HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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2014/03/15

最近、思う。
パワーが無くなった。
漢方で良く言う所の「病は気から、気は病から」の、気の方。
人間の生活の大いなる原動力、うまく事が運ぶも運ばないも、全ては「気」が影響する。
その「気」が駄目だ。

実は1月に従業員がオランダから送った、レコードひと箱、約50枚が紛失してしまった。
開店以来どころか、レコードを海外から購入し始めてから、何十年間の内で初めての経験。以前こういう事は一切なかった。
その箱の中には、ブルーノートの高額盤も含まれている。
貴重盤は手持ちが常識だが、そこは従業員、平気で郵便で送ったらしい。
経営者ではないから無理もない。
私としてはテロにでも合ったような気分だが、どうしようもない。
今日の通販リストのアップが出来なかった事もそう。
私としてはどうしようもない。

だが、本当にどうしようもないのかと言うと、実は気力・気合・根性という所の「気」とか心がこもっていないからこういう事が起きるのだと、私は思う。
以前私が買付に行っていた頃、現地の郵便局から荷物を送る時、気を入れて店の住所を書き、気の力を込めて、郵便局のカウンターに持って行き、絶対に着けよ!と心で念じて送っていた。
そういう「気」が物事が進む力になっていたのではないかと思う。
そんな科学の時代に馬鹿な話と言われると思うが、私は日本人として「気」とは、小さな体格の人が他人に負けないための心の在り様、コツでもある。
以前書いたかもしれないが、オーディオのアンプの修理は、技術者の体調によって音が変わ事があると。
そういう事なのである
また、社長は風邪を引かないというのも、気である。
分かる人には分かる話。

それが最近は、やる気が弱くなった。
パワーが落ちた。
と思ったら、歯も悪くなって、眼も飛蚊症で片方が急激に見えにくくなった。
漢方の友人からは「腎」(ジン)が弱いと言われている。
腎虚というのだが、解りやすく言うと、臓器など器官があるべきところに無い状態になった事。
早い話が老化とも言える。

ウチの従業員もそれほど「気」が強い人間でもない。
仕入の物との出会い、人との出会いも気であるから、今後頑張って欲しい。
根性が悪いとか、気が強いとか、悪い意味の方の人間でも、気が強い事はそれなりの「気」を持っているわけで、方向性を正せば素晴らしい事である。

心の持ちよう、生き方でどうにでも変わって行く。
気はある意味精神力でもある。

STAN GETZ “AT THE SHRINE”
2014/03/14

STAN GETZ “AT THE SHRINE” NORGRAN MGN-2000-6 BOX-SET (USA) 

以前に一度、このアルバムセットの事を書いた気がしたが、探しても出て来なかったので、消えてしまったのかもしれない。
いいさ、何度でも書こう。

このボックスは、紙の箱ゆえに、今となってはほとんどが壊れている。
だが今回は、箱は無事である。良くぞ生き残った。
中にLPレコードが2枚入っている。
さらにオマケの写真ブックレットがあり、10枚組みの写真カード綴りである。
写真はLPボックスに一緒に入れるだけの事はあって、壁に飾ってもちょうど良い大きさで、例の子供との写真、タバコを咥えた横顔の写真など、見慣れたゲッツのプロマイド的な写真がある。という事は、この写真セット、今となっては10枚揃っている方が珍しい。
そう、かつて壁に貼っているうちに紛失してしまった方が多いから。大概2〜3枚は無い。
またボックスというのも大概ちょっと傷んでいたり、数が揃わなかったりするものだが、今回はパーフェクト。

内容は1954年のロサンゼルスの劇場SHRINE(シュライン)でのライブ。
まずJOHN WILLIAMS のピアノが開演の挨拶程度にソロを弾く、本当にさらっと。
やがて、なぜか御大DUKE ELLINGTON が出て来て、彼の紹介をする。
「こんな素晴らしい演奏家を紹介出来てうれしいです」と、「そして彼こそ、クールの中のクール・ミュージシャンである。COOL’S COOL!みなさん、スタン・ゲッツです」で演奏は始まる。
ノーマン・グランツはライナーの中で、COOOOLと中の「O」を4つも書いている。
DUKE ELLINGTONは、11月はちょうど西海岸の巡業中でサン・フランシスコから始まり、この辺りのバークレイ、ロサンゼルス、フレスノ等々厳しい演奏旅行の毎日の真っただ中。
エリントンの巡業の話は置いといて、まあ、当日の出演者でもあったわけで、当日は他にDAVE BRUBECK, GERRY MULLIGAN、等もいたようで、さぞ盛大なジャズフェスティバルになった事であろう。

こんな様子で始まったのであるから、それは素敵な演奏会であったであろう、と想像させるに値する素晴らしい内容である。
一曲目が終わると、観客の親父が何か言ったらしく、「OK、ダディ」と応え、観客も大受け。
聴いた人はさぞ幸せであったに違いない。
アルバムは1枚目A面が終わると、ひっくり返さずに2枚目に進んで頂きたい、そこでA/B面を聴き、1枚目に戻ってB面すなわちSIDE4という運行が正しい。
もちろん、かつてのオートチェンジャーとしての利用の仕方になっているのであるが、今回はそれだけではなく、それには理由があって、SIDE4は実は不足分として翌日にノーマン・グランツが招集したメンバーで片面分録音したのである。といってもドラマーが変わっただけなので、違和感はない。曲も演奏も問題なく素敵。
そうそう、昔私が購入した日本盤には、エリントンの司会などが消えていた。
オリジナル盤を聴いて、やられた、と思ったから。

こういう物こそが、「コレクターズ・アイテム」という。
行政の箱物偏重主義は政治家に反省してほしいが、音楽の箱物は何故かそそられるな。

JACKIE McLEAN “SWING SWANG SWINGIN’”
2014/03/13

JACKIE McLEAN “SWING SWANG SWINGIN’” BLUE NOTE 4024 (USA)

入荷のこのレア盤。私の好きなジャッキー・マクリーンのワンホーン。
この、さ行変格活用のタイトル、え、違う?
じゃ、動詞の不規則変化? 
まあいいや、「スイングしてるか、したか、最中か」というハードバップの自信に満ちた激しさ。
なんたってワンホーンは解りやすいのが良いやね。

ジャズ青年の頃から良く聴いた一枚で、よくこのレコードの話になると、みんな一曲目の「WHAT’S NEW」が好きでさー、などと言う。
申し訳ないが一曲目ではなく、私には二曲目から三曲目の流れが好きだ。
二曲目は「LET’S FACE THE MUSIC AND FACE」は適当な軽さがハードバップに良く合う。
音はやや大きめにして。
暗いジャズ喫茶の苦いコーヒーを思い出すわ。
そしてそのままのテンションで三曲目「STABLE MATES」これってBENNY GOLSONの曲ではなかったかしらん。
いかにもジャズって感じ。
ここの二曲の連続技がハイライト。

勿論、B−1の「I LOVE YOU」のチキチキと鳴るシンバル・ワークの絡みもちょっとクラブ・ライクで素敵。
ところで、このアルバムでは彼の特徴のシーツを引き裂くような炸裂音はやや抑え目である。
昔からそこが、その抑え目こそが、人気のワンホーンでもあったのだ。
いいアルバムだ。

ここで真面目になって。
この作品は彼が28歳、絶頂期の1959年、天下のブルーノート・レーベルと契約した。
人使いの荒いプレステイジレーベルに嫌気が差したかどうかは分からないが、新規一転、大いに創作意欲を掻き立てられたに違いない。さっそく録音に取り掛かり「NEW SOIL」に次ぐセカンド・リリース。
「NEW SOIL」はDONALD BYRDとの2管であるし、サードアルバムの「JACKIE’S BAG」はそこにTINA BROOKSも参加するわけで、なんといってもワンホーン作品のこれが一番わかりやすく、親しみがある。
精力的かつ充実した録音を重ねていた時期で、そんな様子が伝わる、嬉しい一枚。

今時のミュージシャンには、このグルーブ感が解らないだろうな。

BUDDY De FRANCO “THE GREAT ENCOUNTER”
2014/03/12

BUDDY De FRANCO “THE GREAT ENCOUNTER” PROGRESSIVE (JAPAN)

このレコードは、米国の同レーベルから「Like Someone in Love」として発売されているので、オリジナル云々の話になると、こだわりを持つならば、オリジナルは米国盤という事になってしまうが、当時、確か日米共同制作で先行発売であったと思い、先に日本盤を購入した記憶があるので、こちらでも良いかと考える。
何しろジャケットの出来は日本盤の方がはるかに良い。
ビルの谷間のくっきりと決められた交差点の狭い空間の中に、きっちりと収められた大型旅客機。
こんな写真を一体誰が撮ったのだろうと、裏をひっくり返してみると、K.ABEとある。
日本が誇るジャズ写真のナンバーワンと言われた阿部克二の写真であるらしい。
写真とは瞬間を切り取ることなりと言うけれど、ビルの谷間の十字の空間に、ぴたりと嵌めた飛行機の十字の一致の写真は見事である。
アメリカの近代とはこれなりと、示して見せてくれた現代社会の表現は見事。
米国盤のロマンチックな絵のジャケットより秀逸である。

そして音楽にバディ・デ・フランコさんの登場と。
ところで、モダンジャズに置いて、クラリネットほど衰退した楽器はない。
スイング時代はベニー・グッドマン、ウッディ・ハーマンなど大人気どころか、ジャズを代表する花形楽器だったが、モダンに推移するにあたり、人気は急激に衰退し、多くのクラリネット・プレーヤーはこの変革に適応できなかったのである。
しかし、いつの世も変革者は存在するもので、その楽器をもって新しい時代を築いた数少ないモダン・ジャズ・ミュージシャン、例えば、欧州のロルフ・キューンなどと共に、米国の第一人者として間違いない代表選手である。

デ・フランコさんは音楽的にも大変優秀で、その証拠に、66年からグレン・ミラー楽団を率いていたのである。
凄いね。
その後、落着いてから、77年にこの作品の発表となったもので、親しみ易いメロディーの中に、きらりと光る音楽性を感じる傑作である。
デ・フランコさんのレコードは昔、ジャズ雑誌で「Mr. Clarinet」「Cooking the Blues」などを推薦されていたので、仕方なしに聴いた記憶があるが、最初は共演のソニークラークが居たのが大きな理由だった。
やがてその音楽性の素晴らしさに気が付き、好きになってしまった、というわけ。
彼のレコードはどれも優秀な作品である。

彼の音楽は聴くほどに好きになる。
唯のエンターテイメントでない奥深い音色とメロディーに感心する。

吉祥寺
2014/03/11

ここの所、暇だしあちこちに出歩いて、レコード屋を廻ったりしている。
今日は吉祥寺。
2・3件レコード屋を廻って、せっかくだから某有名ジャズ喫茶メグにでも行こうかと、ようやく昔の記憶を辿って、曲がり角を間違えながらもたどり着くと、美人の姉さんが「7時からです」。
寒い中探し当てたのにガッカリするも、そこは我慢強いオジサン「ど〜も」。

実は吉祥寺、45年程も前にアパートの一人暮らしを始めたのがここ。
1970年だ。
場所は南口を出て左に5分、井の頭公園にも歩いて5分程。
外の環境は申し分ないが、内の環境は申し訳ない4畳半一間の小さなお部屋、当時の不動産屋の張紙通りに台所・トイレ共同・風呂無、木造二階建てのまさに、南こうせつの「神田川」そのもの。

 (ここで神田川の曲を流す)
https://www.youtube.com/watch?v=JSgyHiKESGw

ここが私の東京青春時代の始まり。
基本的に貧乏でジャズなんて洒落た音楽など一つも無い、生活ぶり。 
小さな卓上ステレオの音をちょっと大きくすると下の部屋の意地悪なおばさんにウルサイと怒られる。
それにもめげず元気に、大人のうれしい男女の付き合いも始まった懐かしい街。
そういう青春の恥ずかしき事の数々、骨の髄まで恥ずかしく忘れたくても忘れさせてくれない、悔やみの数々を残してきた吉祥寺。

いや何、40年も経てば、恥もノスタルジアだい。
開き直って懐かしいあのアパートはどうなったか、ちょっとその気になって寄ってみよう。
まず駅前の変貌に戸惑う。
街の通りには当時の面影は全くないが、方向を定め歩いて行く。
私と同じ年頃の可愛い娘が二人いたので、いつもピースを買っていたタバコ屋も、マンションになったのか見当たらない。

コーラが飲みたくても金が無く、机をひっかきまわして20円、仕方なしに空ビンを拾って来て、不足分にしても、いつもニコニコしてコーラを売ってくれた優しいおばさんのいた小さな菓子屋も、跡形もない。
よく晩御飯を食べに行った食堂、バイトしたレストランなど建物ごと無い。
道が違ったかと思いながらも歩くと、時々散髪に行っていた床屋がそのままある、おお、昭和よ。
道を確信して歩くと、ここだ、ここだ、やや傾いだ電柱のある角を曲がるとその場所が。
アパートは取り壊されたようで、小さなマンションになっていた。
前庭があったはずだが、そこは車置き場になっているらしい。
確か、ここが玄関、こっちがトイレだったと、寒い中しばし見物。
でも、まあ場所を見ることが出来て良かった。
人も変われば、街も変わる。

淋しく駅に戻りながら思うに、懐かしいけれど、随分変わってしまった。
北口の商店・飲屋がひしめいていた狭い路地、ここは都心に近い割に物価も安く、界隈に住むおばさんたちの晩御飯の買い物でごった返していたものだが、生活と言うよりは、昭和レトロの飲み屋街になっていて、知っている店はなかった。
一時は姉も住んでいた思い出ある場所だが、道路も拡張され、無かった場所にも広く綺麗な道が通った分、私の思い出の街も記憶から遠のいた。

駅に戻り反対側の、井の頭公園入口にあった東京の3本指に入ると言われた、何とかいうコーヒー屋も既にないと聞くから、コーヒーも飲まずに帰って来た。
懐かしいと言っても、新宿から電車でたったの15分、近いのだが....。
たとえ15分でも、やっぱり、行くものじゃない。
懐かしさは、心の中にだけ置いておけばよい。

でもね、思うのだよ。
なぜか知らないが親しくなり私を庇ってくれた族のリーダー。
仕事が終わると誘いに来て、お前は弱いからと毎晩キックボクシングを指導してくれた魚屋の兄さん。この大した事のないキックボクシングの練習が、のちに大きな成果に繋がるのだが、それはまたの機会に。
付き合った一年間ついに本名を明かさなかった女の子。等々、みんな一体あれからどうしているのかと?

吉祥寺に戻れば、あの時のあの子や、あの友達が、ふといるんじゃないかって。
いる訳ない! ハイ。

ブヒブヒ
2014/03/10

この間、知り合いと話をしていたら、「ジャズってさ、ブヒブヒしてるじゃないですか、あれが嫌で」と言う。

そう言われて、ブヒブヒとは何だと、ちょっと腹が立った。
だが心優しいオジサンは余裕いっぱいに、ブヒブヒと聴こえるのは、一体どういう所なのだろうと、聞くと。
特にサックスに多いらしく、テーマというかメロディを吹いている内は問題が無いらしい。
中頃だという。

なるほどソロの事か。
ソロでミュージシャンがテクニックを駆使している場所にそういう聴こえ方になるのか、と一生懸命聞き耳を立てると。
確かに、そう言えば言える、吹き方が確かにある。
ソロを言い方を代えると、ブヒブヒ・フガフガ、と確かに上がったり下がったり聴こえる。
モードの人の演奏は余計にそう聴こえる。

だからと言って、これはもう心優しいオジサンにも、どうにもなる物でもない。
嫌いなら仕方がない。
ウン。

買い物
2014/03/09

オーディオの買い物と車の買い物は、ひとつ似ている所がある。
それは他人の目。
そう言ってしまえば、ファッションなどは他人の目ありき。
みんなそうだと言えばそうなってしまう。

車の場合はこれは、はっきりしていて、他人の目にどう映るかと言う点と、自分の財布の中身とのせめぎ合いの結果であることは間違いない。
人によっては高級外車でなければならないと断言する人もいるし、高校の同窓会に行くためにわざわざベンツを購入した人もいるのであるから、もう完璧に他人の視線の想像に他ならない。
だが、色々乗って行くうちに、別に外車だけが良い訳でもないという事に気が付くが、プライドが邪魔してね。
だから基本的に車はデザインから入るのが、ある意味正しい。性能は二の次で。

さてオーディオはもっとやっかいな買い物である。
何しろ高額機器であっても、自宅で実力発揮と行くかどうか見当が付かない。
次に、自分の耳が果たして、機械の音が如何なる状況にあるのか、これまた見当が付かない。
そんな時に意地の悪い先輩にでも聴かせてしまったら、あれが悪いこれが悪いと言われ、それをオーディオショップにでも相談すれば立ちどころに、買い替えを奨められることになる。
ショップの主人が親切で奨めてくれても、そこは十人十色、音は変わる。
そうやって行きついた先は、どこに満足していいのやら訳が分からず、使ったお金の多さに満足するか、さもなければ、オレのは良いに違いないと思い込む意外に無い。

車はまだいい。
外へ持ち出せば周囲が見てくれる。
それだけで満足な気持ちにさせてくれる。
しかし、オーディオはやっかいで、見せびらかして歩くわけにも行かない。
それに車のようにホイホイと買い替える訳にも行かない。

思えば趣味という物は、自己満足の世界であるのだから、自分で満足していればそれで良いのである。
どんな音と言われようが、自分が良ければそれでいいのである。
そう思うと楽になる。私も。

だけれど一つも良い点が見つからないとか、こんなものかな、と思っているのは淋しい。
どちらも、ぐっと来る魅力が一つあれば、救われるのだ。
それ故に、つい外国製品に手を出すのかもしれない。

お金を使うという事はむつかしい。

歯医者さんで
2014/03/08

歯医者さんに通っている。
それで、いつも患者さんと先生の会話で、不思議に思う事がある。

先生「次の予約は一週間後が良いと思いますので、木曜日はいかがでしょうか?」
患者「ええ、水曜日は○○で忙しいんです。金曜日は○○の予定があるもんですから」
先生「では、木曜日が良いですか」
患者、ちょっと考える仕草をして「はい.. じゃお願いいたします」
先生「時間は今日と同じ10時で良いですか」
患者、考えて「午後は、友人と待ち合わせがあるもんですから」
先生「はい、では10時で」
患者「そうですね」

私が先生だったら、「聞いてねぇーよ」を3回くらい入れないといけない状況。
先生って、本当に辛抱強くないと務まらないものだね。
いつも感心している。

大雪
2014/03/07

この間の2月は、随分と雪が降った。
それも週末毎、中旬・月末と2回。
おまけに後の方は大雪の後、シトシト雨に変わった。
雨が降って雪が解けるはずで、明日の朝の雪掻きが無くなると、密かに期待したが、ぬか喜びであった。
雪は水を含んで重くなり、翌朝になっても解ける事はなく、やがて屋根から滑り落ちると、隣接する都会の簡単な造りの駐車場の屋根を直撃した。
また、家屋の周囲の小屋など簡単に潰してしまった。
私の横浜の実家では、屋根の雨どいを隠す「鼻隠し」と呼ばれる鉄板が雪の重みで落ちてしまった。
修理に多額の金が掛かる。
聞けば、窓の外にはしばらく雪がうず高く積ったままだったという。
東京には珍しい大雪であった。

しかし、もっと大変なのは保険会社である。
どう対処するのか見物である。



猫鳴いて 起きれば寒し 窓の雪

ダブル・クラッチ
2014/03/06

昨日の夜、お客様が「マニュアル・ミッションの車を購入したのですが、ダブルクラッチって知ってますか?」と。
いやー、オジサン嬉しくなって、ニコニコ。
ダブル・クラッチ等という単語を一体誰が知っているだろうか。
60年代リズム&ブルースのダンスのステップで、片足を2度、キュッキュと上げ下げする振りもあったけど...、 話を車に戻す。

そもそもMT(マニュアル・トランスミッション)も、すでに死語になりつつある現在、更に昔の単語である。
昭和30年代のバスなどに乗っていた方は、多分見たことがあるはず。
クラッチを踏んで、いきなり2速から3速に入れられなかった時代の技術で、一度ニュートラルに戻す必要があったのである。2速から3速に入れる場合、クラッチペダルを2度踏むのである。
そういうバスの運転手の操作を観ながら、子供の頃バスの運転手に憧れたという話は聞く。

ところで、ダブル・クラッチで有名な車があって、それは1960年代のジャガーEタイプ。
当時、本当に金持ちしか味わう事の出来なかったスポーツカーで、更に金があるだけではなく、コキコキと手足のように操作が出来なくてはならず、腕も伴っての高級車だったのだ。イギリスが良かった時代のスポーツカーの世界に君臨する名車だった。

そのEタイプはジャズのジャケットにもなっていて、ブルーノート・4124 DONALR BYRD “A NEW PERSPECTIVE”。
実にスピード感溢れるモダンなデザイン である。

ついでに、このレコードの事を書きたいと思ったが、店にレコードが無かった。
残念。

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