HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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色紙
2013/07/09

時々行く、日本食の店。
そこに色紙が掛かっている。

聞くと、有名なヤクザの親分さんが書かれたものだと。
色紙には「人生 常に 挑戦」と書かれている。

ヤクザだって、常に挑戦していたのだ。
縄張りとか、殺しとか。
重みがある。
感心した。

未婚の母
2013/07/08

ちょっと前のニュースから。
芸能人の安藤美姫選手の出産を支持しますか?というアンケートが週刊誌やさらにTBSまでも、実施していた事があったらしい。

そのニュースで思い出すのは、私が以前居た会社での出来事。
以前、一度書いた事があった気もするが、うろ覚えなので書く事にする。

ある女性が妊娠した。
未婚であった。
また、相手の男性が外国人であった。

さて、だからと言って、どうなるものでもない。
所が、意外なところから火の手が上がった。
それは同じセクションの同僚たち。

「そんなフシダラな女性を同じ課に居るのは許せない」と猛烈にあちこちにアピールを始めた。
それまでは仲良くしていたのに、急に敵が現れたかのように。
仕事中でも、あちこちの社員のところを廻り、あなたはどう思いますか?と聞いて歩いた。
皆、大人だから、「まあまあ」とか「はい」などと相槌を打っていると、彼らは賛同を得たと解釈し、益々増長して、ついに人事部にまで話をもっていったらしい。
私の所にもその内の一人もやってきて普段、仲良くも無いのに、その時だけはニコニコと話を始めたのが可笑しかった。

有る時、私の部下の若い女性がその人に向かって、「私たちは支持します。また応援もして行きます」ときっぱり堂々と意見を述べた。すると、同じフロアーの若い女性社員の間に、同様な意見をはっきりと、彼らに告げるものが現れ、女性たちの間に連帯が広がり、やがてオジサン達も同調の反応になった。
事なかれ主義の人事部はどうも否定的だったらしいが、女性たちの意見がはっきりすると社内はなぜか落ち着く。
やがて反対派の課内の同僚たちは孤立して行ったと同時に、課内は分裂。
管理・管理とうるさかったそこの、課長の能力は、こんな時こそだが、なぜか遂に発揮される事もなかった。

そして、無事に出産という運びになった。

しかし、反対って面白い意見だ。
反対しても生まれてしまうのだから。

真夏日
2013/07/07

今日も暑い真昼。
外に出て見る。
新宿の住宅街を歩いていて、ふと気が付くと、街に人がいない。
人っ子一人いない街とは、何処かで見たなと思っていたら、キリコ(Giorgio de Chirico)の絵を思い出した。
キリコの絵の中のコンクリの建物や煙突も、立派な建造物に囲まれているにも関わらず、そこには人がいない。
探せど、小さな人陰さえも存在しない。
その場所こそ見事な文明の結果があり、それが怖い。文明の行きつく先は人の存在が無いと。

強い日差しで、日向が40度はありそうな、新宿の街もまた人の存在を許さない勢いである。

強い光の中、人気の無い街は、一体ここは何処だったのだろうかと、白昼夢に迷い込んだかのような不安な心持にさせられ、孤独に歩いていると、それがやがて、子供の頃、母親と一緒に夏休みに近くの大きな町に行った時、あの時の街並みに迷い込んだような、あの場所。
振り返ると日傘を差した母親が立って居そう。

真夏に背筋が寒くなる。
首筋に汗がびっしょり。
風邪でもひいたか。

梅雨明ける
2013/07/06

梅雨が明けた、とテレビで言っていたがその途端、猛暑。
夏は好きだが、ちょっと暑すぎる。
虚弱な身体には辛い。


「梅雨明ける 熱射憎し 汗憎し」

淡路恵子
2013/07/05

朝コーヒー屋で会った人が、淡路恵子の話をしていた。
テレビに淡路恵子が出ていて、番組の最中にもスパスパ。
その時のセリフが。
「あたしにとって、タバコは6本目の指だと思ってます。」
感心した。

本当かとネットを探すと、本当に書かれていて、驚いた。
いいなあ。

あだ名
2013/07/04

アメリカのジャズのレコードを見ていると、色々なあだ名がそのまま書かれていて興味深い。
例えばJOHNNY GRIFFINのLITTLE GIANTというタイトルから、彼の背は低かったのだと解る。
BLIND(ブラインド)と付いて居れば、盲目の人だとわかる。BLINDと付く音楽家が昔は沢山いた。

30年代40年代のアメリカは熱狂的に浮かれまくっていて、黒人バンド、白人バンドが夜を徹して競っていたと。
音楽スターは次々と出現し、大物にはキング(王)、(KING OLIVER、NAT KING COLE等々)、 デューク(侯爵)、(DUKE ELLINGTON等)、 カウント(伯爵)(COUNT BASIE)、と呼ばれる人気者が次々に登場。
国がアメリカだけに遂に大統領(プレス)(LESTER YOUNG)とよばれるスタープレイヤーが出現する。
大統領がいれば副大統領(Vice President)も必要で、Paul Quinichetteが任命された。
この二人の作品はEMARCYレーベルにあって、膝を突き合わせたアルバムなので、膝詰談判を地で行ったジャケットである。
また、大統領にはファースト・レディがやっぱり必要で、こうなるとレディはこの人BILLIE HOLIDAYという所で誰も不満がない。
ジャズが絶好調だった時代の話である。

一方、BE・BOPの時代がやって来たが、好景気では無かったのか、超大物だがチャーリーパーカーだけは高級なあだ名ではなくヤードバードすなわち囚人と呼ばれた。
流石に囚人では悪いと思われたのかバード・鳥になった。
よほど悪いお兄さんだったのだろう、きっと。
悪いお兄さんでは可哀想なので..。いつも鶏肉ばかり食べているので鶏(ヤードバード)と呼ばれたという尤もらしい話もある。
本当の事は、その頃に戻って悪友たちに聞かないと解らない。

逃げない鳩
2013/07/03

今朝、道路に鳩が死んでいた。
車に轢かれたらしい。
最近、道路で死んでいる鳩を見かける機会が増えた。
それと関連するのかどうか解らないが、車を運転していて、この辺りの鳩が道路をうろついていて、私の車が近づいても逃げない。
見れば雛鳥でもない、立派な成鳥である。
こちらもゆっくり傍に寄って行くと、ようやくちょっとだけ端に寄るだけ。
これでは死ぬヤツも出て来てオカシクはない。
こいつら、自分の命を他人が守ってくれるのが当然だと、日本人のように思っているかもしれない。
そうか、鳩も日本人か。

だれか、自分の命は自分で守る様に教えてやってくれ。
まあ、鳩にとっても平和な世の中という事だが、なんとも緊張感のないこと。

捨てる
2013/07/02

親戚のおばさんが来て、「あなたは断捨離(だんしゃり)という言葉を知ってますか?」とのたまう。
そんな日本語は聴いた事がないので、「しらねーよ」。
「知らないの、だめねー」と。
聞くと、身の回りの余計な物を捨てて、すっきりと生きる事だと。
本が流行って、そういう生き方が広まっているそうだ。

申し訳ないが、私には無理だ。
物に囲まれていたいから。
まだ死ぬわけでもないのに、せっかく買った物を、なぜ捨てるのか私には理解できない。
欲しいから買ったのに。
本も何時か読むから積んである。
レコードも聴きたくなる時がある。
実際、時々必要があって見たり聴いたりしている。
身の回りの物は、いつか使いたいから置いてある。
捨ててしまったら、また買わないといけない。
それで、窮屈なら広い家に引っ越せばよい。

そもそも、この世の中には、お金だけにしか興味の無い人が沢山いる。
そういう人種はモノを要らない。
そういう人種の言葉に惑わされてはいけない。
そういう人種は必ず「モンゴルの人たちはモノがない暮らしをしていた」と言いそうだ、だが今やモンゴルだって電化製品だらけの生活になって、皆喜んでいる。
モノは文化のバロメーターだから。

私は、金よりモノだもの。

僕は明日死ぬわけではない。だから好きな物に囲まれていたい。
何か文句あるか?
勝手に、いかがわしい日本語を作るな!と怒った。
大体、辞書に載ってないぞ。

夏来る
2013/07/01

今日から夏。

耳にタコというのは分っているが、いつもの俳句。

7月は 脳を休めて 水飲んで (動火)

夏は休もう。

雑音の事
2013/06/29

レコード鑑賞で、一つの問題点があって、それはノイズ。
ノイズには色々あるが、ここで私が取り上げたいのは、傷による雑音である。

傷の箇所を針が通過する度に、プッチン・プッチン、またはバリッ・バリッ、またはドカン・ドカン、とノイズが入る。
それが気になると音楽の鑑賞どころではない。
私も極力、そういうノイズの出ないレコードすなわち、綺麗な盤を購入して来た、そしてついでにジャケットも綺麗な物を購入してきた。

最近、私も人生が終盤に近付いたので、出来たらレコードを買って聴いてみたくなった。
それで、時々レコードを購入する。
ところが、綺麗なレコードはお客様用なので、私はちょっと難があるのを買うようにしている。
そういう物は、どうしてもノイズが入る。

その傷のあるレコードを聴いていて、ここの所ノイズがあまり気にならなくなった。
何がそうなったか、考えてみると。
オーディオ装置が変わった事が一番の理由であるが、音の出方が変わったのだろうと思う。

以前の装置は、日本盤のエコーが掛かったレコードの音が部屋中に広がる感じであった。
それはそれで悪くは無い。
が、試行錯誤した今のオーディオはもう一歩ではあるにしても、エコーの感じは無くなった。
すると同時に、ノイズの「ドン」という音が、「ドゥ」という風に変わり、ノイズの響きも無くなった。

それともう一つ、音の消え方が速くなったので、きっとノイズの音も小さくなったのではないか。
立ち上がった音が、すっと消えて行く事は大切だと思う。

すっと消えるという事は例えば、コーヒーなども口に入れた瞬間は苦くても、飲み込んだ後はすっと苦味が消えた方が良い。
魚の味も、魚特有の香りも飲み込んだ後は、すっと消えた方が良い。
多分、趣向の問題はすべてそうなのではないかと思うのである。

音がそういう事であるのかどうかはしらないが、少なくとも私は、すっと引いて欲しい。
それで色々やって来た結果、大袈裟に増幅された故に、傷音までも大袈裟に増幅されていたのが、余計な増幅が無くなった事により、ノイズの音が聴き苦しくなくなった。
音の立ち上がりが気にされるが、消え方を気にする事はあまり聞かないが、きっとそれはあるはずだと思う。

音は、迫力は大切であるが、余韻を作り過ぎない方が音楽としては良い気がする。
よし、私のオーディオも、もう一歩。
だが、他人に聴かせるにはまだまだ。

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