HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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DUKE ELLINGTON "女王組曲"
2013/06/28

DUKE ELLINGTON “THE ELLINGTON SUITES” PABLO 2310-762 (GERMANY)

邦題「女王組曲」なので、つい女王組曲と言ってしまうが、原盤の米国盤はTHE ELLINGTON SUITESという、ほかに組曲が二作収録されているから。
だからと言って何か文句があるわけでもない、素晴らしい作品が何と呼ばれようと、文句などあるはずもない。

録音されたのが59年。
やっと、これがリリースされたのが70年代後半。
既に本人はこの世に無い。

ついに世紀のレコードの、待ちに待ったリリースだった。
私が、エリントンの音楽が好きで、せっせと購入して、聴き入っていた頃。
あちこちで「エリントンは良いぞ」と言って歩いて、エリントン談義に花を咲かせていると、ある人が「エリントンはエリザベス女王に一枚だけ作って、差し上げたレコードがあるらしい」と教えてくれた人がいた。
何で知っているかというと、ディコグラフィーに載っていると。

と、ここまで来て、古い資料に本当に掲載されていたかどうか、調べようと思い本棚を漁ったが、ディスコグラフィーが見当たらない。売ってしまったらしい。仕方ないので、ここは飛ばそう。

話は戻って。
それで、曲を聴きたくて仕方なかったが、やがてそれが叶う事になった。
PABLO(パブロ)という、ノーマン・グランツがプロデューサーをしている米国のレーベルから遂に目出度く発売の運びとなったのである。
嬉しくて購入した。
その当時はドイツ盤の方が、音が良いから、ドイツ盤を買おう等と言っている場合ではない。
取りあえずオリジナルの米国盤で良しとする。

購入すると、ライナーノーツとエリントン本人の写真があって、英文のライナーを一生懸命に読むと「一枚だけ作ってエリザベス女王に差し上げた」とある。
やはり本当だったのだと感動した。
聴いた時の、感動。
あれ以来、何度も聴くがその都度感動して、あれからおよそ40年。
未だに、聴く度に感動してしまう。

しかし、流石にエリントンはデュークと呼ばれるだけの事があり、女王らしさというか、クラシック以外で、厳かな雰囲気を出して見せたのは彼以外に居ないのではないかと、私は思うのである。
それほど、気品に満ちた、威厳・荘厳あらゆる堂々たる表現を持って称える、女王様ぶりを詠った曲である。
また、王様は人々の憂いも知らねばならず、その裏には悲しみの心も忘れずひょうげんしてみせた、見事なエリントンである。

今の世に生きて、英国の女王と同じ演奏を聴く事が出来て、私は幸せである。

ゴキブリ
2013/06/27

昨日の帰りがけ、一階から出ようとすると、大きなゴキブリが一匹速足で歩いて来る。
見つけた所で、間髪を入れず、足でぐちゃと踏みつぶした。
ぺっちゃんこだ。
どうだ。

そのまま帰って、今朝出社してみると、まだ床にそのまま置いてある。
自分でつぶしたゴキブリであるわけで、自分で始末するかと。
その辺にあったチラシを持って拾おうとして、ふとした弾みでゴキブリが正しい姿勢に戻ったとたん、な、なんと手足を動かして歩こうとする。
昨日は「ぐちゃっ」という音がしたのに、まだ歩く事が出来ないまでも、逃げようとしてもがいている。
という事は、生きているわけだ。

生命力の強さに恐ろしくなった。
次回は徹底的にやっつけるんだ。

日記
2013/06/26

最近、自分が書いた日記を読み返すことがある。
まずひとつは、知り合いから相変わらず誤字脱字、変換間違いが多いと指摘されることがあるので、その指摘によって直すこと。
次に自分にとってもっと重大なことで、私はこんな事を書いてしまって良かったのかという疑問や不安を感じてしまうためである。

書いてしまった事は後へは戻れない。
実際、キーボードで入力した文字ではあるが、書いてエンターを押して確定したものは、私に取って、発表してしまった印刷物と何ら変わることがない。
日記を直したり、削除することに抵抗がある。
それで、後で大いに後悔することがある。

なぜなら書くと言うことは、自分の心の中で、書きたくて仕方がなかった思いがあって、抑えることができなかったからである。
それで、書いてしまったものの、やはり稚拙だったとか、当たり障りがあるかもしれないとか、読み返してから、思うことがたくさん出てくる。
書くときには、どうしても書かずにいられない気持ちや怒りが、収まらない。
それゆえに、書き終わった時に、後悔する事になる。

それでも、やや冷静な日は、アップのエンターキーを押す前に、はっと気がつき、書いた文章を消すこともある。
そういう日は、もう書く事がなくなる。
だが、心の中にはくすぶりが残っていて、翌日も書く気にならない。

実際、正直に自分の気持ちを書く事は大変難しい。
私のように開けっ広げな性格の人間は、なんでもどんどん書いてしまうから、あとで大いに恥ずかしい思いや後悔をする。

もっと、気持ちを抑えて、大人にならないといけないと思いながら、私は60歳を超えた。
人間、変わらない。

通販リスト
2013/06/25

通販リストの更新いたしました。

今回は、色々新入荷がありますが、入力が間に合わないため、リストに未掲載のものあります。
ただし、店内には毎日新入荷があります。
もし時間がありましたら、店にもお寄り下さい。
社員一同、心お待ちしております。

しゃぶしゃぶ
2013/06/23

外人のお客様がきて、半分伝わらない会話になって。
面倒になって来た頃、好きなミュージシャンはと言ったら、先方が「しゃぶしゃぶ」
「 ?}
よく考えたら「サヒブ・シハブ」だった。

似てると言えば似てる。

JOHNNY COLES “THE WARM SOUND”
2013/06/22

JOHNNY COLES “THE WARM SOUND” EPIC LA 16015 (USA)

JOHNNY COLES(ジョニー・コールズ)の大名盤。
だが昔は、名盤百選には入っていなかった。
リーダー作がブルーノートの“C”という大きな字体のアルバムがあるだけである。
その後は、ずっと下って70年代にも2枚ほどあったか。と思われるほどの少なさ。
それは彼がスタジオの仕事やバンドメンバーとしての仕事が多かったことや、リーダー作に対する欲があまり無かったのであろう。
しかし腕は確かで、何しろ、ギル・エバンスやミンガスの所にもいたほどであるから、大した実力者である。

作品をたった2枚しか探されないミュージシャンというのも寂しい気もするが、ある意味2枚も欲しがってくれるジャズメンも成功者ともいえる。
人生としては羨ましい人生である。

私がこのレコードを最初に知ったのは、73年頃出された「幻の名盤読本」という雑誌である。
たしか、「地味で、大きな注目を浴びないがジャズが解る男には、心からの愛聴盤となろう」と言うようなことが紹介されていた。そうだ違いのわかる男のコーヒーではないが、違いのわかる男には必要欠くべからざる一枚である。と
、それこそ通好み! の一枚と刷り込まれた単純な私は、当時の再発ブームもあり、EPIC盤も国内盤で相当数リリースされたので、ついでにそれらを全部まとめて買って聴いた。
一方で、せっせとアメリカのオークションやセットプライスのリストを探して、やがてオリジナル盤を入手したのである。
その時はジャケットの上の方が割れていたが、問題ではない。男はサウンドだ。
しかし、お金もないのに、良く買ったものだ。

この作品も、知名度があがり、いつもの間にか大名盤に押し上げられた。
ムードある演奏が良かったのかもしれないが、なによりジャケットが良い。

見るからに真面目でかつ素朴そうな黒人青年が、きらりと光る眼差しを前方に向けて、一心にトランペットを吹いている姿を横から写した写真は見事に彼らしさを描き切った。
素朴という表現しか思い浮かばないジャケ写は見事である。
その姿がカラフルなバックの色の波の中に浮び上がっているのである。といってもジャズのアルバムだからトーンを落として、やや暗めにしてある。
上部が更に暗い色調に沈んでいき、そこに赤い文字で「THE WARM SOUND」!
良い仕事だ。

演奏はジャケットの素朴な風貌と、正に一致したサウンドで、素朴さと、タイトル通りの暖かな音に、聴けば幸せ感がふわふわと漂って来る。
今も変わらぬ暖かさがここにある。
オレの帰る場所があるんだぜ。
しかし、今のオレはこのレコードを持っていない。

CHET BAKER & CREW
2013/06/21

CHET BAKER “CHET BAKER & CREW” PACIFIC JAZZ 1224 (USA)

久しぶりに良い状態の、オリジナル盤のアルバムが入荷した。
このレコードは何となく好きだ。
それはこのジャケット写真のチェットは、いつになく健康的であるから。

PACIFIC JAZZというレーベル故、きっとロサンゼルスの港で撮影したのであろうか。
大きなヨットにバンド・メンバー全員が乗船し、船を出した。
向って左側にどっかり座ったのがJIMMY BOND(bass)、その横がPETER LITTMAN(drums)、右奥で笑っているのがBOBBY TIMMONS(piano)、一番右に映っているのがPHIL URSO(ts)であろうか。
正直なところURSOかLITTMANか、どっちか分からない所もあるが、大体こんな感じだ。
そして我らがチェットは帆に上り、左手をワイヤーに掛け、身体を弓なりに反らし、右手でトランペットを持ち、口に当てて頬を膨らませている。
これから出発だと言わんばかりである。

思えばチェットのアルバムで、これほど健康に満ちた写真が他にあろうか。
身体的にも充実した様子の写真など他に思い当たらない。
これを見ると、私はチェットが青空の下、青い海の上にヨットを浮かべ嬉々とした姿は実に健全であり、きっと精神的にも充実した幸福な時であったに違いないと、思うのである。
それどころではない、私には、チェットがとても眩しく映ってしまうのである。

確かにこの時期は55年のヨーロッパツアーの大成功で、意気揚々とパンナムの飛行機で帰米した後、PLASYBOY(PJ1234)、QUARTET(PJ1232)等々、幾多の傑作を残すことになる。
どれも甲乙付けがたい全盛時の演奏ばかりである。
その中でも、最もウエスト・コーストらしいと言える、秀逸なジャケットの一枚である。

演奏を聴けば、RUSS FREEMANかと思ってしまうほどのウエスト・コースト調のピアノを弾くBOBBY TIMMONSのサウンドも粋である。
テナーのPHIL URSOも軽快で流暢なサウンドを聴かせてくれる。
チェットの柔らかなトランペットの音も、実にウエスト・コーストらしい光を振りまいた、眩しさを感じさせる出来なのである。

チェットの良い作品だ。

「みやましい」
2013/06/20

梅雨でしとしと雨が降り、店は暇なのでちょっとサボってコーヒータイム。
その前に掃除とか片づけなどたくさんやる事はあるが、なんとも腰が上がらない。

そう言う時に、私は「みやましい」という言い方を思い出す。
私の故郷では、丁寧な事をみやましいといった。
丁寧と言っても仕草などの事ではなく、仕事のやり方や出来上がりの事をさす。
例えば、私は工作をしていると母が、「その仕事は駄目だに、父ちゃんはもっとみやましいに」等と言われる。
掃除の仕方も、私はみやましくないと常日頃言われた。

祖母などは、それは綺麗好きで朝の掃除は、たすき掛けで、床などはしっかり絞った雑巾で拭く。
雑巾は絞る時水が跳ねないように、片手がバケツの水の中に入っていても、しっかり絞れている見事さで、それで拭くものだから床が光る。
その後は、今度は柱、戸などをから拭きする。
柱などいつも黒光りに光っている。
囲炉裏があるので、乾拭きをすれば綺麗だが、乾拭きを怠るとたちまち部屋の艶が失われる。
したがって家々で光り方の違いが出て、この家はどの程度か、子供心に良く観察した。
そういう仕事だから、「祖母さまの仕事はみやましい」とされた。
それを見習えと言われたものだ。
しかし、怠け者の私はそういう事は出来なかった。
祖母に、「お前は、四角い角を丸く掃いて」と言われるのだった。

あの「みやましい」という言い方が、いかにもあの当時の、あの地域において、家に働き者の女がいないとどうにも行かない生活の基本や、男の職人としての仕事ぶりを表すにピッタリで、今思っても、良い言葉だったと思うのである。

ANNA MOFFO “SINGS BERLIN”
2013/06/19

ANNA MOFFO “SINGS BERLIN” RCA-ITALIANA EPA 30-365 (7inch)

イタリアでつくられた、ちょっと珍しいEP(7インチ)。
中々の美女ジャケである。
ジャズの世界では聞かない人だと思って裏のライナーを読むと、な、なんと。
彼女はアメリカ生まれのソプラノ歌手であると。
CHIO-CIO-SAN(蝶々夫人だ)でデビューを果たしたとなっている、オペラの大スター、プリマドンナだった。
60年代、イタリア語も得意だったので、イタリアとアメリカの両方の国では大人気のプリマドンナとして君臨した。
おまけに絶世の美女だった。
仕事にも恵まれ、イタリアのテレビでは番組も持っていたようだ。
その彼女がオペラ以外に吹き込んだのが、このEPである。

しみじみとジャケットを見た後に、ひっくり返して裏ジャケの曲目を見る。
THEY SAY IT’S WONDERFUL
HOW DEEP IS THE OCEAN
BLUE SKIES
CHEEK TO CHEEK
中々いいラインアップ。
聴くと、正統的な声楽の雰囲気が色濃く残っている。
しかし、上手い。声が良い。
バックはFRANCO PISANO(フランコ・ピサーノ)トリオとある。
メンバーにはGINO MARINACCI(ジノ・マリナッチ)なども参加している。

変わり種、名盤といおうか。

ストリートビュー
2013/06/18

グーグルの道路の写真を撮影している車が、新宿を走っていた。
屋根にプラネタリュウムのような球体を載せていて、ちょっと異様な車であるが、車体の横にストリート・ビューと書かれているので、ああ、これかと理解した。

グーグルのあの、道路の写真はどうやって撮影しているのだろうか?
深い疑問であった。
今日、現物を見て納得した。

写真を取ろうと思ったが間に合わなかったので、ネットから探した。
他人の写真である。
まずいかな?

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