HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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女子会?
2014/09/30

友人が電源ケーブルを改良して性能が一段とアップしたと。
それで集まって試聴会をやろうと。
そこにちょうど知り合いの女性が何かの用事で連絡が来たので、一緒に入らないかと訊いたら。

「それって女子会のようなもの?」
「まあ、お茶を飲んだり、話をしたり・・・・」と僕。
「女子会なのね。遠慮するわ。だってあたしは男子だからさ」って。
........。

俺たちなんなの。

DUKE ELLINGTON “MONEY JUNGLE”
2014/09/29

DUKE ELLINGTON “MONEY JUNGLE” SUPRAPHON SV-9022 (Czechoslovakia )

こんなアルバムのジャケット、長い事コレクターからレコード屋と、蛇の道じゃなくて、ジャズの道をやってきて、初めて見た。
ユナイテッド・アーティスト・レーベルから発売されている、あの名盤「MONEY JUNGLE」の旧チェコストバキアのスプラフォンという国営?レーベルから発売されたもの。
レコードのタイトルは記載が無くて、左からミンガス、下にエリントン、右にマックスローチと三人の名前が書かれている。
真ん中にエリントンの肖像画。
いいなあ、こんなジャケット。
ちょっとチープな感じも、今となっては素敵!

いや、びっくりした。



CHRIS CONNOR “AT THE VILLAGE GATE”
2014/09/28

CHRIS CONNOR “AT THE VILLAGE GATE” FM 300 (USA)

久しぶりのモノラル盤が入荷。音が良いしね。
こんなに良いライブのヴォーカル・アルバムも珍しい。
良いと言うのは、色々意味があって、このアルバムについては圧倒的にライブの臨場感と言おうか。
彼女のエンターテイメントの能力の高さと、歌の上手さが最も良く出た作品では無かろうかと思うのである。
特に雰囲気作りが素敵。
惚れてしまう。
私には彼女の作品の中でも、またヴォーカル作品の中でも大好きな部類に入る一枚である。

ところで、このアルバムは珍しい。
昔は時々見かける事はあったが、それもほとんどステレオ盤。
ステレオ盤で良いのだが、何故か、ちょっと音の作りが違う、ような気がする。
そのちょっと気になる所があって、モノ盤が好きだ。
まあ、それは個人的なオーディオ装置によるものなのであろう。

彼女は美人であることが最大の才能でもあるのだが....。
ベツレヘムに於いて54年のデビュー作「Chris Connor Sings Lullabys Of Birdland」は永遠の名作。
その後、数年でATLANTICレーベルに移籍、ここでも幾多の名盤を残す。
そして63年、当FMレーベルでの録音。
これは今までと違って、ライブ録音。
期待に違わず、ハスキーで、ジャズにぴったりな声はそのままに、観衆を前にして明るく振舞っていて、聴いていて、自分もライブの観衆の中にいるかのような錯覚にとらわれる。
時には笑いを取り、楽しそう。
元来の才能か、彼女のジャズ・ヴォーカルは本当に良い。
こんなショーなら何度見ても飽きない。
彼女の到達した芸の幅であろうか、ピークとも言える芸を聴く事が出来る。
それとも声の質がレコードに向いているのかしら、と思ってしまった。

ジャケットを見ると、表側はA面とリンクしていて、裏ジャケはB面とリンクしている。
凝った作り。
縮緬仕上げとはいわないが、それっぽいジャケットの紙質である。
ある意味、彼女のピークの記録かも知れない。
ライブ録音で臨場感が巧く出たアルバムは、聴いていて気持ちが良い。

新宿で野良猫(続)
2014/09/27

新宿で野良猫を見つけては眺めているうちに、ここで猫の面倒を見ている人に出会ったり、話をするようになった。
ここの縄張りは茶色、こっちの縄張りは縞、とか教えてくれ、ここの隣同士は仲が悪いなどという情報もある。
餌を上げに来たり、又捕まえて去勢手術を提携先の獣医さんに連れていく事などの活動をしている。
私など真似が出来ない人達がいるのだ。

実はこういう活動は、最近、東京だけでなく横浜、千葉にも広がっているようだ。
猫が嫌いで、野良猫反対の人たちのためにも、何とか共存できないかと、自費で活動している。
私の実家の青葉台のほうでも、ちゃんと活動してる方々がいる。

中には、餌代だけでも10万近くも負担している人もいる。
最近はNPOにして活動する話もあって、それぞれの区などでも、支援しても良いという所もあるらしい。
だが、新宿の場合は公園課という所があって、ここは猫に大反対で、へたをすると殺されてしまうと、嘆いていた。
確かに、公園の植物とのら猫は、相反する生物でもある。

だが徐々にではあるが、区も態度が変わってきてはいる。
以前見かけた、野良猫に餌を上げないで下さい、という新宿区の標識も、最近は猫を捨てないで下さい、という標識に変わった。
だが、近所の人の猫に対する反感は消えず、餌を置くなという反感も強い。
なんたって、駆除というのだから。
でも、餌を上げないと死んでしまう。

猫は元々、人間がネズミを捕るために、手なずけて傍に置くようになった動物で、人の近くで生活をしないと、生きていけない。
それが、薬が出来てネズミが減ったから、もう用が無い、猫よ死んでくれとは、私は言えない。
人の邪魔になったら消えろと言うのはどうも......。

新宿の子猫誕生
2014/09/26

新宿のゴールデン街近くの遊歩道を歩いていると黒と白のブチの子猫がいた。
この辺りに、久しぶりの子猫の誕生だ。
最近は野良にも去勢運動が広がっているので、子猫など中々見る事はない。

この辺りには元々、野良猫が多い。
ゴールデン街の飲み屋が多いので、残飯も多かったり、餌を上げたりしていたせいもあって、今に至る。
だが、住み着いた猫は、また可愛い。
それで、ここを通るたびに心配になり、猫は今日も元気かと気になって、猫の姿を探してしまう。

よくぞ生き延びたものだが、これから先が大変でカラスなどもいるので、油断はできない。
しばらく互いに見合っていたが、近くで見守っている母猫の方にいってしまって。
写真に取ろうとおもったのだが、携帯のカメラでは限界があって、シャッターも思った所で切れない。
残念。

ポーランドのジャケットの事
2014/09/25

昨日のジョン・チカイのレコードのところで、書こうと思ったのだが常日頃、話が脱線しすぎるので、止めた事がひとつあって...。

ポーランドのジャケットの事で、よく輸出用ジャケとか国内用ジャケなど、という言い方がある。
輸出用とよばれるものは、ジャケットに写真などが使われたりちゃんとデザインされて作られていて、裏には英語のライナーが記されている。
国内用は一般的に汎用ジャケットともよばれレコード会社の社内統一デザインのもの。
だとされている。

それで、昨日のジャケットの下の方を見ていたら書かれていた。
For free Catalogues write to :
ARS POLONA, KRAKOWSKIE PRZEDMIESCIE 7, WARSZAWA, POLAND

そうだったのだ、気に入ったらオーダーして下されば、フリー・カタログも送って差しあげますよ。
60年前半といえ、当時すでに外貨獲得でレコードを自由主義国に売る事も働き掛けていたのだ。
せっせと輸出用に体裁の良いのをつくっていたのである。
という証拠であった。

また、私の経験で恐縮だが。
昔はヨーロッパに行くには、アンカレッジ経由が花型であった頃、ついにモスクワ経由が飛び始めた。
それで、私も旅行会社にいたので、乗って見た。
モスクワの空港に降りて、ショップをブラブラしながら、ロシア盤のレコードがあったので、パラパラと見ていると、オバサンが来て、どんなジャンルの音楽が好きなのかという。
ジャズだと言うと、こっちはジャズ、あっちはクラシックと説明してくれた。
薄い粗悪な紙質で、いわゆるペラ・ジャケというあれで、何となく買う気にならなかった記憶がある。
だって、私の近くにゴツイ小機関銃を構えた兵士が、両足を開いて。こっちを睨んでいたから。
それが女兵士で、美人で可愛かったので、余計に不自然であった。

今になって思えば惜しかった気もする、ひょっとするとフルトベングラーのメロディア盤のオリジナルが混ざっていたかもしれないのに。

JORGEN LETH QUINTET(JOHN TCHICAI
2014/09/24

JORGEN LETH QUINTET(JOHN TCHICAI) – IGOR CAPLINSKY “JAZZ JAMBOREE 1962 VOL.4”
10インチ盤 (POLAND)

さても、珍しい名盤である。
1962年のポーランドで開催されていたジャズ・フェスティバルの録音とされていて、このアルバムには二つのグループの演奏が収められている。

一つはヨルゲン・レッス・クインテット、もう一方はイゴール・カピンスキーのギターカルテット。
演奏は両方とも素晴らしいが、本日の主役は、ジョン・チカイである。
名前が JOHN TSCHICAI と印刷されている。
ジャケットは珍しいオリジナル・ジャケで、左側にアフリカンな感じの彼がいる、ジャケットにJORGEN LETH QUINTETと書かれているので、メンバーを見てもそういう名前のミュージシャンはいない。
それもそのはず、ヨルゲン・レッスという人はデンマークのジャズ評論家で、その名前のバンド名なのだ。
ややこしいな。

チカイのアルトサックスが聴ける演奏は、ここでは2曲「Blue Monk」「Night in Tunisia」しかない。
しかし、最初期ながらすでにフリージャズ風なサウンドを聞く事が出来る。
こういう時期のフリージャズ前夜の演奏は本当に良いなあ。熱い!

メンバーを見ると、本人、MAX BRUEL(bs,ss), NIELS BRANSTED(p), BJORN ALKE(b), RUNE CARLSSON(dr)
と言う、その後のヨ−ロッパを背負って立ったプレイヤーばかりである。
どうもリーダーはマックス・ブルエルだったようで彼はバリトン、テナー、ソプラノと吹いている。
チカイは新人として参加したのだ。
その時の様子が、ちょうど裏のライナーが運よく英語で書かれている。ポーランド語は念力でも読めないから。

当日出演のこの二つのバンドは、フェスティバルの最後のほうだった。
特に彼らが出演したのは深夜1時であったと。
観客は疲れ切っていた。しかし、皆聴き入った。
その様子を観客の一人はこう言った「LAST BUT NOT LEAST」。ダジャレがうまいね。
最後だからと言って、どうでもよいバンドでは無かったと。
暗闇迫る深夜の一時! フェスティバルが依然として続いていて、そこになんとチカイのバンドが出演するなんて。
その状況を想像するだけで、オジサン興奮島倉千代子。
あの時、あの場所に行きたい。
モトエ。

62年のこの時の演奏が評判になったのか、彼はフリージャズの世界で猛烈に活躍をする。
63年にはArchie Sheppや Bill Dixon(tp)などと演奏し、歴史に残るグループNEW YORK CONTEMPORARY FIVEをSONETレーベルに残し、勢いを駆って、RUFUSをFONTANAに残す。
64年にはESPにNEW YORK ART QUARTET。
65年、なんとコルトレーンのASCENSIONにも登場する。
フリージャズな彼の才能の勢いはまだ続く。
オランダのフリージャズ・レーベルICPに2番と5番の重要作品に、ちゃんと名が残っているのである。
凄い。
当時、私も目を皿のようにして血なまこで情報を追い求め、目が千葉真一か。モトエ、
当時の無い情報の中、手探りのようにして一生懸命にレコード漁りをしたのである。
その時、先輩に「お前な知らないだろうが、最初の演奏はこれだから、買った方が良いぞ」と言われて購入したのが、このアルバムなのである。
確かその時のアルバムは汎用ジャケットに入っていた気がする。
その後、専用のこのデザインを見て買い替えた。

おもえば、私も真面目に一生懸命にジャズを聴いたのだ。
世界の片隅の私でさえ熱く聴き入ったという事は、考えれば幾多の演奏者たちが世界中で、熱気を持って何万、何十万という演奏をして来た、その結果、その記録なんだと思うと、心が熱くなる。
ジャズも一日にしてならず!

そうかもしれないが、一個人としてつくづく思えば。
これではサラリーマンとして、出世するはずもないわな。

今日は何の日
2014/09/23

今日は秋分の日。
そもそもの祝日の中で、戦前の祝祭日をそのまま、ではなく、呼び名を変えてまでも残したものは、紀元節
→建国記念日、春季皇霊祭→春分の日、秋季皇霊祭→秋分の日、天長節→文化の日、新嘗祭→勤労感謝の日、となって辛くも残ったというところである。
紀元節などは、戦後に一度廃案になった物を、紆余曲折あって昭和40年過ぎに復活劇があった。

私が若かった頃、すなわち親や祖父母が生きていた頃であるが、祖母など、明日は紀元節だとか新嘗祭などといっていて、勤労感謝の日!などと言うと、それは違うときつく言われたのである。
私も高校生になるとちょっと左翼めいて来ており、そういう祖母の言い方に諦めと供に大いに不満があった。
なぜに過去の悪しき習慣を引き継ぐのかと。
まあ、共産主義において神も仏も認められるものではないわな。

また20年も前の事であるが、当時、義父が「今日は天長節だ」等と言いながら国旗を立てていた事が思い出される。
といっても近所で祝日に国旗を揚げるのは、ざっと見渡して2・3軒しかなかった。
通りがかりのお年寄りが「いつも上げてくれてありがとう。でもウチでは上げようとすると息子たちに止められるんでね」等と不満を言っていたから、まあそういう社会になっていたのだ。
今、新宿の住宅街を歩いても国旗など、正月でさえ絶対に見る事はない。
それなのに、カボチャの飾りだの、クリスマスなどと飾りまくっていて、オジサン胸糞が悪くなる。
まあ、国旗など下手に揚げれば、右翼だと警察にマークされるだけの事らしいからな。
それは置いといて。

しかし、思えば、仏教的な極楽浄土、彼岸の思想を祝日にした事は、政教分離をうたった近代日本において、非常に不思議というか、禁止したはずの宗教的な行事を政令によって祝日とした事は、良くぞ残ったと、今となっては感心する。
せっかくの祝日に、家族そろって、あるいは御祖父ちゃん、お祖母ちゃんをお墓参りに連れて行ってあげる、または親戚のお年寄りが集まって先祖の墓に参るという、心が洗われる行いが出来ると祝日と言う素晴らしさ。

お蔭で首都圏周辺の道路と言う道路は、車が混み合い、今日と言う日だけは、絶対に車で出かけるもんかと学習している日でもある。

しかし、春分の日や秋分日は花を持った人たちが行きかう、何となく、ほんのりとした街の風情が感じられる祝日でもある。

PUCHO & THE LATIN SOUL BROTHERS “TOUGH!”
2014/09/22

PUCHO & THE LATIN SOUL BROTHERS “TOUGH!” PRESTIGE 7471 (USA)

なかなか、いかしているアルバムの入荷。
ジャズとはいかないが、ラテン・ジャズとして、大変な実力の持ち主であることが伝わる。

PUCHOの事はジャズの世界においては、ほとんど表に出て来る事はない。
しかし、プレステージのディスコグラフィーを眺めていると、Richard "Groove" Holmes、 Don Patterson,  Johnny Hammond Smith,等とともに、ソウル、ラテン、ファンク等のジャンルとして非常に大きくフィーチャーされている事が理解できる。
同社の60年代から70年代初めの、稼ぎ頭だったのだな。
その中でもソウル、ファンク系は良く入荷もするので、私も当たり前のように聴いていた。
しかし、今回のPUCHOはラテンなので、ほとんど縁が無い。

今回、たまたま入荷したこのアルバム、ジャケットは古いアパートの前に立ち、強面の鋭い目つきのお兄さん、って彼なのだが、赤いシャツの上に黒の上下を来て、ポケットに無造作に手を突っ込んでいる。
ニューヨークの片隅で俺たちは生まれたんだぜ!だが、今の俺の音楽を聴け!と言っている。
それで、聴かせていただくという事にして、耳を傾けると、冒頭の曲などなんとも素晴らしい。
管楽器はジャズとしてカッコ良いし、リズムはラテンとジャズが入り混じって尚快活。
演奏は良い!
それに録音はまだ、ヴァン・ゲルダーが行っているので、音質も良好でメリハリがある。
これは良い。

他のレコードも買おうかなと思い、ちょっとネットを調べて見ると、なんと同様にプレステージで作られた「JUNGLE FIRE」(PR7765)というライオンのジャケットのアルバムなどは海外のネットオークションで何百ドルもする高額盤。
そうだったのか、そこまで人気の人だったのかと驚いた。

というわけで、PUCHOのアルバム。
このアルバムが彼の初リーダーなのだろうか。
故にか、スタンダード曲が多く、演奏のテクニックの良さと相俟って楽しく聴く事が出来る。
ラテン曲はもちろん、「And I love her」等のビートルズ・ナンバーもストレートに演奏していて、これも好感が持てる。
ビートルズ・ナンバーって皆意外に崩し過ぎていて気持ち悪い演奏が多いものだから。
いや、珍しい拾い物。

60年代に一時チック・コリアも在籍したらしい、ラテン音楽では高水準のバンドだったとは。
成程納得。

ラテン・ジャズの好きな方にお薦めしたいが、そういう方々には、何を寝ぼけた事を言っているのか、と怒られるに決まっている。

朝日新聞謝罪
2014/09/21

朝日新聞の捏造報道の謝罪があった。
心からの謝罪という様子はあまり伝わってこなかったが。

今回の謝罪が「吉田」問題となっていて、原発の吉田所長の「吉田調書」と従軍慰安婦捏造の記事を作り上げた吉田の「吉田証言」が同じ苗字だったので、何となく「吉田」一人にして逃げ切りたいという思いは、良く伝わった。
おまけに、その発端が池上彰氏の批判がきっかけであり、社長自らの気持ちでも無かったらしい。
ともあれ社長の謝罪となったのだが、テレビを見ていて私は清潔感を感じる事はなかった。

吉田調書の捏造記事であの日、福島の原発事故現場から、社員が逃げ出したと愉快そうに書いた意図はいったい何だったか?
また、吉田証言を利用し従軍慰安婦問題をでっち上げ、国家間の謝罪という国際的にありえない最悪の事態を作り上げ、日本という国や日本人が、世界中で信用を損ねた事の意味は一体何だったのか?
私もヨーロッパで慰安婦問題を指摘されて「日本人は悪いヤツだ」と言われた事もある。
非常にショックであった。
日本にしか居ない日本人には絶対に理解できない事である。

そういう日本人を辱める事が、新聞社の社員にとってどのくらい重要で、誇らしい事だったのか、ちょっと興味がある。
一体そういう事が、彼らに取って自慢だったのだろうか?
日本人でありながら、あの新聞社の人たちは、日本が世界中で嫌われたり叩かれる事を望んでいたのであろうか。
まあ、そういう事なのだろう。

そういうのって、左翼とも違うと思うのだが。
私も左翼の事は分かると思っていたのだが、今の左翼とは、そういうものなのか?
まるで愉快犯と同様で何ら変わる事がない。
そういう新聞社の社員が全員、川向うの工作員とも思えてしまう。

考えると、今の時代が良く分からない。

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