HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| 無い子に... | - 2013/10/04
- 私が子供の頃。
近所のお婆ちゃん方の会話の中で、時々出て来た話。
「無い子にゃ泣かんが、ある子にゃ泣く」という言い方。 無い子と言うのは、いないという意味は勿論、早くに亡くなってしまった子ども含む。 ある子と言うのは、今存在する我が子である。 そのまま、子供がいれば苦労させられる事、ばかりであるという意味である。 子供が居なければ、苦労はないという母親達の本音である。
少子化の今と違い、子供の数が4〜5人が当たり前だった。 子供が沢山いれば出来不出来がある。 中にはしょっちゅう近所とトラブルがあったり、勉強が出来なくて恥をかいたりする。 逆にちょっと出来が良ければ良い学校へ生きたいと言い出すので、余計に学費が掛かる。 出来の良し悪し関わらず、子供がいれば、苦労が絶えない。 そういう事を全部ひっくるめて「泣く」という言葉に集約されるのである。
みんな貧しかった頃の話である。
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| ベビーカー | - 2013/10/03
- 朝のテレビで、ベビーカーは畳むべきか、そのまま突入すべきかとやっていた。
報道なので賛否両論が出される。
私はヨーロッパなどで、最初驚いた事はベビーカーどころではなく、アンティックな大きな乳母車が乗り込んでくることであった。 それも一緒に手伝わないと若いお母さんに怒られるという経験もした。 周囲の人は手伝い、嫌な人は早めに逃げると言う様子である。 成程と納得した。
しかし、そのまま日本も右へ習えとは行かない気がする。 それは電車の混み具合が全く違う。 あっちは朝でも余裕がある。 それが東京など死に物狂いの混雑、どこにベイビーカーが入る隙間があるというのだ。 譲り合いなどいう言葉は、優しさは余裕がある人の話しである。
最近、デパートなどには車いす・ベビーカー優先、というエレベーターがある。 ところがボタンを押して、最初に来たのが、優先のそれという事がある。 それに先日も乗っていると、途中でドアが開いた、するとベビーカーを押した若いお母さん「誰も降りないのね」と中に向かって一言。 それが驚く事でもなく、時々そういうお母さんがいらっしゃる。 隙間があっても、お母さん方はそうおっしゃる。 あんた達は乗るなと。
空港のチェックインにおいても、子連れの自分を優先しないと文句たらたらのお母さんも良く見る。 この紋所が目に入らぬかと、バギーを突き出して、大きな態度で車内を見渡す。 しかし、それは無理というもの。 もっと弱者の老人がいるのだから。
バギーの重さも、大変さも、オジサン・オバサン達は良く分かっている、故に、電車の中では譲るつもりでいる。 しかし、買い物のデパートは次まで待て。 所詮、遊びの事なのだから。 いつでもどこでも、何が何でも、わたしが優先ではオジサンもカチンと来るわな。
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| 10月か... | - 2013/10/02
- 9月が終わった。
私にとっては9月というのは、夏の終わりでもあるが、なにより当社の決算。 一年が終わったという意味合いが一番強い。
この不景気の中、まだ決算は出来ていないものの、ギリギリでクリアしたような気がする。 今年もやっと出来た感じである。 一期(年)が終わると、もうヘトヘトという状態である。
実感としては、年々不景気になる。 アベノミクスも一向に好転する様子も無い。
これで消費税が上がれば、不景気は本物だ。
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| サーバー異常 | - 2013/10/01
- 当店のホームページの管理は、神戸に住んでいる昔の会社の仲間に依頼している。
そのサーバーが、サイバー攻撃というのか、某国の激しいアタックを受け、本日は朝から一日中、開くことが出来なくなってしまった。
サーバー管理者である友人に電話すると、「今朝の9時から始まったのだが、嵐の過ぎ去るのを待っているだけだ」とあっけらかんとしたもの。
私の日記のどこかに尖閣列島の文字があったために攻撃目標となったのか、あるいは無差別の攻撃にあったのかは、はっきりはしない。 なにしろアタックというのは、1秒間に何万回もの凄いが回数、サーバーに接続してくわけ。 そうすると、もうサーバー管理者もどうすることも出来ない。 見守るしか方法がないという。
夜、9時になってようやく収束した。 12時間に亘る、猛攻撃も過ぎ去った。
しかし、ウチも某国から狙われるとは、立派に成長したとも言えて可笑しい。 あ、びっくりしました。
改めて、中国は日本と戦争状態であると思っているらしい事を納得。 もうひとつの隣国もそういう気持ちである事は間違いない。
しょうがない国だ。
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| BENNY BAILEY の名演 | - 2013/09/29
- BABY DOUGLAS & AMERICAN NEGRO JAZZ IN EUROPE “ECHOES” SUPRAPHON SUA 15633 (CZECHO)
整理していたら、こんなアルバムが出て来てしまった。 このアルバム、只のオムニバスでは無かったはずと思い出してしまったのが運の付き。 しばしの間、試聴となり仕事も中断。 最初はLEO WRIGHTの名演奏だったはずと思いながら聴いていくと、いや違った、これはBENNY BAILEYの名演奏だったのだ。 解って、オジサンやっとホッとした。
この時1964年、メンバーは当時東欧でエライ作品の多いLEO WRIGHTをはじめ, BENNY BAILEY, KENNY DREW, LOU BENNET,ANDRRE CONDOUANT、等に歌手のBABY DOUGLASという面々だった。 チェコはプラハにおいてジャズ・フェスティバルの為にNEGRO JAZZ BANDを作った。 ジャズフェス故に歌あり、ブルースありデキシーあり。 所が一曲だけ特別な一曲、それがベニー・ベイリーのトランペットでしっとり、じっくりソロが堪能できる、名演奏があった、という訳。 ジャケットの見える場所にはひとつも彼の名前が出て来ないので、忘れてしまう。
彼はサイドメンの演奏ばかりでリーダー作が少ない。 そんな彼の貴重なリーダー作である、たった一曲ではあるが堪能して頂きたい。 演奏曲は、「I CAN’T GET STARTED(邦題:言い出しかねて」 ケニー・ドリューのピアノとの共演である。 丹念に音を選びながら、曲の持ち味を生かしトランペットを吹くと、高音まで綺麗に上がって行く。 時折、彼の得意で特異なピィーという音が入ると、おっ、ベニー・ベイリーが吹いているわい、と私のようなファンは嬉しい。 ピアノは伴奏として支え続ける。 曲は5分ちょうどくらいの良い演奏時間。
なんだか、拾い物をした気持ち。 嬉しくなって、仕事に身が入るわい。 といいながら3回聴き直し、しばし、コーヒータイム。
いや、レコード屋って本当にいい! さて仕事だ、もう一度だけ聴いて...。
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| プロ野球で | - 2013/09/28
- プロ野球・楽天が優勝し、またエースの田中将大投手が22勝連続勝利投手だと、ニュースでやっていた。
解説によると、これは往年の西鉄の稲尾和久をしのいだ記録だと。 1957年稲尾の20連勝を上回るプロ野球新記録となり、またシーズン22勝は1980年の日本ハムの木田勇以来33年ぶり。
しかし、私が子供の頃は30勝もするピッチャーが普通にいた。 旧国鉄時代の金田は 31勝。 稲尾など42勝もした。 1シーズンでマー君の2倍働いた事になる。 勿論登板は、60試合から80試合も投げる、昔はダブルヘッダーもあったので、それこそ球場に足を運べば、必ず見られるという話である。 だが、それらの記録はすべて1900年代の記録である。 2000年からは一切そういう記録はない。
こうして考えると、登板して全部勝っても、やっと20勝。 幾ら頑張っても20勝がせいぜい。 そういう時代になったという事に、エライ感心してしまった。 感心。
プロ野球も選手寿命を考える時代になったという事。 現代のプロ野球の投手は、間隔を7日で登板しているのだ。 一週間も休みを取っては休み過ぎだろ、と言いたいが言ってはいけない。
昔、相撲取りの事を「一年を7日で暮らすいい男」と言われた事もあった。 その相撲取りも、今は6場所即ち90日も働かないといけなくなった。 そのいい男よりも、実働日数が少ないとは、羨ましいプロスポーツ。 よほど、いい男なのであろう。
ところで、当時、稲尾投手は「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれた。 マー君は、野村監督に「マー君、神の子、不思議な子」と呼ばれた。 さて、どちらが神に近いのか?これからも興味津々である。
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| ドリフト走行 | - 2013/09/27
- 2・3日前、京都で登校中の児童の列に車が飛び込んで重症者が出た事件をやっていた。
ドリフト走行をしたから、事故になったと、どこのテレビ局でも報じていた。 ドリフトで子供の列に突っ込むとは、何たる不始末、私が許さんといきり立った。 立ったは良いが、さて、どうしてどうなったか、良く見ないといけない。 情報を集めて見ないと。
見取り図があったり、証人がいたりしたので、そこから推測。 一時停止の交差点から、左折発進スタート。 (一時停止をしたか、しなかったかは、ここではあまり意味が無い) 発進時にアクセル踏み過ぎ。 後輪が高回転になり、その為、左にハンドルを切った分、右にケツが出た、即ち後輪が右に流れる。 所が左の壁に激突しそうになった為、慌ててハンドルと右に切った。 すると車は当然右に振り返した事になり、車が右を向くと同時に、お釣り来てケツが出た、即ち左に後輪が流れてしまった。 とっさの事で、制御不能となり、そのまま道路に突入。 道路脇に飛んだ。 という次第であろうか。
ドリフトのような状態ではあるが、ドリフト走行ではない。 ドリフトであればどういう風に走ったか。 交差点に進入する際、後輪を流しながら侵入。 (解りにくければ、ラリーカーの走行シーンを思い出して) ハンドルを右にカウンターを当てて、車は左に向いて居ながら、斜めの体制そのまま、道路の方向に進行。 やがて車の体制も進行方向に向かって真っ直ぐに。
事故の場合は、最初の入りがドリフトではなく、何も考えることなくアクセルを踏み、思った方向に車が向かなかったので、焦ってハンドルを回した、そして最後にアクセルを抜いた。 それで、車がハンドルを切った方向、すなわち右に突入してしまった。 コーナーで急にアクセルを抜くと、車は余計に切り込んで行くものだから。 単なる、運転の未熟。 ブレーキを踏む余裕も無かった程の未熟さだったのではないか。
こんな道路でドリフトをやろうとしたならば、失敗したとしても、もっとマシな軌跡をたどったと思われる。 それを、ドリフト、ドリフトと叫ぶテレビの解説者たち。 今後も交差点などの事故があるとドリフト、ドリフトと連呼するのだろう。
要するに交差点において、スピードオーバーでハンドルを切りそこなった車の事故はすべて、ドリフト状態になっているはずで、従来はドリフトとは言わず、運転ミスと言っていた。 ドリフトと言えば視聴者が納得する。 これも時代の流れか。
ところで、ドリフトとはどういう走りの事を言うか、知っている人は少ないので、説明すると。 まずコーナー侵入前から車の向きを変えて侵入することをドリフト走行といい、 コーナーを回った後に、アケセルを踏みながら、ケツが流れている事を、パワースライドという。 今はそれを総称してドリフト走行と言うのだが、この違いは、走っている人に取ってはエライ違いで、はっきりと区別される、テクニックなのである。
と言っても、街中でのドリフトは危険運転として交通取締の対象となる。 あくまでもスポーツとしての話。 良い子は真似をしないように。
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| 彼岸花 | - 2013/09/26
- 今年もまた、感心なことに彼岸花が咲いた。
夏が暑かったので、とても遅くになるのかと思っていたが、ちゃんと咲いた。 素晴しい仏様の仕事ぶり。 嬉しい限り。
「おれもまた 咲く時は咲く 彼岸花」
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| 海外から荷物 | - 2013/09/25
- 海外から来る荷物って、こんな感じではないかな?
ちょっとアート。
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| MAXWELL DAVIS “AND HIS TENOR-SAX” | - 2013/09/24
- MAXWELL DAVIS “AND HIS TENOR-SAX” ALADDIN 804 (USA)
ちょっと面白いアルバム入荷。 レーベルがアラジンというところに惹かれてしまう。
生まれたのが一世代前の1910年代なので、人気ジャズメン達に混ざることは無く、基本的にジャズ関係ではない。というより作品が少ないので、いじりようがない。 だが、天才だったと見え、渡り歩いた楽団は当時の人気バンドばかりであった。 40年代中期には「ウエストコーストR&Bの父」と言われたとあるから、音楽シーンにおいて相当の地位にいた事が分かる。 50年代にはポピュラー音楽関係の仕事を始め、アレンジ、作曲、プロデューサーなど多忙を極めた。 特にアラジン・レーベルにおいて仕事をしたらしい。 そんな彼の52年の貴重な一枚。 最初は10インチで発売したらしく、その後曲を加えて12インチ化されたのが、これ。 その後も再度1・2曲を加えて再発されたようだ。 そちらには「ごめんなさい」というタイトルの曲があるという話である。 しかし、そうは言っても、なかなか見つからないアルバムなので、いつ聴けることやら。 ジャケットの写真は、マウスピースをパクッと加えた、演奏中のショットであろう。 片目を瞑り、力の籠った中々の男である。 この人の情報は1991年のジャズ批評のテナーサックス特集に、しっかり1ページ掲載されている。 当時の編集長は気合が入っていたらしい。
しかしネットを見て思うのだが、最近特にここ1・2年のネットの情報の充実ぶりは目を見張るものがある。 2年前に日記に書こうと思い、検索した頃には、ほとんど有名でない音楽家関係者は引っ掛からなかったが、今はこれでもかと書かれていて、感心してしまう。 アルバムのネットでの売買が盛んになり、それぞれの国のマニアが情報を探して書き込んでいるのだろう。ほとんど英語か現地語しかないが、それでも翻訳ソフトを使ったりして、なんとか辿り付けるのが素晴らしい。
最初にこのレコードを見た時、表紙にDAVISと大きく書かれているので、思わずマイルスの初期の未発表かと思ってしまった事があるが、それは間違いであった。 しかし、3度目にはこれも縁と思い購入。 買って聴いて驚いた。 サウンドが柔らかい大したプレイヤーで、一遍で気に入った。 もう少し遅く生まれていれば、相当の人気者になったろうに。 以来、私の隠れ愛聴盤として付き合ってきた。 それが久しぶりにお目に掛かれるとは。 オジサン嬉しい。
しかし、なんだね。 我々が音楽を細かく分類してああだこうだと言っているが、アメリカでは、R&Bもジャズもごっちゃにやっていたのだね。 良いねぇ、そういうの。 日本は区別しすぎて疲れてしまう。
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