HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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舌なめずり
2013/08/12

昼を食べて、外に出た。
目の前に、ちょうど猫がいて、何かをもらって食べたらしく、一生けん命に口の周りを舐め回している。

あらあらお行儀の悪い猫と、それを見ながらふと気が付いた。
自分で口の周りを舐め回していた。
人のふり見て、わが身を直せ。

猫に教えられるとは。
トホホ。

Krzysztof Komeda “CRAZY GIRL”
2013/08/10

Krzysztof Komeda − Bernt Rosengren  “CRAZY GIRL” MUZA No.0187
(POLAND) オリジナル 7インチ盤

これは、ポーランドを代表する音楽家クリシュトフ・コメダの大変珍しく、しかも素晴らしく、ヨーロッパ・ジャズ史上、非常に貴重で歴史的な一枚である。
EPでありながら、そこまで言い切るにはわけがある。
この作品は映画界のポランスキーとジャズ界のコメダであり、それぞれがポーランドのみならず、ヨーロッパを代表する映画・音楽のリーダー的存在で、またそれぞれに当時の社会主義国家の中に自由を求めた人生であり、次作の映画「ローズマリーの赤ちゃん」の仕事など、多分に重なり合う人生である。
そういう背景から見ると、いくらでも考える事があり、書く事がある。

しかし、ここでいつまでもEP盤一つに固執するのもいかがかという、気もするので、ここはサラッといこう。

このEPはロマン・ポランスキー監督処女作、ポーランドで作られた1962年の映画「水の中のナイフ」のサウンド・トラックである。
主題曲「CRAZY GIRL」(クレイジー・ガール)は、コメダの初期の代表作(曲)である。
次の作品は63年の例の大作 "BALLET ETUDES" Metronome MLP 15132。
次の主要作品としては、65年の"ASTIGMATIC" Muza SXL 0298 である。
ジャケットや音楽の内容を思い出すだけで、いかに濃い作品が揃っているか。

たしか、クレイジー・ガールの曲 は、映画の中で、船着き場から小舟が出て行くときの音楽に使われたのではなかったか。
映画の中に使われたサントラとしては、ドンピシャな出来栄えで、単独のジャズ作品としても、さすがの出来栄えである。
曲は当時のジャズが持っている暗さのある雰囲気はそのままに、そこに彼独特の芸術性と哀愁が散りばめられていて、派手ではないのに引込まれる何かがあって魅力的で見事である。
音に無駄は無く、フリージャズではないのに、実に前衛的である。
それは、やはり高い芸術性がそう聴かせてくれるのであろう。
なにより死・暗さ・強さ・希望・育ちと言ったものから生まれた故の、何かであろう、彼の独特の哀愁が良い。
これほどの曲はそうは無い。

ここではピアノはコメダ本人で、テナーサックスをスエーデンのBERNT ROSENGREN(ベルント・ローゼングレン)が吹いていて、落ち着きのある、これも見事な表現である。
この曲はその後、65年にやはりMUZAから4枚組のアルバムが出されたが、そのなかではJAN WROBLEWSKI(ヤン・ウルブルスキー)が吹いていて、こちらも負けずに立派なテナーである。
どちらがどうと言うようなレベルを超えているので、機会があれば聴いて欲しい作品である。

ところで、このEPは時々ヨーロッパでは見つけて来た。
しかし、残念ながらジャケット付きという完璧な形ではほとんど見当たらない。
今回は目玉のシンプルなジャケットも一緒で、レコード屋の親父としては、とても嬉しい。
「目」の絵画的な意味合いは「神の目」であり、何事も神は知っているという意味である。
きっとコメダは自分の事を判って欲しかったのであろう。

ところで、根が下品なせいか、またゴシップ的な話になってしまう。
コメダは、1968年12月滞在中のロサンゼルスのという事はハリウッドであろうか、とあるパーティーで、友人と言い争いになった時、Marek Hlasko(マレク・フラスコ)という作家に、高い所から突き落とされた。彼も又ポーランド人である
病院に担ぎ込まれたが、意識不明で、結局彼の妻によりポーランドに連れ戻されたものの、4か月後69年4月に亡くなった。
おかしな事に、そのマレク・フラスコもまた69年35歳で薬物による自殺という事になっている。
それでケースクローズ、問題が無い事になっているのだが、当時の社会主義国家の東側諸国の政治的な動きからすると、芸術家特に自由を求めていた芸術家は常に命の危険と共にあったのではなかろうかと、考えざるを得ない程である。
仕組まれた若死に、と勝手に解釈と。
もう一方のポランスキーはというと、69年世界を震撼させた残虐な殺人事件で妻を失う。自らも77年に淫行疑惑で逮捕されてしまうという、映画そのものような人生。
皆、凄まじい人生である。

しかし、60年代の東欧の、特にポーランドの芸術は、絵画も音楽も物凄いパワーを感じさせて、有名な人の作品でなくとも、ドキドキさせられてしまう程である。
結局はそういうパワーがづうっと続き、文化の面からも自由の希求が進み社会主義国家崩壊に繋がったのであろうと今、つくづく思う。

お盆休み
2013/08/09

今日の夜から、各高速道路の渋滞は始まったらしい。
人によっては9連休の長い休みがある。

羨ましい。
私も休もうかな。
海外は仕事で行ったから、もう沢山。
国内をゆっくり車で廻りたい。

なんだか、そんな事を思っていたら昔のTVドラマ、シカゴからLAまで旅をする話「ルート66」を思い出してしまった。

じゃ、オレは愛車で日本縦断か。

ああ許すまじ
2013/08/08

二・三日前から、TVで原爆の話ばかり。
戦争の早期終結で正しかったなど、何だかんだと正義を繕っても、広島・長崎における一瞬におけるホローコストの恐怖は世界最大にして最強であり、恐怖の大王アメリカ軍として、永遠に記録は破られることはないと思う。

それで思う事一つ。
8月6日に広島の上空600メートルで原爆が落とされ核爆発が起きて、市民が一度に推定3万人が一瞬にしてこの世から消えた。
その被害状況はアメリカ軍がはっきり理解した。
それがどんなに驚愕の規模の恐怖の武器であったか、理解したはずである。

それなのに、3日後の9日。
今度は長崎に落とす。
一瞬にして約14,000人が亡くなった。

私は思う。
「広島と長崎の両方に落とされた」ではないのだ。
なぜ広島の後に、再び長崎に落とすのか、が問題なのだ。

広島の後、長崎にも平気で原爆を落とそうと考えた神経を疑うのだ。
落とせば、何万人もの丸腰の一般市民が死ぬと解っていながら、女子供も大量に死ぬと解っていながら、また落した。

広島の後、アメリカ軍の考える時間は3日間もあった。
1時間ではない。72時間もの考える時間をもっていた。
家に帰って、ブロンドの髪の奥さんにキスしたかどうかわからないが、少なくとも夕食を取る時間もあった。
寝ながら考える時間もあった。
少なくとも、前日にチームで集まって、コーヒーを飲みながら話し合う時間もあった。

百歩譲って、1度目はまだ当時の軍関係者として理解するとして、理解すると仮定して、しかし、しかしだ、2度目は無い!
どう考えても、2度目は、余りにムゴイ。
1度目は鬼畜米英の仕業として、2度目は悪魔の仕業である。
こういう国を信用するなかれ。

続きと言えば、続き
2013/08/07

昨日の続きと言えば、続き。

40年もジャズを聴いてきて、今頃気が付くってどういう事だ。
頭は悪いにしても、それにしても、鈍い。
と、時々嫌になる事も多々ある。

作品を見たり、読んだり、聴いたりして、パッとイメージ出来ないという事は、どこかに問題がある。
エライ先生方であれば、ヘンなことばかりやってオカシな作家だと言い切ってしまえば、それはそれで、社会が納得する。
しかし、私のような、へそ曲がりのアマチュア達は何とか理解しようとするはず。
その時の、理解度が、本人の持ち合わせたレベルによって、全く異なった解釈になってしまうのではなかろうかと。

作品に接した時、パッと気づくものがあるだけの、共感できるだけの同じ経験を持っているか、さもなければ、人生の様々な体験・学習を通して築いて来たもの、すなわちそれがイマジネーションであるのだが、そのイマジネーションの質によって感じる事が出来るはず。

結局は、全ては学習の質になってしまうのだが、私もこうして毎日、日記にジャズの事などを書いていると、つまってしまい、そんな時つくづく、一体オレは何を見て、何を聴いていたのだろうかと、自分にがっかりするのだ。
イマジネーションというのも所詮知識の集積である。

勉強も仕事も、真剣にやって来なかったヤツは、やっぱりダメだ。
安っぽい想像しかできないもの。

ロリンズの事で...
2013/08/06

昨日のロリンズの事で続く。

私、最近ロリンズが大好きになった。
勿論、私のジャズ人生のスタートはロリンズである。
それが、昨日の鍵谷幸信の話しではないが、何がなんでもコルトレーンという時代があった。
評論家も、何がなんでもモードが偉い、という時代が。

そういう流れの中で、私もコルトレーンを買いそして聴いた。
といってもロリンズのレコードだってほとんどオリジナルで買って聴いたが。

最近、ロリンズのブリッジを聴いている時、ふと気が付いたのだ。
この人は決してモードでは吹く事がなく、全てコードで解決したひとなのだと。
そうしたら背筋がゾーッとして来て、サックスを習っている当店のバイト君を呼んで来て聴かせた。
「どうだ?」
「あれ、この人凄いですね。簡単に聴こえますが、実は凄い難しいコードですね」
「うん、そうだろう」
「こんな指の動きは、普通はできません。それなのに観客には、いとも簡単に聴こえますね。お客さんは気持ちいいですね」
「モードはないか?」
「すべてコードでやっていますね、パーカーの後継者って、ひょっとするとこの人ですか?」
「褒め過ぎだろ!」
という会話になって、私も感心してしまった。
私もモードが偉いと思い込んでいたもの。

この人は、世間がモードだ、モードだと騒いでいた時に、たった一人で、むつかいフレーズでも、全てコードで解決しようとしていたのだ。
そういう事であれば、苦労は並大抵ではなく、一時引退するくらいでないと、こういう音楽にはならなかったのかと思ったら、彼のジャズに対する信念の強さは、大スターの中にあっても、並大抵ではなかったに違いないと確信した。
素人には、何でも無く聴こえたメロディーが、実は人並み外れたハイレベルの技術とセンスあってこその結果であった。
だからと言って、どっちの方が凄いとか、エライとかの話しではない。
でも、今更だがロリンズって本当に良いね。

夜食は..
2013/08/05

夜食はラーメン
あまり行くと店員に顔を覚えられてしまう。
そのうち、「お客さん、来てくれるのは嬉しいですが、毎日食べると体に悪いですよ」と、また言われてしまいそうだ。

最近は食べることも面倒になってきた。

ところで、昨日の日記の続きになってしまいそうだが、ロリンズの事。
むかし、鍵谷幸信という先生がいた。
なかなかの筆先鋭い人で、気に食わないジャズメンなどぶった切って歩いた。
ある時、雑誌か何かに、「コルトレーンはいても良かったが、ロリンズはいなくも無くても良かった」と。
さあ、読者が怒った。私も怒ったが、他の読者がもっと怒った。
それで、雑誌にケシカランという投書が沢山行った。
本人は困って対応に追われ、しどろもどろに言い訳した。
その様子は読んでいてなかなか面白いものであった。
あれ程の強い口調の文章も、気弱な文章に変わるものだと。

その内に、あまり先生の文章も見なくなった。
というより、私自身が買わなくなってしまったのだろう。
時々、買取で一緒に入荷する先生の本を読むと、なるほど文句の多かった人だなと、可笑しくなる。
もちろん、あまりの好き嫌いの多さにすぐ疲れて、読んでも先に進む事はない。

SONNY ROLLINS “NEXT ALBUM”
2013/08/04

SONNY ROLLINS “NEXT ALBUM” MILESTONE MSP9042 (USA)

1972年の作品

60年代終わりから70年初めまで、彼は2度目の隠遁生活を送った。
最初の時の復帰作はあの名盤ブリッジだった。
二度目の時がこの「NEXT ALBUM」であった。

一回目の方は、私の歳では雰囲気だけでも追うにも、時代背景が違っていて、見当が付かないので置いといて、私の先輩達に譲るとして。
二度目の方の年数をもっと細かく見ると。
East Broadway Run Down IMPULSE A 9121 
1966年の事で、翌年は録音記録がなく、翌々年の68年はヨーロッパに出かけて、ちょっと演奏しているが、ほぼ休業状態。
そのままお休みが続いて、およそ5年。
ようやく重い腰を上げたのが1972年である。
7月になって、どういう雲行きになったのか、遂に沈黙を破ったのがこの作品。
雑誌の記事で見たか、噂だったかうろ覚えなのだが、発売になるのを待って購入したのだ。
確か、買えたのは、既に冬になっていたような気がする。
嬉しくて、電車に乗っている間、待ちきれなくてウズウズし、ラズウェル細木先生の漫画ではないが、電車の中で見てしまった記憶はある。
そして家のスピーカー、三菱ダイヤトーン2S−305から流れて来たその音は、期待に違う事はなく、豪快なテナーは相変わらず健在であった。
その日以来、しばらく毎日聴いた。
1曲目は豪快なテナー、2曲目になんとソプラノを吹いており、その音色がコルトレーンに似ていた気がする。
B面は得意なカリプソ。そして最後は名曲「SKYLARK」でしっとりバラードでありながら、決して情緒に流されていない。
というラインアップ。
いや、今と違って私、あの当時のジャズ純情青年は、嬉しくてなんども聴いた。

今でも、レコードを掛けるとその時の、あの時代の、私の歴史の一駒がパラパラと脳裏に浮かぶ。
パラパラと浮かぶとなると、もうすぐ私は死ぬのかな。

ところで、当時みんな、ロリンズの引退の理由を、後輩たちが出世したため落ち込んだ結果だとか、性格によるものだとか、精神病だとか、喧々諤々であった。
評論家まで色々予測した。
実際、その後本人の談話があったらしく、当たり障りのない「病気の事、音楽の事、等々」という話であった。

そんな事を騒いでいた頃の当時、私の友人がぼそっと言った。
「私はね、歯だと思うよ」と。
楽器を扱うのに歯が悪かったらどうにもならない、歯で噛むマウスピースを使う楽器は、それこそ、歯に問題があれば、それで終わりだから、という理由だった。それを聞いて、周囲はまた変わった奴が、ヘンな事を言っている、と笑った。
歯でなんか引退しないと。

当時、その友人はサックスを練習していた。昼休みに会社の屋上で練習して社長の顰蹙を買った事もある。
それがある日、歯槽膿漏になって思うように吹けなくなった。
あちこちの歯医者に行ったがパッとしなかった。
それで、間違いないと思ったらしい。

私もそう思った。
なぜなら80年代からの、近代の若手ジャズマンは、たいへん歯を大切にしている事を知ったから。
時代が変わったのだ、と思った。
それまでのジャズメンといえば、ギャンブル、薬、酒、女と来て、ま、そうやって身体を鍛えていたのだろう??
とすると歯が悪くなれば、不運として片付けていたのではなかろうかと思うのである。
近代になれば薬などダーティーな事は御法度、その代わりに精神と肉体の鍛錬という事になるのだが、そうなると健康管理の出番と言う事になる。
歯も大切にするようになる。
それが現代である。
このように健康などに気を使うようになったのはつい最近の事。

ただ、あの時の一時引退の理由の事は本当の所、納得するような答えはない。
無くてもいいのだ、本人の問題だから。

ロリンズが、多くのジャズ・ジャイアンツが亡くなってしまった中で、まだ健在なのが嬉しい。

DIANA DORS “SWINGIN’ DORS” PYE
2013/08/03

DIANA DORS “SWINGIN’ DORS” PYE NPL 18044 (UK)

ダイアナ・ドウス。彼女はイギリスのマリリン・モンローと言われたセクシー女優。

これは、そのセクシー女優が、60年に吹き込んだ珍しいジャズ・ボーカル・アルバムである。
コレクター心をくすぐる一枚だ。
どのようにくすぐるかと言うと、まず表の写真。
ブロンドの髪の彼女のセクシーな姿が二体。
左側の写真は、柱に寄りかかった様子で、すっと立っているが、顎をやや上げている。
目は半開きで甘えているような表情がセクシー。
右側の写真は、両手を腰の線に沿わせて、すっと立つ。
顎を引いて、目を大きく見開いていて、挑戦的な雰囲気を醸し出している。
両側に立っている柱は古代ギリシャのコリント式か。
彼女があたかもローマ時代のから蘇った絶世の美女、永遠の美女であると。

その美女ジャケットは真ん中で割れている、その観音開きの扉を左右にゆっくり開ける。
扉の裏側には、SWINGIN’ DORS と3段画き。
中央にはいかにも女優だと言い切った、美人のポートレイト。
斜め後ろから撮った顔は、眉はくっきりと、目は強くしかも優しさを湛えて、唇は意外にぽっちゃりと、若々しさとセクシーさが伝わる。
なるほどアメリカに進出し、スター街道を目指すのも理解できる。

レコード盤をポートレイト写真の向こう側から、うやうやしく取り出すと、それは、情熱的な彼女の口紅のように、燃えるような真っ赤なレコード盤。
ここまで赤い盤も珍しい。
ラベルはと見ると、上部PYEのマークの脇に二つ、彼女の似顔絵が線でさらっと書き込んでいる。
ウーン、と唸ってしまう凝った作りの、コレクターズ・アイテム。
同時に作られた米国コロムビア盤のジャケットとは雰囲気はまったく違う。
また以前、一生懸命に作られた日本盤再発もあったが、やはりオリジナルの凄さに圧倒される。
オジサン、欲しくなってしまうが。

音楽の話が出て来ないのもなんだ。
ちょっと聴いてみると、おやおや、どうせお決まりのセクシー路線かと思いきや、意外や、意外。
声質はセクシーだが、むしろここでは色気は抑え気味にして、嫌味なくストレートに唄っている。
そっと唄うところは、語りかける様に優しく唄ってみせて、けっして嫌らしくならない。
良い声でこれは芸達者な、かなりの実力者とみた。
映画の中でもセクシー路線ばかりでなく演技派でもあったようで、真の女優だったのであろう。

ところで、このダイアナ・ドースという人。
もう一つ、大切なジャケットに登場する。
それは写真も掲載したビートルズのSgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band。
ジャケット右端に、ゴールドのドレスを着て、薄手のケープを纏った、セクシーなブロンドの美女が彼女である。
なんでもジョンレノンが気に入っていたからと聞いた事があるが真偽は解らない。

ラーメン
2013/08/02

仕事が遅くなったので、面倒だから今日のディナーは向かいにある、ラーメン屋。
札幌味噌ラーメンに卵入り。
800円也。

こってり味のスープに、にんにくと豆板醤を各小さじ一杯入れて。
店を出ると、ああ、喉が渇く。

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