HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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EDWARD VESALA “ODE TO MARILYN”
2013/09/23

EDWARD VESALA “ODE TO MARILYN”  SACNDIA  SLP608(FINALAND)

かつて私のコレクションの中のフリージャズ部門で、人別で自慢できたものはSTEVE LACY と EDWARD VESALAで、この二人に関しては、かなり充実していたと思う。それらは今の仕事にも随分活かされた。

このレコード、ジャケットを見るとセクシー女優マリリン・モンローの例のセクシー・ショットで有名な顔の絵が、空の上、天の雲の間に間に描かれ、左の奥には彼女の乳房が爆弾にように描かれ、それも火花が散って電流がスパークしているという、ナイーブな情景の中にも激しさを秘めた情景である。
なぜモンローなのかというと、彼女は神話であり、その柔らかな夢は我々の音楽に隠れた力を引き出してくれる、というような理屈であるが、それは取って付けたような話だが、そこは、まあそういう事で。

ところで、このアルバムを見る度に、思い出す本がある。
それは「野坂昭如」の小説「マリリン・モンロー、ノー・リターン」昭和46・7年頃。
変な唄の方がヒットしたので、小説はどれほど売れたかは知らないが、私は妙に記憶に残った。

この本の内容、駄目男の主人公が出家しようとして、ふとモンロー来日の新聞の写真を見た。
「組んだ足のピンク色に輝く肌の太ももまで見せ、さすが当代のセックスシンボル」とあった。
それ以来、うれしさにつけ、かなしさにつけ、一々モンローとのカラミを想像して生きいるという、まるでHビデオのような話だが、ある日死のニュースを聞く。
そして、俺だけがモンローの本当の美しさ、やさしさを知っていたのだ、どうして死んでしまったのか。断りも無く。その肉体が滅びると共に思い出も消え失せてしまう。と嘆くのだった。

と、別段どうこうなる話でもない。
当時は、自分の青春を持て余し、エネルギーを封印し、世を拗ねたような振りをしたニヒルな青年が沢山いた。
そういう駄目男こそ、マリリン・モンロー等という天地の差のある世界トップの美女を自分の相手に思い描くという、虚しさに虚しさを重ねてこそが青春だったのだ。
そういう話。
多分、今は受ける事はあるまい。

そうそう、話が飛んでもない方向に行くな、俺の頭は。
真面目に直れ。
音楽の内容はほぼノイズであり、フリージャズである。
よく聴くと、とても繊細でナイーブで確かに柔軟性があり、聴けば聴くほどとても抒情的な音楽で、イギリスやドイツなどのフリージャズの連中の冷徹さも緊張感も少ない。
彼らのサウンド、それは「柔らかさ」が特徴的で「神々」しくもある。
よくぞ作ったと言える作品である。大した音楽家である。
当時、先進国のほぼ全世界的にモンローに対する郷愁が高まっていたので、その辺りのイメージは共通だったのだろう。
1973年、おお、まさに昭和のこの頃ではないか。

JOHN COLTRANE “THE AFRICA BRASS SESSIONS, VOL.2”と地下鉄道のこと
2013/09/22

JOHN COLTRANE “THE AFRICA BRASS SESSIONS, VOL.2” IMPULSE AS-9273 (USA)

新入荷ではなくて、棚を整理していたら出て来たので売り場に出そう。
1961年5月23日、コルトレーンはビッグバンドを招集した。
メンバーにはいつものマッコイ、エルビン、ギャリソンなのどの他、BOOKER LITTLEやERIC DOLPHYもいて、ドルフィーは音楽についても打ち合わせに加わった。
ジャケットのライナーによるとドルフィーは打ち合わせのみならず「SONG OF THE UNDERGROUND RAILROAD 」の指揮を執ったとされている。
だがせっかくの指揮にも関わらず、この6分半の曲は、当初の原盤「AFRICA/BRASS」、Impulse A-6には収録されなかったのである。

A−6の原盤では「Africa」「Greensleeves」「Blues Minor」の3曲である。
従って、片面16分ちょい短めの作品となってしまった。
勿論作品は最高でアフリカ回帰をイメージされる大抒情詩である。
しかし、それが不自然な作品に見て取れるのだ。
ちょっと短すぎないか!

さて長いイントロが終わって本題。
今日の一曲は、「SONG OF THE UNDERGROUND RAILROAD 」。
とはどういう曲で、なぜ原盤から外されてしまったのか。

今聴くと、曲はしっかりした気合の入った、非常に出来の良い曲である。
外す理由があったのか。
それもアルバムの雰囲気からすると、どうも突然外された気がする。
そもそもこの意味とは何か。
昔、VOL.2を購入した際、私は興味を持った。へそ曲がりだから。
なぜならアンダーグラウンド・レイルロードとは日本語に訳すと地下鉄道のことである。
だが漫画でもなく、ニューヨークの地下鉄の歌をコルトレーンが取り上げるはずもない。
これはひょっとすると、ひょっとするぞと。
地下という単語がおかしい。

まず、60年にMAX ROACHがWE INSISTを製作。
嫌が上にも、ジャズ界にも公民権運動が盛り上がろうとした時代。
コルトレーンも一肌脱ごうと考えても不思議はない。
調べた結果。
意味は「地下鉄道」という。そのまんま、だがそのまんまでも無かったのだ。

ところで私は常日頃、ネットの情報特に、WIKIの情報を借りて来るブログなどを軽蔑している。しかし、今回ばかりは、ちょうど、正にちょうどピッタリでここに引用させていただく。
良くぞ調べて書いた、それも適当に流す事もなく、しっかりと書いているので、私は自分で書こうと思っていた下らぬ知識など、恥ずかしくなり書く事を止めた。
という訳でガセネタでは無いと思う故、是非読んで頂きたい。

書き出して見ると。
「19世紀米国の黒人奴隷たちが、奴隷制の南部諸州から、奴隷制の廃止された北部諸州、時にカナダまで亡命する事を手助けした奴隷制廃止論者や北部諸州の市民たちの組織。又その逃亡路を指す事もある。地下鉄組織と呼ばれる。

最も頻繁に使用されていた1810年から1850年の間に、3万〜10万人が地下鉄道の助けを借り奴隷状態から逃れたと推測されるが、公式の国勢調査ではその数は6,000人ほどと計上されている。地下鉄道は一般に「自由」を称揚する価値観の象徴的な存在となっており、アフリカ系アメリカ人史においても特筆される事項である。」

という凄い地下組織で、助ける側も助けられる側も、命懸けの「地下鉄道」だったのだ。
その呼称も凝っていた。
奴隷達を誘導した人は車掌と呼び、奴隷の隠れ家は駅と呼び、自分の家に奴隷をかくまった人々を駅長と呼ぶなど一般の人々の会話の中にあっても解らないような工夫があった。
勿論、乗客とは 逃亡中の奴隷を指す言葉であった。
逃げ出したものの。所詮アメリカでは天国にはたどり着く事も少なかったかもしれないが、カナダの人々には受け入れる信条があり、助かった人が多く、推定2万人とされる。

そんな歌を演奏したと思うと、コルトレーンもやるもんだ、と尊敬の念が深まる。

このアルバムも後発のインパルス盤か、などとバカにしたものではない。
「Africa」も「Greensleeves」も別テイクであり、今回の話の曲も含めて、改めて聴いていただきたいと願う。


(註:地下鉄道の事は「ゴスペルの暗号・益子務著」という立派な本が出ている、ぜひ読んでいただきたい)


「フランシス子へ」 吉本隆明
2013/09/21

友人に薦められて読んだ本。

「フランシス子へ」吉本隆明 定価1200円
本の厚さは1センチちょい。
ちょっと薄い本、四六判と言ったかな?漫画の単行本よりちょっと一回りだけ大きい。
ページを開くと、年寄向きにしたのかフォントがデカい。12ポイントくらいはある。
それで、1200円はちょっと高いとも思えて、こんな説明をしているのか。
小さいヤツだ、オレは。

昔はヨシモトリュウメイと呼んでいたが、最近タカアキと呼ばないといけなくなったらしい。
なんでも正しく読めと。
どうでも良い話が長くていけない。

吉本さんの本は哲学なので、面倒で皆よまない。
でも、これは読みやすいし良かった。

フランシス子とは彼の家の猫で、その猫の死についての思い出とか、関わり等をつづったものである。
故に猫好きには、私も奨める。
それが読み進んで行くと、彼の人生の思い・考えを話して行くので、ちょっと猫だけでない本だったというわけ。

「猫っていうのは本当に不思議なもんです。
猫にしかない、独特の魅力があるんですね。
それは何かっていったら、自分が猫に近づいて飼っていると、猫も自分の「うつし」を返すようになってくる。」

「うつし」ってすごいな、同感、どうかん、太田道灌。
吉本さんは、猫がすきなんだな、きっと。
それが、人生の話に進んでくると。

「ただ、このごろよく思いうのは、何か中間にあることを省いているんじゃないか.... 
本当は中間に何かあるのに、原因と結果をすぐに結びつけるっていう今の考え方は自分も含めて本当じゃないなって思います。」

そう言われると...。
我々が面倒がって、合理的に処理している人生の様々な場面で解決してきた色々な事が、いちいち反省させられる。
本当にそれで良いのか、そうだったのか?と。

“ Gene Norman Presents The Chase And The Steeplechase”
2013/09/20

Wardell Gray− Dexter Gordon “ Gene Norman Presents The Chase And The Steeplechase” DECCA DL7025
10インチ (USA)

入荷。
このアルバムは入荷して嬉しいという思いが強い。
このアルバムは1973・4年のスイングジャーナルでゴールド・ディスクに祭り上げ「遂に蘇る、白熱のバトル」と盛んに宣伝をしていたので、ついつい購入してしまった。
僕って騙され易いの、と言いたい所。
買って聴いて、実に好きになった。
元気溌剌、縦横無尽、エンターテイメントとしてのトップクラスのジャズがここにあった。
ところで、私が買った所の、当時の確か日本ビクターで発売されたものは、何かとカプリングであまり気分は良くなかった。
それで取ってあった「幻の名盤読本」を棚から引っ張り出すと、あるある「A面はこの二人、B面はトニースコット、BRUNSWICK盤からで、52・3年のジャズシーンの重要な一場面云々」と、大いにレコード会社を持ち上げるSW誌である。
当時でも、個人的には気分は悪かった。
やはり出来れば一緒にしないで欲しかった。
大丈夫、この10インチ・オリジナル盤には2曲しか無いから。

この演奏、詳細がジャケットにしっかりと記載されている。
Actually recorded at a Gene Norman concert at the Pasadena Circus Auditorium, Pasadena,California
本当にライブで演奏され、録音されたものであると。
コンサートは 1952年2月2日。
2年の2月2日! 2が3つ重なる日であったか。 だからどうという事はないが。

演奏は当時のビ・バップのメンバーが揃った。
Conte Candoli (tp)、 Dexter Gordon(ts)、 Wardell Gray (ts)、 Bobby Tucker(p)、 Don Bagley (b)、 Chico Hamilton (ds)と言う好メンバー。
管楽器が映えて、最も馬力が出る3管編成だ。
トルクが出て、良く回るエンジンとも言える。
演奏曲は、A面が「The Chase」B面が「The Steeplechase」と二人でテナーバトル。
それもビ・バップ絶頂の二人。

昔のレコードは雰囲気が伝わる。
何度も聴いてしまった。
自分で欲しくなる。
ところで、B面の最後の方「出発進行」って言ってない?
空耳アワーになってしまった。

当日の観衆には大いに受けた。演奏が進むにつれて一音毎に観衆の声のうねりが伝わる。
さぞ満足したことであろう。熱狂が伝わるわ。
ストレートに吹きまくった管楽器、グングンと行くドライグ感はこの二人ならではの抜群のビート感。
当時の最先端のジャズが聴けたコンサートであった。
よくぞやったというジャズの醍醐味がある。
ジャズ・コンサートの楽しみとはこういう物では無かったか?

長い事、芸術を追い求めたからか、
気取ってしまったんだな、オレ達。

グルメで..
2013/09/19

旅行会社にいた時、香港に出張した。
現地の契約先の旅行会社で食事に接待してくれるという事になって、我々数人を、社長の息子が食事に連れて行ってくれた。

テーブルに座ってビールを注文すると、御通しになんと油で揚げたピーナツが山盛り。
滑って取れそうもない。
どうやって食べるのか周囲を伺うと、日本人は誰も手を付けない。
社長の息子は、ひょいと箸を使ってピーナツを挟んで一つづつ、器用に口に運ぶ。
しかし、その箸とは、料理の菜ばしのように長く、しかもプラスチックの箸、という、使いにくそうな箸。
ピーナツは油でベトベト、
仕方がないので、何とかそれで口に運んでいると、社長の息子が「あなたはグルメだ」。
なぜかと聞くと、箸の使い方が上手だから。
大概の日本人はこういう箸を使う事ができない。
あなたは香港の我々と同じように箸が使えるから、今度二人で行こう。
という話になったが、結局はその場限りだな。

2・3料理をつまんでいると、今日はカオヤー(北京ダック)を注文してあるという。
すると、大きな鳥が丸々一匹。
オー、と歓声を上げて皮を一枚づつ食べるが皆、高級料理なので遠慮して2・3枚食べて何となく引いている、とそこに店員が来てもういいですか?
まだ一杯あるので、私が「まだ、まだ」というと、店員さん引っ込む。
そこでもう一枚食べると、社長の息子が、そこから先は店の従業員の分だから、終わりにして返して上げてくれと。

グルメとはそういうものかと感心した。
食べた量より、残した量の方が何倍も多いのだから。

出張から帰り。
一匹丸ごと、しかも大きいのが、ドンと出て来ると嬉しいものだ。と、そんな話を、当時の義父に話した所、そんなもんかと、私のはだね...。
と、聴いた長い話を思い出し出し、要約して。

「大東亜戦争で満州鉄道に仕事で行っていた時の事、休みの日になると、今日は烤鴨(カオヤー)行くかという事になる。
4人で料理屋に出かける。
店に着くと、店の主人が、4・5匹の鴨(アヒル)を三和土に連れて来る。
どれにしますか?といわれるので、店の主人も入れてあれだ、これだと言いあっていると、主人が、これが太っていて良いですね、と良さそうなのを一匹連れて厨房に引っ込む。
最初からそのつもりなのだが、一応お客様に選択させて、お客様は食通ですね、とゴマをする算段。
主人が料理で引っ込むと、自分たちは、では始めるかと麻雀をする。
一組4人が良いわけである。
やがて、麻雀をしたり、老酒を飲んだり、半日も経ち、ちょうど飽きてきた頃。
出来ましたよと、丸ごとの烤鴨の出来立てが厳かに出される。
これの美味い事、美味くない事。一番だった。
使用する薪ひとつにしても、決まった種類の木があるらしいぞ。
私は戦争が終わる前に帰って来てしまったが、あれは、また食べたい」

と言う話であった。

食べる方も一日掛かり、作る方でも一日掛かり。
そういう時代は確実に無くなっている。

日本でも、川魚料理=うなぎ屋さんなどは、ゆっくり座って何時間も座敷でのんびりしていると、ようやく蒲焼きにありつけたものだ。
だが、今はそういう店があれば、遅い・高いと絶対ネットで叩かれるし。

(カオヤーという字がなぜか出ない、「火」に「考」えると書くはずだが)

VA “THE BIRTH OF BOP VOLUME 5” SAVOY
2013/09/18

VA “THE BIRTH OF BOP VOLUME 5” SAVOY 9026 (USA) 10インチ盤

この10インチサイズのアルバム。
40年代のビ・バップの演奏のオムニバスである。
レコードのライナーにも曲名が書かれていないので、ここに記すと。
1. Unmeditated   (Allen Eager)
2. The lion roars   (Leo Parker)
3. Stealin' Trash  (Eddie "Lockjaw" Davis)
4. Pumpernickel   (Serge Chaloff)
5. Blowin' For Kicks  (Morris Lane)
6. Pete's Beat   (Roy Poter)

さて、最後の曲にピンと来た方は、相当のマニアといえる。
最後のロイ・ポーターは要注意だぞと。

ディスコグラフィーで確認すると、その通り、エリック・ドルフィーが参加している。
ちょうど、ドルフィーのマニアの方が来店されていて、すっとこのレコードを手に取り、このアルバムの話になった。
この曲は例のロイ・ポーターのSPには入っておらず、この10インチのみだそうだ。
こうなると、ドルフィー・ファンには必要なアルバムという事になる。

一応、念の為に掲載しておこうかな。

グルメ
2013/09/17

私もレコード屋になる前は、少しは景気の良い時もあった。
ちょっとは食にウルサイ時もあったのだ。
何処の何が美味しいとか、出かけて行こうとか、家で作ってみようとか、そういう余裕もあった。

その頃、中華に凝った事があった。
それは住んだ所が横浜だったから。
横浜と言えば、中華街。
中華街には時々、家族や友人と行った。

しかし昔は、ネットの情報はおろかグルメガイドなどもない。
人づてに評判を聴いてあっちこっちに行くのである。
そうやって試行錯誤をしていた時に、たまたま旅行先で知り合った人が、中華街の中に住んでいた。
渡りに船という事になって案内していただいた。

友人4人で集まり、まず一軒目に行った。
注文は任せろというので、彼に任せた。
注文はビールと小龍包。それだけ食べると、店の人にじゃ、と店から出るという。
いぶかりながら二軒目、野菜料理とビールだけ。
三軒目では、フカヒレと紹興酒。
という中華料理の梯子。

いや、驚いたのなんの。
美味しい物を食べたいのなら、その店の得意料理だけを食べて歩けと、ここはこれ、あそこはあれ、と細かく言うとエビ、魚はもちろん餃子、焼きそば、カニ玉にいたるまで細かくレクチャーしてくれた。
実生活でもそうしていると。
考え方は間違っていない。中国人の徹底ぶりに、感心した。

その後、他の友人たちを連れて同じ事をしようとしたら、落着かないから止めてくれと。
そこまでしては却って美味しくないという結論になった。
グルメといえど、そこまで日本人はストレートになれない事を知った。

THELONIOUS MONK "SOLO" SWING
2013/09/16

THELONIOUS MONK "SOLO" SWING 33.342 10 inch (France)

これも入荷。
これほど、私のジャズ人生に大きな影響を与えてくれた作品が他にあろうか?

これは素晴らしいレコードである。
昔から、憧れのレコードで、本の写真でしか見たことがなく、一度レコード屋の壁に飾られた時に、コレクター仲間と見学に行ったほどである。
したがって、当初聴いていたのは勿論、フランスのVOGUEから出た12インチLPである。
よく聴いた。

ただし、モンクの音楽が最初から気に入ったわけではなかった。
メロディーが心地良くない。
私に向かって上から物を言っているかのよう。
訥々とした音が、時としてイライラさせられる。
前衛音楽とは面倒だな、と。
それなのに、何故聴いていたかというと、姉がこれまたエラそうに「あんたモンクとかコルトレーンとか知ってんの?知らないようじゃ駄目よ」ときつく言われていたから。
もう一つは、私もジャズを解りたいと考えていたのだが、底には「僕はみんなが理解できないジャズを聴いているのだ」という独りよがりの思いもあった。

そう、ジャズの野心に燃えていたから。
野心ってなんだ?

それで、仕方なくモンクを聴いていた。
それから暫くして、どこかの新宿だったかレコード屋でVOGUE盤を買って、聴いたところようやく安心して聴く事が出来たという、有り難い作品であった。
本当にほっとしたのだ。
「煙が目にしみる」の曲の演奏に出会っていなければ、今の私はないかもしれない。

さて、10インチのジャケットをよく見よう。
上下を反転させたデザインが良い。
通常の位置で見ると黒の写真と文字が読める。逆さにすると同一のデザインの、赤色の写真と文字が読める。
何気ないようでいて、実に素晴しいシュールなジャケットである。
10インチのサイズに収まった所がまた良い。これを見ると、12インチには12インチの良さがあるが、それ以前の10インチには、またそれなりの雰囲気があるものだとつくづく感じさせてくれる。

演奏はすべてモンクのソロで、まずラウンド・ミッドナイトから始まる。
無駄のない音の繋がりは当時でも既に完成している。
これで観客を納得させていたのだから、音楽性の高さは超一流だった。
今聴いても前衛である。
この作品の頂点は最初に言ってしまったが「Smoke gets in your eyes(煙が目にしみる)」である。
しっとりした曲であるが、彼が弾くと淡々としたなかに優しさがあふれ、それがまた人の心に響く。
淡々とした中にこそ人生の機微が出る。淡々と弾いてこそ、人生の哀愁が滲み出る。
それなのに、軽薄さがない。
この曲はモンクだけが行きついた世界があるのだ。
現代の音楽家のような、綺麗事、調子良さが無いのが素敵。
この一曲が、この作品全体に光を当てている。
これ一曲でこの作品すべてを納得させてくれる。

こんな素敵なアルバムが、1952年にフランスで作られた事がいかにもアメリカとしては情けないと思わないわけではないが、それはそれとして、彼に注目した当時のフランス人の音楽感覚が、また素晴らしい。

私は、これだけはもう一度、購入するつもりである。
悲しきにつけ、辛きにつけ、死ぬまで聴くのだ。

JUNE CHRISTY “SOMETHING COOL”
2013/09/15

JUNE CHRISTY “SOMETHING COOL” CAPITOL T516 (USA)

このアルバムが一度に3枚入荷したので、記しておこう。
早い話が個人的な備忘録でもある。

最初のアルバムは、モス・グリーンを基調としたモノクロの印刷である。
彼女は目を閉じて、頬杖をついて音楽を聴いて口元が微笑んでいる。
くつろいだ自然な雰囲気を出している。
手前のソーダ水の向こう側に彼女がいると、荒井由美の歌を連想させる。
(ソ〜ダ水のな〜かを....)。
クラシックな構図。
レコード盤のラベルは緑、ってダサいな、ターコイズで丸く銀の線がある。
これが一応オリジナル。

もう一枚は目を見開いたジャケット。
絵は相当に書き直をした。
ブラウスはストライプになりお洒落なファッション。
髪はブロンドで、鼻筋は通り、口紅も着けて洗練された美人度を強調した。
頬杖のつき方は、前回とはっきり変えて、ポーズを作っている。
前方のグラスは中に赤いチェリーが見え、グラスの口にはいかにもカクテルだと言わんばかりにレモンが乗っている。
突き刺さったストローは縞柄が付いた。
前回の絵はやや淑やかさを大切にしていたが、こちらはアメリカ人好みに、明るくポジティブな人間性を出した、なかなかの良い絵である。
引っ込み思案の人間性より、明るい性格にみえた方が受けると判断したのだろう。
もう一つ、こちらのグラスは前者に比べ右に傾けてある、前者はジャケットの上の部分がクローズになっているが、こちらは上に向かってグッと開いていて、オープンな感じが伝わる。
二重三重に、見る者に明るさを伝える努力がされているのだ。
音楽産業って凄くないか?
ところで、このジャケットに入っているヴァイナル(盤)、レーベルはこれも緑で銀の丸い線がある。
スタンパーはオリジナルと変わらない時期である。
両方ともジャケットの裏は同じ作りである。
一応これがセカンド・プレスと言われる。

もう一つEMIのマークがジャケ裏に着く時代。
前者を再度、青っぽくしそれだけでは淋しいと思ったか、グラスの中のチェリーと彼女の口紅だけピンクにした。
ラベルはもちろん、後発のそれである。
裏ジャケは配置が変わってきており、説明書きが増えている。

どれが良いとか、悪いとかの話でもなかろう。
歌はどれも同じなので、好きな彼女を選んでみよう。
面白い趣向を楽しみにできたら幸せである。

NATHAN DAVIS “PEACE TREATY”
2013/09/14

NATHAN DAVIS “PEACE TREATY” SFP STANDARD 10.003 (FRANCE)

私の大すきなアルバムである。
購入した当時は74年位のことだったであろうか、店頭で見つけ持って帰って聴いた。
65年の演奏であるから、今になって思えば、レーベルの倉庫に残っていたものが、新入荷と一緒に入荷したのか、または65年の演奏を70年になって作ったのかは、解らない。
ジャケットの作りがフルップ・バックになっているから、やっぱり60年代に作られたものであろうか?
ともかく私は幸運にも入手できた。
その時思った、レコード屋は毎日行くものだと。
犬も歩けば棒に当たる、という例えの通りである。

なによりもゴリゴリとした重厚感のあるサウンドに打たれた、昔風に言えばノックアウトされた。
それで、友人二人に電話をして購入を勧めた記憶がある。
私にとって衝撃のハードバップであった。
アメリカ盤のブルーノートなども日本盤ではなく、オリジナル盤でも聴いていたのだが、これほどの衝撃は無かった。
サウンドが真っ黒という所の、これぞ黒人音楽だと思い至ったのである。
かといって演奏は全員黒人ではない。RENE URTREGER(ルネ・ウルトルジュ)もいて、上品なピアノを弾いてみせる。
しかし、私は黒人ジャズにハマった。NATHAN DAVISとWOODY SHAWが断トツであった。
そういう自分史においては重要な作品となったのである。

しかしレコード屋の悲しさ、今は持っていない。
そうだ、売れるものは何でも売ってしまうのだ。

ところで、まずこのアルバム。
NATHAN DAVIS
リーダーのネーザン・デイビスはアメリカ国籍であるが、ヨーロッパなどインターナショナルな活躍をしている。
その音楽も国籍を感じさせないグローバルな音楽であり、聴けば聴くほど不思議なプレイヤーである。
しかし、我々はアフリカ出身であると、アフリカは多くの事柄の元であると、演奏の中で常に語っているような気がするのだ。
すいう彼はとてもインテリで、大学の先生等もしていたようだ。

WOODY SHAW
彼もまた、国籍不明な感じが漂う不思議なミュージシャンである。国籍はアメリカである事は間違いない、だが音楽から感じられるのは、実に大きくて、ジャズの枠に当てはまらない凄さがある。
演奏していて、こういうのは誰もやっていなかったよね、といつも彼が言っている気がして仕方がないのである。
ここでの演奏は65年であるから、彼は20才ちょい。
ここまでの圧倒的な天才ぶりを示すトランペッターいやジャズミュージシャンはいなかった。
彼もまた、私も、私たちの音楽もアフリカ出身だと、言っていることが常に音楽から漂って来る。

この二人が影響を受けたのは、ERIC DOPPHYで、両者ともにドルフィーと演奏した事があるそうだ。音楽への哲学がきっとその時に出来上がったのであろうか?
また、二人に共通するのは、非常なインテリであるという事。
わたしには聴く事が出来ないが、大きな大きな言葉があって、それを音楽に託している気がするが、これ以上の事は、私には無理だ。
考えている頭脳が違い過ぎて、残念ながら圧倒されるだけである。
なんたって、アルバムのタイトイルが「和平条約」という。
きっとNATOに引っ掛けた事なのであろうか?
だが、彼らのこの作品は優しい言葉で語りかけてくれてはいるのだが....。

晴れた日曜日の午後、気合が漲った時間に、是非お聴きいただきたい。
こちらも心を大きく構えて聴いて頂きたい。
出来るだけ大きな音量で。

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