HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| アルテック スピーカーの箱820 | - 2014/09/04
- アルテック スピーカーのボックス「820A」を購入。
と言っても、私のは箱だけで、中のユニットが違う。
以前、友人宅で、裸のままで聴いたALTEC603Bという38センチの1948年に発表された古いフルレンジ。 その音質に、50年代のジャズのレコードを聴くのはこれだと思い、どうしても使いたくなった。 ところが、それに合うと思われるエンクロージャーが気に食わず、どうのこうのと半年以上グズグズしていると、しびれを切らした友人が倉庫に実は820というコーナー型のボックスがあると言う。 一辺が76センチ間口1メートル余り、高さ110センチの三角形の大型のもの。 本来収納されているユニットは803という38センチのダブル・ウーファーに高域用のドライバーとホーン。 要は有名なA7に、更にもう一つウーファーを下に加えダブル・ウーファーとし、家庭用の箱に入れたもの、と言えば解りやすいか。 したがって、中の3発とも形状はホーンになっている。
余りに大きいのだが、これのボックスを活用して、603Bを家庭で鳴らすためのシステムにする事として冒険をおかす事になった。 色々紆余曲折があって、最終的に決まったユニット。
低音部 ウーファー 803A 12Ω 中音部 フルレンジ 603B 8Ω 高音部 ドライバー EMILAR EA175−16 (500から15,000まで受持つ) ホーン EMILAR 800A ネットワークは820Aシステムのオリジナルのまま、N−800Dで、これが最も良かった。 いくつも試聴した結果、ネートワーックだけはオリジナルの初期の物にこだわった。
という、自己満足100%だが、決して他人様には奨められないであろうシステムの完成。 アンプはマッキントッシュのC−4とMC−30の、これまた古い50年代のプリとメインのモノラルアンプ。 それらを、3人がかりで運搬し、セットして音出しまで、ほぼ2日。 目的が、フルレンジ603Bを鳴らすための装置であるから、高音も低音も味付け程度にしてあるので、セッティングは面倒はない。 アマチュアなので、これ以上追及しない事、凝らない事と決めてある。
まだ何とも言えないが、兎に角高能率でボリュームは1メモリだけで堂々たる音が出る。 ちょっと油断すると、低音がこれでもかと出てしまうので、相当絞っている。 ボーカルの空気感が狙い通りで、気に入っている。 プレステージやブルーノートのシバルの音は、しっかり出るので、これも悪くはない。
音も面倒が無いように、とりあえずはモノラルひとつだが、コーナ型のスピーカーは一本だけでも部屋が音に包まれるので、全く違和感はない。
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| 一昨日のスピーカーの話で | - 2014/09/01
- 一昨日のスピーカーの話で、モノラルとステレオの過渡期に付いて考えていたら、どうしてもアルテックとJBLについて無視できなくなってしまった。
調べてみたら、店の棚に本があったので、ちょっと抜粋してみる。 「ジェームス・バロー・ランシング物語」実業の日本社
早い話が、ジェームス・B・ランシングの年譜で、彼に触れない訳には行かない。 1927年 ランシング・マニュファクチュアリング誕生 早い! 何しろ、1925年からオーディオの研究が始まったのであるからいかに早かったか。 彼はその前から、ラジオのスピーカーの研究である。 やがてトーキーの音響機器の設計の仕事が回ってくる。 1934年 MGMの劇場用音響システムで、芸術科学アケデミー賞の受賞。 そのシステムは2ウェイで、15インチのダブル・ウーファーと高音用のドライバー。 現在にもそのまま通用する、基本理念となっているのである。 1941年アルテック・ランシング・コーポレーション発足。 彼の開発で有名なものは 15インチ・フルレンジ604。15インチ・ウーファーの515、ドランバーの288。 これだけでも素晴らしい!実にいいスピーカーを残した。 しかし、アルテックの社長キャリントンとは考えの相違があり常に対立していたが、契約の関係上5年間アルテックを止めることができなかった。 1946年ついにランシング・サウンド・インコーポレーテッド設立。 アグレッシブが人だったのだ。 しかし、ランシング(Lansing)という商標がアルテック社に属する為、急きょ社名変更。 ジェームス・B・ランシング・サウンド・インコーポレーテッドとなった。 1945年に第二次大戦が終了、アメリカはこういう文化的研究が進んでいるわけで、こういう国に戦争して勝てるわけがない、といういつもの話になってしまう。 1947年 D101発表 これは自分が関わったアルテック515のコピーだったので前社とトラブルがあり生産中止。
同年、最新鋭の15インチ・フルレンジを発表それが、今も尚燦然と輝く、名器中の名器、D130である。 その系統で 12インチのD131、8インチのD208、と発表。 しかし開発と経営の才能は一致せず業績は伸びず、49年には負債が2万ドルに達した。今に直して3億円くらいか、その10倍くらいか? そして同年、会社の外で首つり自殺。 死後、会社は1万ドルの保険金を受けている。 1948年にはLPレコードの販売が始まっていて、もう少し我慢できなかったものかと想像して残念な気持ちになる。 なぜなら50年代、皮肉な事に彼の死後、徐々にハイファイに人々の関心は広がりを見せていた。
そこから先はマニア周知の事柄で、ランシング自身が関わった訳ではなく今更いう事はないが一応、2つの製品だけあげる。 1952年 ハーツフィールド。 1957年 パラゴン。特にこれはモノラルレコードを鳴らしてもステレオフォニックな音響効果があるようにという音響工学的なアイディアがある。 ハーツフィールドといい、パラゴンといい、単にエレクトロニクスの技術としてのみ考えず、生活の中における一つの時代の象徴とした所に音響をとらえ始めたのである。
しかし、D130は言うに及ばず、アルテックの604や515など、今聴いても心が躍り、当時のレコードの再生となると、現在の百万円台の高額のスピーカーなどよりも、不思議な事に、私などはずっと信頼を寄せることになる。
ジャズにハマれば、モダン・ジャズ全盛期の50年代のレコードやオーディオ機器を代表する物に興味が行くのは当然であり、また趣味という物は必ず歴史を遡る事であり、そのきっかけとなったりブームとなった物に惹かれるのは当然である。 当時のアンプやプレイヤーも同様で、併せて聴いてみたい逸品そろいである。
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| 趣味の道 | - 2014/08/31
- 私はジャズのレコードを聴く事が最初から楽しかったわけではない。
カッコ良いとは思ったが、何でも面白い訳ではなかった。 それではいけないと考えて、一生懸命に聴いた。 2年ほど経った時に、これは面白いな、カッコ良いな、と思うようになった。
店でそういう話をしていたら、同じ思いをしていた、お客様がいて驚いた。 そのお客様は、修業のようにジャズを聴き続け、それではいけないと考え、更に曲を覚えようと、また2年ばかりヴォーカルばかり聴いていたという。 好きでも無かったけど、と。 その結果、ある日急に道が開けた感じがしたそうだ。 それには、立派過ぎて感心してしまった。 であるから、彼はフリ−ジャズでも何でも聴く。
音楽など、なにも好きでないものを一生懸命に学習などしなくとも良いと思うのだが、我々のような昔の世代の人間は努力型だったのかと、改めて思う。 趣味でも遊びでもすべてが学習する世代なのだろうか。
私など、それが高じて遂にレコード屋にまでなった。 店をひらく際、尊敬されるジャズ喫茶の親父になろうか、はたまた嫌われ者のレコード屋の親父になるか考えた。 レコード屋の親父は、儲けやがってと言われるくらいが関の山で、尊敬された人はいないから。 それでお金だ、お金だ、と嫌われてもいいからと、儲かる方を選んだ。 それなのに、ああそれなのに、儲かっていない。 最悪だね。
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| コーナー型スピーカー | - 2014/08/30
- オーディオ仲間の家で、ちょうどヨーロッパのジャズを掛けていた時、友人が「やっぱりアメリカのカートリッジでは明るさが出てしまって、風情がなくなるね」と言って、ヨーロッパのカートリッジに取り換えた。
すると、すっとヨーロッパの哀愁が表現されて、二人でこれほどにスッと変わるのかね、と驚いた。 機械一つで音はガラッと変わる。
かく言う私も、スピーカーを替えてからは、ボーカルが良く鳴る様になり、歌の風情が感じられるようになったので、ボーカルばかり聴いている。 また、同時にピアノなどのきめ細かいニュアンスも出るようになり、毎日、新しい発見がある。 言ってみれば音楽家のしゃべりはしないが言葉の端々というのか、ジャズだからサウンドの端々に、ああ、そうだったのかと思える事が沢山出て来て、一人で感心している。 ベースのドーンという一音にもそうかと頷く事があり、リー・ワイリーの声の素敵なニュアンスさがようやく分かったり、ビリー・ホリデーのコロンビアの最後の方の録音で、この人はなんという良い声の持ち主だったのかと、跪きたい気持ちになる時さえある。 音楽家が演奏で言いたかったのは、こういうだったのかと、いちいち心に響く。 カートリッジひとつ、スピーカーひとつで、装置による音楽の表現の違いは恐ろしいほど変わるのである。
それで、その時、試聴に使用したスピーカーは大型のコーナー型で、イギリス製とアメリカ製のふたつ、両方とも50年代のものである。 と言う長いイントロがあって、ようやく今日の話。 話が長すぎるって、今日もお客様に指摘されたんだ。 いけねぇー。
コーナーデラックス。 モノラル時代の完成に近づいていた欧米では、各社それぞれ製品が出されていた。 バイタボックス、JBL、ALTEC等々、名器は数ある。 名器と呼ばれるだけに、たたずまいもりっぱで、大型の箱に入ったコーナー型である。 コーナーという点が実に感心させられる「ミソ」で、モノラルのスピーカーから出た音が左右の壁を利用してサウンドに広がりを感じさせる所が素晴らしい。モノラルでも、驚く事に音に包まれる感じになる所がよい。 音を聞いていると、すでにステレオ・サウンドに近い概念でモノラル・スピーカーを作っていたのだと驚く。 モノラルの時代に、そうとう良い製品は出ていて、当時すでに完成の域に達していたと思われる。 中には、工作が困難と思われるような折り曲げたホーンを有している装置もあって、出てくる音は、室内でピアノを弾いたかのように反響を意識したような、遅れて来る音まで出そうとしたかのような、奥行き感というのか、そういう音響を持っているのもある。 聴いていると、その先のステレオ音響まで見据えていた事が伺える。 当時の技術者が相当高い音響理念を持っていた事に驚く。 私はこういう一群の大型の製品をコーナー・デラックスと呼ぶことにしている。 現代のステレオとは別の次元である。
それなのにコーナー型の大型スピーカーが何故消えて行ったか。 考えて見れば簡単な事だった。
それは、自動車などと違って、スピーカーは一度購入すれば、そうそう壊れるものではない。 買い直しの必要がないという最大の欠点がある。 ゆえに企業は儲からない。 また高性能を目指した結果、高額になってしまったので、庶民に手が届かない。 それを一挙に解決したのが、1958年のステレオ録音の開始であった。 高額な一本のスピーカーに代わって、小型の箱を1セット(2個)購入すれば、あなたの部屋は、更に素晴らしいステレオフォニックという未来の音響が得られるという事になり、皆飛びつく。 企業は新規でかつ素晴らしいマーケットを獲得したのである。 それにより工業の歴史そのものの、コストの削減と安価な製品の大量生産。 絵に描いたように、ステレオ・ブームがあり。 音楽は各家庭に入り込んで行った。 それゆえに、我々も恩恵に与ったのであるが。
もちろん、マニアはそんな小さな箱に疑問を持ち、大型スピーカーを部屋に持ち込むのだが、マニアの事はまた別の次元である。
今になって、当時のコーナー型の音を聴くと、私には音を聴くのではなく、音楽を部屋で楽しむ事とはどういう事かと考えさせられる。 きっと娘がいて、ピアノの練習した事を、広い部屋で、夜、両親に聞かせている、そんな様子を再現しているスピーカー。 当時の空気がひしひしと伝わって来て、私は感動するのである。 今、聴くと非常に新鮮である。
ウエスタンのシステムも感動するところはあるが、ちょっと劇場的に過ぎて、私にはあまり家庭的な感じが無かったので、遠慮したい感じである。 元々四畳半的な趣味なので。
しかし遡って思うに、オマケに当時のアメリカ人など、いま言う所のあの廃盤の独特の音質のレコードを安価に購入出来た訳で、それを聞いていた人たちの耳が羨ましい。
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| 今月は | - 2014/08/29
- 今月は全然儲かっていない。
暑過ぎたせいか来客がすくなく、暇だった。
週末はお客様が来てくれないかな?
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| MICHEL PETRUCCIANI “MICHEL PETRUCCIANI” | - 2014/08/28
- MICHEL PETRUCCIANI “MICHEL PETRUCCIANI” OWL RECORDS 025 (FRANCE)
一昨日、本当はイタリア盤の「ESTATE」と一緒に書いてしまおうと思ったのだが生憎、手元に無かったので、書く事が出来なかった。 それが今日はちょうど入手したので、追加でこのアルバムの事。 いや、出来の良いアルバムである。 彼の作品中、ESTATEと共に決勝に残った2枚である。 どっちが上とか下とかの話ではなく、双璧という事。
ところで、このレーベル、OWL(アウル)という会社の作品は感心する事に、どれも出来が良い。 こうなるとフランスという国は、みんな音楽センスが良いのかな、と思い込んでしまう。 それほどのセンスの持ち主の社長なのである。 そういうレーベルからリリースされたアルバムは、当然出来は良い。 どういう風に良いかは、評論家、ネットに嫌と言う程出て来るので、説明は不要であろう。 一言でいうと、冒頭の彼のオリジナル曲から、次元の異なる人間の作った上質な音楽である。
話は変わって、このアルバムで忘れられない、当店の事件。 もう7・8年も前の話。 ある日、お客様がレコードを抱えて入ってきた。 袋を開けながら初老の男性は、大きな態度でこう言った。 「お宅で買ったレコードなんだけどね、返品したいんだよ」 見るとこのアルバム。
ところで彼はその少し前、アメリカのジャズばかり聴いていたが、ヨーロッパのジャズも聴きたいと試聴し大いに気に入って購入されたものだったが、それを返品したいという。 理由が、「このジャケットの写真が曲がっているんだよ」 「えっ!」 「曲がった写真使うわけない」 「そういうデザインです」 「あなたね、ごまかしていけないよ。フランスの一流レコード会社が、そんな斜めに曲がったのを、レコードにして売るわけない。そんなもん常識だろ」と社会の常識を強調して、なんども言い張る。 馬鹿真面目なジジイの発想の恐ろしさ。 自分のセンスに自信があるらしく、これが製品としての出来上がりだと言っても聞かない。 返品は簡単だけと、こういう状況になると、私もごめんなさいとは言えない。 そうこうしている内に。 「オレはね、プロに聞いたんだよ、紙がズレたのを貼ったと言ってたよ」 プロが出て来ちゃった。すごいプロがいるものだぞ。 待てよ、プロってだれだ? そういうプロが世の中にいる事に驚いたし興味津々。 私も一緒に説明を聴きにご一緒しましょう、と言うと、ウンと言わない。 そのプロに絶対に会わせたくないらしい。 それなら期限を付けようと考えた。 「では今から1週間以内に返品を受け付けます」 「なに言ってんだ。1週間だなんて決めるなよ。あんたが悪いんだから」 とにかく返品する事、そしてプロに調べてもらってから、再度あんたに謝らせると。 それから電話すると、その一点張りなの、面倒になってきた。 「今、返品でも良いすよ」と言ったが、とにかく、私に誤らせたい一心らしい。 それで、肩をいからせて、帰って行った。
その後電話は無いし来店はない。 何だかんだといいながら、結構気に入っているらしい。 でも、私は今でも結果を待っているのだが。 ミス・プリントのジャケットだとアドバイスしたプロという人の話は、もっと聞きたい。 このアルバムを見る度に、あの時の会話が思い出される。 一人で思わず、苦笑してしまう。 あの時、話などしないでハイハイと返品してしまえば良かったな、とも思う。
さて、それにしても出来の良いピアノ・トリオである。 JENNY CLARKのベースもいい、ALDO ROMANOのドラムのイカシてる事。 ピアノだけが良いから、良い演奏という事では無い。 これほどにも揃いも揃って、良い演奏が行われる事は稀である。 3人とも常人と思われないバイブレーションを感じながら演奏したに違いない。
このアルバムは、いつも自分で買いたい衝動に駆られる、レコード屋として拙い状況になるのである。
しかし思うのだが、どの評論家の文章も、素人も含めたブログも、必ずペトルチアーニの身体の事を上げているのだが、音楽に如何なる身体も関係は無い! 音楽は聴こえてくる音だけがすべてである。
(後日) 知り合いからの指摘で、当アルバムは表だけでなく、裏ジャケもまた曲がっているので、安心して下さい、との事であった。
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| カートリッジの事 | - 2014/08/26
- 知合いがカートリッジの修理を頼みたいのだが、だれか知合いがいないかと言うことで、持って来てもらった。
見ればかつての名門「FR」社の製品。 それなら預かるということになった。 修理に来られたオーディオ・ファブさん、カートリッジを見るなり「おお、懐かしい私も設計した製品で思い入れがあります」と。
数日して、嬉しそうに修理が上がったと持って来てくれて、試聴しながら話を伺うと。
時代が進み、ステレオ・レコードの録音の帯域が広がり高音質対応が求められるようになったので、会社でも高域・低域共に対応を広げたカートリッジの開発の必要に迫られた。 それで、やってみるかと社長に言われて、設計に取り掛かったのだという。 忘れがたい作品となったとの事。 こういう物が修理で帰って来ると嬉しいらしい。 どうりで1週間で上がったのだと大笑い。
ところで、試聴をして思った事。 50年代の有名なモノラル盤などを掛けると、レコード自体の帯域が狭い、そのため、こういう新し目のカートリッジで掛けると、入っていない帯域の部分の音を拾ってしまうので、そこがサーフェスノイズとして出てしまう。 やはり、こういう物はステレオ時代、それも帯域が広がった高音質盤の為にある事がわかった。
思えば、当店から購入して帰ったお客様から、サーフェスノイズが出るとクレームが付く事があるのは、そういう事なのである。 傷があれば当然であるが、綺麗な盤でもシャーという音が、ジリジリと出ると言うのは、そういう事なのだ。
50年代のモノラルには、それなりのカートリッジを使用して頂きたい、と思うのである。 オーディオはそれなりに面倒である。 道楽とはそういう事で。
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| MICHEL PETRUCCIANI “ESTATE” | - 2014/08/25
- MICHEL PETRUCCIANI “ESTATE” RIVIERA RECORDS RVR-1 (ITALY)
ミシェル・ペトルチアーニの名演奏。 久々にオリジナルが入荷した。 なんとも、うれしいかぎり。
彼の作品として出来の良いのは沢山あるが、OWL盤と並んで好きな一枚。 かつては、よく聴いた。 特にこちらは、テレビ画面のようなジャケットが変わってしまったので、オリジナルはまず見ることがない。 どうしたって、根がオリジナル・マニアだから気になる。 気になると、それ以外の物は欲しくない。 所が、イタリアに行っても、そんな転がっているような不人気なアルバムではないので、見つけにくい。 厄介だのう。
このアルバムはイタリア製作なのだが、日本の某レコード店でもライナーを入れて直輸入盤として発売した事があるので、以前は時々目にすることがあったのだが、殆どが二度目のプレスであった記憶がある。 珍しいという話は置いといて。
曲はESTATEのような、いかにもイタリアらしい音楽性に富んだ名曲ばかりで、演奏は冷静で、知的な上に、なぜか情緒があって妙。 こういうのは良い。
ところで、彼の映画「情熱のピアニズム」を観ていないので断言はしないが、見に行った人から聞いた話。 スタインウェイだったと思うが、会社に行くことになった。 前日、プロデューサーだったか、彼も一応音楽は相当のレベルであるが、会社に先乗りしピアノが並んだ倉庫に案内してもらって、時間が掛かったりしては面倒だからと、気になるのを引いて廻り、一応これならイケルと思われる数台に目付けておいた。 さて翌日、倉庫に案内されてきた本人は入ってきた。 どれの前に座ると思いきや、いきなり一番入口に近い一台に座り、弾き出した。 ちょこっと弾いた後立ち上がったので、順番に触って見るのかと思いきや、いきなり遠くにある「あれがいい」と指差した。 奇しくも昨日プロデューサーが目を付けていた、もっとも良さそうな一台であった。 なぜか? これが良さそうだと思ったと。 私も絶句する。
しかし、こういうような話はいくつもある。 車の選択も幾つも並んでいる中で、乗りもしないで、いきなり「これ」というプロがいるという話も聞いた事がある。 オーディオの真空管を選ぶ時も、同じような話を聞いた事がある。
どうも達人になると、通常では理解出来ない、波動を感じるのであろうと思われる。 機械であっても出来の良い優秀な物は、かならず良いバイブレーション、波動が出ていると。 また、それを感じる能力がある。 ある領域に達した人にしか分からない話である。 しかし、無い話ではない。
そういう人達の音楽を聴いて、どうのこうのと言う我々凡人の愚かさよ。 考えれば、いやになるな。
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| 「でん六」の豆菓子 | - 2014/08/24
- 安売りのスーパー、ドキホーテに買い物に行った。
ところが目的外ではあるが見つけてしまった、好物の豆菓子「ポリッキー」。 営業用だと思われる、大きな袋。 こんなもの買ったら一年掛かっても食べきれない。
でも、買ってしまった。
淋しさにつけ、嬉しさにつけ、何だかんだと毎日食べている。 コレステロールに悪そう。 止めても身体が許さない。
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| MILES DAVIS “DIG” | - 2014/08/22
- MILES DAVIS “DIG” PRESTIGE 7012 (USA)
こんな良いアルバム入荷。 最近は良い状態のものは中々入荷がないので、こういう物が入るとレコード屋としては非常に嬉しい。 先月、4年ぶりにこれの良い状態のものが入荷した。その際日記に書こうと思っていた事があったのだが、値段を付けて入力している最中に売れてしまったので、何もせず仕舞いで、ちょっとガッカリしていたら、なぜか入荷。 ガッカリするのも可笑しい。 でもまた入荷して、ああ、良かった。
このレコードは、日本に入ってきたものは、セカンド・プレスの青いジャケットばかりだった。 たしか日本盤も、青いジャケットのものであった気がする。 だからモノクロの写真のオリジナル・ジャケットを見た時に腰を抜かすほど驚いた。 当時は情報が無かったから。
こうして見ると、オリジナル盤は風格を感じる。 素肌にコットンのジャケットを羽織っただけのマイルスの写真にも感動する。 この写真は、もう一枚のミュージングの横顔のショットだとすぐに分かるのだが。 写真の右側は半分は木目になっていて、そのゲレイの色合いが、まるでアメリカ製のJBLやALTECのスピーカー、それもスタジオ・モニターの箱を想像させてくれる。 そしてそこには、型板を赤い墨で刷ったような文字が並ぶ、「DIG」、「MILES」「DAVIS」「SONNY」「ROLLINS」と。 ジャズのアルバムの中には、常にこういうワードがちりばめられているぞと。
ちょっと野暮ったいというか、工業製品だぞと割り切った様子の所が、今となっては、じわっと伝わってくる重みがある。 アメリカだね。
このレコードは、我々には特に重要な作品でもあった。 それは、青春時代に読んだ晶文社のジャズの本「ジャズを生きる」副題が「ビバップの4人」という教科書的な本で、学校の勉強には消極的でも、ジャズの勉強として積極的に読んでいたものだ。
そこには、セシル・テイラー、オーネット・コールマン、ハービー・ニコルス、ジャッキ−・マクリーンの4人についてジャズ・ミュージシャンの典型として挙げられていた。 この本に書かれている事は私の原点にもなったし、当時の友達の顔は忘れても本の内容は今も忘れない。 今回の日記を書くにあたって、古本屋で探してきた。
ちょっと抜粋すると 「モダンジャズの古典のひとつとみなされるディグはマイルスがリーダーとなって出した最初のレコードの一つである。ディグはマイルスに取って突破口となった。 ディグによって、LPはジャズのものとなった。それにより初めてワンコーラス以上のソロが可能になり、それ以前よりもはるかにナイト・クラブでの演奏を再現できるようになったからだ。」
ここの「ディグによって、LPはジャズのものとなった」。ここの所は興奮する。 まるで、島崎藤村の「ついに新しき詩歌の時は来たりぬ」という、あの古い時代の詩歌が現代に変わる瞬間を目の当たりにしたかのような、興奮に陥る。 後追いの私でも、頭の血管がプッツンするほど興奮する。 これぞ本当の、興奮シマクラチヨコ。
そうそう「更に重要な事も含んでいて、ディグはマクリーンのレコード・デビューだったばかりでなく、ソニー・ロリンズとウォルター・ビショップのデビューを間近なものとした。」 もう、ワクワクしないか?
というわけで、何も考えなくて良い。 ジャズを聴いて長年すると、つい、みんな評論家になってしまう、そんな事をすれば欠点も探したり、論う(あげつらう)ことになる。 音楽を受け止めるという純正性からは遠のく。 評論家がマニアと違って、まともではない事に気が付くべきだ。
ジャケットの写真を眺めて、あの当時のニューヨークのクラブを想像したり、己のジャズを聴いていた青春時代を思い出したりするだけでよい。 音楽はただ、聴けばいいのだ。
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