HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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多忙
2013/12/07

従業員は友人の結婚式だと言って、京都の方に出かけたので、土日の二日間は私一人。
商売の大事な時期だけに、抜けられると痛いが仕方ない。
朝からトイレ掃除、片付けと働くともうそれだけで閉店にしたくなってしまうほどの疲れよう、いや本当に弱くなった。
おまけに窓側に座っていると冷えて仕方が無い。
文句ばかりでイカン。

気を取り直して。
今朝、公園で見た猫の銅像の写真でも。

TERRY GIBBS “TAKE IT FROM ME” IMPULSE
2013/12/06

TERRY GIBBS “TAKE IT FROM ME” IMPULSE A-58 (USA)

こんな良い演奏のレコード入荷。
コーティング・ジャケットを見れば彼が演奏している何の変哲もない写真である。
ジャケットについて取り立てて話をすることはない、そこで、ちょっとその前に。

私が店を始めて思った事の一つに、ヴィブラフォンの嫌いな人の多い事。
勿論、フルート、ギターも同じ部類に入るが、圧倒的にヴァイブ嫌いが多い。
それでは、あまりにヴァイブ奏者が可哀想なので、ちょっと紹介をしたいのだ。

また、ハルズの親父は生意気なことばかり書きやがってと怒られるのは十分承知で。

ヴィブラフォンのレコードを聴いて面白くないのに一つ大きな理由がる。
それはオーディオが鳴っていないから。
ちゃんと鳴っていればその鋭いサウンドが分かる。
演奏者の指の背が潰れるほどの、強い叩き方が伝わるはずである。
あちこちの本で読んだので忘れてしまったが。
「あるヴァイブ奏者の指を見たら潰れていて驚いた。それでどうしてこんなになったのかと聞くと、強く叩かないと、音が響かないから」と言われて、プロとは、ここまで努力をし、実際こう言う者かと腰が抜けたという話。

聴けば音の強さに感銘を受けるはずである。
もう一つ、ギターもそうである。
貧乏くさいと音だと言っている人こそ、オーディオが鳴っていれば、驚きの演奏が解るはず。
しかし、こういう音がしっかりと鳴らすのは大変でもあり、誰でもがオーディオ道に血道を上げている訳ではないので、私がいう事は無理難題である。承知はしている。
だけどそれなりに鳴らす努力はして欲しい。
お金を掛けなくとも、やる方法は多々あるはずである。

それで、このアルバム。
小気味の良いヴァイブの音にKENNY BARRELLのギターが絡む、ピアノが居ない分、余計に二つの音の印象が深い。この二つの楽器が絡むと、よりスイング感が出る。
自信に溢れた二人の音は淡々と進む、前になり後ろになり、猫がじゃれ合って歩いているような軽快さがいい。
バレルのギターはブルースの味わいがあって、こういう時には本当にジャズを聴いている気にさせてくれる。

ギブスの40歳の時の演奏で、音楽家らしい無駄の無い優れた楽曲で、それでいて親しみを感じさせてくれる
通好みの良いアルバムだ。
こういうのを探すのが趣味の面白いところでもあり、これがまた愛聴盤にもなる。

EUROPEAN ALL STARS  「ROOM1220」 「さび」
2013/12/05

EUROPEAN ALL STARS (JOHN SURMAN-SLBERT MANGELSDORF) “ROOM 1220” トリオ ESP-9014 (日本)
EDDIE LOUISE-JOHN SURMAN “さび” 日本コロムビア(MPS) YS-2506MP (日本)

一日の差で、これらのアルバムが2枚入荷したとは珍しい。
こんな事もあろうか、では一遍に書いてしまおう。
何故2枚一遍かというと、大阪万博関連のアルバムであるから。

まず、ROOM1220。
これは油井先生のライナーによると、公式の日本滞在の期限が過ぎたので、JOHN SURMANとALBERT MANGELSDORFの二人は、赤坂東急ホテルのシングル・ルームを引き払って、一緒のツイン部屋にした。
その部屋番号が1220だったのである。
なあんだクソ面白くなかった?すみません。
でも、私が付けたネ−ミングではないんで。ハイ。
でもジャケットは素敵で、真っピンクで、真ん中にオレンジに抜き、その中に1220と銀色の文字が躍る。
上部には「ROOM 1220 EUROPEAN ALL STARS AT THE MIDNIGHT」と文字がある。正に深夜の録音だったといいたい。
裏ジャケは真っ青。演奏中の光景が抽象的に浮かぶのみ。
インパクトの強い造りで今見ても、私などのマニアは心が躍る、血沸き肉躍る嬉しさ。
ダブル・ジャケットを開くと、油井先生のライナーを読むことが出来るが、このライナーこそ実に重要なのであるが、それは、次の「さび」の所に記す。
演奏はジョンサーマンとマンゲルスドルフの二人にペデルセン、ダニエル・ユメール、エディ・ルイスのクインテットである。
録音が飯野ホールであったので、ライブだったかと思っていたのだが、録音だったので、今更だが納得。
演奏は冷静沈着な中に当時の熱気が伝わる。
演奏は素晴らしいので、今更、書く事は何もない。


さて、もう一枚のアルバム「さび」。
ROOM1220も欲しいが、こちらも欲しい。白地に墨で、ひらがな二文字で「さび」と書き切った所が素敵。
30センチ四方の中に「さび」の二文字、バックは白、和紙のイメージそのものである。正に「寂び」。
よくぞやった。
カッコいい。世界に出しても恥ずかしくないとはこの事。

さて、侘び寂びの効いた厳かなダブル・ジャケットを開くと、おっと、ここも油井先生のライナー。
そう、大阪万博関連のレコードは油井先生抜きでは語る事が出来ないのである。
それどころでは無く、当時のマニアに取って、怒りと、涙なくして語る事ができない、万博のジャズ事情。
さて、その内幕とは。
ちょっとライナーを拝借し、当時の噂話を思い出して加味し、勝手に着色する。
例によって江戸時代の瓦版のように、ある事ない事、ごちゃまぜなので、寛容な心で読んでいただきたい。

70年8月18日・19日の2日間、大阪万博の万国博ホールで、ジャズフェスティバル開かれた。
その準備が2年前に始まった。当初の規模は10日間の期間で予算も付けると。
しかし1年前になると事務局から中止命令が下された。理由は予算が無くなったと。
堺屋 太一が、ジャズに興味が無いので、切ったという噂が飛んだ。
それで新聞各社も異論を掲載、読者も怒った。
油井先生はじめジャズフェス実行委員会も怒った。何とかならないかと折衝を続けた所、僅かに雀の涙ほどの予算が付いた。
「お前ら俺の命令に逆らってもやりたきゃ、やってみろ」といわんばかり。
いじめ状態。
昔はこういう時に「継子扱い」と言ったものだが、今はいじめと。
時代を反映しているな、私も。脱線しないで。

油井先生達も、日本のジャズ文化のために、最初にやるとぶち上げた以上、振り上げた腕の下す所もなく、やるしかない。
しかし、無い袖は振れない。
予算の都合により、泣く泣く米国勢は切るしかなかった。
悩んだ挙句、仲良しのヨアヒム・ベーレントに相談すると、それなら良いアイディアがあると。
ちょうどヨーロピアン・ポール・ウイナーズが発表されたが、皆若手ばかり、新進気鋭の彼等はまだ若くて、ギャラが安い、人数もいる、その上斬新で滅法良いと来ている。
それがベルリン・ジャズ・フェスティバルに出演した所、大好評でマスコミにも受けが良かった。そのメンバーなら何とかしてくれると。帰りに香港にも寄って演奏をするのでギャラも安くて良い。
知名度は無いがそれで行こうという事になったが、交通費も払えない、と困っていると天の助けか、いや空から飛行機の助け、ルフトハンザ航空が手を貸してくれると。
金持ちと言われる日本の空の会社も、当時の役人もジャズには厳しかった。
ジャズは不良の音楽だったからね。
だが、ここに日本人グループも加わり、ようやく万博ジャズ・フェスティバルが実現したのである。
ある意味目出度しではある。
がしかし、油井先生はその後も相当に怒っていたようだ。
ファンは皆、解っておりました。

先生の活躍で、ジョン・サーマンなどが日本のジャズファンに知られるようになり、ジャズはアメリカだけでなく、ヨーロッパでも斬新で興味深い、より掘り下げたジャズをやっている事が分かった。
よって世界には色々なジャズがあり、それによれば日本のジャズも捨てたものではないと認識されるに至った。

そんな、重要な作品群が70年に日本で作られたのは、日本人の一ファンとして本当に自慢したい。
これらの関連アルバムは直接・間接に関わらず、他に「実況録音盤(東芝)」や「TRIO BY CONTACT(日本コロムビア)」などもある。

今回はさわりの2枚だけ。

オートマ
2013/12/03

ポルシェの新しい「GT3」(991-GT3)なんとオートマになるらしい。
ニッサンのGTRのオートマ化以来、ヒール・アンド・トゥも不要になり、マニアや走り屋の車は社会から無くなり、初心者でもスポーツカーを操った気になれる車の時代の到来。
日産などオートマで良いさ、大量生産大量販売の会社だから、だけどポルシェよ、お前もか!
お前はレース屋ではなかったのか?
オジサンは淋しい。
ここで急にクールになって、ま、もちろんレース屋ではないわな。
そんなことは知ってたさ。
だけど、マニアのための車だったじゃないか、GT3は。

いままでのように、2速のドリフトが出来なければ、GT3は乗れないとか、3速のドリフトが出来ないとフェラーリのF40には乗れないとか、そういう事が嬉しくてやってきた。
まあこんな話などすれば、ウザイ親父の昔話と言われる事になるのだな。
今日からお金さえ払えば、500馬力台の車に乗る事が出来る時代になった。
スポーツカーに乗りたいばかりに、一生懸命に運転の練習をするのも過去の事。
お金が全ての時代に、突入したのだろうか。

F1からマニュアル・ミッションが消えて久しい。
それでもだれも元に戻せとは言わない。
楽な方が良いのだな。
車は所詮スポーツではないからな。

しかし、どんどん社会から疎外されていくなあ、オレの人生。

燃費
2013/12/02

車の燃費の良さを競うようになって、車が変わった。
乗る人も変わった。

先日会ったある人がトヨタのレクサスに乗っていると。
日本版ベンツかと思って聞いていると。
燃費が20キロだか走るそうだ。
ふーんと聞き流すと「こんな良い車に乗っているなんて他人に言わないでよ、やっかむから」。

へっ!
考えてしまった。
燃費の良さが車の自慢の要素の一つだとは思わなかった。
車は走りだと思っていたから、オジサン気が遠くなる所だった。

と言う話を知人にしたら、お前の方がオカシイと言われてしまった。
時代は変わったいた。
残念。

WHILLEM BREUKER-HAN BENNINK & OTHERS “INSTANT COMPOSERS POOL” ICP 007/008
2013/12/01

WHILLEM BREUKER-HAN BENNINK & OTHERS “INSTANT COMPOSERS POOL” ICP 007/008 (HOLLAND)

このジャケットは変形で、丸い箱に2枚レコードが入っている。
箱の上部は教会や工場らしい建物の前景に野菜畑があって、なんだかオランダの郊外の風景のようでもある。
きっと意味はあるのだろう。
ひっくり返すと、これはただの室内。ハン・ベニンクの家の部屋であろうかと想像してしまったが、ペルシャ絨緞が敷かれ、スピーカーとストーブが並んでいる、奥に籐の椅子。
シュールを狙ったのであろうか、だが芸術的な要素は感じない。
ただ、箱の周囲を紫と金色で巻いてちょっと豪華な感じにしてある。
チョコレートボックスと言われる所以である。
これを日本ではチョコレートボックスとは言わないが、本国では皆そう言う。まあ人それぞれと。
だがそんなところが余計にコレクター心をくすぐるのだろう、オランダ本国では大変な人気で、非常に高額で取引されている。

演奏はもちろんICPなので、フリージャズの力作である。
ブロイカーの作、アレンジによる即興演奏のための一大オランダ・フリージャズ抒情詩である。
演奏に感じるのは、日常的な音楽を聞かせては破壊するという行為を延々と聴かせて見せる、演奏を見られるならばきっと楽しい笑いが巻き起こったことであろう。
過去を破壊して歩いたアナーキーな演奏である。
それはエキサイティングであり、繊細であり、パワフルであり、優しさであり、そのサウンドが交互に表れては消える。
例えば、レコード番号8番では「おじいさんの時計」の歌も延々と出て来る。
慣れ親しんだ光景が繰り広げられる・
B面では、デキシー・ジャズのフレーズがそこかしこに飛び出す。
人々の笑いがあり、街の風景が浮かび、そこから音楽はパレードとなり街から街へと練り歩く。
子供たちは付いて歩く。
やがて、突然ユーモアは破壊される、そこから音は飛び出すと、飛び散って、引き裂かれ、取りとめも無く広がる。
そこは宇宙かも知れず、アフリカの混沌とした世界かも知れぬ、やがて何かの切掛けを得て、音は徐々に束ねられてまとまり、街の雑踏に帰る。
我々のジャズの根源即ちブルースとは、街の雑踏のパレードであり、大道芸であると音楽で言い切った彼等。
オランダのデキシーやダッチ・スイングこそジャズだと、開き直った所に真骨頂がある。
何もアメリカのブルースばかりに頼らなくても良いのではないかと、我々のオランダの街のなかにこそ、我々のジャズの根源が、いやオランダの音楽の根源があると。

イギリス等のフリージャズとは違うと演ってみせた。
芝居がかったこの音楽こそオランダ・フリージャズ運動の見本のような気がするのだ。
かれらが作り上げたものも、またオランダ・ジャズであった。
それは見事だ。
恐るべしベニンクとブロイカー、アナーキーな彼等により69年にこうした運動が行われていたとは。

CHET BAKER “QUARTET VOL.2” SWING
2013/11/30

CHET BAKER “QUARTET VOL.2” SWING M33.334 10インチ盤 (FRANCE)

今回の入荷のチェットは、チェットだけにチョット面白い。
冒頭から面白くなかった。
気を取り直して。

このアルバムはPACIFIC JAZZの10インチ盤のFeaturing Russ Freeman (PJLP-6)が原盤である。
それのフランスのプレスである。
ところが、ジャケットが写真の通り、ちょっと違っている。
まずこの写真はコロンビア盤のストリングと共演したWITH STRINGS(CL549)の写真である。
あるのだが、その写真とも違う。きっと同じ時に撮影したの物であろう。
比べるとコロンビア盤の方はトランペットが見えない。ところがこちらの方はトランペットを手に、膝に立てた。
さあこれから、一丁演ってやるかという気合の入った場面である。
良い写真である。
何よりジャズのトランペッターにして置くのが勿体ないハンサムぶりで、横顔がこれだけハンサムな人も珍しい。
前髪がハラリと一筋、カーブを描いて垂れた所もハンサムの横顔に似合う。
まるで映画の一シーンを、スティール写真というのだろうか、そんな撮影をしたかのような写真である。

写真だけでも価値がありそうなので、掲載してみた。
このアルバムは1954年頃の発売なので、綺麗な音で聴く事が出来るものが極めて少ない。
そう言う意味でも、綺麗な盤で良かった。
長い年月を経てチェットの音楽が、現代の人々に、生活に疲れた人々に、心に癒しを求めている人々に、大いに助けになっているとしたら、こういうジャズもありだったのかと感慨深いものがある。

かくいう私も時々、一枚しか持っていない「SINGS」などを引っ張り出して聴いている。
一曲目など全部口笛で吹ける程まで来たから。
その話は置いといて。

このアルバムがフランスのスイング・レーベルで出されたところも、なんだか嬉しい。
しかし、パシフィック・レーベルというのは、何だねGERRY MULLIGANもそうだけれど、タイトルが「QUARTET」と言うのが一杯あって困る。
もう少し一ひねりしたタイトルに出来なかったものか、せっかくの作品なのに、いつもイライラさせられる。
今更だけど。

レコードの中の日本 (ECM)
2013/11/29

昨日の日記の続き。

ARVO PART “ARBOS” ECM 1325 GERMAN
THE HILLIARD ENSEMBLE, GIDON KREMER,など

ガルバレクのレコードをなるほど聴きながら、仕入のレコードを整理していると、これまた出て来た。
静寂が地平に沈んでゆくような作品。
静寂感がどこまでも続き地平の彼方に溶け込んで行きそう。
静寂はまた、高く上り教会の塔の先から立ち上り天に消えて行きそう。
それで、改めて聴かせていただいて、感動した。

このジャケットの中にライナーがあって、見ていると冒頭にいきなり、こんな一節がある。
  The temple bell stops
  but the sound keeps coming
   out of the flowers
    BASHO
あらま、今度は松尾芭蕉が引っ張り出された。
ところで、この芭蕉の英訳された俳句は、ネットを見るとあるある、いっぱい出て来る。ネットは便利じゃ。
英訳した俳句が出て来るのだね。
俳句とはこれだろうか?
 「鐘消えて 花の香は撞(つ)く 夕(ゆうべ)哉」
何処かの寺で鐘を撞いていた音が消えたら、そばにある花の香りが漂ってきた、ああ、もう夕方かと。
日が落ちて行く夕方の景色の哀れさなのだが、目に見える情景に、更に情景に音を伴い、また更に臭いまでも伴うと言う、景色を二重三重に余計に哀れさを、表現して見せた・聴かせた、嗅がせた。
名人芸じゃ。
それのみならず、そこに更にもう一つ芸を入れて、鐘の衝くと、花の香りが衝くを、見えない韻を踏んだ所が、「言葉遊び」として完璧である。
良いねえ韻を踏むなんて、今風の若者もこれまではと思える見事さ、アメリカのガキにも教えてあげたい。
ダジャレ親父も完敗。
だけど、この英訳はなんだかちょっと原文と違わないかと思い、実家に帰って俳句の本を引っ張り出すのも面倒だし、
更にネットで調べると。
そうすると、この句の英訳は他にあって、こんな調子
 As the bell tone fades、
  Blossom scents take up the ringing、
  Evening shade.
こっちの訳の方が近いな。
最初のジャケットに使われた方にはイブニングが無かった、「夕べかな」は大事だから、無いと情景が浮かばない。
では、ひょっとして他の俳句かと思い考えて探すと、これまた出る出る。
 「鐘撞かぬ 里は何をか 春の暮」
 「入逢の鐘もきこえず春の暮」
 「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」これは芭蕉じゃない、失礼しました。

そんな事ばかり考えても仕方ない、どれがどれだかもう解らなくなった。
こんな事ばかりして、今日は何も仕事をしていない。 ああ、仕事だ、仕事。

ところで、思ったけれど、彼等の静寂さは我々日本人の「侘寂」とは違う気がする。
底にわびさびがあって、無常という点にいき付く。
我々のこの世は無常であり、神も仏も無い。
だけど神や仏とは切れない。
それは神や仏の先に自然があるからだと思っているから。
そして自然の究極は無だと思っているから。
神や仏は死んだ後に、残ったものが勝手にやってくれと。

だが、欧米のこういう音楽を聴いていると、サウンドは極めてキリスト教の宗教的で、その神が無くては成り立たないような様子である。
音楽は神を称えているような気がしてならない。
音楽を聴いても言葉が解らないので何を言っているのか解らないが、この世は神の仏もないものだ、などとは絶対に言っていないのだ。と感じる。 
だから無常観を出されると、ん?と思ってしまう所はある。
しかし音楽は素晴らしいかった。

また、どうでも良い話だった。
私ももっと信心を持たないと天国にいけないな。
本当に、仕事をしてないな、今日は

JAN ERIK VOLT “INGENTINGS BJELLEH”
2013/11/28

レコードの中の日本
JAN ERIK VOLT “INGENTINGS BJELLEH” (PLYDOR 2664 388) NORWAY
今回、入荷のアルバム、JAN GARBAREK、BOBO SENSON、 PALLE DANIELSOSON、JON CHRISTENSENなど現在はノルウエーを代表するECMの代表プレイヤー達が、詩人でポエトリー・リーディング早い話が詩の朗読、の本国では非常に有名なJAN ERIK VOLT(ヤン・エリク・ヴォルト)と共演した作品。
言葉は解らないが、それが意外にしっくり来るのだから不思議なものだ。
演奏も素晴らしい、こういうジャズもあるものだ。
この人達、同じようなアルバムを3枚出していて、それらは皆本国では大人気で、なんども再発されており、オリジナルはかなりの高額盤になってしまった。
どれも労作である。
チャンスがあったら聴いて頂きたい。
特にECMファンには是非と言いたい。

ところでこのジャケットの表を見ると、何やら日本画の墨絵のような。
小舟に乗って横笛を吹いている老人、子供とも見受けられる。
良く見ると波と船の境がなく、波間に漂う子舟がそのまま水面に溶けて消えてしまいそう。
中央に「洞庭秋月」と大きく書かれている。
これは珍しいと思いジャケットをめくり内側を見ると、ちゃんと書かれている、
TAIGAと。
そうじゃ、日本を代表する歴史的画家、池大雅の「洞庭秋月」だった。
洞庭秋月とは、中国の洞庭湖に浮かぶ秋の月である。
その風流を詠ったものである。
それらは北宋の時代の名画によるものでその後多くの画家が描いた。
やっぱり中国の文化はなんといっても北宋なのだ。
今の中国ではない、それは強調しないで置いといて。

しかし、ガルバレク等かれらの目指した音楽の静寂感が日本の静寂な世界に近いのだろうか。
なんだか、ちょっと嬉しい。

may be
2013/11/27

ヨーロッパの知合いが、現地のレコード屋事情を話してくれた。
その内容とは。

こっちは失業すると結構の間、失業保険が支給される。
それを良い事に、手当をもらいながらレコードを探して歩く若者などがいる。
それを日本人に売ったり、ネットオークションで売ったりしている。
収入が倍になる。
かといって役所の方でも、黙って手をこまねいているわけではない。
自宅に訪ねて来て、何故働かないか調査される。
レコードが好きなら、レコード屋になれと指導される。
それで店を開く。
開店後2・3年は一定の売上げに達しない場合は、納税が免除される。
国としては、失業手当を支払わないだけマシなので。
ところが、彼等は現金だけの取引にする。
カードを使われると、売り上げが誤魔化せないから。
したがって、こちらで、現金だけという店は絶対に税金を払ってない。
という話をして、大いに悪いと力説して怒っていた。
クレジットカードが使えない店など、絶対に脱税していると。
世界中同じだと。

お前の国もそうだろう? と真面目に聞いて来たが、そう言われて、そうだとも答えるもの如何と、なんと答えていいのか困った。
May beと濁したら、お前のmay beというはっきりしないものの言い方は止めろ、と怒られた。

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