HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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ジャンボ・ジェット(747)
2014/03/30

ニュースで、沖縄羽田間のフライトがジャンボジェットの最後の雄姿だったとの事。

思い起こせば、私の社会人人生とほぼ、かぶる。
私が旅行会社に入社したのが1970年。
その年の7月にパン・アメリカン航空略してパンナムが羽田・ホノルル間にジャンボを飛ばして以来である。
その1か月前にパンナムが東京上空を遊覧飛行する事になり、旅行会社の社員も招待されたが、新人の私たちは駐機中のパンナムに見学のみ、綺麗なアメリカ美人のお姉さんに気を取られながら、二階のファーストクラスに憧れたのである。
あの頃は、海外旅行と言えばパンナムで、TV番組でも兼高かおる世界一周も人気番組。
ジャンボで一挙に海外旅行ブーム到来。

我らが、日本航空も負けじと次々と導入し、一時は100機以上、ANAと併せて160機以上の世界最大の保有数を誇っていたわけで、お客の方もジャンボでなければ乗らないなどと言う始末。
景気上昇と共にジャンボ人気の上昇も目覚ましく、ついに500席仕様も出現し、大量輸送時代到来。
宝くじと飛行機はジャンボに限るとなど言われたのである。

何より、戦後の新しい時代の新婚旅行の人気スポットが熱海、宮崎と移って行った後、海外旅行ブームに乗って、ジャンボに乗って一挙にグアム島が大人気。
芸能人も休暇が出来ればグアムで休息という欧米スタイルの生活様式も垣間見られるようになった。
その後を受け継いで、ハワイの新婚旅行ブーム到来。
私は昭和50年頃から、ハワイのパッケージ担当となり予約・手配業務に配置転換。
のんびりブームだったのが、翌年いきなり大ブーム。
一番の記憶は、春と秋の大安の翌日が新婚さん達で満杯、団体旅行でもないのに150人も集客してしまい、自分でもびっくり。
ところが、何しろ大型で横幅がある機体で大量輸送にうって付け。
その長所が、新婚旅行に災いとなるわけで、横9席というアンバランスの席が、せっかくの新婚旅行なのに一人余ってしまう事件勃発。
新婚旅行なのに並んで座れないとは これいかに。
成田離婚の人用です。等と冗談も言ってられない始末。
あり得ない事であるが、なにしろ全員が新婚だから、どうしたって余る。
航空会社各社は運送を請け負ったが、席の並びまで確約するものではないとつれない返事。
仕方なく、くじ引きのようにボーディングパスを引かせたり、途中で席替えとか、行きが別々なら、帰りは一緒にするなど、工夫を凝らす苦肉の策。
奇数のジャンボの席を呪ったものだが、お蔭様で会社は景気良かった。

ジャンボ・ボーイング747はアメリカ空軍輸送機の候補だったのが、ローッキードC−5に破れ社内に暗雲が立ち込めるも、旅客機に転用したのが運よく、パン・アメリカン航空の思惑と一致した結果である。
あの頭が大きい奇妙な形を、宣伝が上手かったかジャンボという名称で日本中で親しまれ、大型だけに、安価でかつ大量輸送を実現し、庶民の高嶺の花であった海外旅行の実現に、最も貢献した飛行機である。
それに加え、従来の飛行機と同様短い距離の滑走路で離着陸可能という地方空港にもそのまま周航。
文化勲章ものだね。

こんな飛行機は日本人の「空の旅」のイメージ゙と共に、いつまでも残ることだろう。
私なども、747は親しみがあったと言うか、大好きな飛行機で、乗っただけでワクワクした。だが、会社を辞めてレコード屋になってからは、なぜかエアバスA−300ばかり乗っている。
なんだかなあ。

写真は一杯あるのだろう、きっと、でも我々にはやっぱりこれだ。
富士に鶴のマークの日本航空が一番なのだ。
そういう国民の気持ちを、社員は本当に理解しているのかな。

パン
2014/03/29

私はパンが好きなので、食パンやバケットを小田急百貨店のトロワグロというパン屋に時々行く、ここから最も近いパン屋さんでもあるし。
新宿にいると、デパートが4つもあり、そのどれにもフランスの有名店が入っているので、パンには事欠かない。
こうして考えると東京のパンは相当美味しくなった。

ちょっと前、といってもバブルの前だが、美味しいパンを食べようと思うと、神戸のパン屋が恵比須にあるとかで買いに行ったりしてちょっとした面倒なことであった。
確かに神戸のパン屋はしっかりした味で美味しかった。

東京にもかつては、麦の味がするドイツ風のパンなどもあったらしいが、戦争に負けて進駐軍が入り込んで来た瞬間、味覚音痴のアメリカ人好みのただ白いだけの甘い味の、つまらないパンに一斉になびいてしまったという話を、どこかで聞いたことがある。
これは実に、東京らしくて解りやすくて良い。

それがフランスパンなる物が流行り始め、渋谷の街を女子学生たちが小脇に抱えて歩くようになると、青山の小さなパン屋の前に行列が出来た。
その当時はそれでも美味しいと思って食べた。
やがて高島屋にフランスの有名店と触込みで入店したルノートルのフランスパンやクロワッサンの美味しかった事。
経済の豊かさは、味覚にも豊かさを運んでくれるのだ。

だが、ヨーロッパにはフランスだけでなく、それぞれの国で美味しいパンがあるのだが、日本ではフランス一辺倒になってしまった感がある。
今思うと、神戸の何とかいうパン屋は美味しかった。
しっかりしたヨーロッパの味だった。
今こうして、つくづく思うと、アメリカの進駐軍が来て、東京は一斉にアメリカ風に変わったが、神戸の人たちは頑固だったという事なのかと。
だとすると、相当根性が入っていたという事になる。

手洗い
2014/03/28

ようやく暖かくなってきた。
寒がりの私としては天国に来たかと思えるほどうれしい。

今年の冬は、有難い事に風邪を引かなかった。
ひきそうになった事もあるが、なんとか大事に至る事もなかった。
無事に過ごせた事にひとつの理由に、手洗いがあげられる。

手洗いなど、な〜んだと思われる事であろう。
しかし、一に手洗い、二に手洗い。
清潔を心掛けて、悪い事なし。

一仕事終わったら、外出から帰ったら、トイレに行ったら、必ず手を洗う。それも石鹸を使って、丁寧に洗うこと。
レストランの従業員などがやっている、「手の裏表」全体を洗う事。

これに尽きるか。

ATTILA ZOLLER “Das Brot der fruhen Jahre”
2014/03/27

ATTILA ZOLLER “Das Brot der fruhen Jahre” レーベル不明・番号不明 EP(ドイツ)

さて、あまり見かける事の無い、このEP、聴いた瞬間、あっ!と驚く為五郎。って古いなオレも。モトヘ、
あっと驚く出来の良さ、更に加えて音質の良さ。

しかし、ちょっと取っ付き憎いアッティラ・ゾラーのギター。
芸術家ぶっていて、ノリは悪いし、冷たそうな性格の嫌なヤツ、と思われている気配がある。
実は私もちょっとそう思っていたのだ、だって顔がクールな感じだし。
それでも70年代は雑誌などで大絶賛の彼で、一時はMPSのレコード等、真面目に一生懸命聴いたものであったが、何だか徐々に私との関係は遠のき、って関係などあるわけないのだが、聴くのが遠慮がちになってしまった。
時々入荷したレコードを聴くと、凄い芸術家だと感心はしていた。
感心するだけ。

しかし、今回の4曲入りのEPはちょっと違う。
冷静沈着な、情緒を削いだ演奏をするのかと思っていた人なのに、もしかしたら人違い?
そう思ってしまうほどの、味わいと風情があり、巧さをひけらかす分けでもなく淡々と演奏して見せる。
そこにこそ、この人の音楽性の味わいが出た。
オジサン、このEPが欲しくなってしまった。

アッティラ・ゾラーはハンガリー生まれで、当時の政変・革命の中、オーストリア、ドイツ、アメリカと生活と芸術の場を替え、生き抜いてきた人である。
音楽は徐々にフリージャズになったとされるが、私は別段フリージャズの人とも思えなくて、非常に高レベルの音楽家という印象である。
と書いても信頼性もないので、ちょっとネットのWIKIを見ると、代表作になんとこのEPを上げられていて、オジサンこれまたびっくり。
やっぱり名作は誰が聴いても名作であるという事で納得。

ところで、この音楽。
タイトルから見ると、1962年 第15回カンヌ国際映画祭出品作である事が解る。ラベルにもそう書かれている。
映画のタイトルが解りにくいが、色々な国の言語で6個ほど書かれている。
ドイツ映画なので「Das Brot der fruhen Jahre」と言い、英語では「THE BREAD OF OUR EARLY YEARS」という事は分かった。分かったとは言え、この映画は日本で上映がなくそれ以上不明。
レコード会社を見ても、レコードナンバーもなぜか良く分からない。
だが「GEMA」の印があるからドイツ・プレスで間違いない。
どうも、これはカンヌ映画祭参加を記念して、会場か、もしくは関係者に配られたギブアウェイで、市場に出されなかったのだな。
コレクターとしては欲しくなるな。
映画の監督は、Herbert Vesely。
このEP4曲盤がオリジナルという事になり、最近、CD化されたようだが、どうも全曲は入っていないようだ。

しかし、ギター作品として珍しく出来の良いアルバムであった。
LPだったらもっと良かったが、EP文化の欧州の事である。
音楽は、私が風情と言ったものの、決して情緒に流される事はないので、そこはそれ阿吽の呼吸で理解して欲しい。

映画がないかと YOUTUBEを探すと一つ見つかった。
なかなか、美しい映像である。
ベースで始まり、アッチラゾラーが絡んでくるテーマも聴くことが出来る。
これを聴いてからEPを聴くと、音質の違いに驚く。

http://www.youtube.com/watch?v=NcpOClEHO4I

MILES DAVIS “パンゲアの刻印”
2014/03/23

MILES DAVIS “パンゲアの刻印”  CBS/ソニー SOPZ 96-97 (日本)

さて今日の新入荷。いいよ〜。
いいよ〜、無いよ〜、としか言わない、廃盤中古屋のオヤジのようになってしまった。
マイルスの「パンゲア」と呼ばれる2枚組のアルバムである。

75年2月1日、大阪フェスティバル・ホールに置いて開かれた世紀の大コンサート、我々関東人にとって、東京で無かった事が非常に悔しい、今でも悔しさがちらっと脳をかすめるコンサートであった。
だから、私など見てないのだ。
その前に東京公演は行われて、私は言ったはずだが、あまり印象に残っていない。要するにその当時は理解力が不足していて、今になってやっと良さがわかったという晩生なのだ。
その公演はブート(海賊盤)になって売られている。今でもブート屋で作っているらしい。凄い世界だ。

そのコンサートは昼の部、夜の部とまるで歌舞伎のように行われた。
昼の部が「アガルタ」、夜の部が「パンゲア」というタイトルで実況盤として発売され、どちらも世界に誇る、日本発ジャズ文化の金字塔である。
しばらく外国で発売されていなかったから、これは誇らしい気持ちになる。

アガルタの方も一緒に入荷すると良かったのだが、中古商売の辛い所である。
さて、こちら通称「パンゲア」と呼ぶのだが、正式名称は「パンゲアの刻印」という。
さてその名称をジャケットから探すと英語で「PANGAEA」とデジタルな文字で書かれているだけである。
そう、この「パンゲアの刻印」というタイトルは「帯」にしか書かれていないのである。
私は常日頃、ジャズ・ファンまたはジャズのコレクターはロックファンのように帯・帯と騒ぐなと言っているのだが、このアルバムだけは、帯がないと具合が悪いのである。
コレクターとしては、発売時のタイトルが見えないようでは、ちょっとだけ力がはいらないかもしれない。
というわけで、これは帯付で買って頂いた方が、より解りやすいと思う次第である。
あくまで出来ればの話。

さて、こちらはアガルタのデザイン担当横尾氏のデザインでは無いのがちょっと淋しいが、そこは立派なデザイナーであるから、見劣りがする事もなく堪能できる。前衛的なジャケットに掛けられた帯には皆既日食が描かれ、太い帯の右側に大きな文字で「実況録音盤!!」。 ビックリマークが二つも付いている。
これから始まる、マイルスの・ミュージックに期待が膨らむ。
ジャケット自体はダブルジャケットでもあるが、音楽を説明する要素は何一つない。
中を探せば、ブックレット風の数ページのライナーがある。
開けば、上部に「パンゲアの刻印」と小さくあって、下部に又小さな文字でこうある。
「このレコードはあなたの聴覚が麻痺しない範囲まで。ボリュームを上げて、お聴きください」。
こんな8か7ポイントの小さな文字も逃さないと、必死に読み漁った我々のジャズファンの心意気は、今思っても悲しいほど素晴らしい。
ジャズ喫茶文化に毒された我々は即大音量という単語に強く反応し、大音量が各家庭に響き渡ったのである。
私も大音量で聴いた。
ジャズ青春の一コマである。

このレコードは当店によく来られるマイルスの大コレクターA氏によると、日本で3回発売され、「刻印」と書かれたジャケットはこの初回だけである、との事。
別に刻印だけで音楽を聴くわけではないが、しかし刻印、されど刻印、コレクターは辛い。

ところで、マイルスはこの演奏中、ワウワウ・ペダルの操作の関係か、ずっと下を向いて演奏していると。
客の目の前に出て来て、下を向いて演奏しているなど、最近の「シューゲイザー」と同じ。
ひょっとしてマイルスは「シューゲイザー」のハシリだったのか。

今回は演奏の話は一つもなかった。

CANNONBALL ADDERLEY “IN NEW YORK”
2014/03/22

CANNONBALL ADDERLEY “IN NEW YORK” RIVERSIDE RLP404 (USA)

今回入荷の作品、タイトルが「IN NEW YORK」。
我々のジャズ思考回路の弱いところ、JAZZ=NEW YORK、ここをズバッと来た。
ここからはジャケの説明は不要になった。
大変嬉しい事に番号が、盤・ジャケット双方ともRLP−404となっており、深ミゾ部分も太ミゾ゙。太いミゾって、コレクターにしかわからない話。

さて、キャノンボール・アダレイはカタカナも書きにくいが、英語のタイプ打ちでも重なる文字がいくつもあり面倒。
しかしその面倒にもめげず、あえて紹介したいと思わせてくれるだけの事がある出来の良い作品なのである。
当店のお客様の中にベテラン・コレクターは多い、故にキャノンボールはもう沢山だと皆さんおっしゃる。
その通り、作品の数も多いし、もう沢山なのかもしれない。
昔の評論家の先生方の言う通り、軽く巧いだけの只の人なのか。
しかし、私はあえてこの作品をもう一度聴いて頂きたいと願う。

人間どんな高尚な事を語ろうと、そこはそれ人間であるからして、くつろぎも必要であり、上品さから解放されたい時もある。
外見の人格と心の人格は異なるものなり、と言われる通りである。
といって、キャノンボールが下品などという話には行かない。
なぜなら彼こそ絶妙なる、品と知性を保ったエンターテイナーであるのだから。

この作品1962年1月、有名なクラブVILLAGE VANGUARDでのライブである。
メンバー紹介をしよう。本人が言った風に、あくまで想像だけど。
My brother Nat,Nat Adderley on cornet. Yusef, Yusef Lateef on tenorsaxophone, oboe, and flute.
Joe Zawinulon on Piano.  Sam Jones on bass. and drummer Louis Hayes. Thank you.
そう、ユセフ・ラティーフのサックスとジョーザヴィヌル(ピアノ)の参加が素晴らしい。
良いバンドには良いメンバーが集まる。
それは人間のつるみの法則の通りである。
音楽の都ウィーン出身のザヴィヌルは、3週間であの有名なバークレイ音楽院に別れを告げた実力。
61年から当バンドに参加し、演奏だけでなく曲も提供し、私の大好きなMERCY,MERCY,MERCYの大ヒットを飛ばす活躍を残し、その後のマイルス・バンドのエレクトリックの一時代をも築き、その後はウェザー・リポート結成と、当時の日の当たる場所を歩き続けた才能の人。
そういうメンバーがいるだけで音楽は違ってくる。
そういう良い時の芸術とエンターテイメントの絶妙な味わいが、ニューヨークという都会の意地悪な観客にも受けた、あらゆる意味での水準の高さがある。

演奏を聴こう。
長いイントロデューシングがある。
サン・フランシスコのライブがどうだこうだと言い、ジミー・ヒースの曲「ジェミナイ」で始まる「GEMINI」。
私などはジェミニと発音するのだが、無駄話は置いといて。
抜群のノリとタメ、そうだ、これをスイング感と言うのだった。
しかし、ジミー・ヒースという人の作曲の能力も又、日本では余り語られる事がないが見事な曲をつくったものである。
このGEMINIから次のラ・ティーフ作曲の「PLANET EARTH」にかけてのA面の演奏の楽しさ、アグレッシブな強さ、美しいメロディ、狂いのないサウンド、そしてジャズはこうでなくてはならいという「ノリ」の巧さは、格別なものがある。
何より音楽家として、「聴かせる」事の重要性を解っている。
卓越したテクニックを持っていながらオレは芸術家だと、気取っていない。
また落とし過ぎる事もない。

今、演奏家自身が他人に「聴かせる事」という重要性を、いったいどのくらい理解・実践しているか?
そう思い聴く耳を立てた時、この作品がいかに凄いレベルにあるか理解していただけよう。

BARRE PHILLIPS “JOURNAL VIOLONE"
2014/03/21

BARRE PHILLIPS “JOURNAL VIOLONE” OPUS ONE #2 (USA)

この世に、良いレコードは数あれど、その中でも自信を持って他人に薦められる作品はそんなにある物ではない。
勿論、人には好みがあるわけで、あの人に良いがこの人には駄目だとか。
しかしこのアルバムは、そういう人の好みを分かっていながらつい奨めてしまう本当に良い作品であると思う。
念の為に言えば、フリージャズ関係の人だと思われている通り、一応フリージャズの範疇に入る。

演奏はもちろんの事、何より音が良い。
ベースのソロながらゴリっとした音が入っている。
それをゴリっと表現させるオーディオの音の設定の仕方も楽しい。
このレコーディングに当たっては音をいじらず、ストレートにそのままアルバムにしたそうで、彼の音に対する美意識の高さが出ている。

さて、本人バール・フィリップスは元々クラシック畑の出身だが、即興音楽に惹かれたか、65年にAttila Zollerの The Horizon Beyondで共演し、一挙に評価が高まり日本でも雑誌などに紹介された。
その次作が68年、本人名義のソロ・アルバムであった。

この作品、英国でも発売され、MUSIC MANレーベルからUNACCOMPANIED BARREというタイトルである。
またフランスでも発売され、FUTURAレーベルからBASSE BARREというタイトルである。
オリジナルの順番が英国、米国、仏国の順番とされている。
しかし、バールと個人的に親しい某ジャズ喫茶のママが訪ねた所、オ−パスワンと契約したので、英国盤の事は知らなかったと答えたそうで、その順番は危うくなったものの、時系列的に英国か米国かは明確に出来るものでもない。
ところで、ジャケットの裏にちゃんと書かれていて、68年パリのセント・ジェームス教会で録音され、英国でレコードになったと書かれている所を考慮すると、ロンドンに持って行ったテープに、音を重ねたと思われる。
おのおのの国で関係しているわけで、どうりで3か国で発売されるはずである。

まあ、個人的にはこういう作品は、3種類全部コレクションして頂きたい。
それは、それぞれジャケットが異なり、かつ見応えのあるジャケット・デザインであるから。
私は3枚とも持っていたけれど、どれかを手放そうと思った事は一度も無かった。
こんな作品は何度も出来るものではない。

その後、彼がECMに録音した際にもジャーナル・ヴィオローネというタイトルを踏襲しているので、この作品が余程、心に来るものがあったに違いない。
ベースと言わずにヴィオローネと言った所にこそ、かれの低音弦楽器への思いがあるのだろう。

2014/03/20

ここ2・3日急に暖かくなった。
そうしたらあちこちで梅が咲いている。
新宿あたりの家々でも梅の木を植えていて、春が来た様子が伝わって嬉しくなって散歩をした。
それが、今日は雨が降っている。
なんだかなあ。


神の試練 冷たき雨や 梅の花

御茶ノ水・神保町
2014/03/19

暇続きで、レコード屋めぐり。
今日は御茶ノ水方面。
知合いの店を2・3軒廻って、好調の様子を横目で見ながら羨ましいと思って、その帰りに神保町の辺りに行き、ジャズ喫茶にでも寄ろうと思ったのだが、店の場所が分からなくてそのまま帰って来しまった。
ジャズ喫茶はまた次回。

神保町に行くとワクワクする。
本が好きだからでもあるが、上京した18才の時、先輩に教えられて古本屋巡りをした。
延々と本屋が連なる街並みの迫力に引き込まれ、ここの古本屋街が大好きになった。
何しろ古本屋一軒を出て、隣の本屋に入り、また次の店と留まるところを知らない、この古本屋迫力。
図書館は返さなくてはならないので面倒だけど、古本屋は安いし、面白いし。
ジャズの本もここで買った。
古本屋は当時、東京中あちこちにあった。
味も素っ気もない大手のブックオフなどと違う。
特に住んでいた吉祥寺の南口にあった古本屋さんは、沢山買うと、学生だからお金が掛かると大変だからと、いっぱい負けてくれた。

それで図書館に行くつもりで、古本を買って歩いた。
急に話が変わってしまうが、最初は図書館にも行った。
しかし、東京の図書館は何処へ行っても受験生が席を占めていて、そういう人達が、「シー」と偉そうに受験勉強をしている姿を見て、東京の図書館という場所は本が好きな人や、調べ物をする人が来る場所ではないと知った。
図書館で受験勉強という概念が無かったので、正直ほんとうに驚いた。
それ以来、余程の調べものでもないと図書館には行かない。
本は好きだが、図書館が嫌いという感じである。
今も受験生でいっぱいだろうか。
そのままのイメージで今に至る。

古本屋に戻って、神保町の古本屋こそ、東京の文化の底力だと思っていた。
それが最近は本屋の数も減って、迫力が無くなった。
古本屋とレコード屋はどちらもセカンド・ハンズの媒体を扱う訳で、近い所がある。
それが、古本屋が衰退するという事は我々も同じ状況にあるわけで、なんともやり切れない。
まあ、時代ということで。

お彼岸
2014/03/18

今日は彼岸の入り。
小田急百貨店で牡丹餅を買ってきた。
和菓子屋のは小さいので、一度に二つ食べる。

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