HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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ジーンズ
2013/11/06

ジーンズを買いに小田急百貨店へ行く。
高いブランドのジーンズは懲りたので、リーバイスで。

値段の高いジーンズは昨年、イタリアの有名ブランドを3枚ほど購入した。
それが流行であるのか、どうなのか知らないが、すべてダメージ・ジーンズ。
ダメージというだけあって、購入時のシルエットイメージを保つ事など望むべくもなく、膝のあたりやお尻のあたりの穴が益々広がり、ダメージと言うより、破けてしまった汚らしさ。直せば却って、ジジイには痛々しさが増すだけ。
もう年齢的にも、普通のジーンズが一番という事に落ち着いた。

それでまず、501と指定。
私もジーンズのパンツの基本に戻ったわけ。
前の開きがチャックでなくボタンなのが面倒だが。
今はチャックではなく、えーっと、ファスナーというのだったかな。

その話は置いといて、試着すると、あらま。
出っ張ったウエストに合わせれば、足がブカブカ。
足に合わせると、お腹が入らない、という情けなさ。

売り場のお姉さんがこちらにしたらと持ってきたくれた、サイズ大き目のウエストで足が細身。
それに落ち着いた。

もうファッションのことなど構っていられない体型になった。
兎に角、腹回りのサイズ合わせての試着であるからして、言うまでもなくファッションからは遠のいた。
イカン、イカン。

疲労
2013/11/05

朝一番でマッサージに行った。
前日、知合いの会社の引っ越しがあり手伝いに行ったので、ちょっと筋肉が張った。
疲れた、疲れたと言いながらベッドに寝て、マッサージ、指圧の施術を受ける。
先生曰く「首とか肩の凝りが取れていますよ」
私「??」
先生「先週はひどかったのに、どうされたのですか?」
私「引っ越しの手伝いがあって...」
先生「たまに体を動かしたから、それが良かったのですね」と大笑い。
私「はあ.....」。

疲れてマッサージに行ったら逆に、疲れが取れていると言われては、オジサン立つ瀬がない。
情けない。
要するに、お前はたまには身体を動かせと。
ハイ。

スマートフォン
2013/11/04

電車に乗って見ていたら、周囲ではせっせと携帯電話をいじっている。
それもすべてスマートフォン。
これ見よがしというか、スマートフォンでなければ恥ずかしい気がするのも事実。
2010年にスマホがガラケーを超えたというから、そういう時代である。

バブルの頃だったか、私も欲しくて携帯電話を買った。
仕事に便利だからと。
その時の会社はIDOだった。
その後はカメラ機能付き。
それから二つに折れる携帯。
遂に携帯電話は枠を超えて、携帯パソコンに電話機能が付いた、スマートフォンに移った。
チマチマと便利になるものだ。
そう言えば電話機と言うのは、どういうわけか知らないが、常に大きな流行で動いたと思う。
 
もっと遡れば、固定電話でも流行はあって、ファックス機能付、子機付、その前はプシュホンなど、様々な機能を付けて流行が作り出されてきた。

そう言えばビリー・ホリデーの自伝「奇妙な果実」の中にたしか、そんな事が書いてあったと思う。
「私は電話が欲しかった、ベットに持ち込むことが出来る電話が、それも白い色のもので...」。
本を探したが、その文章が出て来ない(本当だったか自信が無くなって来た)。

いつも世も電話は人間の最大の友達なのだ。
だって、どういう形であれ、人と繋がっている時が一番の安心なのだから。
今や他人との接点の唯一の手段が携帯電話という人もいるそうだから。

交差点
2013/11/03

明治通りは片側3車線、合計6車線の広い道路だ。
横断歩道で待っていると、一瞬途絶えた車の通行を見て、横切ろうとする自転車3台。
勿論赤信号である。
それはそれでいいのだが、そこに対抗して信号待ちのパトカー。
2台は平然と渡った。
パトカーに向かって赤信号にも関わらず。
危険!とか、何か一言でも注意するかと見ていたら、一切お咎めなし。

パトカーを見て躊躇していた一台、それで見切ったか、堂々と渡り切った。
車がすぐそこに近づいて来ていたが、何も見なかったかのようなパトカー。
自転車に舐められた警官が、もし平気でいるならば、国家権力のいかに、いい加減なものか。
私の中で苦々しい思いが沸々と湧いた。

兵器
2013/11/02

ネットのニュ−スを見ていたら、驚く話が。
パキスタンの話。
「パキスタン外務省は2004年以降、少なくとも330回に及ぶ無人機攻撃を確認。
その中で約2200人が犠牲となったが、そのうち少なくとも400人が市民だったとしている。」

無人航空機、そのまま無人の航空機「兵器」である。
人が乗ってないので撃ち落とされても「平気」なんて駄洒落をいっている場合ではない。
通常の飛行機の大型から、ラジコン機までの大小様々。
30時間飛行可能などという立派な爆撃機でもある。

相手の国の殺戮が簡単に遠隔操作で行う事が可能になり、実際すでに米国軍がやっている。
殺人マシンがシュワルツネッカーの映画のように、アフガンやイラクなどでは、人と人との戦争だと思っていたら、なんと彼等は命を懸けて機械を相手に戦争をしなければならない、と理不尽な話。
そればかりではない、怪しいと思ったら一般市民であろうと、子供であろうと衛星通信を通じてバンバン殺してしまう。
戦線布告してあるから罪にならない。
操作しいている人は、ゲーム同様画面を見ながら操作するだけ。
一機を失ったら、待機させてある次の一機を使えばいい。
あいつを殺して、こいつを殺して、ここでミサイル爆弾をうち込めば、30人くらいは簡単だとやっていて、隣の軍人(社員?)に「明日は息子とバーベキューでさ」等と会話して、自分は暖かい家庭の幸せを味わっている。
戦争に行くと家族が泣いていると思えば、近くに出勤して行くだけ。身の危険は全くない。
これは最早戦争ではなく、ゲームと全く変わらない。
楽しそうだねと聞きたくなる凄さ。
かつて子供のゲーム機で戦争ゲームが良いか悪いかと論争があったが、そのまま相手が本当の人間になっても非難される事がない。
本当に鬼畜米英そのまんま。
ヒトラーの時より人道的に悪質な戦争になり、精神的に悪質な軍人になった。
米国だけが、米国人以外を何人殺しても神に許してもらえるのだな、きっと。
選ばれた国民なのだ。

新宿の店
2013/11/01

斜向かいにある薬屋のチェーン店が閉店。
なぜなら道路を挟んだ隣に、更に4・5倍ほど大きな売り場面積の薬屋のチェーン店が入ったから。
見事に小さいショップの方がつぶれた。
しかし、私は思う、すでにある薬局の隣に何故また薬局を出すか?
倫理も何もあったものじゃない。
底にあるのは、戦後の食うか食われるかの仁義なき世界。
薬屋だけではない、電気屋、洋服屋、スーパーマーケット、それに割り込んでJRのショッピング・ビル、そうやって殺し合いがいつまで続くのか?
一層の事、テレビで実況でもやって見たら面白そう。
なんだかな。

しかしここ新宿の、店の移り変わりの激しい事。
ここひと月の内の出来事。
天麩羅屋が潰れてそば屋が入った。
油っこくて気持ち悪くなるほど美味しくなかったけどね。
何とか飯と言うのが潰れてラーメン屋。
今度、行こうかと言っている内につぶれた。
裏の店も、何かの飲食店が潰れてまた飲食店。
何屋だったか覚える前に消えた。

ワンブロック以内で常に内装工事が行われている。
向いにあるラーメン屋など3年のうちに5・6回変わっている。
結局、儲かるのは高い家賃を取っている大家だけ。
この辺りの大家の、お金に対する考え方は本当に悪質だ。

まあ、戦争のどさくさで親が手に入れた金づるの土地だから稼いでもらわないとな。
これも、なんだかなあ。

客引禁止条例
2013/10/31

新宿の客引きは相変わらず。
歌舞伎町の風俗関係の客引きは確かに減った、しかし西口の飲食店特に大企業系の居酒屋チェーン店やカラオケの客引きが全く減っていない。
禁止の看板の目前で、大声で堂々とやっている。
もちろん、店の経営者が一人で客引きをやっている、小さなスナック、大きな態度もある。
そういう人は規則など関係ない世界の事。

しかし、大手が堂々とやっているのは、ちょっと違うだろ。
大手だけが見逃されているようで、これは何か裏がありそうだ。
いかがなものか。
クリーンな新宿は遠いな。

棚卸
2013/10/30

ちょっと前の事。
店の棚卸で一生懸命に一枚づつレコード、CD、本と調べていった。
本は駄目だ。
なぜなら読んでしまうから仕事が止まってしまう。
こうだったのか、そうだったのか、と相槌を打って面白くなり、棚の本を次々と広げては読んでしまう。
その中で、某作家が書いたらしい新書版のジャズ評論の、読んだら危険、とかいう本を読んでいるうちに、だんだん腹が立って来て、怒りが頂点に達してしまい真ん中から本を二つに引きちぎろうと、ぐいっと。
ぐいっとやれども、中々丈夫で破けない。
余計に腹が立って、今度は力の限りばりっと引き裂く。

2・3回繰り返して、片手でつかむとゴミ箱に叩き込んだ。
そこまでは良いとして。

せっかく完成した棚卸表、
一行抜かないといけないな。
面倒な事をしてくれたもんだ。
オレか?

修理の事
2013/10/29

プリアンプの抵抗部品が壊れたらしいので、その交換の予定で知合いの修理屋さんに送った。
そしたら内部の掃除と、ちょっと交換だけで直してくれ、今日、戻ってきた。
前回はパワーアンプのオーバーホールも済ませたので、これでようやく、マランツ「7」と「8」の完璧とは行かないまでも、良い状態の組み合わせで、音楽を聴く事が出来る。
心が弾む。
おもちゃを買ってもらった子供の時のような、わくわく感を今なお味わう事が出来て幸せである。

と、そこで思った事があって、オーディオの修理は、車の修理と近いものがある。
車の場合、例えは外車の場合だが、お金持ちはディーラーに出す、すると周辺部品も全部交換してくれる。
当然費用も高いがそれなりに完璧をきしたメンテナンスが施された事になり、安心がある。
所が、私の様なマニアは壊れた部品だけ換えてくれれば良いと思っている、修理費も安いし。
一度、ラジエーターのポンプが壊れ。積載車を頼むのも面倒だし、近くにあったディーラーに出した。
すると、ラジエーター本体も周辺部も総取っ替え。
エライ高い修理費に怒ったものの仕方ない事。
であるから私はマニアなので、ディーラーの仕事は修理とは呼ばない。
その辺りの感覚が全く違う。
速い話が、車が趣味かどうかでも違ってしまう。

さらにその修理屋の修理費だが、腕の良い修理屋を探さないとこれまたトンデモナイ金額の請求が来る。
修理というのは時間給なので、下手な人は時間が掛かる。掛かれば結局、「手間が掛かって大変でしたよ」等という当てつけがましい言葉と共に、高額な請求書が渡される。
エンジンの音を聴いただけで悪い場所を的確に当てる名人までとは言わない。
そこまでの職人を望むのも所詮無理な話。
が、それなりの修理屋には出会いたいものだ。

布団干す
2013/10/28

そう言えば子供の頃。
干してもらった布団が、秋になると一層の事ありがたかった。
その布団に寝ると何となくぽかぽかして、なんとも幸せな気持ちになったものだ。
勿論布団は年中、干すのが当たり前だが、秋が特に印象に残っている。
侘しさが付きまとう、秋の日差しの陰って行く風景と共に、布団干しは、なぜか一対になって私の中にある。

今は布団ではなく、ベットになったので、そういうなんとなく暖かいという感触が失せた。
だが、その代わりに布団では味わう事の出来ない清潔感がある。
しかし、どちらが清潔という言い方はおかしい。
オカシイが私の中では圧倒的にベッドが清潔である。
それは小学校の時に保健の先生が床20センチくらいまで、家の埃が貯まっているという話を聞いたからで、それ以来、そう言う物だと思い込んで今に至る。
三つ子の魂百までの喩の通り。
思い込んだら、消える事はない。
本当はどうなのだろうか?

秋は暖かい布団に潜り込んで寝るのが一番。

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