HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

ニッカ・ウヰスキー
2014/06/03

昨日、夜遅く帰ってテレビを付けたら、ニッカのコマーシャルをやっていて、CM嫌いの私だが、思わず見ってしまった。

出演は伊勢谷さんとかいう以前、白洲次郎を演じた人かな?

CMにはニッカの余市工場が出て来る。
ここは、もしウイスキーの工場見学に行くとしたら、断トツに素晴らしい場所である。

何より、何気に売ってくれる、樽から汲んだ、量り売りのウイスキー。
最長は20年ものである。
もちろん高額であるが、ここ以外に、我々素人が購入することができる事など考えられない。

よくシングル・モルトという言い方があるが、シングル・モルトというのは、その工場内でのブレンドのことである。
もちろん悪いはずはないが、マニアックに言うならば、更に興味深い所があって、それは樽から汲んだもの、すなわち、「シングル・バレル」である。
それを購入出来る事、それも世界トップ・クラスの20年物など購入できる事はありえない。

むかし、フィリピンのマルコス大統領が逃げ出した直後に、邸宅にカメラが入り、イメルダの靴のコレクションと共に、手書きラベルのウイスキーのコレクションがテレビ画面に映し出された。
本当の権力者の凄さに、洋酒通がため息を突いたと言われた事があったが、それらの中に入れてオカシクない、ウイスキーなのである。

余市では以前、25年物も売ってくれたが、どこかのビール会社に吸収されてしまったからかどうかは知らないが、現在は20年物が最長である。
25年物は確か20年物の倍の価格だった記憶がある。
もし30年物があったとして、またその倍という事になる。

金額の高さと共に、気が遠くなるほどの素晴らしさ。
CMに説得力があった。

CHICO HAMILTON “THE BEST OF….”
2014/06/01

CHICO HAMILTON “THE BEST OF….” IMPULSE A-9174 (USA)

このレコードは、新入荷ではない。
沢山売れたアルバムなので、巷に溢れている商品である。
私も店の棚の下に入れていて、暇な時に、息抜きなどで時々聴く。
ベスト盤かという感じで軽く扱っていた。
この辺りの作品について、うん蓄もどうかと思うし、興味津々という事もないし。

ところで、先日、歌舞伎町のジャズ喫茶「ナルシス」に行った時、ママさんが、こんなの知ってるよね、と掛けてくれた。それがB面の最後の曲で、ラリー・コリエル(LARRY CORYELL)のギターが渋くてブルージーでしびれてしまった。場所が変わると、音楽も変わる。
そうやってジャズの再発見はあるというわけ。
場所が変わったり、一緒の聴く人が変わったりすることは非常に重要。
それで見直して、B面ばかり余計に聴いている。
だけど、ガボール・サボ(GABOR SZABO)のギターの雰囲気も何とも言えない不思議なアーシーな感じがあって、これもまた良い。

今朝は、12時の開店に3分遅れたら店の前に、なんとサーストン・ムーア(THURSTON MOORE)が、待っていて、「待たせたな!」と笑いながら言っていたが、きっと怒っていたのかもしれない。
それで、慌てて店を開けてなんだかんだと試聴などしていて、ちょっと間が開いたので、このベスト盤を掛けたら、メンバーの皆が、このギターカッコ良いじゃんとなって、喧々諤々。
こんなレコードがあったのかと感心していた。

そうしたら、2時間後にポール・ニルセン・ラブ(PAAL NILSEN-LOVE)が入って来たので、私が、さっきサーストンが帰ったばかりだと言ったら、残念がっていた。
そして、「彼はレコードをいっぱい買ったか?」と興味ありそうに聞いて、ニヤッと笑っていた。
さっき、昼食を食べていたのんびりしていたのがいけなかったと悔やんでいた。
その間もこのレコードを掛けていて、やっぱり音楽家がこういうのに、パッと目が行く、いや違った耳が行くのだな。

という事があって、又このレコードが好きになってしまった。
これは売らなくても良いか?
売ったって安いし。

タクシー
2014/05/31

最近、車で走っていて、タクシーのマナーの悪さにはちょっと頭に来てしまった。

狭い通りでタクシーが来たので手を挙げたら、目が合ったその瞬間、「回送」に変えて走り去った。
失礼なヤツ。
ナンバーを見たら43−41だった、あれ、覚えていたんだオレ。

今日も右折信号に変わったので行こうと思ったら、タクシーがバンバン来て、前にいた一台だけが右折していく事が出来ただけで、私はそのままステイ。
オマケにそういうタクシーは空車。なんだかなあ。
新宿はそんな事が多々ある。

駐車していて、狭くなっている左側車線から無理やりに入ってくるタクシー。
大きな交差点のど真ん中で客を乗降させるタクシー。
急に車線変更するタクシー。

ちょっと前に、右折したタクシーが直進で来たバイクをハネた現場を見てしまった。
どう見てもタクシーが焦り過ぎ。

タクシーはいわばプロ。そのプロが素人衆以下の運転では恥ずかしい。
おまけに消費税が値上げに便乗して、料金も上がった、少しどころではなく、結構な金額になった。
そんな事で、客の信頼を得られると思っているのか?
しっかりしろ!
と怒っているのだが、怒っても仕方ないのだ、本当は。

テスト盤
2014/05/30

ある人が、某レコード屋で購入したビル・エヴァンスの超有名レコード、ワルツ・フォー・デビー」。
テスト盤だと表示があって25万円で購入したら、只のサンプル盤で、非常にがっかりしたと嘆いていた。
それも高額盤であった。

サンプルというのは、レコードを発売するに当たって、関係者・ラジオ局・ショップ・評論家などに配るためにプレスした物で、基本的に初期のプレスではあるが、販売ルートに乗せないためのシールやスタンプ等があったり、ラベルに日本であれば「見本盤」「サンプル盤」と表示されている。
外国であれば「REVIEW」「PREVIEW」「SAMPLE」「PROMO.COPY」「PROMOTION」「DJ COPY」「FOR RADIO STATION」「DEMONSTRATION」「DEMO COPY」などとラベルに印刷やスタンプが押されていたりする。
単語を見ていれば、「送った先」の使用方法が何となく伝わってくるし、これらは、すべて営業的な意味合いを持っている事がわかる。
ラジオ局用はわざわざモノラルでカッティングし直してある。
また、サンプル盤は長年コレクターをやっていれば、珍しいけれども、時々出会う確率である。

それに対し「テスト盤」とは、そのままの意味で、企画段階のプレスでもあり数枚だけ作られる事が多いらしいが、基本的に真っ白なラベルで何も記載が無かったり、ジャケットすらもが無い事が多い。
あるいはレーベルではなく、プレス工場のラベルが張られていたりするもので、手書きでTESTと書かれていたりする。
日本の場合は白い無地のラベルでも、サンプル盤として通用するものがあるが、それも見れば解る。
テスト盤は時には、片面分しか音ミゾを刻んでいないものも多々ある。従って片面づつ2枚ないと聴くことが出来ない。
場合によっては、アセテート盤も出ることがある。
テスト盤というものは多分に社内(本人)でのみ試聴されるものである。
それらはショッパーなら見れば、(次いで聴けば)わかるはず。
特に有名盤であれば、テストとサンプルの違いは一目瞭然。
テスト盤というものは、そうそう出るものではない。

安価であれば良いが、高額になれば、間違って売ってしまって決して、まあ良いかで済ます事は出来ない。
コレクターに取って、大きな問題である。
また、その店が客の信頼を失ったとしても、私には関係がない。

しかし今回は、そのお客様は、それ以来レコードを買う気持ちが無くなってしまったそうだ。
当店に来たのも3か月ぶりであり、しかもレコードを買う気がなく淋しそうな様子で、お帰りになった。
そうなるとそのショップのしたことが原因で、業界全体の信頼を損ね、結果当店もまた、客を失った事になり、私も他人事では済まない。
たまたまの出来事と思いたい、悪意があったとは思いたくないが、やりきれない事であり、これからお互いに注意しないと。
十万円単位の6桁の金額のレコードを売るのであるから。

誰でもお金は欲しい、しかし、汚いのはダメだ。

CHARLES MINGUS “THE BLACK SAINT AND THE SINNER LADY”
2014/05/29

CHARLES MINGUS “THE BLACK SAINT AND THE SINNER LADY” IMPULSE A-35

さて、今回入荷のこのアルバム、どうのように語ったら良いのか、ちょっと困難な気がする。
いつものかわら版的な軽いいかがわしさで語るべきでもはなく、かといって真正面から向き合うほどの綿密さが私にはない。
これは、こまった、こまった、コマドリ姉妹。
というわけで、一日置いてしまった。
ただ、おいて置いた訳ではない。一生懸命に聴いていたのだが。

何故、困ったというと、このアルバムは、ミンガスのベースを聴くためのアルバムでもない。
また、ミュージシャン個々のテクニックだの、サウンドだの、グダグラと語るアルバムでもない。
言って見れば、ミンガスの音楽性について耳を傾け、聴くための作品という事になる。
であるから、昔の評論家の書いた通りに、右ならって傑作と言って終わりにしてしまって、良いのか。
本当はエラい駄作かも知れないではないか。
ちょっと聞くと確かに大作に聴こえる、凄い方が作られた立派な作品とも聴こえる、それが有名なミンガスさんの作品だ、それならやっぱり傑作だ。
という流れでいいのか?と考えていたわけ。

そう思って良くジャケットを見ていると、タイトルからしてオカシイ。
黒い聖者と罪あるレディーとある、分かりやすく言えば、「黒い聖人と売春婦」という事。
この作品の生まれた63年当時、まだ人種差別の真っただ中、どういう意味合いなのか、色々解釈はあったが、私には、正直なんとも言いかねる。
売春婦と黒人の牧師が仲良くしたのか、喧嘩したのか、説教したのか、ただ単に、眺めていたのか、解らない。
しかし、なんだか怖いシーンであるような気がする。

そもそもこの作品、ミンガスによって作られたのだが、バレーの組曲の作品という成り立ちである。
だが、そのバレーがあったかどうかも良く分からない。
組曲は6つに構成されていて、それぞれ副題がある。
見よ!とか、聴け!とか、自由!とか、変革!とか、戦い!とか、愛!とか、感情!などと言う単語がいっぱい出て来るのだが、いつものアメリカにありがちな、ドラマチックさを煽ったタイトルである。
深い意味を探したが、私には良く分からなかった。

それで、良く聴くと、この作品は誰かと共通点があるぞと、ずっと考えていて、夕方になってふと気づいた。
これはデューク・エリントンではないか。
エリントンの音楽手法が、黒人の意識を持って作られた、黒人の魂や心が音楽に現されると、やっぱりこうなるとのだろうと思った。
ミンガスもエリントンの音楽、特に組曲の流れには注目していたに違いない。
何と言っても、62年にマックス・ローチとエリントンとの3人で吹きこんだあの作品「MONEY JUNGLE 」での、共演した際に、嫌と言うほどの音楽の組み立て方を直接体感しているわけで、その辺りが大きかったのではないか。
勿論ミンガスとて、ジャズに於いてはエリントンと肩を並べる人材であるわけで、影響などと言えるものはないが、メロディーの流れとか効果については、共通性を認めない訳には行かない。
ただ、我々の次元の話ではなく、黒人音楽の流れの中の話であるので、ちょっと視点を変えた方が良いとおもう。

そんな共通点が解っただけでも、今一度聴いて良かった。
書こうと思って、聴かなければ、そのまま素通りするところだった。

この作品は、聴くとずしっと来る重みがあって、今もリスナーに支持されるかというと、多分そんなに受ける事はないかもしれないが、ミンガスのジャズの一つの到達点であったことは間違いない。

凄い作品である。
もっと経ってあと50年もすると、凄い評価のされ方をするような気がする。

モノづくり...
2014/05/27

電気製品のメ−カーで働いている、知合いのブログ。

「我々の仕事はモノづくり。今までになかったものを造る仕事 。
真似をしたくても 真似るものなどどこにもない
自分たちで考えなくてはならない。
とにかく世界初 日本初 業界初 クリエイティブな仕事でもある。
とにかく 動くことが大切。
できない言い訳をするのではなく、できるための知恵を働かせる事と前向きな姿勢が大切。
動かない理由をごねて 何もやろうとしない人に モノづくり業界での未来はない。」
と、彼のブログは、そう言って部下の、仕事の範囲を勝手に決めて働かない人に、怒っていた。


いや、いや、モノづくり。
グッド・サウンド!良い響きである。
日本を築いて来た、素晴しい仕事である。

1543年、ポルトガルから種子島に鉄砲伝来を受けて、即真似て作りだした、我々の祖先たちの工業力は自慢できる。
そちろん、それにはスパイとして情報を盗みだす苦労もあった。
しかし、以後日本各地に置いて、特長を生かした火縄銃が生まれるのである。
欧州各国は、植民地化する手段として、キリスト教と、鉄砲を見せ、作る能力もない国々は、恐れおののくか、または買う事しかなく、そうして国の富をどんどん奪われてしまうのだが、日本はそれがなかった。
当時の最先端の工業製品を見て、真似て作ってしまうとは、思わなかったようで、大いに驚いたと聞いた。
それが植民地にならなかったひとつの原因でもある。
高校の時の、1543年が「以後予算で鉄砲つくり」で、1549年がキリスト教伝来が「以後よく広まるキリスト教」だから、この辺りは、よく覚えている。
年号の覚えた方の話はどうでもよかった。
モトエ。

今時の日本。テレビなどで見ていると、金持ちになり成功者として、功成り名を遂げた人達に、モノづくりの方々がいない事に気が付いていただろうか。
日本の経済はモノづくりの人たちが、リードしてきた。
しかし、ホリエモンという錬金術師がテレビに風雲児として拍手で迎えられて以来、社会の目標は直接的な「お金」のビジネスになった。
であるから、テレビに出演するビジネスマンは、IT、ゲーム、人材、金融、コンサル、飲食、芸能、そんな人ばかりになった。
偉そうに一言おっしゃる方々も、みなそういう良く分からない仕事の人達ばかりになった。
別に悪いとは言わない、でも、そういう仕事って他人のお金を横から掬い取って行く仕事で、やっぱり私にはすっきりしない。

日本人は世界に稀な優秀な国民だと思う。
やっぱりここは、今こそ「作って、売る」という、モノづくりで頑張って欲しい。
モノづくりの人たちが、大きな顔が出来る社会であって欲しい。
インダストリー無くして国家なし。

そう思う今日この頃。

チューインガムは...
2014/05/26

テレビを見ていると、ガムのコマーシャルが沢山あって、虫歯予防にまで効果があるような宣伝の仕方。
それを見ていて、では我々はなぜ歯磨きをしているのかと、ふと疑問に思った。
ヘソ曲りの所以である。
チューインガムを噛んでいれば虫歯にならない、であれば歯磨きなどいらないはず。
これは変だぞ、と思って歯医者にちょっと訊いてみた。

すると、ちょっと意外な話があった。
日本人の「歯の根」は短いのだそうだ、それに比較すると外人は日本人の倍の長さがあると。
外国で日本人の患者さんが治療を受けると、ドリルで穴を開けられていて、突き抜けてしまう事があって、あっちの先生が驚く事があるほどだと。
これは、これは、凄い事実ではないか。
要するに、日本人は歯で、ビール壜やらコーラ壜の栓等、抜いてはならないということである。
後から必ず影響が出るということであった。
そう言えば私の友人で歯が強いと自慢のヤツがいて、いつも歯で栓を抜いてくれていたが、今はボロボロ。
歯医者の先生に、60歳を過ぎて怒られたと言っていた。

では日本人が外人と同様に、ガムを噛んでいて問題はないか本題。
それはあるのだそうだ。
歯の根が短い分だけ負担が掛かるのは当たり前で、あまり食べない方が賢いのだそうだ。
「歯は噛めば、それだけ使っているわけで、使えば減るのは当たり前です」と強く言われてしまった。
「しっかり歯を磨いてね」だと。
それはそうだ、使えば減る。
歯は減っても、再生はない。

むかしから、日本人は人前でガムを噛んでいる姿を良しとしなかったのは、多分、こういう事を、昔の人が知っていたのではなかろうかと。
それをマナーとして教えていたのかとも、想像してしまった。

ガムの企業が力を持っていて、テレビのコマーシャルの力で、なんでも言いたい放題、やりたい放題。
そんな宣伝に乗せられたり、そういう企業に巻き込まれた歯医者さんのいう事を、まともに信用していてはイカン。

しかし、口が臭い私はガムが必需品なのだ。
どうしよう。

MARVIN PETERSON “IN CONCERT” CENTURY
2014/05/25

MARVIN PETERSON “IN CONCERT” CENTURY 32768 (USA)

非常に珍しいレコードの入荷。
マーヴィン・ピーターソンは通称「ハンニバル」と呼ばれ、日本のバブル期と。、彼の音楽の絶頂期が重なったのか、何度も来日したので、我々の世代のジャズ・ファンには非常に親しみのあるトランペッターであった。
何しろ「ハンニバル」というネーミングが良い。
我々の世代は、勉強は出来なくとも、特に社会・歴史に精通していた人たちが多いので、世界史の中における、その英雄さと悲劇性のある名前とダブって、親しみが、ひとしお違うものがある。
さて、そのハンニバルの初リーダーは1974年の「HANNIBAL」とジャケット上方に大きく書かれた自費出版のSUNRISE盤という事になっていて、当時、そのジャケットの独自性とメリハリのある新主流の、そのまた新主流という音楽を口コミで買って聴いた。
聴けば必ず友達に教えるという具合であった。
その後75年のMPSから発売された、例の、「象のブリキ人形」のジャケットがリリースされ、そのセンスと音楽性に大いに刺激されたのである。

さて、話は戻って。
彼の初リーダーは、実はSUNRISE盤ではなく、その前に、もう一枚自費制作盤があるという事が漏れ聞こえるようになり、それが意外にもジャズっぽくなくて、ちょくちょく、レア・グルーブ関連の紹介本に掲載され、やがて例によって、どこかは知らぬが再発され、一挙にその全貌が有名になった。
音源はあるので、聴こうと思えば簡単に入手は出来る、とは言え、オリジナル盤はそうは行かない。

何しろ、原盤は50枚しかプレスをしなかった曰くつきの盤。
一体、何枚現存しているのかは全くの暗闇の世界の話。
レーベルのセンチュリーというのは、当時全米に幾つもあってプレスをせっせと請け負っていた、レコード・サービス会社であろう。
そういう、はかない、一度切りのプレスで50枚となれば、そのレア度はコレクターなら想像出来よう。
そう、一生のうち一度見られるかどうかという話である。

そのレコードが今回のこのアルバムである。
幸いな事に、入荷したのである。
演奏は1968年、まだハンニバルと名乗っていない。
グループ名は「MARVIN PETERSON AND THE SOULMASTERS」と可愛らしい。
その通り、非常にソウルフルな演奏である。
しかし、彼の輝かしい将来を予感させる好演奏である。
ジャケットは、MARY LOU WILLIAMSのMPS盤「BLACK CHRIST… 」を連想させる手をモチーフにした写真。
彼女の作品は64年に初回が出て、そしてこれがでて、70年に入ってMPSとなっているので、多分、互いに影響したのではなかろうかと、私は想像する。
いかにも神というか、いくつもの手が、いや何人もの両手が上を向く、「求め」の心が伝わる。
彼がいかに強い欲求を持っていたかという事を明確に表現した、良いジャケットで、いつまでも見飽きない出来のよさ。
「銀」と「黒色」の地が重厚感を醸し出して素晴らしい。

しかし、これほどのマニア向けの、コレクターズ・アイテムもちょっと珍しい。


朝、出勤して来たら...
2014/05/25

朝、出勤して来たら、ビルのちょうど入り口、真ん前にゲロ。
あたり一面。
派手にやってくれた。

わざわざ、ビルの中まで入って来て、ガラス戸の前でやるとは迷惑千万。
大体、こんな別名ションベン・ビルと呼ばれる不潔なビルの入り口に、金稼ぎでロッカーなど設置するから余計に、陰が出来る。
陰が出来れば、しょんべんもすれば、ゲロもあるでよ。と言うのがオチ。

さて、今日は日曜日、このままではお掃除のお兄さんもお休みなら、管理人もお休み。
こんな日に限って、いつもいる、ビルの電気を消せとかどなっているジジイはいないもの、と相場は決まっている。

一日一善が私の目標だし、やるしかないかと、薬局にマスク、ゴム手袋を買ってくると、中国人が現場を見たらしく、ゲロに新聞紙一枚で隠して行った。
流石中国人、見えなきゃいいわな。
だけど、誰かが踏んづけて滑って転んだら、誰が責任取るんだ。

仕方なく、マスクにゴム手袋姿で、私は一人、ゲロに立ち向かった。
ネコのゲロだって、触っていると気持ち悪くなる私。
人間のその匂いは猫の比ではない。
こちらが吐きそうになって、ゲーッと喉の下まで込み上げてくるのを、何度もコラえながら。
拭き取って、あとは洗剤、「激落ち君」という水の洗浄剤で仕上げ。

一仕事が終わって、今日の仕事のすべてが終わった感じ。
今日は麺類は食べられない。

本当にムカツク話!

通販リストの更新予定
2014/05/24

通販リストの更新ですが、
今回は26日(月曜日)になります。

明日の更新はございません。

宜しくお願いいたします。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

 Copyright 2025 HAL'S All right reserved. Initial up at 2001