HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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憲法9条
2013/08/01

今年の夏も戦争。 戦争といえば今年の流行は、憲法9条。
その前に、私自身も9条の条文を記憶していないので、もう一度中学生に戻って復習と。
これを読まずして判断もつかない。
 日本国憲法 第2章 戦争の放棄 安全保障
 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、
 武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 第二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
 国の交戦権は、これを認めない。

ネットの情報によると、あの憎っくきマッカーサーの原案は、もっと手足をもぎ取る程の原文であった。
「日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。」

お前は神か?これはもう、近所の不良少年に対するお叱りそのもの。
しかし国際間にはあり得ない状況で、近隣から侵略されても、やられっぱなしで文句を言うな、という意味で、国の体をなしていない。
この場合、当時、近隣諸国は問題外なので、完璧にアメリカの植民地としての話である。
ところが、ひ弱な日本においてはそれが素晴らしいと刷り込まれ、それが平和と勘違いして今まで運に恵まれてやってきた。
実際、現在は問題があるにしても、近隣諸国は表だって攻めてこなかった、感謝だ。
マッカーサーの話は置いといて、憲法に戻って。

9条、第1項は解釈すると「日本国民は、戦争はしない」。
第2項は「日本は兵隊を持たず、戦争を交える事はない」。
と、一般の市民の解釈はこうなる。官僚のいかがわしい解釈は無視しよう。
これぞ、絵に描いた餅そのもので、精神的には最高にして最強の防衛思想である。
中学生の頃から日教組の先生方に習ってきたから、全く間違っていない。
しかし、苛められっ子らしい解釈である。なんという弱々しく力の無い憲法だこと。
これで日本の男は弱くなって、欧米に行けば殴られ放題で、いつも悪い奴に狙われているのも当たり前とオジサンは思ってしまうが、これは戦争の話だから置いといて。

かつて、私が好きだった日本共産党は、この自衛権の放棄に大反対で、ずっと国民皆兵を謳って来た。
野坂参三は「自衛権なくして民族を守れるか?」と疑問を呈した。
しかし、平和な世の中の継続に、共産党も総崩れ。
いつの間にか、平和なおばさんたちの意見を取り入れ保守勢力に変わった。どこが野党だ。

ところで、憲法の精神とは裏腹に、日本には軍隊がある。
実際に存在する。
これの武力がまた隣国の間では相当の強いレベルだという。

その軍隊を、政府すなわち自民党も、かつての政権政党の社会党も民主党もこれを軍隊といわず自衛隊と呼び、合憲だと言う。
しかし政府が、いくら軍隊では無く自衛隊だといっても、扱っている道具はどうみても、飛行機は軍用機であり、船は軍艦であり、兵器であり、服装は兵隊さんであり、訓練は戦争そのものである。
なんで、これが軍隊でないと言えるのか?

日本は本音と建て前の国と言われてきた。
表は駄目だが、裏では天国。
こういう嘘を隠しながら、矛盾を抱えながら戦後を生きて来て、真正面から人生に向き合うと、どうも心に引っかかる。
真面目に考えて、子供たちに向かって「嘘はイカン」と言える大人が一体何人いるのであろうか。
日本の最大の「嘘」は憲法9条であり、日本中のあらゆる人々の嘘の源はここにある。嘘の原点に他ならない。
これを正直に糺さずして、どこに教育があり、清潔な社会があり、国に平和があろうか。

私は、この9条だけは直して頂きたい。
そうでなくては、戦後の占領が終わらず、日本国の独立はない。
背中にナイフを隠しながら、話合うのが外交といわれるが、ナイフが竹光では相手に舐められる。
武器なくして、外交無し。
隣国に脅されてばかりでは、どうもうまくない。

そうそう、
天皇陛下におかれては「国民の象徴」のままで良いかと存じます。

以前の会社の..
2013/07/31

以前いた会社の女性が、近くを歩いていたらハルズという看板が見えた。
「これって噂に聞いた池田さんのお店」
と思って来てくれたと。

私が退職して15年。それでも寄ってくれるとは、嬉しい。
出来の悪い先輩だったのに、昔と変わらぬ人情に感謝。
申し訳ない。
と同時に、綺麗な方とお茶が出来て感謝。




原発
2013/07/30

さて、参議院選挙が終わりひと段落して思った事。
原発問題を政治家達の政局にしてないか?
これを政治問題にしないよう出来ないかという事。
思ええば、福島原発事故を受け、ドイツではただちに国民投票が行われた。
遠く離れた、いわば他人事である。
それなのに、国の将来を考えた人達がいた。

一方当事者の日本では今も汚染は続きながらも、全く収束に向かって進展がないばかりか、選挙の運動にもこれが使われるのみである。
エネルギー問題がなぜ政治問題になってしまうのか?
きっと、これが議員の人たちの飯のタネになっているのではあるまいかと思うのである。

民主主義であるからこそ、当事者の日本において、なぜ、エネルギー問題が国民投票で解決できないのか。
法律を作って国民投票にしようという動きは、まったく無い。
賛成派は一刻も早く再開したく、安全だと繰り返すだけ。
反対派は、ただ、反対、反対と言うだけ。
反対というと国からお金がでるのか?

原発が無くなると、エネルギー政策はどのようにかわるのか?
また、これに代わる発電システムはどうなって行くのか?
またそれによって工業生産がどう変わるか、どうしても原発が必要なら、危険な状況の説明と影響についても、公明正大に示すこと。
反対・賛成の両意見を示したうえで、その上で国民が、日本の経済活動と電力の重要性を鑑み、自分達で決定する時期が来たと私は思う。
いずれにせよ、腹を括らないと、日本の進歩はない。

アメリカが終戦当時言った事。
ドイツ人は、一時誤ってしまったが本来は冷静で理性的な国民である。
しかし、日本人は中学生程度の知能である。
私など、ずっと悔しい思いをしてきた。
それが、世界でたった一つの原子爆弾の被害をうけ、それがまた原発の被害国になった。
被害を受けていないドイツが国民投票で反対し、被害国である日本が方針をまだ決められない。
オカシクないか?

これを乗り越えないと。
放射能の除染技術の開発と復興。
そしてエネルギー問題を解決して、世界に範たる国家であることを示す絶好のチャンスである。


そうだ、もう天下国家の事は言わないと誓ったのにな。

一杯のコーヒー
2013/07/28

ちょっと面白いニュースがあった。

かい摘んで。
「場所はカナダはエドモントン。ある日の事、20代の男がコーヒーとドーナッツを買った。
しかし男は更に、コーヒー500杯分の代金を支払って立ち去った。
後続の人たちに、どうぞコーヒーを差し上げて下さいと。
あっけに取られた店長は、きっとロトにでも当たったのだろうと、思った。
まあ、滅多にない太っ腹な話だ。

ところが、一件で終わらなかった。
カルガリー、オタワと、連続5件のおなじような話が続いた。
あれよ、あれよと騒いでいると、ある人物が名乗り出た。
その方は、エドモントンで800杯のコーヒーを購入したらしいが、病院にあるコーヒーショップでの事。
「父親の面倒を見てくれた病院スタッフに恩返ししたかった」と。

太っ腹で、良い話だな。
自分の為や、キャバクラの女の為には使う男は多けれど、なかなか他人の為に、それも見知らぬ人の為に、お金は使えるものではない。


偶然というか、何と言うか。
同じような話だが、少し前のテレビで、イタリアのカフェでの話があった。
それは、そこのカフェでコーヒーを買った人が、プラス・ワンというと、2杯分の代金を頂く。
レジの後ろのメモに、日本だったら「正」の文字を書き込んで行く。

そこにお金の無い人が来て、「例のコーヒーをくれ」というと、ハイよと只で出て来る。
レジの裏のメモから棒一つ消す。
という仕組み。
それが永々と続いているのだそうだ。
自然にそういう仕組みが出来たら、人間の社会としては最高だなと思う。
そのコーヒーを頂きに来たおじいちゃんが、「今はお金がないんでね。有難いよ」と、やや卑屈な言葉とは裏腹に堂々と楽しんでいた。
これは良い。

私もやりたいけれど、日本人として考えると、お金を払う事が出来ない人達や、老人でもいいけれど、そういう人達が果たして平気な顔をして、コーヒーあるかい?と、店に入ってくるだろうか?
また、そういう人達を店が受け入れる事ができるだろうか?

金柑
2013/07/27

近くで見つけた、金柑(キンカン)の花。

かすかに漂う優しい匂いに心誘われて、振り返り見れば、可愛らしい白い花。
しばらく前、確かこの木には金柑の、黄色い実が生っていたはず。

ガサツな私は気付かなかったが、金柑の花がこんな可愛らしい花だったかと、ちょっと感動。

思わず写真をパチリ。
日記に書こうと思いながら、そのまま3日後、今日見ると花は全て落ちていた。
意外に短い、あわれ花の命。

人知れず頑張っていたとは。

トランジスター・グラマー
2013/07/26

知合いと話をしていて、そばを通った女の子がいて、「あの子はトランジスターでいいね」と言ったら、
「それ何?」と言われて、昭和は遠くなりにけりと唖然。

それで、仕事中にネットで「トランジスター・グラマー」を検索すると、なんと、ちゃんと載っている。
こんな事どうでもよい言葉が掲載されている事の方が驚いた。

若い衆は知らないといけないので、説明をと。
 知らなくてもいいけど。
「1959年の流行語で、背は低いがグラマーな女の子の事。昭和1955年に発売したソニーのトランジスター・ラジオにあやかった、高性能で小さい事引っ掛けた、遊びの言葉」。
速い話が、日本人の女の子でグラマーな子はかなりの割合で、そういう事である。

この単語はアメリカから来たかと思っていたのだが、日本で作られたようで、アメリカには関係が無かったのだった。
日本人の言語能力は高いなあ、ってどこがだ。

ところで、当時のポップスのヒット曲があった。
ALMA COGAN(アルマ・コーガン)のPOCKET TRANSISTOR(ポケットトランジスター)という曲。
トランジスター・グラマーという流行と、全く重なる事がなく、全米で大ヒット。
歌詞は、「彼女がトランジスター・グラマーで、僕はとっても嬉しいな・・・・・。」
という歌かと思ったが、残念ながら全く違っていた。

「彼女が持っているトランジスター・ラジオに夢中で、公園なんかで二人でヒットパレードを聞くと、僕はワイルドになってしまう」、などという、他愛のない歌。
当時アメリカで、ソニーのトランジスター・ラジオがいかに若者に受けたかという証明でもある。

それを森山加代子が日本語にして歌って大ヒット。
こちらは相乗効果が、あったと勝手に推測する。
当時のテレビでよく見た。
ちょっとさわりだけ、YOU TUBEにあった。

ところでトランジスターは、グラマーでも小太りではいけない。
引っ込むところはひッこんでいないと。



https://www.youtube.com/watch?v=LX-aKzEPniU&spfreload=10

VA “JAZZ IN TRANSITION” TRANSITON 30
2013/07/24

DONALD BYRD, JOHN COLTRANE, SUNRA AND OTHER “JAZZ IN TRANSITION”
TRANSITION TRLP 30

珍しいアルバムの入荷である。
幻の名盤ブームの奔りの一枚であり、私にとっても、あこがれの一枚であった。
当時はそれほど珍しいアルバムだった。

今回のレコードには両面ともラベルがちゃんとついている事、ブックレットが付いて居る事の2点は文句ない。
ラベルがちゃんと付いて居るのは当たり前だと言われる所であろうが、ここの会社のレーベルは簡単に剥がれてしまい、ほとんどが紛失しているのであるからして、マニアとしては非常に心配なのである。

さて、このアルバムが当時なぜ、垂涎盤として君臨していたかというと。
まず、コルトレーンの一曲がここにのみ聴く事ができるのであって、他に聴く手段が無かったからである。
この演奏は56年のボストンでの演奏であるが、なぜか3曲しか記録がなく、一曲はここに収録されたが、他の2曲はしばらく未発のままであったが、その後、ブルーノートの再発シリーズに入れられて聴く事が可能になった。
ただ聴く事は出来るが、音質はこれに敵わない。
というようなわけで、一々示さないまでも、同社の未発表がほとんど収録されている。
DONALD BYRDはというと、やや古風な「CRAZY RHYTHM」を演奏し、これも珍しい。
また、サンラの56年の演奏も聴く事が出来る。

さて、このアルバムのジャケット。
いつもと異なり、まず裏側にひっくり返す。余りに迫力なので。
全面赤一色で、見つめていると目に青い光が浮かび上がってきて、オカシクなる程の勢いで、同社の頑張りが伝わる。
左側の入口にシールがあって「ALBUM NOTES INSIDE」とある。なるほど、ブックレットが無いといけない理由がわかる。
さて、再び表側にひっくり返す。
黄色に赤い線のイラストがあり、右側に収録されたミュージシャン名が羅列されている。
そしてプライスの $1.98という価格が、50年代当時の雰囲気に浸る事が出来る。
また、ジャケットの表面はビニールコーティングがあり、作品に深みが増す。
70年代に日本でこのアルバムが再発された事があるが、そのジャケットの色合いが軽薄で「何だこんな程度のレコードだったのか」とがっかりした記憶があるが、オリジナルの方の出来は、黄色の色合いも濃く、重厚感がある。

一方このアルバムには小冊子(ブックレット)が付いていて、これもまた紛失してしまうので、完品であれば、マニアにとって有り難い。
そのなくてはならない所のブックレットは、28ページに渉る立派な造りで、中には参加ミュージシャンの写真が沢山掲載されている。

盤と言い、ジャケットと言い、コレクター魂が揺さぶられる体裁に、今でも、手に取って見ると、心が浮き浮きしてくる。いや、今だからこそ、余計に心ときめく逸品である。

私がこのレコードを欲しいと念じた75年当時、安い給料では、入手など望むべくもなく、ひたすら雑誌を眺めて、ため息を付いているばかりであった。


CHARLES LLOYD “LOVE-IN”
2013/07/23

CHARLES LLOYD “LOVE-IN” ATLANTIC SD1481

久しぶりに聴いた。
このアルバムは、東京に出て来た頃、狭いアパートの部屋でよく聴いた。
それもそのはず、2・3枚しか持ち駒が無かったからである。
このレコードが私に取って当時の新譜であり、かつ最も進んだ音楽作品であった。
時代の先端かと言われると、確かに先端で、このジャケット・デザインはサイケデリック。
サイケ・サイケと言われ、若者の心を捉えたデザインで、ロックのアルバム等ほとんどこのような調子になった。
一方のジャズにおいては少数派ではあるが、それでもサイケなジャケットは作られた。そういう中でトップクラスの出来の良いジャケなのだ。

さて、私が当時このレコードを買ったのは、訳があった。
ちょうど1967年の7月にコルトレーンが無くなった。
コルトレーンの死は、今後の不安がジャズ界を覆った。
私も、これからどういうジャズを聴いて行ったら良いのかと一応悩んでみた。
それで新宿のレコード屋のお兄さんに聞いた結果、奨められて購入したのが、同年に輸入された斬新なアルバムだった。
コルトレーンの死と同年の作品は、それだけで意味があった。一応そういう事で。
それで、コルトレーン亡き後、一生けんめいというか、なにげなくというか毎日聴いて、BGMとなった。
演奏もビートルズの曲をひとつ演奏している辺りは、なるほど当時の新しさに他ない。

今、見るとジャケットはサイケデリックといわれる通り、カラフルな色使いと、ハートのマークの中に彼らの演奏風景の写真がある。当時は横尾忠則先生の絵も大人気で、街中にサイケの色使いのポスターなどが出て来て、カッコ良い時代であった。
実は、この時のライブ演奏の片割れが「Jouney Within SD1493」として発売されていて、これで一対の作品である。
こちらもまた、カラフルな丸が空間に浮遊して、その中央に彼らの写真がある。その写真のバックは植物が生い茂っていて、フラワー・チルドレンである事の証明も忘れない。

ところで、それほどサイケな音楽かと言うと、意外や意外、しっかりした腰の据わった演奏である。
実際、ジャズにはあまりサイケの影響は無かったわけでもある。
多分、レコード会社がサイケを利用したかったのであろう。

内容をみると、ピアノにはその後のスターKEITH JARETT、ドラマーにJACK DE JOHNETTEと大したメンバーで、今聴けば、音楽性の高さも相当。
確かに、黒人達のハードバップとは一線を引き、半分はフルートにし、リズムはきめ細かさと軽快さでスピード感がある。ピアノのメロディーも芸の幅は広く、一筋縄ではいかない巧さと正確さがある。
なるほど軽妙かつ、しっかりした新しいジャズであった。
ビートルズの一曲がサイケ感を醸し出しているだけである。

なるほど、計算された作品である。
当時は、これからのジャズはこうなるのだろう、と思った。

CLARK TERRY & TERRY POLLARD “CATS vs CHICKS”
2013/07/22

LEONARD FEATHER PRESENTS
CLARK TERRY - TERRY POLLARD“CATS VS CHICKS”MGM E3614

このレコードはジャケットを見れば見るほど、面白くなってしまい、ジャケットの解説を読み始めれば長引き、聴き入れば長く、遂にパソコン入力に半日を要してしまった。
どこが面白いかというと、男と女の喧嘩腰のジャケット。男は眉を吊り上片手にトランペットを持ち、片手の握った拳を突き上げている。
その相手は、なんとヴィブラフォンのスティックを両手に持ち、こちらも負けじと、男に向かって突き上げている。
だが、服装は両者とも至ってフォーマルである。
そしてタイトルは「CATS vs CHICKS」。
すなわち、「猫 対 ひよこ」となっているのだが、キャットは男性ジャズメンであり、チックスは姉ちゃんとでも言おうか。
それもそのはず、チックスの方はメンバーを良く見ると、全員女の子!、そのリーダーがTERRY POLLARD(テリー・ポーラード)という訳。
一方の男のリーダーはクラーク・テリー。

ジャケットをもっとよく見ると、レナード・フェザー・プレゼントとなっていて、このバトルのプレゼンター。
裏ジャケにすると、戦いのアナウンスがある。
赤コーナー、デトロイト出身、105パウンド、ミス・テリ〜・ポ〜ラ〜ド!と紹介がある。48キロ程の華奢な女の子だ。
続けて青コーナー、セントルイス出身にして、デュークエリントン楽団出身、輝かしいジャズ・トランペッター、185パウンド、クラ〜ク・テ〜リ〜。90キロに近い大男。
第一ラウンドと紹介があって、対戦曲は「CAT MEETS CHICK」
第二ラウンドの対戦は「MAMBLUES」
第三ラウンドは「THE MANN I LOVE」とそれぞれ演奏をする。
第四ラウンドは、全員のバトルロイヤル。
その後は、当然判定があって、LEONARD FEATHER, NAT HENTOFF,BARRY UINOVと三人の判定があり、結果はひいき目があって、ミス・ポラードが勝ちとなっている。
その後はリターンマッチで、B面になって、男女対抗のジャズ・バトルが続けられる、という仕組み。

力を入れた企画だけあって、演奏は双方とも、個々のプレイもアンサンブルも素晴らしく、出来のよい演奏を聞かせてくれる。
男性陣はLUCKY THOMPSONはじめ、メンバーにも恵まれ、個人技など聴き所は多い。
一方のポーラードは半分ヴィビラフォンで、半分はピアノを弾き是も又、見事で上品なジャズで、共演の女性たちのチームワークは良く、演奏は見事である。
それにしても、このポーラードのピアノはしっかりと弾き切って、スイング感も抜群で、当時の女性プレイヤーの中でも相当期待されたに違いない。だが、ベツレヘムの作品以外、彼女のリーダー作を知らない。

しかし、白人好みであるがジャケも音楽も楽しめた、良いアルバムだった。

映画、華麗なるギャツビー
2013/07/21

仕事をサボって、レオナルド・ディカプリオ主演『華麗なるギャツビー』を見た。
大好きなF・スコット・フィッツジェラルドの原作であるから見ない訳には行かない。

75年頃の前作に比較すると、あれから40年、時代も経った。
どんな解釈を見せてくれるかと思ったが、意外にも、面白くもなんともなかった。
ロバート・レッドフォードの方がずっと、1920年代の優雅と狂乱の時代に相応しい力があった。
一言でいうと、前作は哲学的であるが、こちらは単なる娯楽映画。

ロバート・レッドフォードが、ミア・ファローに向かってワイシャツを次々と投げるシーンは見事な美しさで、男物の服でここまで美を表すのかと驚いたものであったが、だが、今回のは肝心なシーンなのに、見せ場が見せ場でなく、美しさもなく、ただのワンシーン。
また、ボーイがテーブルで氷を割るシーンでも、コンクリを割るようなドカン・ドカンという大音響で、大袈裟もいい加減にしろと言いたいような、風情の無さ。
ハリウッド映画産業よ、イカン!

ところで、あの舞台になった20年代はジャズ・エイジと呼ばれた特異な時代。
話の舞台として面白くないはずがない。
20年代の事をちょっと確認しておくと、1920年に禁酒法が始まった事からすべては始まる。
米国は宗教の国であるから、酒を禁止すれば清潔な国が建設できると信じたらしい。
政治家はどこでも阿保だ。
ところが、人間の欲望を禁じた法が守られるはずがなく、見事に当ては外れた。
ニューヨークだけで3万件以上と言われたもぐりのバーが出来た。更に凄い事が社会に及ぶ。
酒を嗜む事のなかった主婦達が、それほど悪い事なら試してみようと逆の働きが生まれ、女性たちが酒を口にし初め、遂に、酒を飲むのがカッコ良い習慣にとなった。酒とくればタバコとなるのも当然の流れである。悪法に反発することがカッコ良い生き方であった。
女が酒を飲み、タバコを吸い、働きにも出た。
女も男と同様に遊ぶようになった時代ともいえる。
密造の酒は大量に作られ、それらはブートレグと呼ばれ、我々の業界のレコードのブートの語源となっているので、無関係と思われない。
また、20年代は機械文明が発達し、自動車の生産は進み、電気が普及し、ラジオ・映画が人気を呼び、一挙に近代化がすすんだのである。
女性らしさが失われた時代とも言われ、音楽はジャズがはやり、踊りはチャールストンが流行り、スカートの丈は短く、薄着になり女性のファッションは変わった。
まさに変革の時代であり、景気はうなぎのぼりで、勝ち組には狂乱の時代であった。
バブルを経験した我々は、ちょびっと理解できるかな?

その狂乱の時代の、上流階級の風俗を知ることができる絶好の映画なのである。
そういう意味では、俳優たちの演技以外でも見せ場はある。
そして主人公のギャツビーの死によって映画の幕は閉じるが、それはあたかも20年代の終焉であり、29年の世界大恐慌による、狂乱の20年代の死でもあったのだ。

ところで、映画はどんな映画でも、見れば中に入り込んでしまうし、面白いものである。
映画はいいね。
映画館で見るのが良い。
文句を言いながら、実はまた見ても良い。

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