HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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朝のコーヒー屋で..
2014/10/20

朝、コーヒー屋でしょっちゅう会う人の中に、70代後半の人がいる。
その方は、満州引き上げの経験を持つ。
それで、どうい話の流れかその話になった。

敗戦があって家族で引上げる事になった。
父親は戦争で亡くなっていたので、母親と10歳くらいの彼と、妹の3人だった。
貨車に乗せられて難民を乗せた汽車が動く。
その途中、もちろん食べる物などなく、飢えは厳しい。
ある時、偶然にリンゴを一個手に入れた。

リンゴを手にした母親は一呼吸置いた。
3人で割って食べましょうと言うかと思っていたら、こう言った。

「お前一人で食べな」


その時10歳の彼は思ったそうだ。
家族が3人死ぬより、たった一人でも生き残る選択をしたのだと。
この中で最も強そうで生き残るチャンスのある自分にくれたのだと。
家族3人の命を自分に賭けた事を。
弱っていた妹もまた、黙って私の方を見ていた、と。



ステレオ装置
2014/10/19

さっき友人から電話があって、そこで出た話題。

それは、彼が知合いのオーディオ導入の手伝いをした。
そこの主人は機械の事はあまり詳しくないが、音の好みがはっきりしていて、どうも風情がある音が好きなようで、数年掛かってセッティングがそっちの方向にいった。
出来上がった音を聞きに来た主人の友人が、それならばオレも同じ音が欲しいという事になり、同じ装置を買えば良いんだろうと、スピーカー、プレイヤー、アンプなど全く同じ装置を購入した。
しばらくしてあった時、どうしたかと訊くと、その結果が好ましくないらしく、「どうしても、あんたの家で聴いた風情ある音が出ない。そんなはずはない、何か仕掛けがあるんだろう」と怒っていると。

そういうものだね。
結局は、持ち主の音になるんだねオーディオは。
人生色々、音も色々、決して同じにはならない。
新しいか古いかは無関係ではないけれど、最終的には人であって、機械の問題でも無いという、この事実。
オーディオの趣味は実に厄介だ。

BLOSSOM DEARIE “ONCE UPON A SUMMERTIME”
2014/10/18

BLOSSOM DEARIE “ONCE UPON A SUMMERTIME” VERVE MGV-2111 (USA)

今日の入荷のアルバムの一枚は、意外に入手困難な一枚。
私も結構気に入っている。

ジャケットは、両手を軽く握って頬杖をついた、ポートレイト写真。
ブロンドの髪にキュートな顔立ち、片手にメガネが可笑しい。
そんな所が何故か、ちょっと子供っぽい感じに写る。
ジャケットには小鳥が八羽飛んでいる絵を書きこんでいる所も、余計に少女チックさが増す。
ホントにシュールなジャケットだこと。
しかし、よく見ると、彼女の顔は育ちの良さが滲み出た中に、良妻賢母風な意志の強さも感じさせる、素敵な顔立ち。
中々の良いキャクターである。

この人の事を、かつての評論家の中に「カマトト」と言った人がいる。
そこにケチを付けようと思い棚の本を探したが、既に売ってしまったらしく見つからなかった、残念だ。
それで、古いスイングジャーナルの記事を探していたら出て来た。
まず岩浪氏「キュートで粋で、アメリカ生まれだがパリのエスプリみたいなものを感じる。センスも良いし、音楽的にもすぐれている...」ありゃ!
青木啓氏「ナイショ話をする舌足らずの幼い女の子。そんな可愛らしさがある、その声はミルクを飲んだ子猫の声、それでいて大人のムード、カマトトと言う人もいるが.....。要は彼女はそういうパーソナリティと声の持ち主なのだ」
あれま! なんだ、私が云々する必要は全くなかったのだ。
それはそうだ、すでに何度言い尽くされたか分からない、ジャズのレコード。
今更、云々は後出しジャンケンと同じと、常日頃、自分で言っている通りだった。
なるほどなぁ。

しかし、このアルバムは出来が良い。
兎に角、彼女の間の良いピアノに感心している内に、すっかりペースに乗せられてしまい、A面冒頭の「Tea for two」などは耳元でこの声で歌われると彼女に会いたくなってしまいそう。B面など「Teach me tonight」などいくつもの曲が気持ち良くなって、図らずも両面とも二度も聞きかえしてしまった。
試聴が鑑賞になってしまって、仕事にならない。
レイ・ブラウン(b)、マンデル・ロウ(g)なども、実に巧く支えるし、間が良いし、歌伴として申し分ない
聴いていて感じたのだが、このアルバムはまず、ピアノ・トリオの音楽を聴く事。
そのサウンドがしっかり耳に入ったら、トリオ演奏の上に乗った彼女の歌を聴くと、一層素晴らしさが伝わってくる。
レコードのサウンド作りも良くジャケットと共に、アルバムとして出来が良い。

しかし、個人の好みにケチを付ける気は毛頭ないが、こういう歌声を、今でもゲテモノとして避けるのは、ちょっともったいない。

ETHEL ENNIS “LULLABIES FOR LOSERS”
2014/10/17

ETHEL ENNIS “LULLABIES FOR LOSERS” JUBILEE LP-1021 (USA)

ちょっと面白いアルバムの入荷。
それもちょっと惜しいアルバムでもある。
それもそのはず、例の紫色の横顔のジャケットのセカンド・プレスなのである。

しかし、只のセカンド・プレスにあらず。
まず、ラベルを見るとピンク色。これはオリジナルと同じラベルなので、嬉しい。
という事は、最初のスタンパーをそのまま使用したものであるから、サーフェスノイズも無く音質も良い。
ノイズも無く、十分彼女の名唱を楽しめた。

ジャケットの写真は、海辺の街であろうか、シーズンオフの時期か店の窓と言う窓は皆閉ざされて殺風景。
海辺の冬の景色は物悲しいもの。
そこにどこから来たのか、マントに身を包んだうら若き女性が一人。
路地に立ち尽くすその姿は洗練され、足元は高いハイヒール、きっと都会から来たのであろう。
タイトルからして失恋した美女の傷心の姿そのもの。
こういうジャケットも悪くない。

歌もジャケットも風情があって。


   

DINO PIANA “COSI CON DINO PIANA”
2014/10/16

DINO PIANA “COSI CON DINO PIANA” RECORDI MRL6020 (ITALY)

さて、さて、非常なレア盤。
入荷は本当に久しぶりである。

このアルバムの主人公はディノ・ピアーナ(DINO PIANA)というイタリアのトロンボーン奏者である。
ジャケットタイトルは今風に言えば「おれ流ディノ・ピアーナ」とでも言おうか。
写真には、マイクに向かってバルブ・トロンボーンを吹いている、横から見たショットが載っている。
写真の周囲は黄色がかったグレイの生地で、なかなかイカスジャケットである。

彼は一度、イタリアのDJで有名なパオロ・スコッティがプロデュースした作品「IDEA6 METROPOLI」の中にジャンニ・バッソと共に参加して、良いプレイを聞かせてくれている。
また、日本のジャズDJ第一人者の須永辰緒氏などの招聘で来日もし、高年齢にも関わらず、観客を楽しませてくれているので、日本の若いリスナーにも結構名が知られている。
その彼の作ったの数少ない作品でもあり、彼の代表作品である。
あるというより、LPの作品としては、これしかないと言っても過言ではない。
サイドメンとしては多くの作品に名を連ねているので、もっとリーダー作があっても良かったと思うのだが、こればっかりは仕方がない。
なにしろ、彼のトロンボーンは個人的に大好きである。

そもそも、いうなればトロンボーンという楽器の特徴でもあるのでどうしようもないが、何かモサモサ下感じで、茫洋とした音色で、それがメロディーを奏でても、さっぱり要領を得ない感じになってしまう。
従って、トロンボーンの名盤など指折り数えれば両手で足りてしまう、と口の悪い人が言う通り、反論は難しい。
その中で、彼の吹くトロンボーンはメロディも美しく、最後まで聴き切ってしまう心地良いサウンドで、アメリカのプレイヤーも含めて、鑑賞に耐える立派なトロンボーン作品のトップに揚げられる出来なのである。
詳しいマニアの方に、それはバルブ・トロンボーンなのだから当たり前だという方もいりが、いやいやそんなに簡単な問題ではない。
スライドであろうが、バルブであろうが、それぞれの長所も短所もあって、難しさは一長一短、傍目に見る程簡単ではなかろう。

このレコードだけはトロンボーン嫌いのマニアの人にも、時々探して来いと言われる通り、メリハリのある音で、リズム感の良さがあり、通のマニアの他に、クラブ・ジャズ系のファンにも結構受けた。
たしかに、A−4「Quarndo,quando,quando」などはトロンボーンでノる、ボサノバの良い曲である。

ところで、この「おれ流ディノ・ピアーナ」のメンバーは、RENATA SELLANI(p),GIORGIO AZZOLINI(b),FRANCO TONANI(d)と言った、イタリアのそれぞれの楽器を代表するメンバーによって構成されている。
メンバーと1962年という時代を読めば、自ずと内容の良さも理解出来ようというもの。

不思議な事に、このアルバムは再発もされておらず、そのレア度もあって、マニア垂涎盤のトップクラスの一枚である。
珍し過ぎて、知られていないのもちょっと残念な気もする。
こういうのが通好みの良いアルバムというのだが。

これも欲しいなあ。
お金があったらなぁ。




DON CHERRY 東宝レコード 2枚
2014/10/15

DON CHERRY “DON CHERRY” BYG(東宝レコード) YX-4012/3 (日本)
DON CHERRY “BLUE LAKE”  BYG(東宝レコード) YX-4022/3 (日本)

さても揃った、傑作珍盤、それも2枚一遍。長くレコード屋をやっていて良かった。
それも珍しい事に、ヨーロッパの某レーベル・オーナーのコレクションであったのを、逆輸入という事になった。
関係が無い訳ではないので、2枚一遍に紹介しよう。

ところで、このアルバムは2枚共、東宝レコードで発売された。
その時の発売レコードは、セシル・テイラー、ジョン・コルトレーンなどがある。
特にこのブルーレイクの方は来日記念盤として発売された。
という事で、レコードショップに並んでいる、レコードを本人が見てしまった。
さあ、怒ったのはドン・チェリー本人、「俺は日本での発売など聴いていないぞ」と。
さて焦った東宝は、即発売中止とした。
という噂が流れ、その後殆ど人目に付く事がないレア盤になったのである。
日本盤なのに、何故入手が困難なのかと大騒ぎになったのである。
訊く話によると、セシル・テイラーもまた怒ったと言う話もある。
どうもフランスのBYGが契約を結ぶ前に、日本側に売ってしまったらしいのだが、真相は良く分からない。

当店が店を開いた2000年当時は卵焼きのジャケットの方が、時々は出て来た。
その後は、ブルーレイクの方が時々出て来た。
今はどっちも見ない。
それもそのはずで、海外のコレクターの間でも非常に人気が高く、どんどん流出してしまったのだ。
それが今回のように、却って来る事もある。

さて、一枚目の方は、ジャケットの写真が何と卵焼き、そこに蟻が一匹たかっている、という大胆不適なデザイン。
正に、サルバドール・ダリが卵焼きの黄色が大好きで、目玉焼きをそのままスーツの胸ポケットに差して歩いたといわれるところの、目玉焼き。
良いデザインである。
2枚目のブルーレイクの方は、これまた宗教的でもありそうな硬質なデザイン。
不思議なアフリカンな極端なデザインである。
しかし、両方とも素敵なジャケットで、見ている内に良いなあ、良いなあと話している内に、私も欲しくなってしまう。

それもそのはず、演奏だってこの時期はとても充実している時期なのである。
その辺りをちょっとなぞると。彼は68・9年頃からのヨーロッパにいて、作品をリリースする。
MU PART1-PART.2  1969
Live In Ankara   1969
Human Music 1969
Don Cherry(当レコード)1971
Blue Lake (当レコード)1971
Organic Music 1971/2
Actions 1971
ジャズ史に残る重要作品ばかり、たったこれだけで如何に充実しているか理解できよう。
奥さんのモキ、新しい家族とのスエーデンでの生活の始まり、アルバムには彼女の作った刺繍の作品を使用、またアルバムには子供らも参加するなど、愛情にも恵まれ、公私ともに充実していた時期でもある。
そんな時期の作品は悪いはずもない。
いとも簡単に演奏している雰囲気さえ漂って来る。
なによりもブルーレイクに見られるようにアフリカやアラブの民族音楽などにも興味を示し、ダラー・ブランドとオカイ・テミスの曲に注目し、取り上げて演奏している。
今に繋がる国境なき演奏家達のハシリでもある。
ジャズはかつて民族音楽であったのが、進化を遂げ音楽芸術として認められるに至った。それをドン・チェリーが再び民族音楽と融合しようとした、不思議な親父なのである。

いや、日本も素晴らしいレコードを出していた物である。
今となっては、拍手喝采。
更に今回は帯付。

「目玉焼き」だけに、今回買付の「目玉」!

御あとがよろしくないかも。



(売れてしまいました。悪しからず)

ジャズの聴き方
2014/10/14

私たち年配者はジャズの聴き方と言う点に置いて、スイングジャーナルほど貢献した雑誌はない。
また、それは我々の耳をリードする点においても非常に大きな役割を果たした。

言って見れば、我々はあの雑誌の言うがままに教育、悪く言えば洗脳されていたのである。
それはそれで、今となっては、リードしていただいた方向性がそれほど間違っていた訳でもないので、善しとしよう。

ただ、聴き方について今つくづく考える事がある。
我々も、彼らのようにジャズに対峙した際の姿勢があまりに評論家を真似る事が普通であったのではなかったか。
要するに、あら捜しをするような聴き方ではなかったかという事。聴く行為があたかも音楽を「評価」する事がカッコ良いと思い込んでいたのではなかったか?
自分が評論文を書くかのように、あら捜し、批評といった観点から聴くのを、カッコ良いと思っていなかったか。
それは当時のジャズ評論家の地位が、我々マニアにとってあまりに高く、彼のようにありたいと思う気持ちがそうさせた。

私はレコード屋になって、正反対の聴き方をするようになった。
それは一生懸命に長所を見つけ出し、それをお客様に伝えようとする聴き方。
そういう聴き方を、多分マニアの方は商売しやがってと、小馬鹿にしているだろう。

しかし、敢て言うと、そういう聴き方をしたお蔭で、音楽から何かを嗅ぎ取ろうと姿勢でいなければならず、時には忍耐も持って聴き続ける事もある。
その結果、音楽の要素、例えば哀しみ、明るさ、楽しさ、風情、心地よさと言った「感情」の表現が如何に大切かと思い至った。
そんな事は当り前だと思っていた事が、実は哀しみにもさりげない中にも深い感情もああったりするのだ。
また、サウンドで聴かせる演奏家、メロディーで聴かせる演奏家。リズムの良い演奏家というかビート感の面白さ。ト−タルで上手くまとめあげる演奏家。センスの良い演奏家。
独創性のある演奏家、等々、いくらでも聴き方の方向性はある。

とにかく大切な事は、自分で「本物」のジャズのマニアであると言える人は、好意的な気持ちで対峙して頂きたいと、心から願う。
決してあら捜しから入るような、批評家になるなかれ。
アマチュアは永遠にアマチュアであれ。
私も今、聴くことに関して、素人で良かったと思う事が多々あるのである。

台風
2014/10/13

台風なので、早めに帰った。
しかし、歩いていると、確かに雨は強いものの、風が強い分けでもなくこれなら別に早く帰るほどの事も無かった。
と思ったものの、早く帰って、レコードを聴くことが出来る。
雨音が強いので、きっと周囲の家でも、ステレオの大きな音にも文句も言わないだろうと言う、浅はかな考え。


でも、まあ沢山聴くことができて良かった。


関口宏のテレビ番組
2014/10/12

日曜日の朝なので、ついTBSの関口宏の番組を見ていて、張本元プロ野球選手が出ていて思い出した。

昔、会社にいた時に、駄洒落や小話を言い合っていたので、私もひとつ作った。
小話を思い出すと。

「昨日ホームラン打ったの誰や」
「張本や」
「なんでや」
「張本人や」

と言ったら、お前は馬鹿だといわれた。
ほんまやな。

ほくほ栗
2014/10/11

私は、お昼は基本的に一人である。
それで昼食の後、口淋しくて何となく近くの小田急百貨店の食品売り場をぶらついて、その日の気分に合ったデザートを購入してしまう。
ただし、饅頭でもケーキでも一個だけ。
売り場の人に悪いので「一個だけど良いですか」と訊いてしまう。

そんな感じで、最近のお気に入りは「ほくほ栗」。
早い話が栗きんとん系の和菓子。
広島の「共楽堂」という菓子屋さんだという事を始めて知った。
だって看板の字が読めないんだもの。

栗の菓子と言えば、岐阜県中津川市の「すや」という菓子屋にトドメをさす。
秋になったら中央道を飛ばして、2・3度は買いに行きたい。
素朴な中に強さを秘めた古風な味わい。
人もこうあれ、と言われる気がする菓子である。

ところが、この「ほくほ栗」はそこまで言わない。
なんとなく美味しく、なんとなく甘く、しかししっかりしている。
食べた後も幸せ感がある、巧い造り。
普通に美味い所がよい。
そうそう、ここのお菓子屋で気に入ったのがあって「ひとつぶのマスカット」という葡萄のまわりに砂糖をまぶしたお菓子。
これも夏から初秋の味わいで良い。
なんたって、売り場には珍しく試食品が置いてあって、店員さんと目が合うとにっこり笑って「どうぞ」、と言われ味見すれば、買わないといけない気持ちになってしまう。

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