親切に教えてくれた。

そう言えば最近、ブロッコリーを食べてないな。
ブロッコリーを食べて、人生ブッコロリと行きたいものだ。

サクランボ
2013/06/05

近くの道で、大きな桜の木にサクランボがたくさん成っているのを見つけた。
1cmに足りない小さな、赤黒い実。

食べたい衝動に駆られる。
木の実は、豊かな気持ちにさせてくれる。
きっと私の身体の中に、かつて木の実などを取って食べた原始人のDNAがまだくっきりと残っているにちがいない。

子供の頃は、登って取って食べた。
大して美味しいわけではないが、食べたかった。
そういえば、食べられる木の実はなんでも食べた。
酸っぱいだけの木の実も喜んでたべた。

だが、その日の夜には便秘になってしまい、親に怒られるてしまうのだが。

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